20 トゲ植物探し
翌朝、私たちは森の中に入っていった。
ついてきたリルリルは人の姿だ。
「そっちの格好でいいんですか? てっきり獣のまま野山を駆け巡るのかと」
「能力的にはこの姿でも違いはないから心配いらぬ。それに――」
リルリルは前に出して両手を握ったり、閉じたりした。
「――人間の手のほうが採取もしやすいのでな」
「今日は採取までついてきてくれるんですね。ありがたくはありますが」
実を言うと、リルリルに手伝ってもらうのも申し訳ないし、どこかでのんびりしてもらうつもりだった。
「どうせ暇じゃしな。今日は掃除もしなくてよいと言われてはやることもない」
「そこまでしてもらってペットというのも無礼ですね。名目的なものですが」
私は頭の中で適切な言葉を探した。
「これからは弟子ということでいかがでしょうか?」
「ペットも弟子も屈辱的なのは変わらんから、あんまり意味ないぞ」
「言われてみれば……」
守護幻獣に対する扱いとしてはどっちも不敬か。
「なら、役職はあなたにお任せします。弟子でも守護者でも何でも名乗ってください。たまにあのふかふか感を堪能させてもらえれば。減るものでもないので、よろしく」
「減るものではないというのは、提供を受ける側が言う言葉ではないぞ。で、何を探すんじゃ? まだはっきり聞いてない」
リルリルに探してもらう予定じゃなかったからな。
「トゲのついてる木を探してください。正解かどうかは私がジャッジします」
「トゲか。それならあっちのほうにあったかのう」
ひょいひょいリルリルは斜面を駆け上がる。
見た目は華奢な女子なので、木の枝にワンピースを引っ掛けてしまいそうでひやひやするが、リルリルは透明なのかというぐらいするする進んでいく。
どれぐらいの距離感で回避ができるか、完全に体で覚えているらしい。
「ほら、これはどうじゃ? 若い木にはトゲがたくさんついておる」
「ああ、これは山椒ですね。実には体を温める効果がありますし、なにより香辛料としても使えるのでよい薬草です」
これ、香辛料にして王都に持っていったら、いいお土産になるな。
今、私が王都に行っても島から逃げ帰ってきたようにしか見えないから、王都に戻るのはずっと先のことだけど……。
「ただ、山椒ではありません。次に期待しましょう」
「違ったか。まあ、よい。次を探すとする」
またひょいひょいリルリルは進む。
森の中で白いワンピースの銀髪の少女を見るのはまだ慣れない。
リルリルの存在を知る前に出会っていたら、死霊だと本気で勘違いしそうだ。
それぐらいに現実感がないが、今の私は工房の掃除をするためというひどく現実的な理由で森をさまよっている。
「ほら、この白い花が咲いておる植物もトゲだらけじゃぞ」
「ノイバラですね。下剤に使うやつです」
「また違ったか。そいじゃ、あっちにあるのはどうじゃ? トゲだらけじゃぞ」
「それはタラノキですね。皮をはがして煎じて飲むと胃腸を休める効果があります。とくに飲みすぎの時とかによいそうです。でも、どっちかというと高級食材として有名ですね。食べられるのは新芽だけですが」
「トゲ以外の情報も何か出せ! トゲのついてる木ぐらい、なんぼでもあるじゃろ! ハズレばっかりで腹が立ってきた!」
あっ、ハズレが続いてすねてしまった。
「植物の説明というのはなかなか難しいんですよ。素人が違う毒草を採ってきて大惨事ということもしょっちゅう起こってますし。弟子に細かく教えるのは、もうちょっと先ですね」
「へいへーい」
リルリルは頭をかいてトゲ植物探しに戻っていった。
教授は「弟子はお客様ではない。まずは師匠からこの木が何かと教わるだけの期間を設けるぐらいでいい」と言ってたが、幻獣にそれが通用するのかは不明だ。
「それと、植物の特徴って口で伝えるのが難しいんですよ。トゲだとか誰にでも伝えられる言葉だけを並べて、種を同定するというのはほぼ不可能に近いです。それこそ、言葉にすれば特徴は同じだけど、片方は薬用で、もう一方は猛毒なんてこともあるんです」
そもそも薬用と毒の違いなんて、処方による相対的なものでしかないしな。
少量だと気付け薬になるが、多く摂取すると死ぬなんてことはザラにある。
リルリルは私の顔をじっと見つめてから、うなずいた。
「さようか。心得た。余も弟子として殊勝に働く」
どうやら理解してもらえたらしい。
人に教えた経験などほぼないから、せいぜい誠実に対応するだけだ。
「トゲというと、大きな豆みたいなのが生る木にもついておったな」
リルリルは小走りで私のほうに走ってきて、そのまま駆け抜けていった。
たったか、たったか。
今度は斜面を下っていく。
「あっ、もう少しゆっくりお願いします! はぐれます! 遭難します!」
森の中の道なんてろくに把握してないので、そこはリルリル任せだったのだ。
なのであまり単独行動をされると見失ってしまう!
「この程度の速度ならついてこれるじゃろ」
「無理無理! そっちは幻獣で、こっちは人間ですから! しかも、体力という面ではそのへんの人間よりも非力で虚弱なんです!」
私はあわてて斜面を下る。倒れるのが怖いので、へっぴり腰になったら、地面にお尻がついてしまった。
走ってるのか転落してるのかわからないまま、お尻で地面をすべっていく!
島に来て一週間で早くも命懸け!
ちょっとした平坦地のところにまで、やっと体が止まった。ほっとして立ち上がると、真ん前にリルリルが立っていた。
「あなたが人の姿になれるといっても、人の運動能力ではないことだけはわかりました……。わんぱくガキ大将の行動力ですよ……」
「この木はどうじゃ? 変な豆ができる木じゃが」
リルリルは私の苦労など興味はないらしく、木に手を置いていた。気楽なものだな…… おっ!? この山椒に似た羽みたいな葉の並びはもしや!
もしやも何も、地面の岩場に去年できたとおぼしい房もたくさん落ちている。
黒くなった豆に似た房だ。
「これです、これです。サイカチの仲間のダイオウサイカチです。ちゃんと熟したものも落ちていますし完璧です!」
私は袋を出すと、房をどんどん放り込んだ。
「ん~? これでどうやって掃除が楽になるんじゃ?」
「ここから先は私の出番です。成績だけはよかったので信用してください」
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