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桜の夢路 〜守れなかった願いが導く異界譚〜  作者: 陰東 紅祢
第二章

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監視

 水面に、波紋が広がっていく。

波打つ水の向こうに歪むマオの笑みを、帝釈天は長椅子にうつ伏せになりながら眺めていた。


「……危ういな」


 頬杖をついて呟く。


「どうにも怪しいんだよな……」


 帝釈天からすれば、マオはいつの間にか、麟の傍にいた謎の人物。一体いつからそこにいたのか記憶が曖昧だが、彼女の日頃の職務に対する真面目な姿勢は、誰の目から見ても重要な人物だといわせる。目立った行動もなく今日まで来ていたが、今、この瞬間を帝釈天は見ていた。


「私なら、仕事ができても出所不明なやつは傍におかないけどな」


 水面をくるくると撫でるように弄っていると、水蓮がお茶を手に部屋を訪ねてくる。

 彼は、寝そべったままのだらしない主を目の当たりにして、怪訝な顔を浮かべた。


「帝釈天様、何をしているんですか」

「ん~? 覗き」

「……悪趣味ですよ」

「しょうがないだろう。これも仕事なんだ」


 笑いながら答える帝釈天に、水蓮は表情を崩すことなくお茶を差し出した。


「仕事、真面目にする気あるんですか?」


 茶を口に運ぼうとして、止める。

 帝釈天は目を伏せて大きなため息を吐きながら、手にしたお茶の容器をすぐ傍のテーブルへ置いた。


「水蓮。言っておくが、これは監視者として大事なことなんだ」


 顔を顰めて呟いた帝釈天の言葉に偽りはない。そんな主の顔を横目に、彼が脱いだ衣服を淡々と拾いあげながら口を開く。


「奥方様が心配しておられましたよ。とても嫌な予感がしていると」

(しゃ)()も感づいているんだよ。彼女は、ずっと阿修羅のことを気にしている……」

「帝釈天様はそれでよろしいんですか?」

「うん? よろしくない」


 笑いながら、どうにも軽い言い方をする帝釈天に、水蓮は深いため息を吐く。


「よろしくないなら、よろくなるようにしてください。奥方様が気の毒です」

「分かっているよ。だから八咫烏に指示を出したんだ」


 一度置いたお茶を手に取り、丁寧な仕草で茶をすする。伏せていた目線を上げ、水蓮を見れば、彼もまた真顔で見つめ返していた。

 温かい湯気が顔を撫でていくが、その温度を感じない。

 帝釈天はテーブルに茶器を戻す。


「分かったらもう下がっていいよ。紗詩にもその旨、知らせておいてくれ」

「かしこまりました」


 水蓮から水瓶に視線を移し、片手で下がるように振り払う。そんな対応にも顔色一つ変えず、水蓮はその場を後にした。

 静かに扉が閉まったことを確認して、水面を触る。

 先ほどまでマオを映していた水鏡は、自室にいるひなの姿を映し出していた。


「……」


 帝釈天は何かをしようとしているひなを見つめ、静かに呟く。


「麒麟を死なせるわけにはいかないよ。ひな。君のためにもね」


 水鏡の向こうで無邪気に笑うひなの姿を見つめていたが、今度は水面を軽く叩くように触れる。すると波紋の中央から黒い墨がじわじわと広がりはじめ、真っ黒な世界を映し出した。

 次第に映し出されたのは、枯れ果てた大地。墨のように黒ずんだ枯れ木が無数に生えている。その向こう、地面から刃のように切り立った岩の重なる奥に、暗い洞窟が口を開けていた。その入り口を無数の茨が絡みつき、中に入ることは容易ではない。

 ざわざわと、その奥から何かが動いているような気配がする。


「……さて、本業に移ろうか」


 緊張した面持ちで、水面にもう一度触れ、その洞窟の奥を映し出す。

 真っ暗な闇の中、ぼんやりと浮かび上がる白い塊が見えた。頭を垂れ、じっとしている阿修羅を見つめ、帝釈天は目を眇めた。


「そのまま、ずっと大人しくしていてくれよ」


 そう呟く帝釈天の表情は、やるせない顔を浮かべていた。

 こうして見ていると、生きているようには見えない。この瞬間だけは、帝釈天の目に戸惑いに揺れる。


「なぁ、毘天(ひてん)。俺は、本当はお前自身も救えたらと思ってる。お前は、今でも……」


 すると、その呟きに応えるように、阿修羅は体を小さく震わせ、ゆっくりと頭をもたげる。


「……!」


 乱れた黒髪の隙間から覗き見える赤い眼光と、その口元には不敵な笑みを浮かべている。

 帝釈天はその彼の様子に眉間に皴を寄せ、目を見張った。

 阿修羅はゆっくりと口を開き、言葉を紡ぐ。


 ……こ

 ……ろ

 ……す


「阿修羅……」


 ぞくり、と背筋に悪寒が走る。思わず帝釈天は水瓶から身を引いてしまった。

 水鏡を通して双方の言葉は届かない。だが、今の彼の反応はなんだ? まるでこちらの言葉が届いているかのようだった。


 水鏡に移る阿修羅は肩を震わせて笑っている。その笑い声が聞こえてくるようで、帝釈天は咄嗟に掌で水面を撫で、今まで見ていた映像をかき消した。


***


「獅那ちゃん、こんな感じ?」


 ひなは自室で着替えをしていた。

 長い髪を一つにまとめ、白地に淡い水色の模様が入った着物を纏い、薄化粧を施されている。

 姿見に映る自分の姿を見て、ひなは恥ずかしそうにしていた。


「よく似合ってますよ」

「あんまり髪を上げたことないから、なんか落ち着かない」


 うなじに触れながらそわそわしているひなに対し、獅那は大満足といわんばかりに微笑んでいる。


「片づけて参りますね」


 獅那は脱いであった着物や、飾りを手に一度部屋を後にする。部屋に一人残ったひなは鏡を見つめながら、無意識に鏡の中の自分に触れてみる。

 大人になった自分を、改めてこうして見るのは初めてだ。物静かそうで、どこか自信がなさそうなくせに、気が強そうにも見える目つき。薄紅を差した唇は小さく、固く引き結ばれている。


「……お母さんも、こんな感じだったのかな」


 呟いた言葉は、どこか寂し気だった。


「ひな?」


 突然声をかけられ、ビクッと体を跳ねて背後を振り返る。するとそこには心底驚いたような顔をしている麟の姿があった。

 彼の姿を見た瞬間頬に熱が集まってくるのを感じる。


「あ……えっと、これはその、別に意味はなくて……」


 しどろもどろに答えながら視線を逸らす。悪いことをしているわけではないが、気まずさから言い訳を探してしまう。


「……麟さん?」


 何も言ってこない麟に気付き、ひなが視線を上げて声をかけると、麟は我に返ったように口元に手を当てた。


「い、いや。獅那が、慌てた様子で連絡を寄こしてきたから何かと思ったら……」

「え?」


 獅那が麟を呼びつけたと知って、ひなは驚いたように彼女を見ると、彼女は満足そうに微笑んでいた。


「……驚いた」


 麟は、そう言いながら視線を逸らす。


 ――胸の奥に、面影が重なる……。


「……!?」


 ひなは顔から火が出そうになり、言葉に詰まった。その時、麟の背後から顔を覗かせたヤタも驚いたように目を見開く。


「へぇ……」

「え? な、なに?」

「いや、見違えた」


 ヤタが素直にそう呟いた瞬間、ひなの顔はますます赤らむ。その直後、獅那は強めの咳払いをし、彼の脇腹をつつく。


『麒麟様の前よ。言葉に気を付けて』


 理解していないヤタに、こそっと伝えると、ようやく慌てだした。


「あ、いや、別に他意はなくてだな……」

「……ヤタさんに褒められたの、初めて」


 恥ずかしそうに頬に手を当てながら呟くひなに、ヤタは更に焦りの色を露わにする。


「え、いや、だから……」

「いや、本当のことだから構わないよ」


 麟はそういって笑う反面、ヤタは背筋に寒気を覚えた。

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