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ひと時の逢瀬

 せっかくひなが綺麗に着飾ったのだから、少しの間出掛けてくればいいとヤタが気を利かせてそう言い、麟と共に久し振りに街へ降りる事になった。

 まさかこの姿のまま出掛けることになるとは思ってもいなかったひなは、気恥ずかしさと不慣れなせいで思わず尻込みしてしまう。


「ほ、ほんとに、このまま出掛けるの?」

「そうだが……嫌かい?」

「い、嫌って言うわけじゃないんだけど……」


 つい、もごもごと口ごもってしまう。

 現世にいた時はもっと派手な格好もしてきた。ミニスカートにニーハイ、ロングブーツに肩出しのトップス。それらは香蓮が関係していたから着られた物ではあるが、それでも慣れてしまえば違和感なく、今でも着ようと思えば着られなくはない。

 露出で言えばよほどそちらの方が高いと言うのに、きちんとした着物を着ている今の方が恥ずかしいと思うのは、単純に慣れていないせいなのだろうか。


「ひな。……おいで」


 屋敷の玄関先でもじもじしているひなに、麟は優しく微笑み手を差し出してくる。

 ひなはチラッとその手を見て、気恥ずかしそうに再び視線を手元に下げる。前の自分なら何のためらいもなくその手を取って麟の元に駆け寄っていたのに、今はそれすら恥ずかしくて出来そうにない。

 それでも差し伸べられた手を無下にするわけにはいかず、恐る恐るもう一度視線を上げてその手を握り返すと、すぐにぎゅっと握られて麟の元へ引き寄せられる。


「あ、わわわっ!?」


 意図せず引っ張られて、つんのめりそうになりながらよろめくと麟の空いている手がすっと腰に伸びてきて、ひょいと抱き上げられてしまった。


「り、りり、麟さん!?」

「ははは。もうさすがに前のように抱き上げられないな」


 小さい頃のように腕に腰を載せるような抱き抱えられ方は出来ないが、しっかりと抱き上げられ、ひなは麟の肩に手を置いて麟を高い位置から見下ろすような格好になり顔がますます赤くなる。そんな彼女を見上げながら、麟はいつも見せるような落ち着いた笑みではなく、心から楽しそうに笑う姿を見せていた。


「そ、そんな、いつまでも子供じゃないし!」

「そうだね。君はもう大人だ。……私の隣に立つにふさわしい女性になった」

「……っ」

 

 真正面から伝えられるその言葉に、心臓が早鐘のように鳴り響く。

 小さい頃からまともに愛されたことがなく、誰もが当たり前に貰っているはずの愛情がずっと欲しくてしょうがなかったが、こういう愛情の形はあまり想像をしていなかった。どちらかと言えば家族としての愛に重きを置いていたのは自分が幼かった為だろう。

 そこすらもいきなり飛び越えたような愛の形の変化に、思考が全くと言っていいほどついてこない。だからといって嫌なのではなく、恋愛経験値の無さからくる戸惑いの方が優っていた。


「り、麟さん、も、もう、降ろして……」


 ひなは火が出そうなほど真っ赤になった顔を両手で隠しながら、何とかそう伝えるが麟は不思議そうに首を傾げる。


「なぜ?」

「な、なぜって、じ、自分で歩けるから……」

「慣れない草履を履くんだ。足を痛めたら大変だろう?」

「で、でででも……」


 どこまでもひなを甘やかしたい麟の言葉に、ひながついていけていない。

 ただでさえ着慣れない格好で出歩くことに緊張しているのに、これでは街を楽しむことは出来そうにない。


 玄関先で二人のイチャイチャする姿を見せつけられているのは、見送りに出ていたヤタと獅那だった。二人の様子を見ていた獅那は両手を顔の前に持ってきて、どこか楽しんでいるようにもみえる。


「……ったく、分かったから早く行って来いよ」


 二人のやり取りを、腕を組んで呆れたようにジト目で見ていたヤタがため息交じりに呟く。


 ヤタにしてみればこの光景は久し振りだと言ってもいい。

 雪那がいた頃は、麟は彼女をこの上なく愛し甘やかしてきた。その当時の麟はとても楽しそうで幸せそうだった。久し振りに見るその飾らない柔和な笑みに、呆れつつも安心出来た。気難しい顔でまるで澄ましたように作り笑いばかりを浮かべて過ごす麟よりも、今の姿の麟の方がよほど彼らしさが出ていていい。

 その笑顔を引き出せるのが自分じゃない事に対しては、少し妬けもしたがそれはそっと胸の内に閉まっておくことにする。


「早くしねぇとマオが怒って来るぞ」

「え? マオさんて……」


 冗談半分、本気半分でマオの名前を出すとひなは驚いたようにヤタを振り返った。

 マオの名前を出されたひなは一瞬誰か分からず、もしかすると麟にとって大切な人なのでは、と思わぬ方に勘ぐってしまい不安そうな表情を浮かべる。


「あ~、そうか。まだ面識そこまでなかったな。チラッとだが一回会ってるだろ? こんな釣り目の……」


 ヤタがそう言ってただでさえ吊り上がっている目尻を引っ張って真似をする。それを見た瞬間、ひなは思わず笑ってしまったが記憶の隅にいる女性の事を思い出した。まだここに来てほどない頃、なぜかとてもキツイ目でこちらを睨んで来たあの女性の事だと。だからと言って「睨まれた」などと言えず、ひなははぐらかした。


「あ……えっと、前に麟さんを呼びに来た猫の女の人……?」

「あぁ、そうそう」

「で、でも、そのマオさんが何で怒って来るの?」


 ヤタは腰に手を当て、意地悪く笑いながらひなを見る。


「さてね? 何でだと思う?」

「え……? う~ん……麟さんがお仕事しない、から……?」


 きょとんとした顔でひながそう答えると、ヤタは顔を俯けて長いため息を吐いた。そして顔を俯けたまま肩を震わせてくっくっと笑い出したヤタに、ひなはただただ困惑した顔を浮かべるばかりだ。


「ま、いいから。ほれ、はよ行けって。そんなに沢山自由には出来ねぇんだから」

「あぁ、ありがとう」

「ちょ、え!? り、麟さん! お、降ろしてってば!!」


 ひらひらと手を振ると、麟はひなをひょいと横抱きに抱き直して屋敷を後にする。

 お姫様抱っこなどされ慣れていないひなには刺激が強すぎるのか、顔を覆い隠すことが精いっぱいだった。





 麟の屋敷から、抱き抱えられたまま長い階段を降りて街へと降りたひなは、ようやく地面に下ろされた。

 街は相変わらず大賑わいだが、以前来た時と違うのはその顔ぶれだった。


「あれ? 前に見た人達がいない……」

「あぁ、この街は奈落に向かって少しずつ移動しているんだよ」

「街が?」

「そう。最後の審判を下される奈落に辿り着くまでに、皆はここで最後の精進をすると前に話をしたね? いつまでも同じ場所に居続けることで、その気持ちに緩みを持たせるわけにはいかないからね」


 町全体がゆっくりと奈落に向かって移動し、巻貝のように回転しながら進んでいると言うのは、何とも不思議な話だった。


「こうして立っていると、動いてる感じがしないけど……」

「そう。本当にゆっくりと動いているからね。ひなだって、現世にいた時世界が自転している事を直に感じることは無かっただろう?」


 なるほど、と納得しているひなのその視線の先には、以前気前よく串焼きをご馳走してくれたあやかしの店を発見する。


「あ、あんなところに前のお店が移動してる」

「また食べるかい?」


 にこやかに微笑む麟に、以前のように無邪気に「うん、食べる!」と返事を返せないひなは恥ずかしそうに視線を逸らした。


「……う、う~ん。ど、どうしようかな」


 よもや、麟の前で物を「食べる」と言う当たり前の行為が恥ずかしく感じる時が来るとは思ってもみなかった。

 成長したせいか、意識をする人の前での串焼きはいささか気が引けてしまう。


「えっと……今はどちらかと言うと飲み物が飲みたい」

「そうか。じゃあ、以前の店に行ってみよう」


 そう言うと、麟はひなの歩く速度に合わせて歩き始める。

 ひなは足元に気を付けながら、履き慣れない草履ときっちりとした着慣れない着物で思うように歩けず、時折よろよろとしながら歩くことに一生懸命になっていた。


「き、着物や草履って凄く歩きにくいね。思うように進まないし、結構大変かも……」


 ちょこちょこと歩くその姿が、麟にはとても可愛らしく見えたのだろう。思わずふっと笑ってしまい、ひなに手を差し伸べた。


「ひな」

「?」

「掴まるといい」


 差し出された手を見つめ、ひなはまたも顔を赤らめながらそっと手を伸ばすとやんわりと握り返され、手を繋いだ状態で歩き出した。

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