6 支配する闇
賢吾と堤、二人の男性からの疎外感は、葵の心を確実に深く深く沈めていった。立て続けに押し寄せた、いわれなき被害、愛する人からの裏切り、そして仕事仲間からの距離。それまで完璧に積み上げてきたはずの沢村葵という存在が、音を立てて崩れ去っていく。
食事も喉を通らない。眠りにつくこともできない。まぶたを閉じれば、あの忌まわしい動画が脳裏に焼き付き、開けば、世間の冷たい視線が突き刺さるような錯覚に陥る。テレビ局へ向かう足は鉛のように重く、スタジオの照明は、まるで自分を見世物として強調するかのように眩しく感じられた。
平時の思考は、今や完全に停止していた。ニュース原稿を読んでも、その内容が頭に入ってこない。ただ、与えられた言葉を、機械的に発するだけ。笑顔を作ろうとしても、口角がひきつる。その顔は、もはや「容姿端麗」と称された面影を失い、憔悴しきっていた。
悔しい、加害者には仕返しをしてやりたい思う。しかし現在の葵は、それよりも、自らを晒された、という羞恥の感情が勝っている。いつしか、葵の心には、黒い靄のように「消えたい」という概念が浮かび上がっていた。それは、最初は微かなささやきだった。逃げ出したい。全てから解放されたい。そう願ううちに、その言葉は徐々に形を成し、明確な「死」という概念へと変貌していった。
時間が経つほどに、その闇は葵の心を大きく支配していく。周囲の音が遠ざかり、自分の存在だけが不確かなものになっていく。生きていても、何の光も見えない。誰にも理解されない。誰からも必要とされていない。そう思い込んだ瞬間から、彼女の意識はただ一点に収束していった。
「どうやって死のうか」
それが、今の葵の全てだった。どんなニュースよりも、どんな仕事よりも、恋人との関係よりも、彼女の思考と行動を支配するのは、この一点だけだった。