表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/49

3 新たな苦痛

 自宅に戻った葵は、震える手でスマートフォンの電源を切った。もう何も見たくなかった。何も聞きたくなかった。唯一、心の支えにしようと縋ったのは、恋人である黒崎 賢吾だった。賢吾は大手商社に勤めている。葵が電話で事情を打ち明けた時、驚きと怒りに声を震わせ、すぐに駆けつけてくれた。

「大丈夫か、葵。俺がついてる。こんなひどいこと…絶対許さない」


 最初はそう言って、優しく抱きしめてくれた。その温かい腕の中に、わずかな安心を見出せた。徹夜で憔悴しきった葵の隣で、彼はただ黙って寄り添ってくれていた。

 だが、その慰めは、日に日に薄れていった。


 事件から数日。賢吾と会社帰りに待ち合わせし、あるレストランで食事をとっている時だった。賢吾は少し苛立ったような表情を見せ、突然、堰を切ったように言葉を吐き出した。

「なあ、葵…会社の連中がさ、俺を見ながらなんかニヤニヤしやがるんだ」


 箸を持つ手が止まった。葵は顔を上げ、賢吾を見た。彼の目は、困惑と、ほんの少しの恨みがましさを含んでいた。

「昨日なんか、商談先で、『いやぁ、黒崎さんも大変ですねぇ』とか、言いやがるんだ」


 賢吾は、テーブルに肘をつき、額に手をやった。その声には、自分への同情を求めるような響きがあった。それは、葵が一番恐れていた反応だった。彼が、彼女の悲劇を、自分の不利益として捉え始めている。

「賢吾、一体何が言い…」 葵が何かを言いかける前に、彼は言葉を続けた。


「俺だって、お前との関係が公になってるからさ…少なからず影響があるんだよ。仕事に集中できないし、正直、ここ数日会社に行くのも億劫なんだ」


 彼は露骨に不快感をあらわにし、自分がいかにこの状況で被害を受けているかを匂わせた。自分自身の苦しみに喘いでいる葵にとって、それは更なる精神的な追い打ちとなった。一番に理解し、支えてくれるはずの恋人が、まるで責めるかのように、自分への影響を口にし始めたのだ。


 葵は、賢吾の言葉が胸に突き刺さり、鉛のように重くのしかかるのを感じた。彼もまた、好奇の目に晒され、傷ついているのかもしれない。しかし、彼の言葉は、まるで「お前のせいで」と非難されているように響いた。

「お前、本当に何も気づかなかったの?」


 信頼していたはずの人の、予期せぬ本性。葵の心に、深い孤独と絶望が募っていった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ