22 最速なら明日には工房オープン
工房が光り輝くほどに磨かれたその日も、私たちはクレールおばさんの家で泊まった。
私たちというのは今日もリルリルが泊まるからだ。
まあ、弟子だけ違うところで寝ろとも言えないしな。
「すみません、建物は清潔になったんですが、ベッドがありません。明日、港に買いに行きますのでもう一泊お願いいたします」
「あははははっ! そんなケチ臭いこと言わずに一年でも三年でも泊まっていきな!」
建物がきれいなだけでは衣食住の「住」は完成しないのだ。生活のなんと難しいことよ。一人暮らししているすべての人に尊敬の念を抱いてしまう。
なお、ベッド自体は販売してあるのを港で確認していた。
港と二つの村で暮らす島民のために家具類も売ってはいる。
その手のものは腐ったりはしないので、ストックを置いている店はあるのだ。
いきなり百人分のベッドをくれとか言うと在庫がないと言われそうだけど、前触れなく島の人口が百人増えることはないので問題ない。
私は寝る前に、リルリルに明日の予定を話した。
なお、人の家にいる時は、リルリルは基本的に少女の姿をとるらしい。
本人いわく、「獣だと動く時につかえて邪魔じゃ」とのこと。
「明日は家具を買いに行きます。ついてきてくださっても、こなくてもどっちでもいいです」
「余は弟子じゃからな。ちゃんとついていくぞ。暇だしのう」
こんなに堂々と暇と言えるの、うらやましい。
身寄りのない私にとって、暇というのはちょっとした恐怖なのだ。
そりゃ暇な仕事でお金がしっかり稼げるならそのほうがいいが、仕事が成り立たなくて暇な状態は勘弁してほしい。
「住めるようになったら、ちょっとずつ商品でも作りましょうかね。営業だけならできなくもないですが、棚が空っぽすぎると見栄えが悪いので」
「そういえば、錬金術師の工房というのは無数のビンが後ろの棚に並んでおる印象じゃな。前任の錬金術師の店もそんな感じじゃった」
リルリルが右斜め上に視線を送っている。
そこに何かあるのではなくて昔のことを思い出しているのだろう。
「そうなんです。めったに出ないような地味な薬品まで置いてあるものなんですよ。ほぼ、こけおどしですけどね。小賢しいことです」
「小賢しいとか言うな。そなた、そこそこ口が悪いのう」
「教授にもけっこう叱られました。でも、教授も口が悪かったんですけどね。じゃあ、むしろ教授のせい?」
大陸から教授の「人のせいにするな。バカ」という声が聞こえてきた気がした。
「錬金術師の売れ筋商品って、ほぼ回復系のポーションのみですからね。それだけ売ってれば、食べてはいけるんですよ」
「それは冒険者の利用がある土地の場合ではないか? 連中はポーションを求める頻度が格段に多いじゃろ。青翡翠島に冒険者は滅多に来んから、そこまで売れんぞ」
「うっ! ものすごく的確な指摘!」
私は弟子に完全にやり込められた。
「なんでそんなことまで知ってるんですか……? 各地を旅してたりしました?」
「島を出たことはあるが、島に寄る船乗りに話を聞く機会はあるからのう。この姿じゃと、話をしたがる奴はいくらでも来る」
リルリルは自分の顔をにんまり笑って指差した。
私の前には掛け値なしの銀髪の美少女がいる。
口元にタマネギついてるけど。
「たしかに、鼻の下伸ばして何でも話して聞かせてくれそうですね……」
三年前なら私も「男子ってサイテー」なんて感想を抱いたかもしれないが、自分だってひげくちゃのおじさんよりはかわいい女子と話したいと思う。
「なので錬金術師についてもそれなりに詳しいぞ。あくまでそれなりじゃがな」
「師匠としてはあんまり調子に乗るなと言うところかもしれませんが、ご自由にどうぞ」
さすがに弟子が偉大すぎる。
「まっ、最速で明日には、ついに工房をオープンできる準備は完了ということです! ただし、予定は変更になる場合があります! それと、準備が済むこととオープンすることはまた別です!」
「大きな声で言う割には、補足が多いのう!」
「一刻も早く開店しなきゃいけないわけではないので。薬が必要な人がいるなら、営業と関係なく作ることもできますし。お店のオープンというのはいわば形式です」
この点は小さな島でよかった。
都会では店を開業させない限り、おそらく誰も寄りつかない。
ごはんをごちそうになることもできないし、まさに生活ができない。
「なんだかんだで島に来て二週間ほどで工房を開けることができると考えれば、上出来じゃないですかね。さすが本来の成績トップなだけあります」
「庭園の整備がちっともできておらんがの」
弟子が嫌な指摘をしてきた。
「そういえば、残ってましたね……」
工房と薬草園の奥に広がる無駄に広い庭園。現状は雑木林。
家が広いというのも歓迎すべきことだけじゃないな。
「そこは後回しにしましょう。まずはベッド購入です」
「そしたら明日の朝方はすることはないんじゃな。散歩するからそなたも付き合え」
口には出さなかったが、ものすごく犬っぽいと私は思った。
「余はもう寝る」
そう言って、リルリルは獣の姿に変わった。せっかくなので、ちょっと毛並みを撫でた。かなり嫌がられた。
今回から新展開です!
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