99 替え玉設置作戦
最悪だ。
このガキ代官、触れられたくないところを触れてくる……。
「錬金術師の規定には違反してませんよ。お金の支払いは工房でしか行われない形にしています。商品が魔法で村のほうに届いてるだけです」
「グレーなのはあなたもわかってるでしょ」
「ホワイトじゃないのは認めます。だが、グレーとは認めん! なぜなら、グレーと認識してたということになると面倒だから!」
横からリルリルが「屁理屈じゃ」と言った。こういう決まりは屁理屈が大事なのだ。そういうものなんだ。
「あくまでも脅しの道具よ。ウェンデ村の人が感謝してるのも知ってるし、村を困らせるような手を打つ気はないわ。わたしの任期が迫ってるわけでもないのに島民に恨まれることはしないから」
エメリーヌさんは頭をかきながら続けた。
「だから、あなたも島民のことを考えるなら、島からトンズラするなんてやらないで。休暇ってことにして山中にこもるなんてこともダメだから」
「くっ……まっとうな代官のセリフだ!」
これでは逃げられないじゃないか。
工房の営業時間を完璧に無視することは許されない。工房は島民の命綱みたいなものだ。
でも、相手は一人で島にふらっとやってくるだけだ。
一人をだますだけなら工房にいながらでもやれるんじゃないか。
「よ、よし! どうにか会わずにやりすごしてやりますよ」
私は覚悟を決めた。決めたのだ。
「決意の内容がかっこ悪いのじゃ」「無粋ですわね」
弟子からの評価はさんざんだった。
「でも、どうするんじゃ? さすがにこんなこと、魔導具で対処できる範囲を超えておるじゃろ」
「知恵を使います。二位ではなくて一位ですから」
「友達はいないけど敵はけっこう多そうね」
エメリーヌさん、それは失礼すぎるぞ。
「三位や四位も襲撃に来たりして」
シャレにならないことを言わないでほしい。
●
別に工房から逃げる必要などない。工房の中でもできることはある。
私は店舗スペースの裏手のドアを開けっぱなしにして、そこで仕事をしていた。
店舗の裏手のドアの先は庭だが、家の庇がついている部分は半分屋内のようなものである。匂いがきつい薬草を扱う時にもちょうどいい。
それと、店舗の様子もドアからそうっと確認ができる。
店のドアが開く。
私は体を死角に隠す。
あっ、カノン村に住んでるおばさんか。
「ポーション一つくださいな。旦那のふつか酔いにはあれが効くんでね」
「ふつか酔いということだったら、おまけの効果みたいなものだから、この安いので問題ありませんわね」
「あら、今日は錬金術師さんはお休みかい?」
「いえ、店の奥で働いてらっしゃいますわ」
うん、ナーティアが無難に店番をこなしている。
店番も弟子のつとめなので、しっかりやってくれ。
時折、リルリルがこっちに視線を向けてくるが、気にしない。私は店で働いているだけだから何もおかしくない。ただ、接客をしてないだけである。
今日はあとせいぜい二人お客さんがくれば上出来だなと思っていたら、珍しく十分もたたずに次のお客さんが来た。
島で見たことのない顔だった。同世代とおぼしき女子だ。
やけにくせ毛で髪がもわっと広がっているが、こういう髪型が流行ってるのかな……?
まあ、全島民の顔を把握してるわけではないが、おそらく島民ではない。服装が錬金術師っぽいのだ。少なくとも農業に従事する雰囲気はない。
「いらっしゃいませ。工房へようこそ」
無難にナーティアが声をかけた。リルリルなら「見ない顔じゃの」とか言ったと思う。
「あれ? ここで働いてる錬金術師って一人だけじゃないの?」
私は客の目線の完全な死角に逃げた。
ついでに作業の手も止める。音がすると危ないからな。
「わたくし、ここで働いている者ですが、どういったご用件ですの?」
「ここにフレイアっていう錬金術師がいない? つーか、こんな小さな島に何人も錬金術師が工房で働いてるんだ……」
ナーティアは見た目だけなら見事にうら若き錬金術師である。背が高いせいか大物っぽさもあるが。
「錬金術師の方ですのね。わたくしはナーティアと申しますわ。あなたのお名前は?」
「アルメリーゼよ。ワタシは今年から働き出したばかりだから、あなたのほうが先輩か……。アルメリーゼです」
必要がないのに私は息を止めて死んだふりをした。
気配を完全に消すほうが万全な気がする。
だが、死んだふりをしつつもぎりぎり店舗の様子は観察する。
目を向けないと落ち着かない。
これか、これが犯人は現場に戻ってくるという理論か……。
相手は犯人でもないし、犯行現場ですらなくて、相手が来たのは初だけど。
何が言いたいかといえば、とにかく状況を自分で把握しないと落ち着かないということだ。
「フレイアって錬金術師に用があって来たんですが、知りませんか?」
「……フレイア? あの、何か勘違いされてらっしゃいません? この島にそんな錬金術師がやってる工房はないはずですけれど。もしかして……黒翡翠島のような別の島と勘違いされてません?」
ナーティア、よく健闘してる! このまま単純な誤解だと思わせて帰らせちゃって!
「黒翡翠島? そんなまぎらわしい島名があるんですか!?」
「ほら、こういった王都から離れた島は、王都の権力者がまとめて名づけたりするでしょう? 名称としては青翡翠島、赤翡翠島、黒翡翠島、白翡翠島が同時に誕生することもありえますわ」
説得力のあるウソだ。素晴らしい!
いや、そう素晴らしくもないな……。大丈夫かな……。