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57 静かな受諾
葵の涙と「ごめんなさい」の言葉を、修一はただ静かに受け止めた。彼の表情は依然として穏やかで、その瞳の奥に宿る悲しみは、葵には別れのショックによるものとしか映らなかった。
今の葵が、心の奥底で求めていたのは、「君とは離れたくない」「行かないでほしい」という、泥臭いほど素直な感情の表現だったのかもしれない。そうされた方が、葵はまだ救われただろう。少なくとも、そこには人間らしい激情と、自分を繋ぎ止めようとする必死な思いがあったはずだから。
修一はただ、最後までそうしなかった。
彼は最後まで、自身の感情を引いて相手のことを思い、葵の意思を尊重することを選んだ。愛する葵をこれ以上傷つけまいと、ただ黙って、彼女の心の動きを受け入れてしまうのだ。
『修一さん、あなたのそういうところなの…』
心の中で、葵は泣きながら叫んでいだ。その完璧なまでの優しさが、自己犠牲が、かつては自分を救い、光を与えてくれた。だが、今となっては、その尊すぎる愛が、葵の心をさらに深く抉る。彼の愛はあまりに純粋で、だからこそ、葵の内に芽生えていた「衝突すら分かち合う関係」とは、静かにすれ違い始めていた。




