2 引き裂かれる日常
友人の電話を切った瞬間から、葵の悪夢は現実のものとして猛スピードで押し寄せた。翌日、出社しようとスマートフォンを開いた時、彼女の目に飛び込んできたのは、まるで心臓を直接掴まれるような見出しだった。
「女子アナSAの優雅な午後?」
某ゴシップメディアの宣伝記事だった。ある場面の画像が掲載されており、それは、紛れもない彼女の、あられもない姿だった。記事には具体的な名前こそ記されていないものの、エステサロンの場所、背景、そして何より映像に映る女性の特徴が、誰がどう見ても沢村葵であることを示唆していた。質の悪いモザイクがかろうと、技術の進歩は時に残酷だ。輪郭も、髪の色も、首筋のラインも、すべてが葵自身を指し示している。
「嘘…」 掠れた声が、乾いた喉から漏れた。指が震え、画面をスクロールする。そこには、卑猥な言葉や、好奇の目に満ちたコメントの嵐が渦巻いていた。瞬く間に記事は拡散され、SNSは彼女の話題で持ちきりになっている。若い男性たちの間で、その動画は瞬く間に「お宝映像」として消費され、下品な言葉と共に共有されているようだった。
否定しようとすれば、できたかもしれない。しかし、それは火に油を注ぐ行為にしかならないことは、理性的な葵には痛いほど理解できた。たとえ否定したところで、もうすでに、葵の周囲の誰もが、動画の女性が彼女であると確信している。
テレビ局へ向かう電車の中、周囲の視線が突き刺さるような錯覚に陥る。すれ違う人々が、皆、自分を見ているような気がした。誰もが、あの動画の「女子アナSA」が、目の前の沢村葵だと知っているのではないか。完璧に作り上げてきた「沢村葵」というアナウンサーのイメージは、一夜にして、ただの「性的消費の対象」へと成り下がった。
これが現実。あまりにも残酷で、卑劣な現実。葵は、吐き気を覚えるほどの絶望に、全身を支配されていた。