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代表作

あたしはエイリアン

 春の陽気に思わず笑顔になりながら、あたしが校門をすぐ前に見て歩いていると、後ろから背中をちょんと叩かれた。


「おはよう、真奈美まなみちゃん!」

香菜かな、おはよ〜」


 いい笑顔だ。親友の香菜はいつももじもじしてて大人しいのに、あたしといる時だけ元気な笑顔を見せてくれる。『この子はあたしがいないとダメだ』とは思わないけど、ずっと一緒にいてあげたいな。


 教室へ向かって並んで歩きながら、香菜が小動物みたいな声で言う。

「真奈美ちゃんさー、あの話、知ってる?」

「あの話って?」

「昨日、バラエティ番組でやってたんだけどー……」

「うん」

「地球には既にエイリアンが住んでて、人間を支配してるんだってー」

「よくある感じの嘘話だねぇ〜」

「本当だよ! 本当に、地球はもう、エイリアンに支配されてるの。もしかしたらこの学校にも……。もしかしたらうちのクラスにも!」

「はいはい」

 あたしは香菜のかわいい頭を撫でてあげた。

「香菜はそういう話、好きだよね〜」



花岡はなおかさん、おはよう!」

真奈美まなみちゃん、おはよー!」


 クラスの子や知らない男子たちがあたしに挨拶をしながら通り過ぎていく。あたしは笑顔でみんなに手を小さく振り返した。


 やがて取り巻きさんにあたしが囲まれると、香菜はいつものように一人で校舎に入っていった。




 教室に着くと、すぐに先生がやって来て、みんなを前に言った。


「突然だが、今からエイリアンチェックをする!」


 先生も昨日のそのバラエティ番組とやらを観たようだ。完全に感化されてた。


「隣のやつの髪の毛を1本抜くんだ。エイリアンなら抜いた髪の毛が生き物のようにシュワシュワと動くんだそうだ。昨日テレビでやってた」


 そんな寄生獣じゃあるまいし。そんなことが……と思いながら、隣の席の香菜を見ると、真剣な顔であたしを見つめてた。


「いくよ? 真奈美ちゃん」

「はいはい。どーぞ」


 プチッと香菜があたしの長い髪の毛を1本、抜いた。それを机の上に置くと、固唾を呑んで見つめる。


 髪の毛は動かなかった。当たり前だ。

 こんなのが蛇みたいにウネウネ動き出したら持ち主のあたしだってパニクるところだ。

 香菜は動き出すことを信じてるように、机の上の長くて茶色いあたしの髪の毛をじーっと見てる。動き出さないのをようやく認めると首をひねった。そんなにあたしを宇宙人にしたいのかよ。


「じゃ、香菜のも抜くよ〜?」

 あたしは香菜の艶々として黒いおかっぱ頭に手を伸ばすと、髪の毛を1本つまんだ。

「痛かったらごめんね?」


「あっ……!」

 香菜が泣きそうな顔をしながら手を前に出した。

「……私っ……、痛いのだめなの……。真奈美ちゃん、こっそり許して?」


「仕方ないなー……。内緒だよ?」

「ありがとうー」


 あまりに香菜がビビるので、あたしは抜いたフリをして許してあげた。

 まぁ、この子みたいに大人しくてかわいい女の子がエイリアンなわけないし……。


 他のみんなもそれそれ髪の毛を抜き合って遊んでいた。

 結局エイリアンは一人も見つからず、先生をほっとさせた。


「よし! これで安心して授業ができるな」


 心底安心した様子の先生に向かって、あたしは手を上げ、発言した。

「先生! まだ先生のチェックが残っています!」


 おおー! と、みんながあたしに同調して声を上げる。


「いや……。俺はいいんだ」

「よくありません! 先生がもしエイリアンだったらあたしたち、安心して授業が受けられません」


 そうだ、そうだー! とみんなが笑いながらあたしに同意してくれる。


「いや……。待て、花岡はなおか真奈美まなみ! 俺のこの既に薄い頭から1本また抜くというのかっ!? 貴様に人としての優しい心はないのかっ!?」

「ハゲは関係ありませーん。みんなを安心させてください」


 あたしは席から立ち上がり、教壇へ向かってずんずん歩いた。


「あたしが抜いてあげます」

「きゃーっ! や、やめてくれ! 先生の髪の毛を抜かないでくれえっ!」


 プチッ!


 みんなが大笑いした。

 大人しい香菜も口に手を当てて笑ってる。

 結局、先生の髪の毛も動き出さなくて、クラスにエイリアンは一人もいないことが判明した。




 あたしにはいわゆるコミュ力というやつがあるらしい。


 あたしが前に立つとみんなが笑顔であたしに注目する。あたしが何か発言するとみんながそれにノッてくれる。アイドル性があるといったほうがいいのかな?


「花岡さんて、素敵だよな」と、みんなが言ってくれる。嬉しい……ん、だけど──


 でもあたしなんかより──ほんとうは香菜のほうが、アイドルには似合ってる。いわばあたしは賑やかなだけのバラエティーアイドル、香菜は真正で王道のかわいいアイドルだ。

 でも大人しくて変わり者だと思われてるからか、香菜を持ち上げるひとは、いない。友達もあたししかいない。


 あたしには友達がいっぱいいる。ファンもいる。でも、親友だと思ってるのは香菜だけだ。あたしはお金持ちの家の娘で陽キャだって思われてるけど、ほんとうは寂しがりで、心の底は結構暗い。それをわかってくれるのは香菜だけだと思っている。


 それにやっぱり、あたしにだけ元気な笑顔を見せてくれる香菜のことが、かわいかった。



 ☆  ★  ☆



「ただいまー」


 家に帰ると、パパが血相を変えて奥から出てきた。だだっ広い廊下の向こうから全力で走ってくる。心なしかいつもの男前っぷりがちょっと崩れてる。


「真奈美……! 大丈夫か?」

「何が??」


「学校で……ちゃんと民衆をべているか?」

「何それ。まぁ、人気者だとは我ながら思うけど?」


 二階からママが顔を覗かせた。渡り廊下を歩いて、螺旋階段を優雅に下りてくると、心配そうにあたしの体をペタペタ触りはじめた。ママの美魔女っぷりもなんだか崩れてる。なんなの……。


「真奈ちゃん……」

 ママが困り果てた顔をして、言った。

「昨日のバラエティ番組でね、地球にエイリアンが潜んでるって、取り上げてたの」


「あー……。それ、学校でも話題になってたよ」


「大丈夫だった?」


「だから何が……」


 パパが呆れたように声を張り上げた。

「おまえがエイリアンだってこと、バレなかったかって聞いてるんだ!」


 時が、止まった。


 パパの言葉の意味がわからなすぎて、脳が動きを停止した。


 あたしがエイリアン……?


 そんなこと、聞いたこともないけど?


 そうだ。聞いたことないなら今、聞いてみよう。


 そして時は動き出す。


「あはは!」

 とりあえず冗談に違いないと思って聞いてみた。

「何よ。ドッキリ? 自分の娘をエイリアンにしないでよ」


 二人が並んで信じられないものを見るようにあたしを凝視した。


「ま……、まさか……」

「自覚がなかったの……?」


「いや、待って」

 左手を前に突き出して、あたしは言った。

「あたしがエイリアンならパパとママは? あたしをたまごだった時に橋の下で拾ったとか? それとも……」


「もちろん──」

「パパとママもエイリアンよ」


 そう言うと、二人が変身した。

 セレブな髪型はそのまま、コメツキバッタみたいに長い顔の、ゾンビっぽい茶色の肌のエイリアンになった。


 あたしは思わずのけぞり、後ろに転び、花瓶をお尻で壊した。そんなバカな……、これがあたしの両親のほんとうの姿だっていうの!?


 でも……待てよ?


 パパとママがこれだってことは──


「この鏡で自分の姿をよく見なさい」


 そう言ってママが差し出してきた手鏡に映る自分の顔を見て、あたしは気を失った。





 家族四人揃って食卓で会議を行った。


「ねーちゃん、自分がエイリアンだって知らなかったのかよ。ウケるー」


 弟の孝之たかゆきがあたしをバカにして笑う。

 小学校四年生の大きさのままコメツキバッタ顔になった弟に、あたしはどうしても慣れなかった。これがあの……小四にしてインスタでアイドルのようにファンを集めているマセガキの弟だなんて……。


「考えてみれば無理もない。私たちは地球の暮らしに溶け込みすぎていた」

 パパがあたしを擁護してくれる。


「犬だって人間の暮らしに溶け込みすぎたら自分を人間だと思うっていうでしょ? 真奈美ちゃんはその逆バージョンなのよ」

 ママがよくわからないたとえであたしを説明してくれた。


「とりあえずねーちゃんを再教育しないとね」

 孝之がなんかムカつく言い方をする。

「俺たちマフィラス星人が地球に住んでいる目的を教えてあげないと」


 パパの建設会社が地下に何かを作っているということは知っていた。どんなものかは詳しく知らず、たぶん温泉でも掘り当てようとしてるんだと勝手に思ってた。

 でも詳しく聞くと、それは地球人を収容して正式な奴隷とするための強制労働施設なのだという。


「現在、社会のトップの座にいるのは、そのほとんどが我々の仲間だ」

 パパが初耳なことを教えてくれた。

「地下の強制労働施設を完成させ、地球人を皆そこに送り、地上支配を完全なものとするまでは、地球人に我々の存在を知られてはならん。数ではやつらのほうが圧倒的に多いのだからな」


「あなたもちゃんとクラスを支配してないとダメよ?」

 ママがあたしに助言をしてくれる。

「私たちには『カリスマ性』という、マフィラス星人の持って生まれた能力があるんだから。ちゃんとそれを駆使して権力の座に着くようにしなさい。孝之みたいにね」


「俺はちゃんとクラスのやつらを自分の魅力で支配してるぜ」

 孝之が自慢するように、言った。

「クラスのかわいい女子はみんな既に俺のものだし、男子も全員手下として使ってる。教師だって俺の言いなりだよ」


 あたしは途方に暮れるしかできなかった。


 自分はただの陽キャ扱いされてるふつうの子で、確かに人気はあるみたいだけど、単なるクラスを構成してる1人に過ぎないって思ってたのに……。


「とりあえず、あのバラエティ番組を制作したプロデューサーはクビにする」

 パパが憤って口にした。

「ちょうど私のところの系列会社がスポンサーだ。あんな危険な番組を流しやがって……」


 パパが呟くのを聞きながら、部屋の食器棚のガラスに映る自分の姿を見た。ふつうだ。ふつうにあたし、いつもの地球人の姿だった。他の三人は髪の生えてるコメツキバッタだ。まばたきするコメツキバッタ気持ち悪い……。


「──あたし、学校で髪の毛抜かれたけど、動き出さなかったよ?」

 あたしは思いついて、パパに聞いた。

「あたしがエイリアンなんて……嘘なんでしょ? 嘘だよね? 何のドッキリなの、これ?」


「ああ。番組ではそんなことを言っていたな。エイリアンかどうかは髪の毛を抜いてみればわかるだとか……。あんなバカげたチェック方法で我々の正体が見破れるものか。寄生獣じゃあるまいし」


「どうしてさっき……」

 今度はママに聞いた。

「手鏡の中に──あたしの顔がへんなふうに……じゃなくて……、ほんとうのあたしの姿が映ったの?」


「あれはカムリスタ鉱石で作った手鏡よ。カムリスタ鉱石の前ではどうしても私たちの変身は見破られてしまうの」


「しかし地球にカムリスタ鉱石は存在しないから大丈夫だ」

 パパが言った。

「あれは我々の母星の他には数少ない星にしか存在しない。だから真奈美も正体がバレることなど心配せずに、安心してクラスを支配しなさい」


 あたしはうつむいた。

 正直、気が進まなかった。クラスのみんなはあたしが何か発言するとちゃんと聞いてくれて、ノッてくれる。いいやつばっかりなんだ。

 中にはノリの悪いひともいるけど、たとえばそのうちの一人……っていうか最もそれに当てはまるのが、香菜だった。あたしの一番の親友だ。

 あたしは顔を上げると、パパに聞いた。


「ねえ! あたしたち、すべての地球人を奴隷にしちゃうの? 地球人の協力者みたいなのは、いらないの?」


「我々の正体を知り、協力してくれている地球人は既にいるよ」

 パパが即答した。

「自分だけ甘い汁を吸えるなら同胞を裏切れる者はいるものだ。信用はならないが、甘い汁を吸わせてやっている限りは我々を裏切ることはないからな」


「友達は?」

 あたしが聞きたいのはそういうことだった。

「地球人でも、仲良くなれたひとは奴隷にせず、そのまま仲良く地上で一緒に暮らすとかはできないの?」


「何を言ってるんだ、この子は」

「地球の生活に馴染みすぎて思考回路がおかしくなってるわ……」

「ねーちゃん。地球人なんかみんなミミズかなんかだと思えよ」


「思えないよ……! みんな楽しい友達なんだよ? あたしもみんなと同じ地球人だと思ってたのに……。ミミズだなんて……、どっちかっていうとあたしのほうがコメツキバッタだよ!」


 三人が顔を見合わせて、なんだかあたしのわからない言語でコソコソと会話をはじめた。



  ☆  ★  ☆



 翌朝、学校へ向かって歩きながら、色々と考えた。


 あたしは地球人を支配なんかしたくない。今まで通り、みんなと対等に、仲良くやって行きたい。

 でも、あたし一人の力でマフィラス星人による地球侵略を止めることなんて、出来っこないのだった。


 ちょん、と背中をつつかれた。


「おはよー、真奈美ちゃん」


 振り向くと、香菜の眩しい笑顔があった。あたしは思わず泣きかけた。


「どうしたの? なんか暗いなー。……あれ? メガネなんかかけちゃって、どうしたの?」


 カムリスタ鉱石で作ったメガネをかけているんだよ──なんて、言えなかった。『これをかけていれば誰が同胞かわかるから、かけて行きなさい』と、パパから渡されたのだ。


 守らなければならない秘密が出来ると、あたしはいつも暗くなる。自分の殻に籠もりすぎちゃって、何も喋れなくなる。


 そうだ。


 香菜にだけ、打ち明けてみようか。


 香菜はいつも、あたしに秘密が出来ると、それを聞いてくれた。

 妻子のいる先生を好きになってしまった時も、けがらわしがらずにちゃんと聞いてくれて、スッキリとした方法で諦めさせてくれた。


 香菜に話してマフィラス星人による地球侵略がどうなるものでもないけど、少なくともあたしの心はいくらかスッキリするだろう。


 あたしが口を開きかけたその時、香菜が言い出した。


「エイリアンの話さー、ほんとうらしいよ? 既にたくさんのエイリアンが人間に混じって生活してて、宇宙からの特殊な電波で自分を地球人に見せかけてるんだって。目的は地球侵略! うちのお父さん、軍に勤めてるんだけど、侵略計画を打ち砕くための研究してるの。地球をやつらの好きにされてたまるか! ってね」


 言えなくなってしまった。


 あたしがエイリアンだと知ったら、香菜はどうするだろう。


 あたしを彼女のお父さんに突き出して、何かの実験体にするかもしれない。


「真奈美ちゃんて、目、悪かったっけー?」

 香菜があたしのメガネに興味津々だ。

「ちょっと貸して?」

 手を伸ばしてきて、それを奪い取りかけた。


 あたしのほんとうの姿を見る気だ!


「ひいっ! やめて! やめて!」


 あたしは思わず全力で抵抗してしまった。


「……どうしたの?」

 香菜のあたしを見る目が、冷たく感じた。

「今朝の真奈美ちゃん、なんかへんだよ?」

 そう言いながら、口の端が笑っていた。





 クラスの中に同胞はいなかった。

 教壇に立つ先生も、カムリスタ鉱石のメガネを通して見ても、みんな地球人の姿をしていた。

 陽キャなら誰でもマフィラス星人だということはないようだ。カリスマ性をもち、権力を手にしているようなひとがそうらしいけど、そんなひとはなかなかいない。


 あたしは廊下を歩きながら、色んなものを見てみた。いつもと変わらない。みんないつも通りの地球人だ。やっぱりあんなの嘘話だったのかな?


 ──と、思ってたら、隣の教室からコメツキバッタが出てくるのを見てしまった。


 メガネをずらして見ると、餅田もちだ賢太郎けんたろうくんだった。次期生徒会長候補筆頭で、確か大病院の息子だったはずだ。


 あたしはススーッと近づいて行くと、彼に小声で話しかけた。


「……マフィ」


 彼が一瞬、驚いた顔をして、すぐに笑って答えた。


「ラス」





 「学年アイドルの花岡真奈美さん……やっぱり君も同胞だったか」

 餅田くんはフォッ、フォッ、フォッと笑いながら、言った。

「あのカリスマ性だもんな。そうかもしれないなとは思っていたよ」


 体育館裏はふつう、恥ずかしい告白をするのに使うところだ。

 こんな場所でコソコソと会話をしてたら、誰かに見られたら勘違いされるかもしれない。

 構わなかった。そんな勘違いをされたほうが、かえって今は都合がいい。


「マフィラス星人って、みんなカリスマ性っていうか──そういうのを持ってるの?」


 あたしの質問を『何を当たり前のこと聞いてるんだ?』というように、餅田くんは笑い飛ばすようにしながら、それでも答えてくれた。


「社会のトップに立ってる者たちは、ほとんどが同胞だよ。うちの学校の理事長もね。今さら何を聞いてんの?」


「……どっちかっていうと、エイリアンって、目立たない変わった子がそうなのかなって、思ってたもんで……」


「そういうのは大抵、ただの地球人の変わり者だよ」


「そっか……。で、もうひとつ質問だけど、なんでみんなにはあたしたちの姿が地球人と同じに見えてんの?」


「宇宙からそういう電波を飛ばしてる。その電波を浴びると僕たちの姿が美しいタイプの地球人に見えるんだ。この電波を妨害するものはカムリスタ鉱石しかない。でも地球にカムリスタ鉱石は存在しないから、正体がバレる心配をする必要はない。……どうしたの? こんなこと、子供の頃に親から教えられるはずだよ? もしかして……」

 餅田くんの複眼が、ギラリと光った。

「貴様……、地球軍の捜査官か? 僕をハメたのか?」


 あたしはメガネを外し、言った。


「これ、カムリスタ鉱石で作ったメガネ。かけてみて?」


 それを通してあたしを見て、餅田くんは安心したようだ。そしてすぐに険しい顔に戻った。


「こんな危険なものをかけて歩いているのか。もし誰かに盗られてしまったら大変なことになるぞ?」


「うちのパパが──これかけて真実を自分の目で見てみなさいって」


「危険だ! 悪いが、これは壊すぞ?」


 そう言うなり餅田くんはメガネを地面に叩きつけ、靴底で踏んで粉々にしてしまった。



  ☆  ★  ☆



「真奈美ー……、どうしたの? 今日はやけに元気ないね」


 教室で、いわゆる取り巻きさんたちに囲まれて、みんなに心配されてしまった。

「なんでもないよ」と笑って見せるけど、どうしてもいつもの自然な笑顔は作れない。


「悩み事? 聞くよー」


 そう言ってくれるけど、話せるわけがない。

 この悩み事は大きすぎるし、何よりこんな相談をしたが最後、あたしはみんなからいきなり敵意を向けられて、捕まえられて、差し出されて、香菜のお父さんに実験体として……何をされるんだろう。


 みんなに囲まれて、何も言えず、助けを求めるように横に視線をずらすと、席に一人で座ってる香菜がそれに気づいて、手で『おいでおいで』をしてくれた。





「本当、真奈美ちゃん、様子へんだよ? 本当に何もない?」


 二人でトイレに向かって廊下を歩きながら、香菜も心配して聞いてくれた。

 特に香菜にはわかってしまうのだろう。あたしは彼女の前だけ仮面を外すようなところがあるから。

 でも、何も言えない。香菜を信用してないわけじゃない。いくら信用していても悪い結果になるのが当たり前なこともある。


「……なんでもないよ」

「本当にー?」


「うん。……心配してくれてありがと」


 あたしがあくまでも秘密を隠すことにすると、香菜は納得してくれた。親友にでも言えないことがあるんだと納得して、聞かないことにしてくれたようだ。


「ところでさ!」

 香菜が急に興奮して話しはじめた。

「さっきね! 体育館裏で凄いもの見つけて拾っちゃったんだ!」


「体育館裏で……?」

 ちょっとドキリとした。

「な……、何? 何を拾ったの?」


 すると香菜はニマーッと笑い、ポケットの中から大事そうに、こぶたさん柄のティッシュペーパーに包んだそれを開いて見せてきた。


 ガラスの破片のようなものだった。


「こ……これが何か?」


 すると香菜は言った。

「これ、カムリスタ鉱石だよ! 地球には存在しないはずのカムリスタ鉱石で作ったガラスの破片が、なぜか体育館裏で発見されたの!」


 背筋が凍った。


 なぜ……、香菜がその単語を知っていて、なぜそれを見逃すことなく採取したのだろう?


 あたしはすっとぼけて聞いた。

「か……カムリ? 何、それ?」


「これの前ではね、宇宙から流されてる電波が妨害されて、エイリアンの変装が解けるの!」

 そんなことも知っていた。

「残念ながらこれっぽっちじゃ……しかもこんな粉々じゃ、そんな力は発揮してくれないけど、これをお父さんに見せれば、研究して、地球でもカムリスタ鉱石と同じものを作り出せるかもしれないの! それで地球に潜伏してるエイリアンが暴けるよ!」


 あたしは香菜の手からそれを奪い取ろうとした。


 サッ! と素速く、香菜の動きとは信じられないほどに素速く、かわされてしまった。


「どうしたの、真奈美ちゃん?」

 香菜がまたニマーッと笑う。

「ところでそういえば、メガネ、どうしたの? 今朝はかけてたよねぇ?」


「香菜……あんた……」

 あたしは敵を睨むように、親友を見た。

「何か知ってるの?」


「え。何をー?」

 香菜は楽しそうに、クスクスと笑った。

「真奈美ちゃん、やっぱりへんだよー?」



  ☆  ★  ☆



 悩んだ。


 悩んで、悩んで、悩みまくった。


 家に帰ってからもあたしは様子がへんだと見られたようで、家族からも監視するような目で見られた。


 あたしの居場所が、ない。


 今まで世界はなんて楽しいところだろうと思ってた。でも、自分の正体を知ってから、突然あたしは居場所を失った。


 香菜に話してみようか?


 香菜に、あたしはエイリアンだってこと、打ち明けてみようか?


 打ち明けられるとしたら香菜しかいない。


 それでどうなるわけでなくても、もし香菜があたしを許してくれたら、あたしは居場所を取り戻せる。


 ベッドに潜り込んだあたしの頭の中を、香菜との思い出が通り過ぎていく。


 あたしには彼氏がいたことがない。モテないわけでは当然ない。

 香菜がいればそんなものはいらなかったのだ。

 香菜は誰よりもあたしをわかってくれ、誰よりもあたしを見てくれて、そして他の誰よりもあたしの『大好き』の対象だった。


 香菜のことだけは、信じられる。

 たとえ世界じゅうのすべてが信じられなくなったとしても。


 朝、目覚めた時には、あたしは決意していた。


 香菜に、打ち明けよう。



  ☆  ★  ☆



 朝の通学路を歩きながら、背中をちょんと叩かれるのを待った。香菜が後ろから小走りにやって来て、「おはよう」と言う、いつものそれを待った。


 でも今朝はその時は訪れなかった。


 教室に着いても、香菜は姿が見当たらなかった。珍しいことに遅刻だ。HRが始まっても姿を現さない。もしかして欠席? ……と思ってたら、扉が静かに開いて、ぺこりと頭を下げながら香菜が教室に入ってきた。


 黒ぶちのメガネをかけていた。


 嫌な予感がして、あたしはサッ! と顔をそむけ、長い髪で隠した。


「おはよー、真奈美ちゃん。どうしたの? なんでそっち向いてんの?」

「あー……。寝違えちゃって、そっち向けないんだわ。感じ悪くてごめん。……ところであんたメガネかけてない? 急に目、悪くなっちゃったの?」


「聞いて聞いて! 早速お父さんがカムリスタ鉱石の代替物質を作り出して、それで作ったメガネをかけてきたの! それでちょっと遅刻しちゃったー」

「は……、早っ! もう出来ちゃったの? あんたのお父さんって、もしかして天才?」


「ううん? ただのオタクだよ?」

「オタクすげー!」


「ところでこっち向いてよ?」

「だーかーらー……! 寝違えて首が……」


「ふー……。慣れないものかけてると疲れるな」

 コトリ、と香菜が机にメガネを置く気配がした。

「鼻の付け根が痛くなるー」


 ゆっくりと、香菜のほうを振り向いた。


 メガネは外してくれていた。にっこりと笑いながら、あたしを見ている。


「首、動くじゃんー?」

 おおきな瞳をくりくりと動かして、あたしをからかうように言う。

「もしかしてー……、カムリスタ鉱石のメガネで見られるのが嫌だったの?」


 ここしかないと思った。


 一限目が始まるまでのとても短い時間だからこそ、ちょうどいいとも思った。

 香菜に告白するのは、今だ。告白する前にコメツキバッタみたいな顔を見られたくない。


「香菜……。気づいてるよね?」

「何をー?」


「あたしがエイリアンだってこと」


 すると香菜が、笑った。

 意地悪そうにではなく、心から、涙を流すみたいな顔で、笑ってくれた。


「やっぱりそうだったんだね」

 敵意のひとつも見せずに、そう言ってくれた。

「見てもいい?」

 机の上の外したメガネに手をかける。


 ためらいながらもあたしがうなずくと、綺麗な動作で香菜はメガネを装着し、ゆっくりと顔を上げて、あたしの顔を見た。そして驚いた様子もなく、それどころかプッと笑ってしまいながら、言った。


「コメツキバッタじゃん」







「うちのお父さん、地球防衛軍に勤めてるんだけどー、このメガネを大量に作ってー、それでエイリアンの潜伏を社会に知らしめて、地球から追い出すことを目論んでるよー」


 屋上から見る夕陽は綺麗だった。

 まるですべての世界の秘密を照らし出し、笑って許してくれるみたいなあかるさがあった。

 長く伸びた影を二つ並べて、二羽の小鳥みたいに手すりに掴まって、あたしは香菜と会話をした。


「あたしも追い出されちゃうのか……」

 メガネを外した香菜の横顔を夕陽が染めるのを見ながら、呟いた。

「しょうがないよね。……うちのパパも、地球人を奴隷にするとか言ってるし」


「でもー、難しいらしいんだよねー」

 香菜が現実とは関係ない物語を聞かせるような言い方で、言った。

「マフィラス星人はみんな社会的地位の高いとこに着いててー、権力をもってるからー……、それに地球人の協力者なんかもいてやりにくいしー、何より今さら排除しちゃったら社会が混沌となっちゃうんだってー」


「それでも排除しないわけにはいかないんじゃない?」

 あたしは手すりに顎を乗せ、ため息をついた。

「戦争とかになるのかな? やだな」


 しばらく二人とも黙った。


 もうあたしには何も隠すことはなくて、居心地のいい風に長い髪が揺らされるに任せた。


「それにしても、ありがとねー」

 香菜が口を開いた。

「正直に、私に打ち明けてくれて」


「ゆうべ寝る前に決めてたんだ」

 あたしはほんとうのことを話した。

「打ち明けるなら香菜しかいないなって……思って」


「前から薄々勘づいてはいたけどねー。……ふふ」

 香菜がいつもの笑顔で小動物みたいな声を出す。

「でも、もしいつまでも隠してるようだったら、見損なってたかもー」


「わかるだろ? こんなこと、そう簡単に言えないっての。大体、つい最近まで知らなかったし……自分がエイリアンだなんて」


「そっかー……。知らなかったのかー。真奈美ちゃんらしいなー」

「どういう意味だよ」


「だってあかるくてかわいくて人気者だけど天然ボケじゃんー」

「ぐっ……! 確かに」


「なにはともあれー、私を信じてくれてありがと」

 香菜がこっちを向いた。

「自分が恥ずかしいよ。私も真奈美ちゃんにずっと隠してることがあったもん」


「隠してた?」


 意味がわからずに聞くと、香菜は自分の頭に手をやった。


 そして、告白した。


「私もエイリアンなの」


 頭にやったその指で、髪の毛を一本掴むと、プチッと引き抜いた。物凄く痛そうな顔をしながら、抜いた髪の毛を自分の手のひらに乗せる。


 夕陽が染める香菜の手のひらの上で、それはウジュウジュと、死ぬ前のミミズみたいにうごめいた。


「……マジか」

「黙っててごめんねー。私、プリリリオーネ星人なの」


「それってどういうエイリアン? そっちも地球侵略したがってるの?」

「ううん? 居心地いいから住みついてるだけー」


「居心地いいの?」

「うん。私たちって大抵ゲームとかオカルト話とか好きだから。ほら、地球ってそういうものに事欠かないじゃん?」


「やっぱりあたしたちマフィラスと同じで、なんか特殊能力とかあるわけ?」

「見ての通りの変身能力と……あと、オタク的能力がそれだといえばそれだねー。クラスに大抵一人はいる変わり者のオタクはプリリリオーネ星人だと思っていいかもー」


「ほんとうの姿、見せてよ?」

「うん。いいよー」


 夕陽の中、香菜の姿がオレンジに溶けるように透き通った。

 流氷の天使クリオネに似た、白すぎる表皮の中にちっちゃく収まったオレンジ色のかわいい顔が、にこっと笑った。


「かわいい……!」

 あたしは感激して、香菜の白いイルカっぽい手を握り、ぶんぶん振り回した。

「コメツキバッタのあたしと大違い! いいな!」

 ただ、捕食シーンもクリオネみたく凶悪なのかな、と少しだけ想像してしまった。


「私たちプリリリオーネ星人はそのオタク的能力を活かして、地球人にこっそりと協力してるの」

 かわいい笑顔はそのままで、香菜が言う。

「このままじゃお父さんの作ったカムリスタ鉱石のメガネが、真奈美ちゃんたちに危害を加えちゃうかも……。でもね」

 かわいい顔が、さらにかわいく笑った。

「私、みんなが円満にならないような解決方法は取っちゃいけないと思うの」


「……あたしもそう思う!」

 あたしも笑った。かわいいかどうかはわからない。

「あたし……地球人のみんなも、何より香菜が大好きなんだもん! 支配なんかしたくない! ずっと仲良く暮らして行きたいよ!」


「このままじゃマフィラス星人の排除運動が始まっちゃう。……その前に、私たちで先手を打たない?」

「先手……って?」


「このメガネをみんなに配って、マフィラス星人の正体を暴きながら、排除するんじゃなく、ゴマをするの」

「ゴマ……!?」


「権力者ってゴマすりに弱いでしょ? 正体を知った上でおだてて持ち上げれば、きっとうまく操れるよ」

「でも……うちのパパ、地下に巨大な奴隷収容施設を建設してるらしいよ……?」


「それ、巨大地下遊園地施設に変更してもらおう」

「わっ……! 楽しそう!」


「楽しいことしかしちゃダメなの。争わずに、共存しようよ」

「よーし……! じゃ、何から始めよっか? SNSで拡散しちゃう?」


 あたしと香菜は色々話し合った。

 二人であかるい未来を作るための計画を、練りに練りまくった。

 あたしたちからそれは始まるんだ。

 楽しいことしか考えちゃいけない!



  ☆  ★  ☆



 それからほんの半年後──



 パパは地下の巨大強制労働施設の建設を取りやめ、巨大地下遊園地施設を作らせはじめた。黒ぶちメガネをかけた地球人たちが家に押し寄せ、テレビカメラをパパに向けて、口々に言ったのだ。


「ようこそ、地球へ!」

「あなた方を歓迎しますよ!」

「地下に巨大遊園地施設を建設してくださってるそうですね! 楽しみです!」


 正体を知られた上に、ゴマをすられて気分がよくなったパパは、この世の地獄を作る計画を、一転、天国を作る計画に切り替えたわけだ。かくして『アンダーグラウンド・スタジオ・ジャパン』の3年後のオープンが決まった。略して『USJ』だ。


 弟の孝之はコメツキバッタの素顔をネットに暴露された。小学生アイドルの座を失墜し、顔を合わせるたびに恨みがましくあたしを睨んでくる。

 かわいそうだけど、今までが調子に乗りすぎてたんだ。これで世間の厳しさにもまれて、素直に育ってほしい……うん。

 何より、正体がバレても学校ではモテてるらしいしね。


 餅田くんが言ってた通り、うちの学校の理事長はマフィラス星人だった。校長は地球人だったけど、今まで通りペコペコしてる。

 意外なことに、この国の総理大臣はふつうに地球人だった。噂では影の総理大臣という権力者がいて、それがマフィラス星人らしい。そいつはけっして姿を見せず、沈黙を突き通している。


 エイリアンの存在があかるいところに出されて、平和が守られたように見えるけど、色んなひとがいるから、安心はできない。

 でも、何かあってもみんなのあかるいパワーで吹っ飛ばしてやるつもりだ。







「では、文化祭の出し物について、決議を取りたいと思いま〜す」


 大声でそう言いながらみんなの前に立ったあたしを、クラスのみんなが冷やかした。みんな黒ぶちメガネをかけている。


「花岡さーん」

「へんなカオーww」

「頑張れ、かわいいコメツキバッタ!」


「静粛にー!」

 あたしは指揮者みたいに腕を振ってみんなを黙らせる。

「見た目がへんなのはしょーがないじゃん。だってあたし、エイリアンなんだから」


 あたしと香菜の他にも3人、クラスには別の星から来たエイリアンがいて、その子らもほんとうの姿を晒していた。ラッコみたいな山下さん、ナメクジみたいな時田くん、カニっぽい感じの角田くん。みんな楽しげに笑ってる。


 黙ったけどニヤニヤし続けてるみんなに向かって、あたしは聞いた。

「何か、やりたいもの、ありますかー?」


 香菜が手を挙げた。


 クリオネみたいな短くてかわいい白い手を挙げて、半透明の表皮の中のオレンジ色のちっちゃい顔を恥ずかしそうに笑わせながら、おずおずと言う。


「劇がいいと思いますー。クラスにこれだけエイリアンがいるんだから、なんか面白いSF劇とかできないかなー?」


「いいね!」

「いいね!」

 みんなが香菜に拍手をした。

「さすが香菜ちゃん!」

「ナイスアイディア!」

「主役はもちろん香菜ちゃん、やってよ!」


 香菜は正体を見せてから、一気にあたしを抜いてクラスの人気女子No.1になった。

 あたしは嫉妬するどころか、嬉しかった。元々アイドルには香菜のほうが絶対似合ってるって思ってたんだから。


 色んなひとがいるから、クラスの中にもあたしたちエイリアンを差別の目で見てるひとも当然いる。

 あたしはべつに気にしてない。関わらなければいいだけだ。

 ネガティブキャンペーンを拡散するのは許さないけどね。

 



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― 新着の感想 ―
私は個人的にこの国の支配層が同じ日本人としては強烈な違和感がありました。 それぞれの議員や官僚などの支持層にも疑惑を持っていましたが、しいな様のこの物語を読んでようやく腑に落ちました。 おかげさまで今…
コメツキバッタにゴマをするという、何処となくリンクしているような言霊よ………。 香奈ちゃんは最初から怪しかったよね。 それでも餅田くんがやらかさなかったら、ふたりは本当の意味で分かり合えなかったのか…
[良い点] 代表作読ませていただきました。ハッピーエンドにほっとしました。
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