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【電子書籍1巻配信中/コミカライズ決定】婚約破棄られ令嬢がカフェ経営を始めたらなぜか王宮から求婚状が届きました!?  作者: 江原里奈


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23 焼き菓子で勝負だ!


 農家のマグレダさんに当面、仕入れを減らしてほしいと連絡し快諾してもらってから、私はこれからの作戦を練り始めた。

 とにかく、「カフェ・ベルトラ」のオープン当日の売上は散々だ。

 それでも、ドリンクチケットを購入している常連のお客さんは来てくれて、パニーニを頼んでくれたりした。

 普段、人気のパンナコッタはすぐに売り切れてしまうが、その日はやはり残っていたので、常連の方々にはサービスでお出しすることにした。

 焼き菓子の賞味期限は大丈夫だけれど、しばらく生菓子類は調整せざるを得ない。

 ただ、ありがたいことに、ホテルのフランチャイズ店舗の客足はさほど減っていないらしい。

 要は、「カフェ・ベルトラ」の影響をもろに受けているのは、こちらの店舗だけということだ。たしかに、同じようなラインナップのメニューを半額で出すカフェが近隣にオープンすれば、そちらにお客さんが行きたがるのは理解できる。

 貴族たちは新規オープンの店という物珍しさであちらに目を向けるし、それ以外の人たちもコストパフォーマンスでうちより「カフェ・ベルトラ」を選ぶだろう。

 ただ、立地が離れたホテル内なら話は別だ。

 客層もホテルの中にいる人々だから、ある意味で固定客と言っても過言ではない。

(うーん……ホテルみたいな立地で、一週間でも二週間でも営業させてもらえないものかしらねぇ)

 店のテーブルで悩んでいると、二階から降りてきたマドレーヌが話しかけてきた。

「お嬢様、二階の掃除も終わりましたよ」

「ありがとう。じゃあ、そろそろ帰りましょうか?」

 そう答えると、マドレーヌは私が書き殴っていたメモを覗き見する。

「うーん、何々? 期間限定……、ホテルみたいな立地で営業したいぞ……?」

「あっ、そうなの。ベルトラ子爵のカフェが一週間、メニューを半額にしているようだから、その間の売上をどうしようかと思って」

 そう答えると、マドレーヌは人差し指を顎につけて、視線をくゆらせた。

「……そう言えば、焼き菓子のマドレーヌって何か逸話がありましたよね」

「逸話?」

「お嬢様の夢の中では、もともと田舎の駅で売られていて、それが汽車に乗って大都市に運ばれて大ヒットしたとか……」

 前世の書物で読んだ知識は、だいたい『夢に出てきた話』としてマドレーヌに話していた。

 レシピやそれにまつわる逸話もそう。

 夢というのは、前世の記憶がある私にとっては便利に利用できるのがいい……たしかに夢と言われれば夢だろうし、完全な嘘というわけでもないからだ。

 私が知っている、焼き菓子・マドレーヌの歴史――。

 あのお菓子は、18世紀にフランスのロレーヌ公爵に仕えていたマドレーヌという召使いが、貝殻を使ってありあわせの材料で作った焼き菓子がもとになっている。

 名物となったマドレーヌはコメルシー駅のプラットフォームで売られるようになり、鉄道によってパリに運ばれ、パリから全世界に広がっていく……というものだ。

(……マドレーヌ、鉄道の駅……んっ!?)

 私の中に、不意に閃くものがあった。

「ありがとう、マドレーヌ! お陰でヒントになったわ」

「え……? 何のことですか?」

「いいの、いいの。明日から生菓子の代わりに、マドレーヌとか焼き菓子類を増産するわよ」

 途端に意気込む私に、マドレーヌはにやりと笑った。

「何だかよくわからないですけど、それはいいですね! なんせ、あの焼き菓子が売れれば私のお小遣いが増えますから」

 そのやる気を煽るのも、私の策略のひとつである。

 マドレーヌはマドレーヌ大作戦の主要メンバーだから。



 ――翌日、鉄道駅での臨時カフェ営業が許可された。

 こんなに迅速に許可が出たのは、リオネル様が鉄道駅の駅長や運輸省の役人とお仕事をしているからだろう。

「いえ、大家としてできることを手助けするのは当然です。ライバル店ができても、ここの一階にずっといてもらいたいですからね」

 そう言ってくれたうえに、荷物の運送用にユーレック商会で持っている馬車を融通してくれた。許可が出たのは、ウルジニア侯爵邸の馬車を帰らせた後だったし、途方に暮れていたので本当にありがたかった。

「がんばります、ありがとうございます!」

 リオネル様に礼をして、メアリーに店舗のマネジメントを任せて私は店を出た。

 王都の中央駅に行ったのは、荷物運びのマルコとマドレーヌ、そして、カフェの責任者である私である。

 駅の周辺には酒場が二件ありランチも営業しているけれど、イートインを目的にしているようで、テイクアウトができるのはパンだけのようだ。

 駅の構内で火を使うのは禁止と言われた。

 そのため、パニーニを販売することはできないけれど、焼き菓子を売るのにはもってこいの場所である。

 前世のマドレーヌの歴史のように、駅で菓子の販売があれば、これから長旅が待つお客さんとしてもありがたいだろう。

 こちらとしても、汽車の中で自分たちが食べる需要と、家族へのお土産物として購入する需要の二つが見込める。

 ひとまず、焼き菓子と言えばクッキーが定番の人々もいるが、マドレーヌとフィナンシェを知ってもらわねばならない。

 とは言え、そういう新しいものがイヤだという人たちもいる。

 そのため、新たに大量生産が可能なアイスボックスクッキーを採用することにした。

 アイスボックスクッキーとは、生地を棒状にしてから冷やし固めて、包丁でカットして焼くクッキーのことである。

 前世では、ココア生地とプレーン生地で市松模様にしたり、渦巻き状にしたりする見た目が可愛らしいものが売られていた。

 友達にも大好評だから私もよく作っていた。日本では抹茶パウダーが手に入りやすいから、抹茶クッキーを作ったが、ここではココアを入手するのが限界である。

 そのため、今回は渦巻き状クッキーとプレーン、ココアの三種類で勝負!

 冷やす工程が入るので、バターを多めに入れても成形がしやすい。あまり製菓のテクニックがなくても失敗しにくいクッキーである。

 製菓のスタッフたちからも、仕上がりの可愛さに思わず笑みがこぼれた。

 プレーン味はバターの風味とバニラエッセンスの香りが高く、ココア味はちょっとほろ苦さがある大人の味。それを両方取り入れた渦巻きクッキーは、バランスよく両方が混ざった味が口の中に広がる。

 間違いなく「カフェ・カタリナ」の自信作に追加できるものに仕上がっている。

 自慢の焼き菓子を持って、私たち三人は出陣した。



 もくもくと黒煙をあげて、蒸気機関車がホームへと入ってくる。

 まだまだ汽車の黎明期なので、鉄道駅に集まるお客さんはここから領地へ戻ったり旅行を楽しんだりする貴族か、商売で王都に来る地方のブルジョワなど一部の裕福な人々に限られる。

 二等車から一等車まで五両編成という、前世には考えられないほど短い列車ではあるが、これを駅弁売りのようにプラットフォームを行き来して売り歩くとなると、なかなか時間が足りないもの。

 しかも、私の目論見は大当たりして、飛ぶように売れた。

 マドレーヌが声を枯らしてアピールしたマドレーヌはもちろんのこと、金運が高まるという謳い文句のフィナンシェ、見た目が可愛らしいアイスボックスクッキーも!

 当初はマルコに荷物持ちになってもらっていたけれど、発車時刻が近づくにつれて我先に、と焼き菓子を買い求める人々が車窓に群れ始める。

 焦った私は、咄嗟にこう判断する。

「間に合わないわ! 三人で手分けして売りましょう!」

 この方法をとって、ようやく出発の直前に売り切ることができた。

「はぁーっ、すごく大変ですけど……その分、売れましたね!」

「そうね。いいことだわ」

 昨日の散々な売上を知っている私は、安堵のため息を漏らした。

 エプロンのポケットには、銀貨がジャラジャラ入っている。

 お土産だと言ってまとめて購入してくれた紳士がおり、気前よくお釣りをチップにしてくれたので、金貨さえも何枚か入っている。

 その分、焼き菓子は残り少なくなっていた。

「汽車の最終は20時発ね。それなら、店舗の在庫を回すことができるわ。その前の発着には、ホテルカフェの在庫を回せばいいし」

「いいですね、マドレーヌの売上伸びますからね!」

「いけるわ……この方法をもっと効率よくやれば、いけるわよ」

 そう確信した私は、笑顔でマルコとマドレーヌを見比べた。

「明日も迷惑かけるけど、ここが正念場だわ。一緒にがんばりましょう」

「はいっ!」

 シンクロした二人の声を聞いて、どん底だった気分がようやく晴れてきた。

 そう……私についてきてくれる人たちのためにがんばらなきゃ。

 だって、「カフェ・ベルトラ」がどう足掻いても、所詮はお貴族様の道楽稼業。

 私には、前世で得た知識とカフェでのバイト経験がある。

 だから、自分のレシピと経験に自信を持って、この苦難を乗り越えてみせよう。



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