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ありがとう、スニーカーの神様


今日はバレンタイン、彼に渡すチョコレートケーキ忘れずに持って行かなくちゃ。


昨日バイトを終えてから頑張って作ったケーキだもの、彼甘い物が苦手だから砂糖を減らし少し苦めのチョコレートケーキに仕上がっている。


朝食の後片付けを終えて、誰もいない家の中に「行ってきます」と声をかけ学校へ向かう。


昼休み、何時も彼と一緒に昼食を摂る屋上の扉の前の踊り場に行く。


アレ? 階段を上がり踊り場に行くとそこには彼だけでなく、彼の肩にしなだれかかっている隣のクラスの女の子がいた。


階段を上がって来た私に気が付いた彼が、衝撃の言葉を投げ付けて来る。


「俺たち別れようぜ」


「え! ど、どういう事?」


「お前と一緒にいてもつまらないんだ。


遊びに誘えば、バイトがあるから行けないって返事が返ってくるだけだし。


スマホを持っていないから連絡も直ぐに取れない。


一番頭に来るのは、何時まで経ってもやらせてくれないって事だ。


ブスでは無いけど美人でも無いお前なら直ぐやらせてくれると思って付き合ったけど、誤算だったわ。


この子、可愛いだろ。


俺の事が好みなんだって。


今日の帰りラブホに寄って、バレンタインのプレゼントくれるって言ってくれたんだ。


だからそういう訳で、お前とは縁を切る。


じゃあな」


立ちすくむ私を踊り場に残し、彼は私の顔を覗き込んでクスクス笑う女の子を連れて階段を下りて行く。






……あ、あれ? 此処何処だろう?


なんかボーとしていて、気が付いたら薄暗くなっていて知らない駅の駅前のベンチに座っていた。


手に持っているのはチョコレートケーキとお弁当が入った紙袋だけ。


鞄は?  午後の授業受けたっけ?  それより此処何処?  どうやって此処に来たの?  全然思い出せない。


帰りの電車賃あるかな? 財布の中を確認する。


小銭が数枚入っているだけだ、如何しよう?


お母さんに迎えに来てなんて言えない。


身体が弱いのに仕事を3つも掛け持ちして私を育ててくれているお母さんに、迎えに来てなんて言えないよ。


歩いて帰る? でも此処から家までどれくらい距離かあるの? 分らない、どうしよう。


突然、頭上から声を掛けられる。


「誰かと待ち合わせしているのかな?」


顔を上げ声を掛けて来た男の人の顔を見た。


22~3歳くらいの男の人が私を見下ろしている。


「いえ、違います」


「あ、違うんだ。


紙袋の中身チョコレートだと思ったから、渡す人を待っていたのかなって思ったんだけど。


待ち合わせじゃないのなら僕とデートしない?


大20枚で」


大20枚ってことは、20万円って事?


え、援助交際? 身体を売るの?  で、でも20万円あれば、お母さんを楽させる事ができる。


男の人の顔を見上げながら頷く。


「じゃ行こうか」


男の人が手を差し出して来たのでその手を握る。


近くの駐車場に止めてあったBMWに乗せられ、物凄く高そうなホテルの駐車場に入って行く。


男の人は車のトランクからバッグを取り出してフロントに行き、チェックインの手続きを行ってカードキーを受け取った。


フロントからエレベーターの方へ歩き出した男の人の背に隠れるように私は後に続く。


部屋は高層階にあって夜景が綺麗だ。


部屋の中も豪華、こういうのスイートルームっていうのかな? ベッドルームだけで無く革張りのソファーのセットが置かれた部屋と続き部屋になっている。


目を丸くして部屋の中を眺めている私に男の人が声を掛けて来た。


「先に食事にしよう、何が食べられない物ってある?」


「え、いえ、ありません」


「そ、それじゃ寿司を食べに行こう」


ホテルの最上階にあるお寿司屋さんに連れていかれ、カウンター席に座る。


お寿司の皿が流れていないお寿司屋さんなんて初めて。


男の人が注文してくれた。


板前さんがカウンター越しに握ったお寿司を皿の上に置いてくれる。


ご飯が上に乗るネタで見えない。


次々と皿の上に乗せられるお寿司、見たことが無いネタのお寿司ばかりだ。


美味しいよ、美味しいよ。


お寿司に気を取られ、男の人に聞かれた事全部話しちゃった。


彼に振られ気が付いたらあそこに座っていた事や、シングルマザーで私を育ててくれているお母さんの事とか、この美味しいお寿司、お母さんにも食べさせてあげたいなって事なんかも。


全部話しちゃったら、これから私が体験する事を思い出し身体が震える。


男の人に手を引かれお寿司屋さんを出る、震えが止まらない。


怖い、怖いよ。


部屋に戻り男の人が声をかけて来た。


「じゃ、脱いで」


震える手で制服のボタンを外そうとしたら男の人に制止される。


「違う、違う、脱いで欲しいのはスニーカー。


あ、あと、スニーカーのサイズを教えてくれるかい?」


困惑しながらもサイズを答えると、男の人はバッグからブランド物の真新しいスニーカーを取り出し、私に差し出しながら話しを続けた。


「このスニーカーとさ、君の履いているスニーカーを交換して欲しいのだよ」


「で、でも、20万円って」


「うん、だからスニーカーの代金が20万円。


裸足で帰らせる訳にはいかないから、代わりのスニーカーとしてこれ」


「か、身体は?」


「君まだ16歳だろ。


君の前には輝ける未来が待っている。


1度や2度失恋したからってそんな事で身体を売るなんておかしいよ。


輝ける未来に到達するまでに人は何度も壁にぶち当たり挫折する。


だからその挫折を糧にして前に向かって歩を進めれば良いのだ。


まあ、僕みたいな変態が言っても説得力なんて皆無だろうけどね」


履いていたスニーカーを男の人に渡す。


男の人は私が履いていたスニーカーを鼻に当て深呼吸した。


それからスニーカーをビニール袋に入れて密封してからバッグにしまい込む。


男の人は財布から20万円を取り出して私に渡しながら「じゃ、帰ろうか」と言った。


「え? 泊まらないんてすか?」


「君が家出して神待ち中の女の子だったら此処に泊まらせて、明日帰らせるところだけど違うだろ? 


だから早く帰ってお母さんを安心させてあげなさい」


男の人は私の手を引っ張りフロントに行くとチェックアウトする。


そのときフロントでさっきのお寿司屋さんの名が印刷されている紙袋を受け取っていた。


アパートの前まで送ってくれて車から下りた私に、フロントで受け取っていた紙袋を差し出す。


「はい、此れ、お母さんに帰りが遅くなったことを謝って、お土産として渡しなさい。


それじゃバイバイ」


男の人はそう言って紙袋を私に渡すと車を発進させる。


紙袋の中にはお寿司屋さんの折り詰めが数パック入っていた。


此処まで送ってくれる途中に車の中で男の人の名前などを聞いたんだけど教えてくれず、「ただの変態だよ、そんな変態の名前なんて覚える必要なんてないよ」としか言われなかった。


だから私は遠ざかって行く車のテールランプに向けて頭を下げお礼の言葉を口にする。


「ありがとう、スニーカーの神様」






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