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婚約破棄られ令嬢がカフェ経営を始めたらなぜか王宮から求婚状が届きました!?  作者: 江原里奈


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29 新商品は爽やかな恋の味


 ――メアリーは仕事ができる女だ。

 「カフェ・カタリナ」の仕事の合間や休みの日に、「カフェ・ベルトラ」になるべく行かせるようにした。

 理由はもちろん、ライバル店の弱点を探させるため。

 小ネタはたくさんあるが、それでは駄目だ。新聞記事の一面に出る醜聞を狙うつもり。

 そう……目には目を歯には歯を、だ。

 特に「カフェ・ベルトラ」のキッチンや調理環境を厳しくチェックさせた。

 監視を続けさせること、二週間。

 几帳面なメアリーは報告書をまとめて、私に提出してきた。

「……ふむふむ。キッチンスタッフは怠け者で、客が使った皿を放置。その結果、人が少なくなる閉店後の店内にはネズミが走り回っている」

 飲食店でこれはまずい……っていうか汚らしい。

 私はのっけから、眉を顰めた。

「な、何なの……? エレオノールはそんなスタッフを解雇しないの!?」

「ベルトラ様は店内のことは、口出ししないのです。せめて猫でも飼えばいいんですが、ベルトラ様が猫アレルギーだということで、それもできず……」

 この国では、飲食店でネズミよけのために猫を飼う習慣が根強く残っている。

 それがいやならば、隅々まで清めて残飯は残さないか殺鼠剤を使う措置が必要になってくる。

 「カフェ・カタリナ」では、ユーレック商会から他国で利用されているユリ科の根から抽出した成分が入った殺鼠剤を輸入して、キッチンと店内のカウンターに置いている。

 けっして安いものではないが、前世でも同じような天然成分のものは使われていたし、人間には悪影響がないと記憶しているので安心できる。

「殺鼠剤は使わないってこと?」

「そのようです。綺麗好きのスタッフが陳情したようなのですが、むしろ毒物のようなものを置くほうが怖い、とベルトラ様がおっしゃったようで……」

 それを聞いて、頭が痛くなった。

 前世の知識がある私は、保菌したネズミを放置するとノミを媒介にして人に疫病が広がることを知っている。

 ヨーロッパの中世で魔女が弾圧された時に、魔女の使いとされた猫も同時に処刑したため、ペストが蔓延してしまったという説もある。

 それでなくとも、前世に比べてこの世界の衛生状態はいいとは言えない。

 それだけ、身近にネズミがいるのは危険なこと。

 特に飲食店で放置したら、お客さんの健康を害することにもつながる。

「いいわ……これはネタとして、なかなかよ! その綺麗好きのスタッフの証言がとれるといいわね」

「わかりました。彼女に話を聞けるか確かめてみます」

「記事が出たら、あの店は終わりよ。そのスタッフには十分なお礼をするわ。私のカフェで働くかホテルのカフェに推薦するか、どちらかはできるからぜひよろしくね」

 そう言うと、その下に書いてある項目をチェックした。

「……うーんと、材料費を値切って新鮮じゃない卵や牛乳を仕入れている。お腹が痛くなるのが怖いので、スタッフは店舗のものを口にしない……うわぁ、最低!」

「そうなんです。こちらのカフェとは真逆ですわ。パティシエはがんばって作っているのに、と嘆いています」

「うちは、みんな賄い大好きだものねぇ」

 好きすぎるのも困りものだけれど、自分が勤める飲食店の食べ物に愛がないのも考え物だ。

 前世でカフェのバイトをしていた時、私も色々と思うことはあった。

 飲食店の従業員をしていると、見たくない部分まで見ることになってしまう。

 お客さんとして見る表の華やいだ部分に反して、裏の部分は思っている以上に地味だし大変なのだ。

 ただ、そんな飲食業で唯一ありがたいのは賄いである。

 人間は動かなくてもお腹が減る。動いたらもちろんお腹がもっと減る。

 そんな時に、賄いで安くご飯が食べられるのは、何よりの特権だった。それがあるだけで、時給が安くても我慢できるんだから。

 なのに、そんな特権を利用しないほどに「カフェ・ベルトラ」の材料は酷いと言うんだろうか?

 それにもかかわらず、うちのパンナコッタを攻撃してくるなんてどういうことだろう!

「わかったわ、メアリー。衛生上の問題があることを記事にとりあげてもらいましょう。お客さんはそんなこと知らないんだからかわいそうだわ」

「本当ですね。あの衛生状態だと、いつお腹が痛くなるかわからないですものね」

 身震いしたメアリーを見ながら、私はにやりと笑った。

 この時代、ネズミや虫の害が世間にも知れ渡ってきた。

 以前と比べて、衛生観念が厳しくなってきているというのに、エレオノールが店に無関心なことは、私にとっては追い風になるだろう。



 策略を巡らす一方で、地味な経営努力は続けていた。

 ひとまず、パンナコッタは販売停止にしたので、似たような商品で若い女性が好むものを用意したい。

 前世の知識から言うと、スイーツに絡めてよく聞くのは「ダイエット」だ。

 そう……この世界のお菓子はカロリーが高そうなものばかり。バターに小麦粉に砂糖を使ったスイーツはとってもおいしいけれど、食べ過ぎると危険である。

 グラストン王国では、食事の回数が一日三食になったのはここ数十年ほどのこと。

 基本的には朝晩の二食で、お昼の時間帯にはスコーンとミルクティーのように軽いものを口にする人が多かった。昼とおやつが一緒になった感じである。

 しかし、午餐の習慣が広まるにつれ、お茶の時間の分のカロリーがお腹の脂肪に変わっていき、貴婦人たちは前よりも頑張って運動をするようになり、食事を節制する傾向がある。

 いわゆる「ダイエット」である。

 舞踏会などの正式な席ではコルセットを着用する貴婦人たちは、せっかく「カフェ・カタリナ」でお友達と談笑していても、お茶と小さな焼き菓子しか頼まない場合が多い。

「コルセットを気にしなければ、もっと色々なスイーツを頼めるんですけどねぇ」

 ため息混じりに、フルーツタルトを眺めながら本音を吐露した令嬢もいた。

 ……そこで、新製品の投入である。

 本当は夏場にフルーツゼリーを出したかったが、ゼラチンの悪いイメージが払拭されるまではむずかしい。

 だけど、ゼラチンの代わりになるものが、この世の中には存在するではないか。

 そう……前世の日本では、和菓子によく使われる寒天だ!

 私はフルーツゼリーを、ゼラチンではなく寒天バージョンで出すことにした。

 ゼラチンのぷるぷるした食感は出せないが、寒天の主原料は海藻。食物繊維はお通じにもいいから、女性にはうれしい効果があるはず。

 ただ、男性客もいるのでコーヒー寒天もラインナップに入れて、あとは季節の果物を二種類で合計三種類作り、様子を見ることにした。

 店舗のスタッフには、これまで賄いで出していたお菓子類の代わりに寒天を食べてもらって、ウエストのサイズを測ってもらった。

「カタリナ様! すごいです。お腹の辺りがすっきりしました!」

「私もです!」

「そう、よかったわ!」

 女性の評判は上々のようだ。

 従業員の口コミというのは意外に侮れない。効果を実感して、新商品のPRをしてもらわねばならない。

 この寒天の材料を入手してくれたのは、もちろんリオネル様だ。

 寒天は、こちらの世界でも使われている。

 主に東方において長い歴史があるので、ゼラチンの時のように揚げ足を取られる危険は少ない。

 オリエンタルゼリーとでも命名して、異国趣味の貴族の注目を集めることにしよう。

 まずは、寒天輸入のお礼を兼ねて、彼には毎日のように差し入れをすることにした。

 書斎にオレンジとミントの寒天を持っていくと、書類に目を通していたリオネル様はさっそく試食した。

「ふーん……変わった食感ですけど、爽やかでおいしいですね。夏場とかで食欲がない時も、これなら食べられそうな気がします」

「うれしいですわ! リオネル様がそう言って下さるってことは、女性だけではなく男性にも人気が出るってことですもの」

「……そう、ですね。私としては、微妙な気分ですが……」

「え?」

「他の男性客がお嬢様の作るお菓子を味わっていると思うと、何だか悔しくなってしまいまして」

 嫉妬心を隠さなくなったリオネル様に、思わず顔が熱くなってくる。

「……大丈夫です。わたくしがプライベートでお菓子を作りたいって思う男性は、リオネル様だけですから」

「カタリナお嬢様……」

 とろけそうな眼差しで私を見つめてくる彼に、胸のドキドキが止まらない。

 どうしよう? いまキスされそうになったら、拒絶する自信がない。

 だって、あまりにもリオネル様は魅力的なんだもの。

 仕事中だっていうことを忘れてしまいそうになる。

 最近では、前みたいに外でデートをすることがなくなった。

 基本的には同じ建物で仕事をしているし、法務関係のことで顔を合わせることもある。

 ビジネスパートナーというつながりが強くなったけれど、リオネル様はたまに不意打ちで甘く囁いてきて、私を戸惑わせる……まったく、罪な人だ。

 顔を赤らめている私に、リオネル様は謝ってきた。

「あ……すみません、仕事中ですよね。近いうちに、母が食事をご一緒したいと言っていました。新商品の準備で忙しければ、そのうちで構わないですが」

「わぁ、うれしいです! ぜひ、またご一緒したいですわ」

 リオネル様のお母様も、よくカフェに顔を見せてくれる。

 香水店のスタッフたちの分も焼き菓子を買ったり、可愛らしいパッケージの香水をプレゼントしてくれたりする、本当に素敵なお母様だ。

(リオネル様と結婚しても、嫁姑問題は起こらなそうだわ)

 そんな妄想をしていると、階下が突然騒がしくなってきた。

「カタリナ、そこにいるんでしょう? 隠れていないで出ていらっしゃいよっ!」

 金切り声を上げているのは、エレオノール・ベルトラだろう。

 いつものお上品さをすっかり忘れているのは、訴訟の件でナンパ男たちから連絡が行ったからだろうか?

「ベルトラ子爵令嬢ですか……訴訟の件で怒り狂っていらっしゃるんでしょうね」

「そのようですわね。あら、怖いわぁ」

 大仰に震えて見せると、リオネル様が先に立って部屋を出た。

「私がお守りしますので、心配はいりません。一緒に参りましょう」

 彼の広い背中を見て、胸がキュンとときめいた。


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