表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/73

7 家族の温もり

 葵の異変に気づいた家族は、すぐに葵のもとへ駆けつけた。連絡を受けた兄が、心配でならなかった母親を伴ってやってきたのだ。


 疲弊しきった娘の姿を見た瞬間、母親はたまらず葵を抱きしめた。 「葵、大丈夫だから。もう、誰も何も言わないから」 その震える声に、葵は抵抗する気力もなく、ただ小さく頷いた。傍らで、兄は何も言わず、ただ妹を見つめていたが、その表情には深い悲しみと、どうしようもない無力が滲んでいた。


 実家に戻った葵は、まるで感情を失った人形のようだった。


「この間、お兄ちゃんが出張先で買ってきてくれたいい紅茶があるの。飲まない?」

「先週このお花がやっと咲いたの。きれいでしょう?」


 彼らは、あの忌まわしい出来事を、一瞬でも葵の心から消し去ってあげたいと必死だった。リビングには無理に明るい声が響き、家族は交代で葵の側に寄り添い、決して一人にさせないように気を配った。葵の好きな音楽を流したり、昔のアルバムを引っ張り出して見せたりした。


 父親は、一流大手企業の役員という多忙な身でありながら、出張先から毎日連絡を入れ、母親や兄から葵の様子を細かく聞いていた。その声には、普段の冷静さとはかけ離れた、焦りと不安がにじんでいた。直接駆けつけることは叶わないが、彼は彼なりに、娘の苦しみに心を痛め、何とかしたいと強く願っていた。


 しかし、葵の心は、家族の温かい思いが届かないほど深く閉ざされていた。彼女の脳裏には、世間に晒された自分の姿が繰り返し映し出され、罵詈雑言が木霊している。恋人の裏切り、仕事での孤立。どれもこれもが、彼女を奈落の底へ引きずり込む。


 家族の労苦は計り知れなかった。愛する娘が、まるで生ける屍のようになっていくのを見るのは、彼らにとって何よりも辛いことだった。それでも、彼らは希望を捨てず、ただひたすらに、葵の心が回復する日を願って、寄り添い続けた。しかし、葵の心に巣食う「死」の概念は、頑としてその場に留まり、彼女の全てを支配し続けていた。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ