109 即物的なご利益
一回止めると書いたんですが、もうちょっと続きます!
定休日だったので、私は弟子二人を連れて、港のほうへ向かった。
カノン村を過ぎると、しばらく人の気配はない。呑気な街道の道が続く。
このあたりは海からも離れてるのか、風の通り道にないせいなのか、波の音も聞こえない。
リルリルは今日は獣のほうがいいと言って、オオカミの姿である。ナーティアの場合はロック鳥の姿だと歩きづらいので、選択権はないに等しい。
結果、女子二人と巨大飼い犬みたいな構図になった。
「自分から出歩くなんて珍しいのう。少しは体を動かすほうがいいと学んだか」
「保護者目線はやめてください」
オオカミ姿のリルリルが私の真横を歩いてくる。これは本当に真横だ。
というのも、ずりずりと毛が私の服にぶつかっている。
人間だと論外の距離感だし、実際、人の姿をしている時のリルリルも今より距離をとって歩くのだが、オオカミの場合は感覚が変わってくるらしい。
私としては気にはなるが、うっとうしいというほどではない。つまり、これももふもふすることの一種だからな。
人には絶対べたべたされたくないが、ふわふわの毛をしている動物なら話は別ということ。
リルリルがトゲの生えた幻獣でなくてよかったと思う。ちくちくするのは困る。
やわらかな毛を感じながらだと、だらだらと変わり映えのない道もなんとも楽しくなってくる。
あはあ、ははは……いいなあ。
「あの……フレイア様、なぜか顔がゆるんでいらっしゃいますわ」
「しまった、顔に出ていた!」
どうやらナーティアから見ると、私はかなり異様な表情をしていたらしい。ナーティアの心配そうな様子でそうとわかった。
「安心してください。人が通りかかったら、すました顔にしますから。その程度の振る舞いはできますので」
「は、はぁ……。フレイア様は本当に毛がお好きなのですわね」
間違ってはいないが、なんか嫌な言い方だな。当たり前だが、人間の胸毛や腋毛なんかはさわりたくもないし、見たくもないぞ。当たり前すぎるから言う機会もないけど。胸毛をさわりたいですかなんて質問をされる状況などない。
「余の毛並みは神の領域じゃからな。触れると心がとろける心地になるのも自然なことじゃ」
「ただのオオカミの毛でしょう。北へ旅した時に何度か戦って、毛をひきちぎったこともありますが、どうということもありませんでしたわ」
「おっと、荒事の話はやめましょう。怖いので」
「余が相手ならそんな無様な真似はせず、逆にのど笛噛みちぎってやるところじゃ」
「おーい。怖い話はやめてくださ~い。聞こえてますか~。こっちはか弱いんですよ~」
人知を超えた存在の言葉はまあまあショッキングなので、気をつけてもらいたい。私は小娘も小娘なのだから。
「ところで、今日は何の用で港へ行きますの?」
やっと話題が変わった。あと、理由を話してなかった。
「注文していた薬のたぐいが港に来てる頃なんですよ」
「ほう、それは錬金術師のはしくれとしては余も見ておかねばのう」
リルリルがさっと人の姿に変わった。オオカミだと錬金術師らしくないと思ったか。法的には錬金術師じゃないが、はしくれと自称しているから大目に見よう。
私の見立ては正解で、港の倉庫には「工房」と雑な宛先のラベルがついた木箱が置いてあった。
早速、中身に間違いがないか、箱を開封する。
「うん、ファイアリザードの尻尾、四角目玉カエルの毒液、どれもちゃんと入ってますね。あとは雑多な安いものなので、漏れててもどうってことはないです」
「けっこう、キワモノを買うておるんじゃな……」
リルリルが嫌そうに中を覗き込んだ。別に見た目からしてグロいものはないぞ。
「先に言っておきますけど、ネズミやら蛆やら不潔そうなものを集めたら魔法の品が作れるというのは、何も知らない人の偏見が生み出した迷信も迷信ですからね。ファイアリザードの尻尾は火の魔力が強いから有用ということです。カエルの毒液もこれ自体は毒ですが、成分を上手く使えば薬になるわけです」
「愚かな人間は現実をありのままに見る能力が足りていませんから。嘆かわしいことですわ」
ナーティアの言葉はかなりきついが、おそらく過去に何かあったんだろうな。
引っ越してきたことと何か関係あるのかもしれない。私から聞いていいことかはわからないので、そうっとしておこう。
「なんじゃ、鳥は過去に人間に追われたことでもあるんか?」
リルリル、デリカシーがない!
「そうですわ。しかも信仰されていた土地でですから、始末に負えませんわ」
あっ、これはむしろ愚痴を話したいという態度だな。デリカシーがないのが功を奏することもあるのか。
「ある時期に、わたくしを信仰する価値などない。拝んだところで何も救ってくれなどしないと言い立てる愚か者が増えてきたのですわ。ああ、忌々しい」
「拝んでも価値がないのは事実じゃろ。鳥なんじゃし」
「どうしても遠くまで出かけなけれないけないという時には、背中に乗せたこともありますわ」
ご利益が物理的!
どちらにせよ、それは一般には神様とは言わないので、神として祀る意味はないという話になること自体はわからなくもない。
体系的な教義を持つ宗教が入ってきて、ロック鳥信仰が衰えたというか、とどめを刺されたのだろう。
「腹が立って、わたくしを祀るなと言っている屋敷を留守の間にぐしゃっとつぶしたら、悪魔だと言われてしまいましたわ」
「やることやっておるではないか。怒られて当然じゃ」
「でも、祀るなとか先に言ってきたのは向こうですわ。悪口を言われたら報復しないのは無粋でしょう?」
う~ん……。
私の頭にはこんな言葉が浮かんだ。
どっちもどっち。
GAノベルから2巻の発売が決定しました! 4月中旬発売予定です! 今後ともよろしくお願いいたします!




