10 安堵の感覚
「今日はいいお天気ですね」
修一の穏やかな声かけから始まった交流は、日を重ねるにつれて、少しずつだが確実に深まっていった。どちらからともなく、たわいもない話をするようになっていく。公園で咲く花の話題。最近読んだ本の感想。あるいは、子供たちが楽しそうに遊ぶ姿を見て、昔を懐かしむような会話。
葵は、修一と話していると、自分でも理由はよくわからないが、不思議な安堵感に包まれるのを感じていた。それは、他愛もない世間話をしているはずなのに、心の奥底がじんわりと温かくなるような感覚だった。張り詰めていた心がゆっくりと解きほぐされ、全身から力が抜けていくような、そんな心地よさ。まるで、小学生の頃、ふわふわのベッドに寝転んで、何もかもが守られていると信じていた時のような、懐かしい感覚を思い出すのだった。
修一は、葵の過去について何も尋ねてこない。彼女がニュース番組のアナウンサーだったこと、ましてや、あの痛ましい事件についても、一切触れることはなかった。ただ、目の前の「沢村葵」という一人の人間として、穏やかに接してくれる。その距離感が、傷ついた葵にとって、何よりも心地よかったのかもしれない。彼との会話は、彼女を苦しめる現実から、ほんのひととき、解放してくれる時間となっていった。