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7 急転

「それで、あんたの皿と同じ奴で良いのかい」

「いや、そこにメニューがあるので好きに頼んで良いですよ。メリイさんはどうします?」

「わ、私は……」


 メリイさんは、一つしか無いメニュー表をロイスさんが抱えているため、その後ろ遠くからじっと見つめつつ迷っているようだ。

 対してロイスさんは何故か俺の言葉に瞳を鋭くさせ、丹念にメニューの隅から隅までを調べている。


「メリイ。お前はキサラギと共に、ここの常連なのだとか」

「ひっ、は、はい……」

「……おすすめは?」


 ロイスさんはメニューを後ろへ手渡し、にっこりと笑いながら言った。受け取ったメリイさんは額から汗を流れさせている。何をそんなに怯えているのだろう。自分から連れてきたのに、人見知りしているのだろうか。


 メリイさんもまた、目を皿にして丹念にメニューを調べていたが、やがて諦めたように目を伏せながら自信なさげに呟いた。


「わ、私は、この黒桃の蜂蜜固めタルトが、良いと思います……」

「その理由は?」

「私が、好きなので……」

「……そうかい」


 ふん、と嘆息し、ロイスさんは「では、それを」と注文した。メリイさんも薦めた手前か、同じ物を注文した。


「あれ、紅茶は頼まないんですか?」

「……メリイ」

「こ、このサバナーラの葉が良いと思います。その、爽やかな味わいで、美味しいので……」

「好きな理由は、聞いていないよ」

「す、すみません……」


 メリイさんは項垂れた。


 緊張した顔の店員さんに紅茶が運ばれ、菓子が届いた。良い香りだ。俺達は一口を紅茶に付け、菓子に付けてから話し始めた。


「まあ、良くある話ですよ」と俺は始めた。


「俺の務めているところが出した条件と、俺の希望が合わなくなったんです。辞めようとも思ったんですが、契約でそれは出来ない。逃げ出すにしても懸念がある。どうしたら良いか、迷っていましてね」


 それから俺は所々誤魔化しながら現状を語った。解決策なんて元より求めてはいない、単なる愚痴の披露だったが、ロイスさんの話し方は実に上手く、気が付けば俺は饒舌に不満を語り、ロイスさんからの質問に答えていった。


それはたわいのない質問だったが、どうしてかロイスさんは鋭い目付きで「本当か」と何度も念押しした。そして、真実であると答えれば、実に歪んだ笑みを浮かべた。まるで大きな事を上手く進めた満足のような表情が浮かべられ、そして和やかになっていった。


「……つまり、あんたはより力が手に入られる環境に身を置きたいと」

「そうですね。スキルアップ、能力の向上が得られる職場で働きたいです。競い合うような雰囲気の方が良いですね。……って、何だか就職活動みたいだ。あはは」

「就職……そうだね。あんたなら」


 そこで言葉を切り、ロイスさんはタルトを上品な仕草で切り、口に運んだ。


「中々美味いじゃないか。メリイ、あんたが薦めたの、気に入ったよ」

「えっ、あ、ありがとうございます」


 メリイさんは蚊帳の外に置かれており、無言を誤魔化すように一心不乱に食していたのだが、その言葉に我に返ったように顔を上げた。その手元には三枚目の菓子皿が置かれている。


「……食べ過ぎだよ。いくら経費で落ちるからって」

「す、すみません……」

「まあ、いいさ。大体分かった」


 そう言うと、ロイスさんは紅茶を飲み干し、席を立った。その表情は満足げだ。


「ありがとうとは言わないよ。これは取引なのだからね。それでは、また」

「キサラギさん……今日は本当にすみませんでした。今度は一口とは言わず、好きなだけ頼んで下さい……」

「あんたが謝る必要なんて無いよ。こいつは得をしたんだからね」


 ロイスさんはそう言ったが、確かにそうだと俺は思った。思いがけず、気持ち良く愚痴を話してしまった。こっちこそありがとうと言いたいくらいだ。


「では、俺の方から、ありがとうございました」

「……いいね。最後に礼を言ってくるか」


 ロイスさんはクツクツと笑いながら去って行った。ちゃんと会計もしてくれた。加えて俺の分も払ってくれた。ちらと財布を覗いたが、金貨が大量に入っていて驚いてしまった。


 しかし、いい人だったなあ。随分心が安まった。メリイさんとはどんな関係なんだろう?




 その翌日、俺とザッドさんドレッドさんの三人は、仕事をサボって喫茶店フルールにいた。店内の雰囲気にそぐわない三人組に、店員さんから胡乱げな目付きを向けられるが、そこは常連の俺がいたので取り成すことが出来た。もっとも、俺も全く金持ちには見えないので常々不思議そうな目を向けられているのだが。


 ザッドさんはこういう場に慣れていたのか、自然な雰囲気で悠々と茶を飲んでいるが、意外だったのはドレッドさんだ。


「こういう場所は、落ち着かねえ」


 そう言って縮こまってしまって、大人しく菓子をぼそぼそと食している。常の剛毅さは影を潜め、頻りに周囲を探っては背中を丸くしている。


「なんでこんな所なんだよ。俺達が顔つきあわせるのは、場末の酒場とか、娼館の待合室とかだろう」

「そういう所にはどうやったって結社の手が及んでいるでしょう。いくら追跡の初動が遅いからと言って、そんなところに居ちゃ流石に捕まります。僕はキサラギの判断を褒めたいですね」

「そうですよねえ。我慢して下さいドレッドさん」

「……仕方ねえな」


 ドレッドさんは口を尖らせながらも菓子へと手を伸ばし続けている。甘味が気に入ったのだろうか。


「それで、どうするんです二人は。僕はもう敵対組織の方へ身を売ることになっていますが。中々情報としては旨い話だったようで、好待遇を約束してくれましたよ」

「俺は……暫く身一つでやってみることにすらあ。人相手でも、魔物相手でも良い。体を動かしたくなった」

「えっ、二人とももう決まっているんですか」


 菓子に舌鼓を打っていたところに急な話だったので、思わず素っ頓狂な声を出してしまったが、二人は驚いたような呆れたような表情をこちらに向けてきた。


「お前……。辞めると言って、一日あっただろうが。準備ぐらいして抜けて来いよ……」

「何考えているんですか……。その場の態度で僕らはもう見限られていたじゃないですか。だから即日に行動に移したっていうのに、えぇ? 本当に何をしているんですか」

「ぐ、うう……」


 そうか、そうだったのか。だからあの日二人は早く帰ったのか。あれは次の仕事を見つけるための猶予だったのか。それを俺は、ぶらぶら街を歩いて、ここでロイスさんに愚痴を話しただけで終わってしまった。


「うああああ! どうしましょう!? どうしますかこれから! 俺どうすれば良いんですかね!」

「いや、知らないが……」

「そんなこと言わないで下さいよ、俺達仲間じゃないですか! 結社から逃げ出した仲間! ね、助けて下さいよ!」


 いきなり言い出した俺にドン引きした顔を店員さんは向けてくるが、構ってはいられない。これからをなんとかしなければならない。これからを!


「僕の取引相手も一人だけって事で約束してしまっていますからねえ。無理です」

「俺はそもそも一人でやる気だったからな。付いてくるんじゃないぞ」

「そんなあ……」

「そもそも」

とザッドさんが真面目な顔で言った。


「僕達は、そういった人間関係で縛り合う風土が嫌いで出てきたんじゃないですか。僕達は、確かに仲間かもしれない。だからといってだらだら馴れ合うもんじゃない。上司部下の関係なんて、以ての外だ。キサラギ、君の道は君が選ぶんだ」

「そうさ。俺達に必要だったのは自由だ。わざわざ自分からそれを投げ捨てるんじゃねえよ。自分のやりたいことをやりな。結社からの安全を確保した上で。……捕まっても、俺のことを言うんじゃねえぞ」

「言いませんよ。というか言えませんよ! それを警戒して二人とも曖昧な情報しか話さないんじゃ無いですか!」

「それが分かっているなら、何処でも上手くやっていけるだろうよ」


 二人の表情は硬く、まるで寄る辺が無い。それもそうだ。縛られるのが嫌で逃げ出すというのに、わざわざ自分から何かに従おうとするのは彼らの嫌悪するところだろう。


 はあ、と俺は溜息を吐いた。やっぱり自分で探さなきゃならないか。


 と、その時一人の男が現れた。彼は俺達のようにこの場にそぐわぬ風体をしていて、髭もまともに剃られず黒っぽい顔をしている。率直に言って、汚らしい。いかにも使い走りといった風情の男だったが、彼はザッドさんに何事かを耳打ちすると、慌ただしく去って行った。


「何です?」


 そう聞いたが、ザッドさんの顔は驚愕に満ちていて物を言わなかった。唇はぶるぶると震え目は見開かれている。フォーク先の菓子を取り落とした。


「……結社が取り締まられた、らしい」

「何……!? 本当か」

「マジですか!?」


 嘘だろ。あの絶大な権勢を誇っていた結社が、そしてザブザさんが、本当に?


 しかし、本当だとすればここで思い悩む必要なんてなくなる。俺の安全は保証されるということになる。嬉しいことこの上ないが、何故このタイミングで。


「今のは、僕の使ってる足の一人だ。あちらの動向を逐一報告するよう言いつけていたんだが、まさか、本当に? 確認しなくちゃならない」

「行きますか」


 俺達は手早く会計を済まし結社のアジトへと走った。


 スラム街が近付くにつれ人波は増していく。困惑の声が辺りにざわめいている。方々には著名な犯罪組織の幹部格の顔が見え、そのいずれもが嘲笑すら浮かべず、狼狽えたような表情を晒している。


 結社のアジトが見えた。見慣れたはずの風景は一変してしまっていた。

入口には憲兵達の姿が無数に見え、内からは怒号と剣戟の音が何重にも重なって響いている。強制捜査が行われているらしい。


「おい、あれ……」


 ドレッドさんが指し示したその先では、今まさに捕縛されたギールさんが顰め面で憲兵に付き従っていた。手には縄が絡められ、背は丸くしょげたように足取りは重い。

 と、こちらに気が付いたのか、ギールさんはこちらを見て自虐するような笑みを見せた。『幸運だったな』と言っているようである。


「これは……忙しくなりますね」


 争乱に気を取られていた俺とは裏腹に、ザッドさんは冷静に状況を観察していたようだ。


「ザブザの結社が消え、その後釜争いが起こることになるでしょう。憲兵側の目も勿論ありますが、それを掻い潜るために情報が必要となる。結社がどのような販路を持っていたのか、どの程度の利益を得ていたのか……。そして、それを僕は十二分に知悉している。これは、更に高く売れそうですね。取引をもう一度見直すとしましょうか」

「俺にはあんまり関係ねえや」


 ドレッドさんはつまらなさそうにそう言った。そういう煩雑な関係から脱しようとしている彼からすれば、この事態は仕事がやり辛くなるのだろう。


「まあ何にせよ、良かったじゃないですか。これで俺達は安全に日々を過ごせるって訳ですよ。いやあ幸運だったなあ!」


 俺は笑いながらそう言った。俺の胸からは不安が消え、すがすがしい気持ちで一杯だった。何処の誰かは知らないが、結社の取り締まりに踏み切ってくれてありがとうと言いたい。


「……確かに、幸運だった。しかし、余りに幸運すぎる。僕達は、タイミングが良すぎる」


 ザッドさんは難しい顔をして呟いた。


「考えすぎじゃないですか? だって俺達の何処に取り締まりを行わせる権限や繋がりがあるって言うんですか。そういうのとは正反対じゃないですか俺達」

「しかし、ね……」


 と、その時憲兵達の中から見慣れた顔が現れた。一人は凄まじく鋭い瞳を笑みによって細めさせ、殆ど威圧するように歩いている。もう一方はそれに付き従いながら真面目な凛とした顔で周囲を警戒しているようである。


 ロイスさんとメリイさんだ。二人とも、こんな所でどうしたのだろう?


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