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思い通りにはならない屈辱

 高層ビル建設途中の鉄骨の上で、麟は着物の袂から取り出した数枚の人型の紙に念を込める。その紙にふっと息を吹きかける事で魂が宿り、ただの紙は動物に姿を変えて四方に走り去っていく。


 ひながいなくなり、麟とヤタが現世に身を置くようになってかれこれ一週間。毎日のように式神を使い行方を追っているにも関わらず、まるで彼女の足取りが掴めない。ここ数日で分かったのは、ひなは現在ファッション雑誌や化粧品の広告看板などに出ている事で、東京に身を置いていると言う事が分かったぐらいだった。


「……」


 麟はため息を吐くと、ふいに揺らぐ視界に側にある壁に手をついた。

 どっとくる疲労感は現世に身を置いているせいかもしれない。時の流れが早すぎる分、焦りも体力の減りも加速する一方だった。この重圧は、初めから幽世の番人として存在していた麟にはとてつもない疲労感を呼んでいた。何より、現世は術が効き難い。これまでも何匹も式神を放っているが、戻って来る式はほんの一握りだけだ。それもこれも麟の体力が削られている為でもあった。


「麟」


 偵察に出ていたヤタが大きく翼をはためかせながら、麟の傍に舞い降りる。


「顔色が悪いぞ。今日はもう止めておいた方がいいんじゃないか?」

「そう言う訳にはいかない。そうしている間に、ひなを見失う可能性があるんだ」

「あんたが動けない分は俺が動く。俺はあんたと違って現世の時間軸にはある程度耐性を持ってんだ。ひなを見つけ出す前にあんたが倒れたら意味がねぇだろ。無理すんな」

「……すまない。それでひなは?」

「いや、全然。あの女、随分上手にひなを隠してやがるみたいだな」


 ヤタは深いため息を吐きながら腰に手を当て遠くに視線をやった。

 ビルの目の前にある屋上の看板。そこには飲料水の広告がでかでかと掲げられており、そのイメージキャラクターとして起用されたすっかり大人びたひなの笑顔がある。二人はその広告を見つめ、やるせない気持ちになった。すぐ近くにいるはずなのに、何処にいるのか分からない。届きそうな位置にいるはずなのに届かない……。ただただ、もどかしさだけが二人を包んでいる。


「……なぁ麟。見つけたらどうする?」


 ヤタの問いかけに、麟はぎゅっと拳を握り締めた。


「通常、如何なる魂も同等に転生する権利を与えられる。それが幽世での鉄則としてある以上、ひなに乗り移った魂もまたそうなるべき存在だ。しかし……例外もある」


 麟は目を伏せ、眉間に皺を寄せる。

 彼は本来、蟻の子一匹でも命を尊び、殺生を好まない性格だ。何人であろうと命の再生を喜び、手を差し伸べ守る存在。彼自身が手を下すことは出来ないのだが、ひなだけでなく多くの人を危険に晒す者に対して好感は当然抱かない。


 麟がそれ以上の言葉を紡げず苦しんでいる様子を見て、ヤタはふっと息を吐いた。そしてポンと彼の肩に手を置き、振り返った麟の顔を覗き込むように真っすぐに見つめ返す。


「その役割の為に、俺がいるんだろ」

「……八咫烏」

「汚い仕事は俺の役目。本当にどうしようもない奴は死んで魂になったって、例え三途の川でザブザブ洗われたところでどうしようもない奴のままだ。まぁ、稀にきちんと更生する奴もいるけどな。その辺に関しては事前に閻魔にも帝釈天にも許可を貰ってんだ。気にするな」

「……そうだな」


 ニンマリと笑いポンポンと麟の肩を叩くと、麟は目を細めて小さく頭を下げる。

 彼の抱える苦い葛藤が分からないわけではないが、甘いだけでは通らない事があると言う事をヤタは良く理解していた。何より、麟もただ甘いだけの性格をしているわけではない。それを分かっているからこその苦悩を抱き、思い悩みやすいのだ。

 ヤタはその性分を含めて、そんな麟という存在を心から敬愛していた。


「謝んなって。前にもこういう事があっただろ。あんたはほんとに、俺より強いくせに優し過ぎるのが玉に瑕だよな。よく番人が務まってると思うぜ。ま、それにこれは俺の大事な役目で、あんたに仕える最大の意味でもある。だからこの仕事を取り上げるような真似はしないでくれよ」


 そう言うと、ヤタは「日が暮れる前にもう少し偵察してくる」と言い再び空に舞い上がった。麟はそんなヤタを見送り、再び看板の中のひなに目を移した。


「ひな……。君は今どこにいるんだ」



               ******



「……どう言う事?」


 テレビ局の控室にいた香蓮が、目の前にいる気弱そうな男性マネージャーに怪訝そうな目を向けた。男性は睨みつけてくる香蓮の圧力におどおどしながら口を開く。


「こ、今回の化粧品のイメージキャラクターが別の方に決まったそうで……」

「はぁ? 何でよ。それって今までずっとあたしがメインでしてた仕事でしょ?! 何で今更別の人間に決まるのよ! おかしいじゃない!」


 バンッと机を叩き、思い切り不機嫌な声を上げる香蓮にマネージャーはビクッと肩を震わせた。


「け、契約が満期を向かえる為だと……」

「は? そんなわけないでしょ? まだ契約期間が切れる時期じゃないってあたしが知らないと思ってんの? つい先日だってあのスポンサー、次のシーズンも私を使うって言い切ってたのよ? 舐めた事言ってんじゃないわよ!」


 あまりに高圧的な勢いに押され、香蓮よりも一回り以上は年上だろうと思われるマネージャーは完全に委縮してしまい「す、すみません!」と言いながら震え上がった。香蓮は腕と足を組み、縮みあがるマネージャーをねめつける。


「あとさ、あんた最近新しい仕事もまともに取ってこれてないじゃない。売れもしない下っ端がやりそうなスーパー広告のタイアップとか? ノーブランドの庶民向けの洋服のモデルだとか? あたしの事ナメてんの? 今じゃ皆が知っている売れっ子なのよ? バカにしてんじゃないわよ! ほんっと使えない。そんな使えないマネージャーなんかいらないわ! とっとと帰りなさい!」


 苛立ちを爆発させ、マネージャーを追い出すと香蓮は頭をガシガシと掻きメイク用の鏡に映る自身の姿を睨むように見つめる。


 ここのところ思うように仕事が回ってこなくなり、世間からも見放されかけているのは薄々気付いていた。そしてそれはスポンサー側にも影響が出てきている事も分かっていた。だから今回別の人へのイメージキャラクター変更の申し出が出た事も、本来なら考えられなかったわけじゃない。ただ“何故そうなってしまったのか?”という事に気付けない致命的な部分をこの時の香蓮は持っていた。


 自分が悪いのではなく、周りが悪いと根本から思っているからこそ気付けない欠点でもある。同時に、「このままではまた忘れ去られてしまう。忘れ去られてしまえば自分は自分でなくなり、何の価値もなくなってしまう」と言う恐怖心が余裕を更に無くしてしまっていた。


 焦燥感と苛立ちからすっかり人相が変わり、人格も拍車をかけて歪んでいく。


「私の真の価値が分からない人間なんかいらないのよ……。せっかく死後の世界から復活してきてやったって言うのに、何も知らない馬鹿共め……」


 香蓮の体から黒い蛇が出現し始める。

 カタカタとテーブルが小刻みに震えはじめ、水の入ったペットボトルとコップが不自然に膨張したかと思うと派手な音を立てて粉々に飛び散った。ピシッ! と壁にひびが入る音走ると、香蓮の体から真っすぐ縦に亀裂が走り抜け閉じられていたドアが支えなく倒れ外にいた人々は途端に慌ただしくなった。そして同時に、長い廊下の電球が凄まじい速さで端から弾けて消えていく。


「きゃあああぁっ!」

「す、すぐにスタジオに戻って! ニュース速報を!」


 バタバタと廊下を行き交う足音が多くなる中、人混みを掻き分けながら一人の人物が駆け込んでくる。


「カ、カレンさん! 避難を……っ!?」


 駆け付けたのは先ほど追い出したマネージャーだった。だが、そのマネージャーは香蓮の様子を見た瞬間その場に凍り付いてしまう。

 マネージャーも知らないわけではない。SNSで囁かれていた「死神」の事を。


「……気付くのおっそ。ざぁこ」


 真っ黒なオーラを放ち怪しく光る目でマネージャーをゆっくりと振り返った香蓮は、くっと短くほくそ笑んだ。その瞬間、控室の鏡の前に置かれていた電気スタンドがバリバリと音を立てて弾け飛ぶ。同時にドーンと大きな爆発音が響き、頑丈に作られ耐震性にも十分な対応をしているはずのテレビ局がガラガラと音を立てて崩壊し始めた。

 身動きが取れないマネージャーと香蓮の間を亀裂が走り抜けて、大きな軋みと共に建物が互いに大きく傾いでいく。


「う、うわぁあああぁぁぁあぁっ!!」


 叫びながらこちらに手を伸ばしてくる彼は、あれだけ高圧的で一方的に解雇されたのに何とか香蓮を救おうと伸ばされた優しさそのものだった。そんな彼に対し、瓦礫に飲み込まれて行く香蓮の唇は不敵に弧を描き笑みを浮かべ、マネージャーに強烈な印象を与えたのは言うまでもない。

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