第10話 時雨愛莉の告白
【もう諦める】
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迷いました、凄く迷いました
体育倉庫での確認作業後、俺達は他の実行委員が集まって会議をしている教室にやって来ていた。
進行役を務めていたのは縦山先輩で、隣のホワイトボードには体育祭で行われる様々な種目が書かれていた。
「お疲れ様です。どうでしたか?」
「特に大きな問題はなかったわ。後で書類に纏めるから、目を通して頂戴」
縦山先輩の問いに雪永先輩が答える。俺達はそれを横目に、空いている端の席に腰を下ろす。
座ったと同時に、縦山先輩から声が飛んできた。
「二人もお疲れ様。こっちの会議も大体は終わったのだけれど、君達の意見も聞いておきたいな。なにか、提案したい種目はあるかい?」
「い、いえ。私は特に……」
縦山先輩の言葉に、時雨は即座に反応した。縦山先輩の目が俺と移るのと同時に、俺はホワイトボードに書かれた種目を確認する。
メジャー所からマイナーな種目まで、それなりの数が選出されていた。これ以上は出ないと思うのだが、女子達が期待に目を輝かせていたので苦し紛れに答えた。
「……パン食い競争とか」
「パン食い競争っと……」
俺の提案を縦山先輩がホワイトボードに追記する。
とりあえず案は出したのだから、後は大人しくしていようと思ったのだが、縦山先輩の言葉は続けられた。
「じゃあ質問するよ? 当日は時期的に暑い日になるだろう、炎天下なのが予想される。そんな中、パンを吊るして大丈夫だと思うかい?」
「えっと……長時間でなければ、大丈夫じゃないですかね?」
「では吊るす高さはどうだい? 背が低い人と高い人で、有利不利がでると思うけど」
「それは他の競技にも言える事だと思いますが。あれなら、走る人の身長を揃えればいいんじゃないですか?」
「では、パンはなんのパンを使う?」
「なんのって……こういうのってアンパンじゃないっすか?」
「パンは全部食べる必要はある? それとも一口? 食べながら走ってもいいのかい? それとも咥えるだけでいい?」
「なんなん自分めっちゃくるやん……走りながらでもいいですけど、全部は食べなくてもいいんじゃないですか? 咥えて走るのは……転校生だけでしょ」
「ふっ……では暑い中、水分もなく、飲み込みにくいパン生地を走りながら食べろと。喉に詰まらせでもしたらどうするんだろうにぇ~」
「……なんすかその勝ち誇った顔」
もしかして俺は仕返しでもされているのだろうか? だとしたら随分と根に持つ先輩だ。
しかしそうか、また俺は喧嘩を売られているのか。一度敗北せし者が……身の程を弁えさせてやる。
「でも縦山先輩。この時雨や、先輩の隣にいる雪永会長が口をパクパクさせながら必死でパンを咥えようとしている姿、見たくないっすか?」
「むっ……安全面を考慮し、パン食い競争を検討しよう」
「勝った」
「君は強いねぇ~」
注目を浴びて顔を赤くした時雨と、こめかみに青筋が浮かんだ雪永先輩。
会議終了後、二人にめちゃくちゃ怒られた。
――――
――
―
種目決めの会議が終了したタイミングで、俺は時雨に声を掛けられた。
「あの、行人先輩。ちょっとだけ、お時間ありませんか?」
なにやら思い詰めたような、真剣な顔をしている時雨。特に用事もなかったし、時雨の表情を見たら断るという選択肢は浮かばなかった。
俺は会議が終了しても何かを話し合っている雪永先輩と縦山先輩に挨拶したのち、時雨と一緒に会議室を出た。
人気がなくなった校舎から外に出て、中庭にやって来た。手ごろなベンチに腰掛けて、時雨が声を出すのをジッと待つ。
ほどなくして、ゆっくりと時雨は話始めた。
「……マネージャー、辞めようと思ってるんです」
目を伏せながら時雨は語りだした。
初めは2年のとある先輩が気になって、都合よく東森と西林という友達も、同じような目的でマネージャーになるという事だったので、これ幸いとマネージャーになった事。
しかしまだマネージャーになって二か月弱だが、その僅かな時間で嫌になってしまったという。
想像していた事と違った。想像していた人と違った。気になる人も先輩も同級生も、あまりにも酷すぎた。
マネージャーとしての仕事自体は嫌ではないが、あの人達のためにやっているという事が嫌になってきた。
「でも、無責任すぎますよね。そんな理由で投げ出すのなんて……」
東森と西林の二人は、もう辞めるつもりらしい。つい先日、顧問の先生に辞める意思を伝えたそうだ。
時雨は責任感から辞める事を迷っているようだが、正直あの二人が辞めてしまい時雨が一人になれば、どうなるかは想像に難しくない。
「先輩。私、どうしたらいいのかな……」
今にも壊れてしまいそうな儚い笑顔。俺を心配させないようにと考えたのか、無理に笑っているようだ。
俺は出来る限り優しい笑顔を作り、時雨の頭を撫でながら声を出した。
「まず、頑張ったな、時雨」
「うぅ……せんぱぁい……」
「泣くなって。これから先輩、いい事を言うから」
「あはは、はいっ」
僅かに零れた涙を拭った時雨は、やっと笑顔を見せてくれた。
時雨が落ち着いたのを確認し、俺は話を続ける。
「まず大前提として、時雨がどうしたいのかが一番重要だと思う。最終的に決断するのも、絶対に時雨の意思じゃなきゃダメだ」
「はい」
「その上で、時雨より一年だけ長く生きている俺が、適当な事を言わせてもらうと……」
「……はい」
「――――辞めちゃえ」
「はい……へっ?」
ハッキリ言われると思わなかったのか、時雨は驚いたような顔を見せた。
「そんな苦しそうな顔で、楽しくもなさそうで、そんなに悩むくらいなら辞めちゃえ。俺はお前のそんな顔、見たくない」
「…………」
「無責任だとか、そんなのないから。マネージャーは善意だ、その善意を時雨は踏み躙られたんだからな」
「でも、私達が辞めると……サッカー部のみんなは……」
「因果応報自縄自縛。自業自得だ、少しくらい後悔させてやればいいんだよ」
「そ、そうですかね……」
まだ迷いがある様子の時雨。そこまで蔑ろにされて来たのに、よほど責任感が強いのだな。
俺なら多分、三日で辞めてると思う。誰でも自分を一番に優先して然るべきなんだ。
自分を犠牲に他者の事を想えるというのは素晴らしい事だ。だけど、何の反応もなく、それどころかその想いを踏み躙られてまで自分を犠牲にする必要はない。
「時雨は真面目……というかいい子すぎるな。少しくらい、悪い子になってもいいと思うぞ?」
「悪い子……ですか?」
「もう知らねー、やってらんねーって言えばいいんだよ。時雨は誰のために、何のためにマネージャーになった? 自分のためだろ?」
「もう、知らねー……」
「もっと大きい声で言ってみ? スッキリするから。もう知らね~よ、サッカー部のボケーーって」
「……もう知らない……やってらんないっ!」
「もっともっと、誰もいないから大丈夫だ」
盛大に時雨を煽る。周りに人気はないが、校舎内にはまだ生徒が残っているというのは内緒にしておこう。
時雨は少し迷ったようだが、心を決めたのか立ち上がり、大きく息を吸い込む仕草を見せた。
「もう知らないからっ!! サッカー部のばかぁぁぁっ!!」
「ちょっと、恥ずかしいからあまり大きな声出さないでくれる?」
「せ、先輩が大きな声でって言ったんじゃないですかぁぁ!?」
「あはは、いい顔になったじゃん。少しは元気になっただろ?」
そう言うと、時雨は恥ずかしそうに両手で顔を隠し、再びベンチに座り込んだ。
少しして顔を上げた時雨は、頬を朱に染めてはいるものの吹っ切れた様な顔をしていた。
「行人先輩、ありがとうございます。私、決めました」
「そっか」
「先輩に相談して、本当に良かったです」
可愛い後輩のためだ、彼女の役に立てたのなら満足である。
じゃあそろそろ引き上げようかと立ち上がったのだが、時雨は立ち上がらず。どこかモジモジとしながら、上目遣いで俺の目を見てきた。
「あの、先輩。お願いしたい事があるって言ったの、覚えていますか……?」
「…………うん」
「忘れてたでしょ?」
もの言いたげな目になった時雨。忘れていたというか、完全に忘れていた。
バレないように何でも言えとの態度に切り替え、時雨のお願いとやらを聞く態勢を取る。
「その……マネージャーになりたいです」
「……うん? 他の部活のマネージャーになるつもりなのか?」
「ち、違くて! 行人先輩の、先輩専用のマネージャーになりたいですっ」
「……なるほど」
何がなるほど? 即座に俺は頭の中で時雨の言った事の意味を考える。
俺は部活をやっていない。それは時雨も知っているはずなので、俺の部活のマネージャーになりたいという意味で言ったのではないだろう。
「あ、あの、先輩……?」
「ちょっと待ってくれ、検索中だ」
マネージャー。マネージャーとは組織の管理や運営、または目標に向かって誰もが能力を最大限に発揮できるようサポートする人の事である。
つまり、俺の目標である万能薬の作成、それを達成できるように会社と俺の補助してくれると?
「つまり時雨はアースロード製薬に入社し、なおかつ俺と一緒に住んで俺の身の回りの世話をしてくれると?」
「そ、そこまで飛躍するんですか!? でも……それ、いいかも」
「あ~でももういるわ。世話してくれる人」
「……は?」
ゾクッとした。どこか夢見心地だった様子の時雨は、一瞬にして般若に。
この小さな少女は、どうやら鬼を飼っているようだ。下手な冗談は身を亡ぼすか。
「ま、まぁ冗談は置いといて……それは二年後から本気でお願いしたい所だな」
「二年後……? 先輩が卒業してからですか? そんなに待てないですよ~」
時雨が何を言いたいのかは分かる。俺専用のマネージャーになりたいなんて、そうなりたいと言っているようなものじゃないか。
――――しかしまただ。
受け身……時雨の想いを聞いても、その遠回しな物言いに対して俺から言葉を発しようとは思わない。
しかし時雨からハッキリと言われ、回答を求められたら俺は何て答えるのだろう?
イエスかノー。そんな事すら、今は頭に浮かばない。
「でも流石に今すぐって訳じゃないです。いま答えを貰っても、ダメなのは分かっているので」
「…………」
「だから卑怯ですけど、これから私、もっともっとアピールしますから! 覚悟してくださいね? 答えは、また後で……」
「……分かった」
出会った当初の、小動物みたいにビクビクとしていた面影は全くない。彼女は耳まで真っ赤になっているが、俺から目を離す事はなかった。
こんなに強い女の子だったのか。意識してなかったと言ったら嘘になるが、今ハッキリと時雨に好感を抱いたのを感じた。
「じゃあ先輩、今日は本当にありがとうございました。その……だ、大好きですっ」
言い終わるや否や、俺の言葉も待たずに時雨は走り去っていった。
あんな子に好かれて、明確な好意をぶつけられて嬉しいのだが、俺はどこかモヤモヤを感じられずにはいられなかった。
お読み頂き、ありがとうございます
迷いました…
物語の展開や設定上、こうするのがベストというか、こうするしかなかったというか
次回選択肢
【時雨を探す】
【もう諦める】




