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8 転職条件の確認は大事

 あちらも俺に気が付いたのか、軽く手を上げつつ寄って来た。


「やあ、キサラギ。随分嬉しそうじゃないかい」


 ロイスさんはクツクツと笑った。


「ええそりゃあもう何がとは言えませんが、とても幸運なことがあったんですよ。ねえ、ザッドさん。ドレッドさん。こちらは俺の知り合いの、ロイスさんです」


 俺は二人へ向けロイスさんを紹介した。しかし何故かザッドさんは顔を強ばらせ、恐ろしいものでも見たかのように目を見張っている。


「コーカリウス……! 何故ここに……そうか、お前の」

「あ? あたしを知っているのかい、優男。生憎、あたしはお前を知らないよ。そういう大袈裟な反応もいい。あたしはお前に何もしない」

「っ……」


 ザッドさんは怯えるように瞳を伏せ押し黙った。その様子にロイスさんはつまらなそうに「ふん」と嘆息すると、


「それで、キサラギ。あんたこれからどうするんだい」

「え? どうするって言われても……ああ、悩みのことですか。それなら解決しましたよ。それが幸運です」

「幸運ね……よく言うよ」


 ロイスさんは歪んだ笑みを見せ、酷くおかしそうに手を揉んだ。

 と、その時背後から事態を眺めていたドレッドさんが言った。


「おい、ザッド。こいつのこと知っているのか。珍しく、随分怯えているようだが、憲兵か? 奴等がこちらを見ているぞ」


 そういえば、と俺も彼女らの背後を見た。二人は憲兵の中から出てきたのである。見れば、憲兵達も緊張したようにロイスさんの背後から視線を送り、背筋を正しながら武器を構えている。


 メリイさんが騎士だというのなら、この人も騎士団の一員だったりするのかも知れない。いや、それにしては歳が行き過ぎているか。だったらOGか何かなんだろうか。俺もバイトを辞めたのに何度も店に来ては叱責を繰り返す人を知っているが、そういう厄介な落伍者では無いと信じたい。


「いや、こいつは……」ザッドさんが瞳を伏せたまま呟いた。「ロイス・コーカリウス。騎士団の、特殊対策局の局長だ。悍ましい、人被り共の長だよ」

「え」


 それは……偉いんだろうか? よく分からない。しかし局長だというのなら偉いんだろう多分。悍ましいというのが引っかかるが。

 ロイスさんはその名を呼ばれ、不愉快そうに舌打ちした。


「酷いことを言う。人被り、人狼、魔人と、奴等が可哀想じゃないか。ただ治安を守っているだけでそんな風に言われちゃねえ」

「お前達のやり方を見れば誰もがそう思うだろう。見境無しの首狩り趣味共め」

「……詳しいね。キサラギ、こいつもお前の仲間かい? 一緒に組織を売ってくれたのか。だったら態度も改めよう」

「な……! おい、お前!」

ザッドさんが俺に向け言った。

「組織を売った? どういうことだ。そうか、随分タイミングが良いと思ったら、お前の手によるものだったのか。キサラギお前、端から騎士団の……」

「いや、違いますよ! 売ったって、そんな事は知りません!」


 俺は困惑しながら言った。


 何を言われているのか分からなかった。ロイスさんがそんなに偉いなんて、俺は知らなかったのだ。愚痴は言ったが、その中にだって情報ははぐらかして伝えていた。売ろうだなんてそんな気は微塵も無かったのだ。


 ああ、いや。幾つか質問はされたな。しかしそれは実に詰まらない問いで、却って俺は納得した覚えがある。ロイスさんは、特殊な趣味を持っていたのだ。


「俺はただ、質問に答えただけですよ。俺の上司……ザブザさんがよく行く風俗店は何処かって。ロイスさんは多分同性愛者なんです! そういうデリカシーな部分をあまり話させてはいけませんよ」

「お、お前……」


 俺が注意したのに、ザッドさんは信じられないものを見るかのような目で俺を見てくる。どうしたのだろう? 異世界には同性愛の意識は無いのだろうか。しかしメリイさんには通じたよなあ。


「あ、そうか。タブーなんですね。すみませんロイスさん……。隠し事を暴露してしまって……」

「ふん。こうなんだよこいつは。何事もはぐらかし、真意を見せない。嘘の塊、怪物さ」

「いやこいつ本心から……」

「お前……そんなアホなことが切っ掛けで、結社が壊滅したのか……」


 ザッドさんは呆れ果てたような目で俺を見、ドレッドさんも馬鹿馬鹿しそうに空を仰ぎ見た。あれ、俺何かやっちゃいました?


「で、どうするキサラギ。悍ましいと言われたあたしたちの下に来るのかい」


 ロイスさんが手を伸ばしこちらへ向けた。


 あ、そうか。これは勧誘に来ているのか。ロイスさんは優しい人だから、職場に不満を持った俺に新しい職場を与えてくれようとしていたのか。


 成る程。しかし特殊対策局という職場は、字面だけ見ても大変そうだ。それに俺は曲がりなりにも犯罪に手を染めていたのだから、それが発覚したら顔に泥を塗ってしまうことになる。ここは断った方が良いかもしれない。ザッドさんも目線で『やめておけ』と言っている。


「話はありがたいんですが、申し訳ないですが……」

「そういえば」

ロイスさんは力強い声で言った。

「最近、冒険者ギルドの方に不審な荷物が預けられたそうさね。中身はなんと、白金貨15枚に金貨300枚。とんでもない額だ。犯罪を疑うねえ。聞けば、同じだけの金額がある犯罪組織から盗まれたようじゃないか」

「うっ……!」


 き、気付かれていたのか。俺は脅されているのか? ロイスさんはにやにや笑いながらこちらをじっと見つめている。


「預けた者の名は、キサラギ・キョウジ。姿格好もお前に一致しているねえ。これは重要参考人として話を聞く必要がありそうだ。……しかし、もしあたしたちの下に来るというのなら、特殊対策局は潔白清廉なのだから、疑う必要は無いことになる。その金も、何ら不審なところの無い預け物として処理されることになるだろうね」

「是非入らせて下さい!」


 俺はロイスさんの手を取って激しく握手を交わした。なんだ、犯罪者と気付いてそれでも許してくれるというのなら、初めからそう言ってくれれば良いのに。話が回りくどいんだから。


「おい、止めておけ……。特局は、本当に洒落にならない……!」


 ザッドさんはそう言ってきたが、なあに、大丈夫だろう。おそらくメリイさんもその特犯とやらの一員で付き従っているのだろうから心強い。上手くやるさ。


 しかし、困ったな。この後結社崩壊祝賀会でも開こうかと思っていたのに、これでは取り締まる側と取り締まられる側、対立してしまう事になる。これからも中々会えなくなるだろう。それだけが残念だ。




 と、そんな風に気楽に考えることが出来たのは、数日間だけだった。


「う、ご、ごおおお……」


 俺は局内の詰め所で悶えていた。


 仕事が、辛すぎるのだ。この仕事はブラックなんてもんじゃ無かった。よく辛い仕事として3K……きつい、汚い、危険が挙げられるが、ここはそんなもんじゃない。容易く9Kは挙げられる。実に3倍だ。


 きつい、汚い、危険に加え、厳しい、帰れない、隠れなきゃいけない、気分が悪い、気持ち悪がられる、気狂いと扱われる、と挙げようと思えばもっと出せる程、酷い仕事だ。給料だけは高いのが唯一の美点だろうか。


「こんな事なら、断れば良かった……かも……」

「無理さ。あんたはここに来る運命だったのさ」


 うつ伏せる俺を笑いながらそうロイスさんが言った。


「メリイが不気味な男を見逃したという報告を受けてから、あたしはずっと監視を命じていた。そいつから話しかけてくるとは思わずとんでもない傑物かと思ったが、まさか単なる馬鹿だったとは。あたしの目も鈍ったかねえ」

「それじゃ運命じゃ無くて作為じゃないですか。だったらここから出して下さいよ! 俺の実力じゃ釣り合ってませんって!」


 あの夜に対峙した騎士がメリイさんだったと告げられたのも、俺がうきうき気分で局内に出社した当日のことだった。彼女はロイスさんの言葉に可哀想なくらい狼狽えて、頻りに謝罪の言葉を口にしていた物だが、何を謝る必要があるというのだろう。


 騎士だとはずっと言っていたじゃないか。それ以前から会っていたと言うだけで、関係性は何ら変わらないというのに。


「この間だって、俺はもう少しで首切られるところだったんですよ。危険が多すぎる。おかげで少しは剣技の心得が付きましたが」

「だったら良いじゃないか。ここは人材不足なんだ。内部事情を知ったものは生かしては返さない。もっとも、辞める前に勝手に死んでいくんだけどね」


 クツクツと笑ってロイスさんは酷いことを言った。そうなのだ。ここの人達は人を人とは思っていない。常に人が使い潰され酷使される。おかげで俺は便利に使われまくっているのだ。


「あんたは有用だ。おかげで死者も随分減り、伝手を駆使してかき集める必要がなくなった。あんた一人で何でもやるもんだから、最近じゃ絶望の顔して辞任届を出す姿を見れなくなっちまったよ。残念だ」

「だって可哀想じゃないですか。俺が手を貸さなきゃどんどん磨り減っていくんですよあの人達は。おかげで俺も磨り減っているんですけどね」


 はあ、と溜息を吐いて俺は立ち上がった。仕事が入っている。嫌な仕事だ。しかしやらなくちゃならない。


「今度は何だったか?」

「知ってるくせに。ザブザさんの結社が崩壊して、多くの犯罪組織がその後釜を狙っているもんだから、事前に処理していくんですよ。とんでもない違法捜査、いや、捜査ですら無い。犯罪ですよこれは」


 言いながら、俺は当初の勘違いを思い返して溜息を吐いた。特殊対策局とは、特殊犯罪に対策する局なのではなく、犯罪に特殊な手段で以て対策する局なのだ。その特殊というのが実に厄介で、殆ど犯罪そのものにまで落ちている。


「政府がやる犯罪は犯罪じゃないのさ」

「犯罪ですよ。馬鹿なんですか」

「そう思っているくせにあんたは手を汚すのかい」

「それが仕事なので」


 何が面白いのか歪んだ笑みを見せるロイスさんを後にして、やれやれと俺は現場へ向かった。


 帝都の夜は明るく賑やかではあるが、それも大通りにのみ限られる。道を外れ、外れ、外れまくってようやく辿り着ける裏路地は暗く陰鬱で、月明かりだけが空に明るい。そんな中に俺は隠れ潜んでいた。


 今夜のターゲットは、とある組織の幹部候補だ。この争乱によってあらゆる組織では人材を失いつつあり、若い者にも立場を与えられ始めている。俺の仕事は、その邪魔をして混乱に陥れることである。


 俺が狙っている人物はその自覚も薄いようで、仲間を連れ夜を騒いでいた。こんな人物だから俺一人に任されたのだ。傍目にも危機感は薄く、幹部昇進を喜んで酒を飲み煙草を吹かしどんちゃん騒ぎを繰り広げている。

 狙い目は、仲間からも離れ一人道を千鳥足で歩く時分だ。俺は赤ら顔にぐだぐだ歩いている男の後ろへ立った。


「サンダーボルト」

「っ! ……ぐ、う」


 閃光が発せられると同時に呻き声を上げて男は倒れた。これで終わりだ。後はこの気絶した身体を局内まで届ければ良い。

 俺は力なく横たわる身体を抱え走った。すっかり人の身体を運ぶことにも慣れてしまった。当初はこんな事にも肉体強化の魔法を使わなくてはならなかったが、今では筋肉も付き、息切れもせずに悠々と運ぶことが出来る。


 しかし、手早く終わって良かった。これで相手に気取られて戦闘なんかになったりすると、時には血が流れて服が汚れることになるからな。

 裏路地を巧みに行き来し、人目に付かぬよう気を付けながら、俺は局までの道を辿った。手続きをし、気絶したままでいる男を牢屋にぶち込んで、まずは一件落着だ。


「流石だね」

ロイスさんが、言葉とは裏腹に表情を変えずに言った。

「文句を言いながら、しっかりと仕事はやってくれる。あんたを勧誘して良かったよ」

「まあ、きっつい職場ではありますが、確かに俺の希望には合っていますからね。スキルアップが出来る。実力が付いていくのが分かります。……まあ、なんだかんだ言って、中々良い職場ではありますよ。俺にとっては」


 それは本心だった。実際、日々仕事をこなしていく内に、俺の力量は順調に高まっている。ここに身を置くのも悪くない。いや、実際良いのだろう。福利厚生は別として、自分の力を高めることが出来る。給料も高いし。


「それで、次は?」


 俺は気付けに蜂蜜を掌に乗せ飲み干しながら言う。夜はまだ始まったばかりである。


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