18 力尽きた
「すると、店舗の奥にあるドアはどこに続いてるんじゃ?」
リルリルは先へ先へと進んでいく。やはり行動が犬だ。正体は巨大な犬だしな。というか、今気づいたけど、人間形態でも尻尾はあるんだな。
尻尾が左右に動いているが、機嫌はいいのだろうか?
「あの、たまには家主に先を譲っていただけませんか?」
リルリルを追うように店舗部分の奥のドアを開けると、ちょうど正面に庭園が広がっていた。
大きな池があって、周囲を歩けるようになっている。
なっていた――と過去形にしたほうがいいな。
ここもいろんな草が茂っていて、しかも池も水の供給がないのか、ほぼ枯れ気味で、毒の沼地みたいだ。
「ううむ……見苦しいのう」
リルリルの尻尾が垂れた。テンションが下がったらしい。
「でしょう。私は工房の裏手には何度も回っているので、とくに驚きはないです。池泉回遊式庭園というやつですね。本来なら、通路を示す敷石を踏んでいけば、庭園全体を散策できる仕掛けになってます」
「茂みで封鎖されとるぞ」
「『本来なら』と言いました」
庭園の掃除なんて後回しも後回しだ。
「で、庭園の左手は――畑地か。ここはきれいじゃのう」
「でしょう。私が整備しましたから。畑そっくりですが、厳密には薬草園と言います。錬金術師の工房には必須のものです」
ミスティール教授がよく言っていた。「薬草園が整っているかどうかで錬金術師のレベルがわかる」と。
「どんなに工房がおしゃれで居心地がよい空間でも、薬草園で育てられている植物の種類が少なければ、同業者からは腕が悪い錬金術師とバレます。真っ先に整備しなければいけない場所でした」
「どうせなら工房もきれいなほうがよいがの」
「わかってますよ~だ。それは痛いほどわかってま~す」
「ひとまず工房の全容は知れた。まずは住居部分の掃除じゃな。拭き掃除用の雑巾を出せ」
この幻獣、本当にせっかちだなあ。
人手が倍になるのはありがたいが。カノン村の人に手伝ってもらうよりは気を遣わずにすむ。
すでに何かとなあなあで済ませているが、工房を開いて薬を売るとなれば、タダでいいですよと言うわけにはいかない。薬というのは、たいてい高額なので、お金はちゃんといただかないとやっていけないのだ。
「雑巾ですか。黄色っぽい布の袋に消耗品は入れてきまし――」
全部言い終わる前にリルリルは拭き掃除を開始した。
「あの、手伝ってくれるのはありがたいんですが……服が汚れますよ」
リルリルは純白と呼んで差し支えないきれいな白のワンピース姿だ。
とてもじゃないが、ほこりだらけの室内の掃除をお願いする気にはなれない。
美しいものが汚れるのは抵抗がある。変な性癖の人は美しいものが汚れることに興奮するかもしれないが。
「ああ、この服はな、余の体の一部じゃ。なので問題ない。本体が水浴びでもすれば、汚れもとれる」
「えっ、服がふわふわの毛に該当するんですか? じゃあ、服は脱げないとか? その姿で入浴するんですか?」
「そういうわけでもないんじゃがな。そこも魔力で上手いこと調節しておる。余もあまり把握しておらん」
「都合がいいなあと思いましたが、考えてみれば、こんな完璧な変化の魔法は魔導士でもとてつもなく高位の人しかできませんね」
幻獣の世界に、私たちの常識は通用しないらしい。
「まあ、いいでしょう! 掃除人数も当初の二倍! 今からこの建物をピッカピカにしてやりましょう!」
私は雑巾を握り締めて、気合いを入れた!
やるぞーっ!
二時間ほどで力尽きた。
●
「こするのって意外と体力使いますね……」
これが十五年使われてないということか。
ほこりがこびりついてるところも多い。
それに雑巾がすぐに黒くなってしまうので水洗いが何度も必要になる。
こちとら力仕事に慣れてないので、すぐに限界が来た。
床は汚くて寝転がることもできないので、椅子だけきれいにしてそこに座った。
リルリルはまだ元気に活動しているし、むしろちょっと楽しんでるふうまであるが、召使いのように働かせるのはこっちの気が退けた。
「すみません、一度、休憩としましょう」
「なんじゃ。まだまだ余はやれるぞ」
「どのみち長丁場になります。こつこつやりましょう。今日はこのぐらいでよいです」
「じゃが、寝室はまだまだほこりっぽくて寝れる環境ではないぞ。どうする?」
「もちろんクレールおばさんの家に泊まります」
「じゃあ、余もそうするか。人でない姿なら知られておる」
「はい、それでお願いします。一人泊まるのも二人泊まるのも同じこと――えっ?」
普通に流そうとしたが、大丈夫なのか?
守護幻獣が泊まりに来たなんて話になったら村がパニックにならないか?
友達が島にやってきたとでも言えば一泊なら誤魔化せはする。けど、リルリルは当面は私と行動をともにするらしいので、自己紹介ぐらいはしておくほうがいい……。
ただでさえよそ者がめったにいない島の中なのだ。
人の姿で私の近くにいれば、隠せるわけなどないし……。
「そなた、いろいろ悩んでおるようじゃが、多分心配せんでよいぞ。余計な気苦労じゃ」
「そうは言ってもですね、幻獣には経験のない気遣いというものが世間にはあるものなんですよ。村に通りのいい説明を考えないと……」
「じゃから、杞憂じゃって。あっ、こやつ、あんまり人の話を聞かん奴じゃな……」
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