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呪縛、解離、解放.弐

「どっちが疎かでも生き辛いに決まってる。けどな、それを補える奴が傍にいれば偏ってたところで問題はねぇ。お前は今まで何でも思い通りになってきた楽勝な人生だったんだろうよ。そんな一人でイキがってる奴には分かんねぇだろうな。確かにお前の言う通り、麟は相手が何であれ手をかけることはできねぇ。だが……その為に俺がいるんだよ!」


 ヤタは持っていた刀の柄をじわりと握り直す。


「お前みたいに行き場がなくなったやつほど良く吠えるんだ。自分を立ち返り改めることが分からねぇ内は、お前に勝ち目なんか万が一にもねぇ!」

『……さい』


 香蓮の耳にはヤタの言葉がやたらうるさく響いた。ただでさえ機嫌が悪いところに煽るような事を言われて、腹が立たないはずがない。握り締めた拳を震わせていたが、狂ったように荒々しく奇声を発しながら頭を掻きむしり始めた。それを見たヤタは、完全にこちら側のペースに引き込んだとニヤリとほくそえむ。単純に物事を考え、捉える事しか出来ない人間ほど狂うと周りが見えなくなりやすい。ここまで乱すことが出来れば、あとは簡単だ。


『うるさいっ! うるさいうるさいうるさい!! お前に何が分かるっ!』


 叫ぶ香蓮の言葉に、ヤタはしれっと冷めた目で彼女を睨みつける。


「分かんねぇよ。俺はお前じゃねぇし。そもそも、お前みたいな思考の持ち主のことなんか分かりたくもねぇけどな。あぁ、あと言っとくが、それ以上ひなの身体に傷を付けんじゃねぇぞ」


 ヤタは握っていた刀の柄を固く握り直した。



                ****



 ギシギシ……と、軋む音がする。それは次第に大きくなり、耳障りなほどに辺りに響き渡った。

 暗闇に閉じ込められていたひなは、その音に耳を塞ぎながらも周りを見回した。すると突然闇の一部に稲妻のような亀裂が走り抜け、慌ててそちらに駆け寄る。

 もしかすると、ここから脱出できるかもしれない。そう思った。


――二人が傷つけられる前に、早く……早くっ!!


 ひなは必死になって亀裂の入った壁を力いっぱい叩き出した。



                ****



 バチッと火花が散るような大きな音が響き渡る。するとそれまで麟たちに圧し掛かっていた重圧が更に重みを増し、更に動きを鈍らせて来る。同時に香蓮の傍にあった巨大な瓦礫が浮き上がった。


 それを見たヤタはさすがに驚き、麟に声をかける。


「おいっ、麟! これで本当にひなの力抑えてんのか?!」

「結界内にいてこれだけ力を使いこなせるのは予想外だが、実際彼女はあの場所から動けないはずだ!」


 麟が言うように、香蓮もまたその場から動けないようだった。こちらが身動きが取りにくいように彼女もまた体が思うように動かせないのか、先ほどから四つん這いになるのが精一杯でそれ以上起き上がる事もままならないようだった。その状態から瓦礫を操れるひなの力の強さは計り知れないのかもしれない。


『叩き潰してやるっ!!』


 浮き上がった巨大な瓦礫が、香蓮の感情のまま空を割き剛速球で二人に飛びかかって来る。

 いくら防御を施していたとて、絶対ではない事を分かっていたヤタは動きに制限を掛けられているにも関わらず麟の前に回り込み、居合の速さで刀を振り抜いて瓦礫を真っ二つに切り捨てた。切られた瓦礫は物凄い音を立てて二人の後方へ落ちる。

 間一髪。ヤタは冷汗を流しながらぼやいた。


「乗り移ってる奴より、ひなの力の方がよっぽど怖ぇわ!」

「揺すぶりをかけて動揺している。だがかなりの執着だ。ひなから引き剝がせるのは一瞬かもしれない。八咫烏、しっかり見極めろ!」

「承知!」


 冷汗を流しながらニヤリと笑うヤタは、動きにくい手を動かして刀の柄に手をかけた。麟は指を二本に立てると、大きく虚空に印を切り始める。


天津神(あまつかみ)にかしこみかしこみ申し上げる。かの御霊(みたま)より放つ一縷の命、今よりお還し申す。天照坐皇大御神あまてらしますすめおおみかみより真なる御霊を呼び起こし、今一度その御身に宿したまえ」


 麟の唱える言葉に呼応するように、結界を張る筮竹の威力が増幅する。


『……ぐっ!』


 ひなは短く唸るとようやく四つん這いで起き上がっていた体をぐしゃりと崩し、地面の上に抑え込まれる。強い圧迫感と体中を締め上げられるような息苦しさに、ひなはもがき苦しみながら身を捩った。


 麟は力任せの拘束や苦しみを与えるのは本意ではない。出来る事なら一刻も早く香蓮がひなの体から離れて欲しいと願ってやまなかった。しかし、香蓮もただでは離れて行かない。執拗にひなの体にしがみつき、出ていく事を拒み続けた。


『こ、のままだと……この子も死ぬ、ぞ……っ』

「お前も苦しいだろう。早く離れたらどうだ」

『……っく、くく……嫌だね……。共倒れになったって、あたしは構わない』


 麟の表情が苦々しく歪む。

 結んだままの印を横にすっと薙ぎ払うと、ひなに体にかかっている重圧が更にきつくなる。


『あ、う……っ!』


 短い悲鳴を上げ、息が出来ない状況にひなの表情がきつく歪んだ。もがく動きにも鈍さが増し、体が小刻みに震え始める。すると、ゆっくりと顔だけをこちらに向けたひなの目には涙が光っていた。


「麟……さ……」

「!」

「麟! 惑わされるなっ!」


 ポロポロと零れる涙と明らかなひなの声に、麟は目を見開いて怯みそうになる。だがすかさずヤタがそんな麟の気持ちに喝を入れるように声を張った。

 上手く相手を怯ませてこの場から逃げ出そうと思っていた香蓮だったが、隣にいるヤタを睨みつけ声を荒らげる。


『この……忌々しい奴め! ならば、こうしてくれる!!』


 香蓮がそう叫び、漆黒の刀をその手の内に作り出すのと同時にパリパリっと花火が散るような音が頭上から聞こえて来る。ヤタは咄嗟に上空を見上げるとすぐさま麟を庇うようにしてその場から飛びのいた。すると間を置かずに彼らが立っていた場所に特大の稲妻が落ち、香蓮の手中に作り出した刀もろともその場に張っていた麟の防御壁をあっという間に打ち砕いてしまった。


 咄嗟に麟と共に転がるようにして地面の上に倒れ込んだヤタはパッと顔を上げ、ヒラヒラと護符が舞い落ちる地面の、黒焦げになった部分を目視してひきつったように苦笑いを浮かべる。


「か、勘弁してくれよ……。ひなの力ってのはどうなってやがんだ? 麟の防御壁を簡単に砕いちまったぞ!」


 飛び退くのがあと一瞬遅かったら、二人ともまともに食らってしまっていたに違いない。


――麟さん、ヤタさん! ごめんなさい!


 ふと二人の耳にひなの声が飛び込んでくる。

 麟はハッとなり周りを見回して、実体のあるひなを見ると彼女は苦しそうに顔を覆い隠し、身を屈めて呻いている姿が見えた。


――どうやって力をコントロールしていいか分からない……。

「ひな!」


 麟がそう声を上げると、ひなの体からズルリと巨大な黒蛇が這い出て来た。

 おどろおどろしいほどの憎悪から成り立つその巨体。あまりの禍々しさに瘴気が生まれ所々でパリパリと雷が生じているその姿を見上げていた麟は、険しい表情のままぽつりと呟いた。


「……まるで阿修羅だな」

「阿修羅?」


 麟の呟きにヤタが聞き返すと同時に、黒蛇の尻尾が二人の上に振り下ろされる。二人は咄嗟に避けて、ヤタが再び刀を振り下ろした。


『ぎゃあああああっ!!』

「!」


 振り下ろされた刀は尻尾を切り裂き、黒い血をまき散らしながら暴れ出す。蛇の真下にいるひなにもその黒い血がかかり、揺らめく蛇の巨体が彼女を押し潰しそうになったところを寸でで麟が救い出した。


「ひなっ!!」

「……」


 麟に抱えられたひなは天を向いたまま目を覚まさない。しかし、浅く呼吸をしていることに麟はひとまず胸を撫でおろした。


「苦しい思いをさせてしまって、すまない」


 ひなの顔をそっと撫でた麟は、ぎゅっと彼女を抱きしめた。

 黒蛇はそんな二人には目もくれず、自分を傷つけたヤタに対し恨みの籠った眼を向けていた。チロチロと赤い舌を出しながら鋭い眼光でヤタと麟を睨みつけたかと思うと、素早い動きで大きな牙を剥き出しに襲い掛かって来る。


「いい加減、観念しろよっ!」


 そう声を上げると同時に、八咫烏は刀を振り上げて今度は首を切りつけた。

 叫ぶ隙すら与えられずに頭が切り離され、ズシンと地面の上に頭が落ちた。ぐらりと傾いで首が取れた黒蛇の体もまた大きな音を立てて地面に倒れ込み、それらは全てドロドロとした重油のように地面に広がってその姿を消した。

 

 ヤタは深い溜息を吐きながら、刀に付いた血を払い鞘に納めるとすぐに二人の傍に駆け付ける。


「麟! ひなは?」

「大丈夫だ」


 その言葉にヤタもまた安堵の深い溜息を零した。そして彼女の傍らにしゃがみこみ、その頭に手を置く。


「お前、よく頑張ったな」


 短いながらも、ひなに対してねぎらいの言葉をかけたのだった。

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