15 穏やかな時間
列車が市立公園の最寄り駅に到着し、二人で改札を抜ける。澄み切った空気と、豊かな緑の香りが葵の肺を満たした。足を踏み入れると、背の高い木々が陽光をさえぎり、木漏れ日が地面に優しい模様を描いている。周りには、小さい子供を連れた家族連れや、恋人同士と思われる若いカップルも多くいた。都会の喧騒から隔絶されたその空間は、葵の心を包み込むようだった。
歩き始めると、これまでの心配が嘘のように、会話が自然と弾んだ。修一は、植物や昆虫について博識で、葵が普段気にも留めなかった小さな発見を、興味深く話して聞かせてくれた。彼の声は穏やかで、その知識は葵の知的好奇心をくすぐった。時折、修一がふと見つけた珍しい野草を指差し、その生態を説明する様子に、葵は笑顔さえ浮かべた。それは、事件以来、本当に心からこぼれた笑顔だった。
この時、葵は修一が学問の道に進んでおり、将来的に教授を目指していたことを知った。そして、今は事情があってそれをやめ、ある研究機関でアシスタントをしていることも。修一は自身の過去について多くを語ろうとはしなかったが、彼の言葉の端々から、学問への深い愛情と、今は別の道を歩んでいることへの複雑な思いが垣間見えた。
一方で、修一は葵の過去については詮索しなかった。彼が尋ねることもなければ、葵が語る必要もなかった。ただ、今は何をしているのか聞かれた際、葵は「私はマスコミ関係の仕事をしています」とだけ伝えた。それ以上の詳細を求めることはなく、修一はただ優しく静かに頷いただけだった。
澄んだ空気と、木々のさざめき、そして修一との穏やかな会話。まるで時間が止まったかのような、心地よい空間がそこにはあった。葵の心は、ゆっくりと、しかし確実に癒やされていくのを感じていた。