ど田舎の貧乏子爵に嫁がされたけれど……
公爵家が主催する夜会で私は信じられない気持ちで二人に対峙していた
「…………どうして、私の婚約者であるディラン様が私のお姉様をエスコートしてますの?」
「見て分からないのか?お前はもう用済みだと言う事だ。
お前に代わって今日から俺の婚約者はこの美しいリリアーナだ。」
「ごめんなさいねアンネ…。貴女には悪いのだけどディラン様がどうしても私がいいとおっしゃるから…。」
私、アンネことアンネローズは由緒ある伯爵家の四女だ。
公爵家のディラン様とは両家の祖父が友人だった縁で私が10歳の時に婚約することになった。
銀髪に翡翠の瞳のディラン様は子供の頃から美しく、髪の毛こそ金髪だが薄茶色の瞳で地味顔な私との婚約には出会った瞬間から難色をしめした。
『美しい自分がどうしてこんな地味顔の婚約者を連れて歩かなければ行けないのか』と口外するのもはばからず、パーティーに一緒に出ることも嫌がって、私のエスコートをドタキャンすることもしょっちゅうだった。
そして今日は公爵家主催の夜会だから絶対に出ろとのお達しがあった為、朝から支度してディラン様が迎えに来るのを待っていたのだが、直前になって迎えに行けなくなったと連絡が来て、仕方なく一人で夜会に来たのだ。
エスコートもなく一人で夜会に出るなんて、とんだ笑いものだが公爵家の夜会にドタキャンで欠席なんて出来ないと諦めて、嘲笑覚悟で出席したというのに会場に着いてみたらドタキャンしたはずのディラン様がいて、しかも何故か姉をエスコートしていた。
「お祖父様が勝手に決めたせいでお前の様な地味で不細工な女との婚約をずっと続けて来たが、もうそのお祖父様もいない。
これ以上お前と婚約を続ける意味もない。
そもそもが伯爵家の娘でいいのなら、この美しいリリアーナでも良かったはずなのに、大方お祖父様のお気に入りだったお前が私と結婚したいが為にお祖父様に取り入ったのであろう?」
「ちょっと頭が良いからといって公爵夫人の座を狙うだなんて…。我が妹ながら身の程も弁えず、浅ましくて嫌になりますわ…。」
そう言われ私は口をあんぐりと開けてしまう。
私がディラン様の婚約者に選ばれたのは、単に頭が良かったからだ。
当時10才だった私は飛び級で既に大学のアカデミーに通っていた。
そんな私の才能に惚れ込んだディラン様のお祖父様が『息子夫婦も孫のディランも後を任せるのにどうも頼りない。アンネローズ嬢のように聡明な令嬢に嫁いで貰えれば公爵家も安泰だ。』と言って友人だった私の祖父に頼み込んで整った婚約だった。
私がディラン様と結婚したくてお祖父様達に頼み込んだなんて事実はまったくない。
それどころかアカデミー時代、頭のたらないディラン様の尻拭いとサポートで、どれほど私が大変な思いと苦労をさせられて、何度この婚約を破棄したいと願ったことか。
ディラン様のお祖父様には大変可愛がって貰ったし、大学の研究の資金援助もして頂いていたから泣く泣く受け入れて献身的に支えて来たというのに……。
姉だってその事は知っていたはずだ。
『私の方が美しいのにずるいわ』と文句を言っていたのは知っていたが、どういった了見で妹の婚約者を奪うような真似するのかサッパリ分からない。
私はもう既に結婚適齢の18歳を過ぎた19歳だ。
いまさら婚約破棄をされてしまえば、新しい婚約者を探すなど困難だし、傷物として良縁など望めなくなる。
何より今している研究も続けられなくなってしまうかもしれない。
どうしても続けたい研究があったからこそ、血の滲むような努力と忍耐で婚約を続けてきたのに……。
こんな婚約者など熨斗を付けて叩きつけてやりたいが、とても受け入れる事は出来ない。
「今までずっと献身的に支えてきた婚約者に対してあまりにも酷いおっしゃりようではありませんか。
あなた様がアカデミーを卒業する為にどれほど私が苦労したのか、ご存知の方も多いでしょう?
それを顔が気に入らないからと婚約者をその姉と挿げ替えようなどと通る道理がございませんわ。
それに、この歳で婚約破棄されてしまえば、私にはもうきちんとしたお相手など見つからない事などお分かりでしょうに、庇護があるわけでもない長年連れ添った婚約者にあまりに情のないなさりよう。
とても公爵家の嫡男ともあろうお方がする仕打ちとは思えませんわ。」
そう周りに聞こえるように訴えれば、女性を中心に私への同情や婚約者と姉に対する侮蔑の目が広がっていく。
自分たちが非難される雰囲気に変わった事を感じ取ったディラン様の顔が不愉快そうに歪んだ。
「くっ、お前のそう言う小賢しいところが気に食わんのだ。
捨てないでくれと泣いて縋ればまだ可愛げがあるものを、その様に反論してくるとは生意気な!
…………ならば長年連れ添った元婚約者として情をかけ、俺が新しい婚約者を用意してやる!!
それならば文句は無いだろう!!!」
「えっ!?」
予想外のディラン様の発言に驚いていると、ディラン様はキョロキョロと会場を見回して、会場の隅の方でモグモグとご飯を食べていた、もっさりとした焦げ茶色の髪のくたびれた礼服を着た若い男性を呼びつけた。
「おい!!そこの焦げ茶色の髪の貧乏臭そうな服で飯食ってるヤツ!!コイツと婚約しろ!!!」
会場中の視線がその男性に注がれて、指名された男性がむせる。
「ゴホッ!えっ、何!?ボク?」
キョロキョロと焦りなが周りを見渡す男性に向って、ディラン様がツカツカと私の腕を掴み引きずるようして男性の方へ連れて行く。
「そうだお前だ!!お前、結婚してるか婚約者がいるか?」
突然公爵令息に声をかけられて、理由もわからず目を白黒させる男性。
「…………結婚もしていませんし、婚約もしていませんけど……。」
「そうか!なら良かったな!今日からお前の婚約者はコイツだ!」
そう言って私を、動揺する焦げ茶色の髪の男性の方へ突き飛ばした。
突き飛ばされ、慌てて受け止めてくれた焦げ茶色の髪の男性の薄い水色の瞳と目が合う。
お互い驚きの表情で数秒見つめ合いハッと我に返る。
「な、何を勝手な事を言い出すのですかディラン様!!そのような事がまかり通る筈がないでしょう!」
「ふん、お前が俺に婚約破棄されたら相手が見つからないと言うから見つけてやったんだろ。
つべこべ言わずそいつと婚約したらいい。」
「あら、ふふふっ、良かったじゃないアンネ。新しい婚約者が見つかって。
…………………………………………とっても、お似合いよ、二人とも。」
姉が、焦げ茶色の髪の男性を上から下まで値踏みするように眺めてから意地悪く口の端を歪めて笑う。
「お姉様まで何を言っているのです!そもそも公爵様やお父様がこの様な理不尽な話を受け入れる筈がございませんわ!」
「うるさい!!!もう決めた事だ!!分かったらさっさと帰れ!!!」
そしてそのままディラン様に焦げ茶色の髪の男性と一緒に会場を追い出されてしまった。
とはいえこんな非常識なディラン様の要求が通るはずもないだろうと思い、
巻き込んでしまった焦げ茶色の髪の男性に謝り倒し自宅に帰宅した。
しかし数日後、信じられないことに『ディラン様の婚約者が私から姉に変更になった』と伝えられたのだ。
どういう事なのかと問い詰める私に父である伯爵は面倒くさそうに答えた。
「どうもこうも、格上の公爵家からの申し入れだ。
それにディラン殿とお前の婚約は先代公爵と父上が勝手に決めてこだわっていただけだ。お二人亡きいま伯爵家としては公爵家に嫁ぐのがお前だろうがリリアーナだろうがどちらでも構わない。
ディラン殿がリリアーナが良いと仰るならこちらに否やはない。
それにリリアーナには『妹が公爵家なのにそれ以下の家なんて嫌だ』と婚約者選びで散々困らされていたからな。
二人がくっついてくれるなら丸くおさまる。」
「そんな!それでは私はどうなるのですか!?この歳で婚約破棄されたら傷物として良縁などもう望めませんわ!
これまでずっとディラン様の婚約者として支えてきましたのにあんまりですわ!」
「それについては、公爵家より多少の慰謝料が支払われる事になっている。
それにお前の新しい婚約については、ディラン殿が既に相手を見つけられたと聞いておるぞ。
エルナーだかエイナーとか聞いたこともない田舎の子爵家だそうだが、既に先方にも話は通っていて一週間後には迎えに来るそうだぞ。」
「!!ま、まさか本当に私と結婚するように、あの男性に打診したというのですか!?」
数日前、不運にも突然ディラン様に目をつけられ婚約しろと迫られた男性には、後日謝罪に行くからと名前を聞いていたが『気にしなくていい』と結局名乗りをあげてもらえずに別れていた。
まさか本当にディラン様があの男性に正式に婚約の打診をするとは思ってもいなかった。
田舎の子爵家なら公爵家からの要求を跳ねのけるなど無理だったろう。
「な…なんてこと………。」
あまりの衝撃と申し訳なさに愕然と呟く。
「もう仕方ないと諦めなさいアンネ。ディラン様のお心を射止められなかった貴女にも問題はあったのよ。
只でさえ容姿に難があるというのに、貴女ときたら研究研究でちっともディラン様のお気に召して貰えるような努力をしないんだから。
ディラン様に愛想をつかされるのも仕方ないわ。美しいリリアーナが良いと仰るディラン様のお気持ちも分かるわ。」
ゆったりと紅茶を口に含みながらそんな言葉をかける母は、リリアーナとまったく同じ金髪碧眼の美女だ。
「まあな、男として不細工な女より美しい女に惹かれるのは普通の事だ。」
と母に同意して頷く父。
実の両親の心ない言葉にぐっと唇を噛みしめる。
かつて王国の花として有名だった母は、ゴージャスな金髪に青空を写し取ったかのように澄み切った瞳を持つ大変な美女だ。
その美貌はいまだ衰えることなく、結婚して四人の娘を産んだとは思えないほど若々しく美しい。
アンネローズの姉達3人は皆この母と同じ色を受け継いでおり美しく、特に一つ上のリリアーナは母にそっくりで飛び抜けて美しかった。
それに比べてアンネローズは髪の毛こそ金髪であったが、薄い茶色の瞳で顔のパーツは全体的に小さくさっぱりとしていて地味な顔つきだった。産まれて最初に私の顔を見た母の言葉は『なんてこと、お義父様そっくり!』だったと言う。
そのせいか末っ子であるはずなのに母はアンネローズに興味を示さず、リリアーナをことのほか可愛がった。
父も姉達も母にならい、虐待こそされなかったが放って置かれた。
アンネローズを可愛がってくれたのは祖父だけで、アンネローズはほとんど祖父に育てられたようなものだった。
「そうだ、嫁に行くのならお前が作っているピクルスだのジャムなど大量の保存食も一緒に持って行け。
もうあれらを辺境へ送るつもりはないからな。」
そう告げられて驚きで弾けるように父に顔を向け問いただす。
「そんな!!!何故ですか!!あれらは辺境へ送る為に作ったものです!!
お祖父様が辺境伯様とお約束された支援品で、毎年送ることになっていたではありませんか!!」
食ってかかるアンネローズに父の伯爵が苦い顔をする。
「そんな約束など先代の時代にされた口約束にすぎないし、支援品を送っている中央貴族などもう一人もおらんぞ。
だいたい辺境への支援は王家が主体になって金を集めて毎年大金を送っている。
それなのにお前が毎年保存食なんぞ送るせいで、伯爵家は辺境へ出す支援金も出せなくて代わりに食糧を送っているのかと他家から冷やかされるのだぞ。」
「ですが辺境伯様からは非常に感謝しているとお手紙を頂きました!お金よりも保存食の方が何倍も助かるのだと言っておられました!
私の作るジャムやピクルスは食糧が手に入りづらい辺境ではとても貴重だと!
魔族との戦いの日々の中で数少ない楽しみの一つだとお礼のお手紙を書いて下さいましたわ!
辺境伯様はじめ辺境を治める領主達が頑張って魔族からこの地を守ってくれているからこそ、この王国は守られているのではありませんか!お祖父様がおっしゃってましたわ、魔族を恐れて辺境には商人達が滅多に来ないから、お金があっても購入するのが難しいのだと!
遠く離れた辺境から物資を買いに王都へ出るのも難しいし、何より魔族に対抗するので精一杯でそんな余裕は辺境にはないと!!」
そう一気に捲し立てれば父は盛大な溜息を吐いた。
「はぁ、お前はいつまで父上の法螺話を信じておるのだ…。それに辺境伯からの手紙など一度届いただけではないか。
その内容だって嘘も方便でお前に対して口当たりの良い事を並べただけの事だ。
確かに辺境は魔族達の侵攻を防ぐ役目を果たしてはいるが、それだって王都までの買い出しが難しいほど緊迫した状態が続いているやら商人が来ないなど中央から金を巻き上げたい辺境の奴等の嘘に決まっている。
大体魔族など魔物や魔獣に毛が生えた程度の存在であろう。
それを百年以上も討伐出来ずに国境付近をうろつく魔族を何匹か倒しているからと偉そうに支援支援と騒ぎよって、なんと強欲な奴等よ。」
「何という事をおっしゃるのですか!!魔族が魔物や魔獣に毛が生えた程度などと!!
魔族がどれ程恐ろしい存在か、伯爵家所蔵の魔族の腕の剥製を見ただけでもその強大さと恐ろしさがお分かりでしょう!!」
父の言葉が信じられず叫んだ。
この世界の北の果てには魔族と呼ばれる化け物が住み着く魔族領と呼ばれる場所がある。
その魔族領に接する王国の北端の国境沿いの領地は辺境と呼ばれ、辺境伯と呼ばれる領主を中心として国境を脅かす魔族の討伐にあたっている。
かつては中央に領地を持つ中央貴族達もそれぞれの家門から貴族の義務として代表者を出し共に討伐にあたっていたのたが、いつの間にか人を出さず、代わりに支援金と物資を出す貴族が増えて行き、今では物資すら出されず支援金のみが送られるようになっていた。
祖父は若かりし頃、まだ中央貴族達も討伐にあたっていた時代に、義務として一度だけ辺境に赴き魔族と対峙したことがあった。
その時に切り落とした魔族の腕を持ち帰り剥製にして家族や知人に魔族の姿を伝えた。
祖父に育てられたアンネローズは、その剥製を見ながら祖父から辺境の話を聞き、魔族の恐ろしさ怖さを聞かされながら育った。
アンネローズにとってそんな化け物の魔族と戦った祖父や辺境の騎士達は英雄であり憧れだった。
だから祖父が当時の辺境伯と約束した食糧支援を祖父亡き後もずっと続けてきたのだ。
大学のアカデミーに飛び級で入学したのも、辺境に送る食糧の保存技術の向上を研究する為で、先代公爵もそんなアンネローズの志と才能に惚れ込んで孫の婚約者にと望んだのだ。
「いやだわアンネったら、またお祖父様の法螺話?もういい加減に現実をみたらどう?
そんな話を信じてアカデミーにまで行って、役にも立たない食べ物の研究ばっかりして、結局肝心の女を磨かないからディラン様にふられてしまうのよ。」
いつ来たのか気がつけばリリアーナが部屋の入り口に立っていた。
「あらリリアーナ、お帰りなさい遅かったわね。公爵夫人と結婚衣装の打ち合わせは終わったの?」
「ええ、お母様。公爵夫人ったら私のような美しい娘が嫁いで来るのが嬉しいらしくて『リリアーナさんは何でも似合ってしまうから選ぶのが楽しいわ』なんておっしゃって、次から次へと衣装を着せて来るものだから困ってしまったわ。
公爵様もこれぞ公爵家の花嫁に相応しい美しさだと褒めて下さったし、
今までは先代公爵様の手前言えなかったのでしょうけども、お二人とも可愛い息子の隣に頭でっかちの地味顔の娘が並ぶ事を我慢なさっていたのでしょうね。うふふふ」
そういって優越感たっぷりの目線をアンネローズに送って笑った。
「そ……そんな…………。」
姉の言葉に、公爵夫妻もこの婚約破棄に賛成なのかと愕然とする。
私はアカデミーで保存食の研究をすると同時に公爵領の特産である葡萄の品種改良やワインの製造にも力を入れていた。
研究で培った発酵の技術を使い酵母を何千種類と試し、より良いワインを生み出し公爵家にも貢献出来たと思っていた。
それなのにディラン様の非常識な行いを諌めるどころか喜んでいると言う。
今思えば公爵家主催の夜会で、ディラン様があんな事をしたのも公爵夫妻が婚約破棄に賛成だったからなのだろう。
『私なりに公爵家の為に頑張って来たのに…。』
ガクリと膝をつき呆然とする私に姉が勝ち誇った笑顔を向ける。
「もともと公爵令息であるディラン様の婚約者に不器量なアンネが選ばれた事がおかしかったのよ。
身分ある男性には美しい令嬢が選ばれるべきなのだから、私が選ばれて本来在るべき形になっただけの事。
アンネにはアンネに相応しい男性が現れたのだから落ち込むことないわ。」
「そうねリリアーナの言う通りだわ。
アンネは今度こそお相手の方に気に入られるように、しっかり自分を磨かないと駄目よ。
リリアーナのように美しくとまでは行かなくとも、ほんの少しは私に似たところもあるのだから頑張れば今よりは少しはマシになるかもしれないわよ?
頭なんか良くたって結局令嬢の価値は美しさで決まるのだから。」
「まあ、相手は田舎の貧乏子爵だ。多少不器量だとしても由緒あるこの伯爵家の令嬢を娶れるのだから文句は言うまい。
今後は研究などせずに従順に尽くすことだ。」
家族の心ない言葉の数々に涙が出そうになったが、ぐっと堪えて立ち上がった。
「………………準備がありますので失礼いたします。」
そして家族のいる部屋を出て少し離れてから、私は全力で物置小屋に走った。
途中出くわしたメイド数人が驚いた顔をしてこちらを見たがそんな事に構ってはいられない。
物置小屋に飛び込みガチャンと鍵をかける。
物置小屋には祖父亡き後、気持ち悪いと家族によって移動された魔族の腕の剥製が置いてあった。
「うわぁぁぁぁぁん!!!」
それを見た瞬間涙が滝のように溢れて止まらなくなった。
『どうして!どうして!どうして!!』
ずっとずっと頑張って来たのに……。
お祖父様亡きあと、自分に無関心な家族にも、冷たい婚約者にもめげずに頑張ってこれたのは辺境の支援の為の保存食の研究があったからだ。
もし私が男だったなら、かつての祖父のように辺境に赴いて辺境の騎士達と一緒に魔族と戦っていたことだろう。
だけど女の私にはそれが出来ない。だから食糧支援という形で少しでも彼等の役に立ちたいと思ったのだ。
たった一枚だったけど辺境伯様から送られて来た保存食への感謝の手紙は私の誇りだった。
子供の頃に聞かされ憧れ、尊敬する、魔族と戦う格好良い辺境の騎士達の力に少しでもなれている。
それだけが私の喜びであり、頑張れる原動力だったのだ。
その為ならどんな環境でも愛されなくても頑張れたのに…………。
わんわん泣いて泣き疲れて眠ってしまい、そのまま物置小屋で朝を迎えた。
一晩物置小屋にいたのに誰にも気づかれる事なく、明け方にそっと自室に戻る。
家族にも会いたくなくし、泣いてパンパンに腫れた目を見られたくないので食堂にも行かず自室で朝食を取った。
一週間後に田舎の子爵だと言うあの焦げ茶色の髪の男性が迎えに来ると父が言っていたので、身の回りの物をまとめはじめる。
『…………………………さぞご立腹でしょうね…………。』
片付けていた研究中のノートの束をギュッと抱きしめる。
きっともう研究はさせてもらえないだろう………。
公爵家から無理矢理に不器量な娘を押し付けられたのだ、その上研究もさせてくれなんてとても言えない。
それにそもそも貧乏な子爵家ならそんな余裕など無いだろう。
公爵家からの慰謝料だって貰ったところで、私には一銭も入らないに違いない。
あの父が何の利益にもならない結婚をする私の為に、満足な持参金を持たせるとはとても思えない。
じわりと涙が浮かび、袖で拭い取る。
『……………それでも……コレだけは捨てられない………。』
我ながら未練がましいと思うも、持って行く荷物の箱の中に辺境伯様からもらった手紙と一緒に詰め込んだ。
それから一週間、私が自室からほとんど出なかったのに、家族は誰一人として会いに来なかった。
伯爵家の屋敷中が、リリアーナの結婚に向けての準備に夢中で浮かれていたのだ。
一週間後にあの焦げ茶色の髪の子爵が私を迎えに来てやっと『ああ、そう言えば今日だったか』と私を思い出したようだった。
とても貴族の馬車だとは思えない簡素な馬車でやって来た焦げ茶色の子爵は『こんな馬車ですいません。』と申し訳なさそうに謝った。
私の婚約者が迎えに来たと聞いて様子を見に来た姉は、ボロボロの馬車を見て、
「まあ、良かったわねアンネ!地味な貴女にピッタリな馬車じゃない。これでようやく身の丈に合った生活が出来るわね。」
とせせら笑った。
父と母には
「まあ元気でやれ。」「今度は気に入られるように頑張るのよ。」
とまったく心の籠もっていない別れの挨拶をされて、もう用はないとばかりに最後まで見送りもせずに屋敷の中に入ってしまった。
伯爵家の家令に、積み込めなかった保存食は後で必ず送ってくれと頼み込み、焦げ茶色の髪の子爵が乗ってきた馬車で伯爵家を後にする。
馬車で向かい合って座り何を話したら良いのか分からず、まずは謝るべきかと逡巡していると、焦げ茶色の髪の子爵が少し困ったような笑顔で遠慮がちに話しかけて来た。
「あの、あの時名乗りをあげなくて今更で申し訳ないんですが、僕、アルシオン・エイナーと言います。」
「えっ?……!!!!!」
自己紹介されて、その時初めて自分が結婚する相手の名前すら知らないでいた事に喫驚する。
婚約破棄と今までの自分の頑張りを全部否定されたショックで、そんな事にも頭が回らないでいた。
「突然僕なんかと結婚することになってお嫌でしょうが、僕なりにいい夫となれるよう頑張りますので宜しくお願いします。」
てっきり無理矢理こんな自分を押し付けられて、怒っていると思っていたのに、申し訳なさそうにそんな事を言われて驚く。
「……………………………怒ってらっしゃらないんですか?」
そう尋ねれば焦げ茶色の髪の男性、アルシオン様は薄い水色の瞳をまん丸にしてポカンと口を開けた。
「えっ?どうして僕がアンネローズ嬢に怒るんですか?
怒ると言うなら、こんな貧乏子爵に嫁ぐことになったアンネローズ嬢の方でしょう?」
そう言ってアルシオン様は不思議そうに小首をかしげた。
それを見た瞬間に私の瞳からボロリと涙が溢れ出した。
「アンネローズ嬢!!!????」
この一週間の、憤りや失望、不安や緊張、やるせなさ、心苦しさ、色々な感情が押し寄せて来て自分では止められなくなってしまったのだ。
アルシオン様は突然泣き出した私に驚き、手を上げたり下ろしたりとオロオロしていたが、ボロボロと泣き続ける私をしばらく見つめた後、意を決した様に私の隣に腰を下ろし背中を優しく撫でさすった。
「あの…アンネローズ嬢…泣かないで……。僕は、頼りない男ですが、精一杯アンネローズ嬢を支えますから……。」
そんな言葉をアルシオン様からかけられて益々涙が止まらなくなった。
「うっく………… …… アンネと……… …。」
「えっ?」
「ア…ンネ …と呼んで ……く…ださい…。」
なんとか絞り出せた言葉はそれくらいで、後は涙になって言葉にならなかった。
それからアルシオン様は、私が泣き止むまでずっと背中を擦ってくれた。
泣いて泣いて多少スッキリして到着したエイナー子爵領は、驚くほど遠かった。
ガタガタと揺れる馬車にお尻を打ち付け痛めながら、山を5個も6個も越えた先でやっと辿り着けた頃には。王都から20日も経っていた。
正直、王都からならば辺境の方がまだ近い。
『すいません東の最果ての田舎で…………。』
打ち身に苦しむ私にアルシオン様はそう言って申し訳なさそうに謝った。
それから更に驚かされたのが、飼育されている家畜の多さだった。
エイナー領では畜産が盛んに行われているらしく、山と山に囲まれた隠れ里のような村がいくつもあり、どの村も牛や豚であふれていた。
領民の数よりも圧倒的に家畜の量が多い。
こんな片田舎でこれ程の規模の畜産が行われているなど王都の人間には想像すら出来ないだろう。
これだけの家畜を育てているのに何故子爵領は貧乏なのだろうかと不思議になる。
だが本人が貧乏子爵と言っていた通り、到着したエイナー子爵家はボロボロで唖然となった。
家はあちこちと痛み傾いており、歩けばギシギシと床がなり、壁紙もはがれたところが目立つ。
庭も手入れがされず荒れ放題で草がボーボーと生えていて、とても領主の館だとは思えない有様だった。
使用人も通いのコックとメイドのニ人しかおらず、しかもメイドは私が嫁ぐにあたり急遽雇ったと言うから驚いた。
『今まで一人だったので家なんて屋根があれば良いと思って修繕を疎かにしていたんですが…こんなボロ屋に伯爵令嬢のアンネさんに住んでもらうことになって申し訳ない…。』
と謝り通しのアルシオン様は、他にご家族はいらっしゃらないらしく、普段は農作業やら家畜の世話で、畜舎で寝泊まりすることも多く館に帰ることはあまり無いという。
ある程度覚悟はしていたが、王都にいる中央貴族達とはかけ離れた想像を超える生活ぶりに驚愕した。
それから2週間は瞬く間に過ぎていった。
館の掃除や修繕の他、アルシオン様が花嫁を連れて帰郷した事を知った領民達がお祝いにひっきりなしに駆けつけてくれた為、1日中その対応に追われたのだ。
感傷に浸る暇もなく日々を過ごしていると、実家の家令に頼んでおいた保存食と一緒にディラン様と姉から手紙が届いた。
姉からの手紙は嫁いだ私を心配するていを装った、王都の綺羅びやかさ等ない田舎の貧乏子爵領に嫁いだ私を馬鹿にした内容で、自分とディラン様の結婚式がいかに豪華で素晴らしいものだったかという自慢ばかりだった。
姉からの手紙は予想通りで溜息を吐きながら読み、次にディラン様の手紙を読んで破り捨てた。
手紙には『不器量なお前では新しく夫となった男にも相手にしてもらえないだろうから、泣いて縋るなら子種くらいなら恵んでやってもいいぞ』と書かれており、あまりの怒りで固く握った拳がブルブルと震えた。
それと同時にディラン様の手紙は私の心を深くえぐった。
何故ならアルシオン様はとても良くして下さるものの、いままで私に手を出すことも触れることすらまったくなかったからだ。
それどころかアルシオン様は畜舎で寝泊まりする事が多く、一緒に過ごす時間すらまともに取れていなかった。
『女は美しくなければ価値がない』と言う両親と姉の言葉が胸に刺さる。
『優しい言葉はかけてくれても結局はアルシオン様も不器量な私を妻として望んではないのだろう。』
そう思うと悔しくて涙が出た。
その日の夜、やさぐれた気持ちになった私はアルシオン様の自室に押しかけてどうして手を出さないのかと迫った。
『そんなに私を抱くのは嫌なのか、抱く気も失せるほど私には魅力がないのか』と詰め寄る私にアルシオン様は慌てふためきながら
『あ、あの、僕みたいな冴えない男と急に結婚させられてアンネさんが嫌なんじゃないだろうかと思っていただけで…。僕はアンネさんの気持ちが整うまで待つつもりだったし…。アンネさんに魅力がないってことじゃなくて…。本当に僕で良いのかとか勇気がでなくて…。』
とワタワタと言い訳を並べたのでイライラして問い詰める。
『では、私を抱くのにご不満があるわけではないんですね?』
そう聞けば
『こんな可愛い女性に不満なんてあるわけないよ。』
と顔を赤らめて、まるで本当に嬉しそうな顔で笑うものだから、腹が立ってこちらから押し倒してやった。
それからはアルシオン様からお誘いされるようになったので、少しは私を女として見れるようになったのかもしれない。
数日後、山のような干し肉を荷馬車に積み込んで、20日程仕事で出かけて来るというので、それならば道中のお供にと私の作ったジャムやピクルスを渡した。
するとそれをじっと見つめたアルシオン様が私に聞いてきた。
「………もしかして、辺境にこれと同じ物を送った事ある?」
そう言われてドキリとする。アルシオン様にも『辺境に食糧支援するなんて貧乏臭い』と父みたいに言ってくるかも知れないと身構える。
「あっ、違うよ。咎めているんじゃないよ!実は僕の学生時代の友人に辺境伯の息子さんがいて、毎年沢山のジャムやピクルスを送ってくれる令嬢がいて楽しみにしていたのに今年は送られてこないと言っていたから……。僕も一度見せてもらった事があって同じ瓶だったからもしかしてと思って…。」
私の表情が凍りついたのを見て慌てたアルシオン様が説明してくれた。
世間は狭いものでアルシオン様は辺境伯様のご子息とご友人らしく、その縁で何度も辺境へ行ったことがあると言う。しかも今回の行商は辺境に行く予定だと教えてくれた。
驚きながらも、それならば私が実家から持ってきた保存食を持っていってくれないかと頼んでみた。
「えっ、あの実家から持ってきていた荷物って全部保存食だったの!?そういう事なら是非持って行かせてくれ。
辺境にはあまり商人が来ないし、僕の所は畜産が中心だから甘い物やフルーツなんかは用意出来ないんだ。だから君が送ってくれた保存食は貴重でとても美味しいと評判だったからきっと喜ぶよ。」
そう言われて心が浮き立つ。
それと同時に、危険な辺境へアルシオン様が行商に行くと聞いて不安になった。商人達でさえ恐れてあまり近づかない恐ろしい魔族がいる土地だ。戦闘などまったく出来そうもないアルシオン様が行って大丈夫なのか不安になる。
「ははっ大丈夫だよ。ノクス…辺境伯の息子さんが途中まで迎えに来てくれるからね。彼はとても強いから万一魔族に襲われても心配いらないさ。」
「でも、アルシオン様自ら行かなくても宜しいのでは?誰かに頼むことは出来ないのですか?」
「ノクスもそう言ってくれるけどね、誰かに頼んで届かないなんてことになったら大変だし、確実に届けるなら僕が行くのが一番良いんだよ。
………それに僕は本当なら貴族の義務として辺境へ行って戦わなければならないはずだったのに、エイナー子爵家が僕一人なのに気を使って『お前は戦闘はからきしだから来られても迷惑なだけだ、それよりも畜産をして肉を売ってくれ』って言ってくれるお言葉に甘えてさせてもらっているんだ。だからこれくらいはしたいんだよ。」
そう言って朗らかに笑うアルシオン様の言葉に衝撃をうける。
正直、辺境に赴く貴族の義務などもう誰一人覚えている貴族はいないと思っていた。
それから片田舎の貧乏子爵とは思えない畜産の規模の理由に気づいた。
「もしかして……エイナー領が驚くほど畜産に力を入れているのは……、辺境への支援の為なのですか?」
「うん、辺境は小麦は取れるけど畜産にまでは手が回っていないからね。国境を守る騎士達には力になる肉が必要だろう?辺境伯様から頂いた代金を元に畜舎の増設や設備を整えているんだけど、まだなかなか辺境中に行き渡らせる量を生産する事が出来なくてね。不甲斐ないばかりだよ。」
ポリポリと頭をかきながら眉を八の字に下げてアルシオン様は困ったように笑った。
いまだかつて、これ程までに衝撃を受けたことがあっただろうか?
エイナー子爵家が貧乏だったのは辺境中にエイナー産の肉を行き渡らせようとしていたからだったのだ。
辺境全域の食肉の流通を賄おうとするのなら、膨大な施設に設備、場所の開拓と莫大な資金がかかるだろう。輸送一つとってもそれは大変な困難を伴うはずだ。
いち子爵家がそれを行うとなれば、辺境伯様から資金を得ていたとしてもお金はいくらあっても足りないだろうし、並大抵の人間に出来る事ではないはずだ。
それでも山間に切り開かれた領地、畜舎の数、それらを見れば、田舎のいち子爵であるアルシオン様がどれ程本気で取り組んで来たのか理解出来る。
言葉にならない感情がこみ上げてくる。
『……………ああ……私の夫は、辺境を除いた貴族の中で、唯一本気で貴族の義務を果たす人だったのか。』
ボロリと涙が溢れた。
心の何処かで、どうせこの人も他の貴族と同じなんだろうと勝手に思い込んでいた。
それが自分と同じように辺境の事を考えて、自分以上に努力している人がいた。
しかもそれは夫だった。
突然ボロボロと泣き出した私に夫は何を勘違いしたのか慌てて謝りだした。
「ご、ごめんね、お金は設備投資に使ってしまって、子爵領は貧乏だけど、君が食べるのに困る様な事だけは絶対ならないようにするから。心配しないで。」
そんな夫に胸が温まり、何だか可笑しくなってきて、私はある提案をしてみた。
「…………よければ、私にお手伝いさせて貰えませんか?」
「えっ?」
「私は、大学のアカデミーでずっと保存食の研究をしていました。そちらの干し肉ですが、そのままですと辺境に着くまでにカビたり傷んだりするものも出るのではないですか?お手伝いさせて頂けるのなら、もっと日持ち出来て、お肉本来の旨味を閉じ込めた生肉に近い物も保存食として加工出来ると思います。物によっては5年くらい保存出来るかもしれません。」
そう泣き笑いしながら告げればアルシオン様の顔がパアッと明るく輝いた。
「凄い!本当に!?今まで牛や豚は遠すぎて直接連れて行く事が出来なくて、干し肉にして持って行くしかなかったけど、そんな保存食が出来れば辺境までの道のりに余裕が持てるし、大量に運んでも辺境で保存しておいて貰う事が出来る!流通もしやすくなるよ!」
そう言ってアルシオン様は私の手を取って大喜びしてくれた。
後日、辺境から無事帰ってきたアルシオン様は、なんと辺境伯や辺境周辺の領主達から保存食に対する研究の金銭的援助まで取り付けてきて研究に必要なものは全て準備して協力してくれると言ってくれた。
もう二度と日の目を見ることはないと思っていた研究ノートも再び活躍し、アルシオン様と一緒にこれはどうか、あれはどうかと試行錯誤する日々を過ごす。
肉の加工の他に、バターやチーズ等の乳製品の開発も同時に行い、王都でも販売出来るように販路を広げれば、それなりの資金を獲得出来て畜産と研究資金に更に費すことが出来た。
「アンネは凄いね!アンネみたいに可愛くて頭のいい女性と結婚出来て僕は幸せ者だよ!」
そう言ってアルシオン様は事あるごとに褒めて感謝してくれた。
そんなお世辞を言わなくても喜んで協力するのにと思いつつも褒められて嫌な気はしなかった。
時々、姉やディラン様から馬鹿にする内容の手紙や、愛人にしてやってもいいぞ等というふざけた手紙が送られて来たが、そんなものはまったく気にならなくなって、毎日が楽しかった。
そして嫁いでから一年が経った頃、私の妊娠が判明した。
アルシオン様は大喜びではしゃぎ、領民達からも沢山の祝福の声を貰えて幸せな毎日を送る。
過保護すぎるんじゃないかと思うくらいアルシオン様は私の体調を気遣ってくれた。
そして数カ月後、私は元気な女の子を出産したのだが、その子の顔を見た瞬間に凍りついた。
キラキラとした豪華な金髪に澄んだ青空を模した様な美しい青い瞳の恐ろしいほど整った顔立ち。
私のお母様やお姉様にそっくりに産まれてきた娘に息を呑む………。
『どうして……………。』
母や姉の顔を思い浮かべるのと一緒に忘れていた様々な嫌な思い出や悔しかった事なとが呼び起こされて愕然と赤ん坊を見つめる。
だけど
『うわぁ!なんて可愛いんだ!君にそっくりの娘だね!ありがとうアンネ!!!』
嬉し涙を流しながら、髪の色がそっくりだ、目の形が似ている、耳の形まで一緒だと、私と娘を見比べながら本気で喜ぶ夫。
夫は本心からそう言っている…………。
そう思った瞬間、私の中のわだかまりがスッと消えていった。
我が子なのだから勿論私に似たところはある。
何よりも、私にそっくりだと、夫が言うのだから、私はその言葉を信じればいい。
この子は私そっくりの可愛い娘だ。
そう思えて、ツーッと涙が頬を伝う。
「どうしたの!?何処か痛いの!?いや、子供を産んだんだから痛いに決まっているか!何を言っているんだ僕は!!」
とアルシオン様が大慌てしだしたので笑ってしまう。
「違うわ。……幸せだから泣いているのよ。」
そう伝えればホッとした顔で娘と一緒に私を抱きしめてくれた。
「僕も幸せだ。」
そう言われて涙がまた溢れた。
それから数年後、私は今度は夫そっくりの男の子を出産した。
娘の時はあれほど私に似ていると大喜びしていたくせに、『あちゃー、僕に似ちゃったか。ごめんね。』と息子に謝っていて笑ってしまった。
「私はあなたに似てくれて嬉しいわ。」
そう伝えれば夫は真っ赤になって照れていた。
それから、子供たちは、すくすくと元気に成長していった。
仕事と子育てに追われながらも充実した日々。
拡大させてきた畜産業や加工食品も上手く回るようになり、辺境への支援も安定して十分な量を供給出来るようになって来た。
しかし、辺境では魔族の中から魔王と呼ばれる存在が現れたとかで、今以上に厳しい戦況になるかもしれないなんて話も出てきて不安になる。
私達が出来る事は少ないけれど、せめて食糧支援だけは絶対に続けられるように頑張ろうと夫と話し合う。
姉とディラン様からは未だに時々手紙が届いた。
相変わらずの内容で、何年も何故こんな事を続けるのか不思議に思う。
風の噂によると、姉達はあまり上手く行ってないと言う。
私と婚約破棄した後から、公爵家の主要産業であったワインの売り上げが落ち始めたらしい。
どうやら私が抜けた事で、ワインの品質が落ちてしまった事が原因のようだ。
更に収入が落ちたというのに、姉は贅沢三昧を続けたらしく、公爵家の財政はみるみる苦しくなり二人の間では喧嘩が絶えないという。
『ど田舎で夫にも相手にされず、寂しい生活を送っているのだろう』だの『ワインの製造に力を貸すなら第二夫人にしてやってもいいぞ』等という呆れ返る内容ばかりにいつしか手紙は読みもせずに捨てるようになった。
ここは綺羅びやかさ等ない家畜ばかりのど田舎で、相変わらず子爵家は貧乏だったけれど、それでも私は毎日充実している。
愛する夫と二人の子供たちに囲まれて幸せだ。
そしてこれからも、きっと幸せに暮らして行くはずだ。
終わり
ご覧頂き有り難うございました。
こちらのお話は『勇者な姉と姫様に振り回されています。』に出てくるヴァレリアとダルシオンのお母さんの話になります。
短編だけでもお話は分かるように書いたつもりですが、そちらを読んで頂けたら?な部分も補足されるかもしれません。