19 接しやすい守り神
「あ~、リルリル様じゃねえか 今日はフレイアちゃんと一緒かい」
「リルリル様、お久しぶりです」
「リルリル様、いいシカが獲れたからステーキどうですか? 錬金術師さん、今日も暑いけど夏はもっと暑くなるんで気をつけてくださいね」
「リルリル様、いちだんときれいですね。って、あたしが子供の頃からそんな見た目だねえ、はっは」
――以上、村の人たちの反応でした。
リルリルの正体、周知の事実!
「だから余計な気苦労じゃと言ったじゃろうが。そなたが悪い」
「むっ……むむむ……。『私が悪かったです』と言わなければいけないところです」
「じゃったら、言わんか。それは言っておらんじゃろ」
守り神リルリルの自己紹介は不要に終わった。
そこにサーキャおばあちゃんもやってきた。
「言ったとおりの見た目じゃったろう? 守り神様はふっさふさの白い毛をしておるんよ。今は人の姿だがねえ」
「ですね。実はサーキャおばあちゃんが事前にすべて教えてくれてたんですね……」
リルリルの情報は出会う前からちゃんと仕入れていたのだ。
ただ、仕入れていたことに気づいていなかっただけだ。
「近場に素材があったことにあとで気づくというのは錬金術師あるあるなんですが、それに近いです。いやあ、お恥ずかしい……」
「なあに、人間なんて死ぬまで恥をかき続けるんだから、気にしてちゃいけないよ」
サーキャおばあちゃんの言葉は名言なので、メモ帳に記入しておこう。
●
リルリルの自己紹介は不要とはいえ、リルリルと私が知り合ったことは伝えたほうがよいので、私たちはカノン村をくまなく歩き回った。
村というと狭く聞こえるかもしれないが、そんなことはない。低いところにも高いところにも畑地があり、家も一箇所に集中せずに分散している。アップダウンもあるうえに、移動距離も長いのだ。
あいさつ回りのあと、クレールおばさんの家に行った。
リルリルとセットでも当然のように歓迎され、食べきれないほどのごはんを出してもらった。
リルリルはどっちの姿で食べるのかと思ったが、普通に少女の姿で食事をするらしい。
たしかに、オオカミの姿で、テーブルの下にお皿を置かれるというのは人間的な生活を知ってるなら屈辱かもな。
「冷気箱のおかげで安心して多めに作れるよ」と言ってもらえた。作ったかいがある。
なお、私が食べきれなかった分はリルリルが食べた。
「人間の姿で食べると、すっごい大食いに見えますね」
「本体のサイズを知っておるじゃろ。たくさん食べたい」
私は食事をしつつ、明日以降の掃除計画を考えていた。
リルリルがいてくれるので当初の予定よりは大幅に早く終わると思うけど、もっと効率化を図りたい。あと、もっとピカピカにしたい。
掃除用のいい薬品、何かなかったか?
ここが学院なら確実にあるのだけど、島ではどうしようもない。
さっき寄った村の雑貨屋さん(数少ない村のお店)にもめぼしいものはなかった。
となると、自力で作ることになるか。
「なんか、考えごとかい?」
「まあ、そんなとこです」
デザートにクレールおばさんがフルーツを出してくれた。
オレンジに似てるけど品種がちょっと違うものだ。
「ほおおお! すっぱいのう……」
リルリルがかぶりついて口をすぼめていた。
「犬の仲間って柑橘系、大丈夫でしたっけ?」
「余は幻獣じゃからな。タマネギすら食える」
リルリルが偉そうに胸を張った。
「こういう果実は味は悪くないが、トゲがチクチクするから鬱陶しいんじゃよな。あのトゲをどうにかできんもんか」
「果実を獲られたくないからトゲを生やしてると思うので、私たちみたいな果実を獲る側がいる間は難しいでしょうね」
その時、授業の記憶がふっと頭をよぎった。
トゲ。
そして果実。
しかもここは南方の土地だ。
探せばあるかもしれない。
「リルリル、私は明日、少し森に入ろうと思います。掃除はいったんストップで」
「はぁ? 薬草を採取する前に掃除をせんとあかんじゃろ。順序をわきまえよ」
「その掃除を楽にできる薬草を探すんですよ」
リルリルの顔には「わけがわからん」と書いてあった。
●
その日、私たちはクレールおばさんの家に泊まった。
私たちというのは、リルリルも泊まったからだ。
リルリルの寝床も青翡翠島のどこかにあるはずだが、せっかくだから今日はおばさんの家にするらしい。
私もおばさんの厄介になっているわけなので、遠慮しろとも言いづらい。
私が寝ていた部屋の隣に、ほかの部屋からもう一つベッドが設置された。
「さて、明日に備えて早く寝るかのう」
リルリルは人の姿でベッドに横になる。
「そういや、人の姿で寝るんですね!」
てっきり、こういう時は本体である犬の姿になるものかと。
「あれだと、サイズがデカくて邪魔じゃろうが」
「やけに合理的な答えですね。ちなみにですが、どっちが本体なんですか?」
「不思議なことを聞くのう。じゃあ、そなたは着飾ったら偽物になるのか? そんなことなかろう」
「むむむ……。誤魔化された気がしないでもないですが、正論だと認めましょう」
私も、どの姿もすべて本来の私ですと言い張れるような人間になりたいものだ。
「それとな、その……」
なぜかリルリルは答えづらそうだった。
「獣の姿だと、毛がたくさん抜けるので、ベッドの洗濯が大変になるじゃろ……」
「守り神ってやけに細かいことにまで気をつかうんですね」
本音を言うと、八割感心しつつも、神聖さのヴェールが一枚はがれた気もした。
「むっ? そなた、余のような大型獣の毛の量を舐めておるだろう? 床を掃除するだけでとんでもない量の抜け毛になるぞ? 頭ぐらいにしか毛の生えてない人間の基準で考えるなよ?」
頬をふくらませたリルリルが体を起こしてきた。
「いえ、一緒に暮らしていくうえでは、ありがたい性格だなと思ってますよ、本当に」
「なんか、釈然とせんな。正しいことを言ったのに、小ばかにされておる気がする……」
神々しく所帯じみることは不可能に近いのだ。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
本作を応援してくださる方、続きが気になると思ってくださった方は、
ブックマークの登録や、
ポイントの投入(↓の『☆☆☆☆☆』を『★★★★★』に変えて評価)をして下さると嬉しいです。




