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桜の夢路 〜守れなかった願いが導く異界譚〜  作者: 陰東 紅祢
第一章

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13/57

迎えに行くよ

 空気が動いた。それも、重たく沈み込むような空気が、だ。

 それがひなの力によるものだと、幽世にいる麟にもハッキリと伝わってくる。

 今、現世は崩壊が始まった。下手をすればこのまま大勢の人間が死に追いやられるような、闇深い地獄。

 ひなの暴走で結界に僅かなヒビが生じ、現世と幽世との間にズレが生まれていた。


「ひな……」


 屋敷に戻った麟は険しい表情を浮かべ額に汗が滲む。

 ひながいなくなってすぐ、彼女の所在を確認しようと何度も式神を送り出し探らせていたが一向に掴めない。


「やはり、亀裂のせいか……」


 麟は焦燥感に駆られながら深いため息を吐く。

 幽世に歪みが生まれたことで、ひなは異物扱いされ爪弾きに遭ったのと同じ。所在がわからなければ、迎えに行くこともできない。そもそも、力の箍が外れかけた彼女を、現世に戻してはならなかった……。


「……」


 麟はひなの部屋の前で頭を抱えうなだれる。


「麒麟様……」


 その様子を見ていた獅那は言葉が出て来ず、沈黙する。

ヤタは落ち込んでいる麟に、目を細めて睨むように見据えていた。

彼のこんな姿は、以前にも見た。

過去も今も、どうしようもなかったとはいえ、麟にとっては深手を負うに等しい傷。だが、そこに留まることは許されない。


「麟!」


ヤタは声を荒らげ、麟の前に跪くと彼の着物の襟首を掴んで強引にこちらを向かせた。


「麟、しっかりしろ! まだ見つからないと決まったわけじゃねぇだろうが! あんたのそんな姿、俺は見たくねぇ!」


 主である麟に対し強い言葉で噛みついたヤタは、乱雑に手を放し、苛立ったように空へ舞い上がった。

黒い羽根を巻き散らしながら去ったヤタを追うように麟は顔を上げる。


 ――とても、嫌な予感がしている。


「麒麟様。ひなさんは待っています」


 緩慢な動きで視線を視線を獅那へ向けると、彼女はとても冷静な目をしていた。


「獅那……」

「以前のようにはなりません。私たちがそうはさせません。今度こそ、絶対に」


 過去を知る獅那の強い言葉に、麟は瞳を閉じて頷き返した。


「麒麟様!」


 屋敷での騒動が落ち着き始め、あやかしたちの対応に追われていたマオが、血相を変えて彼の傍にかけてくる。


「ご無事でしたか!」


 マオは麟の前まで駆けて来ると、肩で息を吐きながら呼吸を整える。そして一度息を呑み、顔を上げた。


「先ほどの騒動で他の魂たちが数十名、いなくなってしまいました!」


 ぴくり、と麟の眉が動く。


「もし万が一、狭間の世界に迷い込んだら、助け出すことは困難です!」


 焦りの色を見せるマオと責任を前に、自分の立場を思い出される。

 ひなも、行方不明になった魂たちも、事態の収束を速やかにしなければならない。


「……っ」


麟は瞳を閉じて僅かに俯く。


番人としての役割とひなの存在を一瞬、天秤にかけてしまった。

今一度、自分の胸に問いかけてみる。しかしすでに、心は決まっていた。

麟は握りしめていた拳に力を込める。


「――ひなを、探しに出る」


 閉じていた開き、決意に満ちた眼差しとその言葉にマオは驚愕で目を見開く。

彼は、番人としての責任よりも一人の少女を優先した。その決断にマオの視線が泳ぐ。


「な、何を……」

「マオ。すまないが今しばらくこの場を頼んだ。獅那、マオを手助けしてやってくれ」


 マオは、歯を食いしばり麟の袖を掴んだ。


「あなたは番人なのに! これは、許されることではありませんわ!」


 睨み上げてくる彼女の目は、どこか泣き出しそうに揺れている。

 麟はマオの肩に手を置くと、落ち着いた声で口を開いた。


「あの子には私が必要だ。いや……私が、あの子を必要としているんだ」

「!」


 マオは、あまりに真剣な眼差しを向けてくる麟に、二の句が告げられず言葉を吞み込んだ。掴んでいた袖からゆるゆると手を放し、辛そうに顔を顰め、小さく首を横に振り視線を下げる。


「いつもお傍でお仕えしているのは、私なのに……」


 口からついて出た小さな呟きと同時に、悔しげに唇を噛み締める。


「麟!」


 その時、ヤタが屋敷へと戻ってくる。

 麟は急ぎ彼の傍に駆け寄るが、ひなの姿はそこにはない。


「ひなは?」


 麟の問いかけに、ヤタは首を横に振る。


「ひなはまだ見つかってない。それから現世だけどな……酷いありさまだった。特にひなが住んでいた場所一帯は被害が大きい。負傷者の数は今こうしている間にも増えている。すぐにここも魂が押し寄せてくるぞ」


 どちらも一刻の猶予もない。


「やはり、このまま彼女を現世に置いておくわけにはいかない。八咫烏、私も行こう」

「行ってはいけません! 麒麟様はここでやらなければならないことがあるのです!」


 マオは意地でも麟を向かわせまいと食い下がる。


「……マオ。すまない。私の仕事は少しの間お前に一任する」

「そんな……」

「私が行かなければならないんだ」


 麟は小さく笑みを浮かべると、麟を中心に強い旋風が巻き起こる。マオは瞬間的に閉じた目を開くと、神格化した麟の姿があった。そしてすぐに空を仰ぎ駆けあがる。


「マオ。できるだけ早く戻るようにする。それまで頼んだ」

「八咫烏!」


 マオの肩に手を置き、ヤタも麟を追って再び空へ舞い上がった。


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