11 氷解する心
日を追うごとに、桐野修一は沢村葵の心の奥深くに、かけがえのない存在として根付いていった。彼の穏やかな声、押しつけがましくない距離感、そして何よりも、葵の過去に一切触れないその配慮が、凍り付いた心を少しずつ、しかし確実に溶かしていったのだ。
公園で彼とたわいもない会話を交わす時間は、葵にとって、唯一、安らぎを感じられる瞬間となっていた。彼の存在は、崩壊しかけていた彼女の世界の中で、失われた「安堵」という感覚を取り戻させてくれた。
今では、散歩中に出会わない日があると、葵は胸の奥に微かな寂しさを感じるようになっていた。それは、かつて感じたことのない種類の感情だった。
「今日はお話しできなかった…」
自宅に戻り、静まり返った部屋の中で、葵はそう呟いた。その言葉にはほのかな落胆が滲んでいた。以前なら、誰とも会わず、一人で暗闇に沈んでいたいと願っていたはずなのに。修一という存在が、彼女の閉ざされた心に、少しずつ、変化をもたらしていることを、葵自身も気づき始めていた。凍てついた心が、確かな温もりを求めている。その温かさの源が、今や修一になっていたのだ。