68 言伝
希穂は、泣き崩れる葵の傍らにしばらく寄り添った後、重い足取りでリビングを出た。このまま葵を一人にはしておけない。そう思いながらも、彼女自身にも、できることには限りがあった。玄関へ向かう希穂に、葵の母親が心配そうな顔で近づいてきた。葵の様子が普段と違うことは、母親も気づいていたのだろう。ただならぬ雰囲気に、母親の表情は固くこわばっていた。
「希穂ちゃん、葵に…何があったの?」
母親の問いに、希穂は意を決した。
「おばさん、実は…」
震える声で、希穂は修一の死、そして、その裏に隠された、幸樹との信じがたい因縁を、一つ一つ丁寧に伝えた。葵が修一に別れを告げたこと、幸樹と付き合い始めたこと、そして何よりも、修一が命を絶ったこと、その遺書に書かれた葵への最後の願い…。
母親は、希穂の話を聞くにつれて、みるみるうちに顔色を変えていった。まさか、娘の身にそんな恐ろしいことが起こっていたとは。葵が以前、深い絶望に沈んだ時でさえ、ここまで複雑で悲劇的な展開はなかった。大きく動揺し、手で口を覆いながらも、母親は必死に冷静さを保とうとした。
「…そう、そんな恐ろしいことが…」
ようやく絞り出した声は、掠れていた。しかし、母親はすぐに希穂の方を向き、その手を取り、深く頭を下げた。
「希穂ちゃん、教えてくれてありがとう。本当にありがとう…」
そして、固い決意を秘めた目で希穂を見つめ、力強く頷いた。
「大丈夫よ。葵から、しばらく目を離さないから。私が、必ずそばについているから」
希穂は、母親のその言葉に、わずかな安堵を覚えた。これで、葵は一人ではない。しかし、彼女の心にのしかかる重荷が、すぐに消えることはないだろう。残された希穂の心にも、深い悲しみが影を落としていた。




