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錬金術師のゆるふわ離島開拓記  作者: 森田季節
聖水加護付き強力洗剤
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17 やっと工房に入れた

 最高級の毛並みに埋もれるという至福の時間を三十分ほど過ごしてから、私は現実に向き合うことになった。そろそろいいかげんにしろと怒られそうだったので、体を起こした。


「さて……。名残惜しいですが、切り替えます」

 私の視界の真ん前にはボロッボロのかつての工房がある。


「目下の課題は、この工房をどうにか人が住めて、なおかつお客さんが入ろうと思えるレベルにまで戻すことです」


「おとぎ話の魔女の家みたいじゃな」

 ものすごく他人事のようにリルリルが言った。

「魔女だってこんなところには住みたくないですよ。まずはドアの前の細い木をどけないとですね」


 カギは村長からもらっているが、木が邪魔で物理的に開けられない状態だった。

「庭のほうの裏口は使えるのじゃろう。そっちから入ればよかろう」


「よく知ってますね。けど、最初の一歩が裏側っていうのは嫌です」

 表が使えなくて裏口のみの店なんて、お客さんの信用も得られない。


 人は第一印象で評価を決めてしまうものだ。この店ダメだと判断されるのは困る。

「南国の植物はさすがですね。草はともかく木まで生えてるとは……」


 そのぶん、王都近辺ではお目にかかれないような薬草(つまり私にとって商品の材料となるべきもの)もたくさん生えているのだが、現時点では商売の環境を邪魔されているので、素直に喜べる段階ではない。


「十日間を目途に住めるレベルにまで復旧させましょう。プラス四日で開店まで持っていければ上出来です」


 ぱんぱん。

 乾いた音が響いた。


 リルリルが人の姿になる。

 また薄い靄が出たが、今回は最初から人の姿が靄の奥に見えた。


 人の姿で、自分の両手のほこりを落とすように軽く叩く。

「営業まで二週間も待ってられん。もっと早く終わらすぞ」


 リルリルはそう言いながら、もう細い木に左手を伸ばしていた。

「ほいっ!」

 するすると木が抜けていく!


 まるで、土に埋まってるのではなくて、水につかってましたというように。

「なんてバカ力! しかも、根っこも切れずにちゃんとついている……!」


「こういうのはコツがある。そなたもヒゲ根のようになっている草を抜く時に力の入れ方を加減するじゃろ?」

 もはや力任せというより、魔法の一種の次元だ、いや、本当に魔法なのか?


「これでドアまではアプローチできるな。さあ、先に進むぞ」

「すごいです! これは守り神! 今のも魔法を使われてますよね?」


「わからん」

 そっけなく一蹴された。


「あのね……塩対応すぎやしませんか? 都会人の王都の人でももう少し愛想のある対応しますよ。それとも守護幻獣だけの秘伝の魔法だったりするんですか?」


 リルリルは手を左右にぶんぶん振った。

「違う、違う。本当にわからんのじゃ。余に魔力は備わっておるようじゃが、その魔力がどういうものか把握しとらん。なので、こういうことも経験だけでやっておる。魔法として習ったことなど一度もない」


 経験だけで?

 ああ、これが幻獣というものなのかと思い知らされた。


 いつのまにか、高度な魔法が使いまくれるようになってる人間は存在しない。

 どんな大魔法使いの血を引いていても、日常生活の中で魔法を使えるようにはならない。


「やっぱり格が違いますね……」

「ここの掃除ぐらい手伝ってやろう。幻獣なんて一年中暇しておるからのう。幻獣ともなれば、働かずとも生きていける」


 夢のようなことを言いつつ、リルリルはドアに手をかけていた。

「カギを渡してくれ。ああ、そなたが開けるか?」


「せっかくなので私がやります」

 木でふさがれていたくせにカギはあっさりとドアのカギ穴に入った。

「よし、ようやく工房の中にたどり着いたのう」


 ドアを前に押し開けて、そのままリルリルは建物の中に入っていく。

「家主の私より先に入られるの、微妙に腑に落ちないですね……」

 そこは最初の一歩も私にやらせてくれと思いながら、リルリルに続く。


 室内は外側の惨状と比べるとマシだった。

 ほこりは溜まっているが、湿気のせいで床材が腐ったりしてるよりははるかにいい。

「うん、思ったよりは傷んでないですね。あ~、【除湿石(じょしついし)】がちゃんと置いてあります。グッジョブ前任者」


 カウンターの上にどんと置いてある四角い白っぽい石は【除湿石】といって、立派な魔道具(アーティファクト)だ。


「これがなかったら、湿気で屋根が腐って落ちたかもしれません。あ、でも、そしたら国のお金で新たに建て直したかもしれないのか。おのれ、【除湿石】……」


「わざわざマイナスに考えるな。掃除だけで済むのじゃからよかろう」

「どうせなら新築にあこがれるじゃないですか。学院の寮だって古くて汚れ……伝統的な建物だったんですよ」



「口数が多いのう。陰気な奴よりはマシじゃ。今後もどんどんほざいてわめけ」

 ぽんとリルリルが私の頭に手を載せた。犬に近い動物にペット扱いされている。


 気を取り直して、私も工房内部の確認をする。

「ここが店舗部分というわけじゃな」


「そうです。さっきのドアがお客さんにとっての入口です」

「入って左手のドアが住居部分に続いておるのかのう。うむ、正解じゃな」


 また私より先に中身を見たな。

「住居もそんなに傷んではおらんな。無理をすれば住めるじゃろ」

「無理をしないと住めない物件は困ります」


 施設も学院の寮も古かったので、生まれてこのかたきれいな家に住めたことがない。そろそろ住みたいぞ。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます!


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