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40 消えない影

 秀明の穏やかな挨拶に始まり、見合いの時間は滞りなく進んでいった。彼の言葉遣いは丁寧で、葵の心情を慮るような気遣いが随所に感じられる。飲み物が少なくなればさりげなく尋ね、会話が途切れそうになれば別の話題を提示する。その立ち居振る舞いはすべてが流れるようで、作為を全く感じさせない。まさに、完璧というにふさわしい感じがする。


 しかし、秀明から向けられるそのあらゆる行為や気遣いが、葵の心には別のフィルターを通して届いていた。

 『私の過去を知っているからだわ…』


 その思いが、どうしても拭い去れない。彼の優しい眼差しも、途切れない会話も、すべてが「あの事件で傷ついた私」に対する配慮から来ているのではないか。もし、自分が以前の「完璧なアナウンサー沢村葵」のままだったら、彼は同じように接してくれただろうか。そんな疑念が、葵の心を支配していた。


 秀明の気持ちがたとえ純粋なものであったとしても、葵の心は、あの忌まわしい過去にがっちりと縛られてしまっていた。彼の優しさが、かえって葵自身の傷を浮き彫りにし、自分はもう以前の自分ではないのだと突きつけているように感じられたのだ。

 『素敵な人であることは間違いないんだけど…』


 心の中で、葵はそう呟いた。秀明の魅力は理解できる。彼が素晴らしい人物であることは疑いようがない。だが、彼のどんな誠実なアプローチも、今の葵の心には届かない。彼女の心は、既に修一に深く傾き、そして何よりも、過去の呪縛から完全に解き放たれてはいなかった。


 一方、秀明には、見合いの部屋を後にする葵の足取りに、どこか遠い別れの気配が宿っているように見えていた。


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