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終 旅は道連れ

「それで、どうなると思いますか?」


 いつかと同じく、繁華街のある屋台でズルズルと麺を啜りながら、俺は横に並ぶ三人へと語りかけた。


 俺の隣では、ギルベットさん、ハウルトンさん、メロスさんが横一列に座って麺を啜っている。俺の手つきに比べれば拙い物があるが、しかしそれでも手慣れては来ているようだ。


「どう、とは?」


 ギルベットさんが、麺を食しながら言った。


「メリイさんの事ですよ。あの人、このまま皇帝になるんですかねえ」

「なるんじゃねえの……? なっても良いだろう。なれるんだろうしな……」


 意外に、メロスさんが肯定的なことを言った。彼は辺りに汁を飛ばしながら、半ば丼に顔を突っ込みつつ麺を掻き込んでいる。うめ、うめと言葉を溢すのを、隣に座るハウルトンさんが迷惑そうに顔を顰めながら言った。


「確かに、皇帝を継ぐならば、反乱の首謀者たるメリイが第一の候補となる。幸いに、血筋的にも問題は無い。今は前皇帝を殺害したとの悪評が流れているが、それもすぐに消えるだろう。……何せ、民衆というものは物語に弱い。虐げられた姫が、腐敗した現状を許せず、反乱の旗手となった……。吟遊詩人が、早速飛びついていると伝え聞いている」

「そう、それなんですよ。すっかり流れてしまってるんですよ、その物語って奴が」


 俺は箸の先をびしりとハウルトンさんに指し示した。途端、間に挟まれたギルベットさんが顔を顰めた。


「……邪魔ですよキサラギ君。それと、マナーがなっていませんよ」

「あ、ごめんなさい。……でも、物語って奴は本当に厄介で、皆メリイさんが皇帝になるものと疑ってないんですよ。本人の気も知らないで」

「……お前は、メリイの本心という奴を知っているのか?」


 ハウルトンさんが、レンゲのような匙の内に、丁寧にスープと麺を合わせ、食しながら言った。俺もまた、麺をズルズルと一吸いしてから言った。


「んんっ。……まだ聞いてません。ですが、そう言った潮流が出来ていると言うことは、憂慮すべきです。あの人は流されやすいところがありますからね」

「そうでしょうか?」


 ギルベットさんが、慣れてきたのか、くるくると箸を回し、スパゲッティのように丸く麺を纏わせて食しながら言った。使い方が間違っているような気がするが、しかし、俺の使い方だってこの地では正しいのかは分からない。何せ、これはラーメンのような料理ではあるが、ラーメンでは無いのだから。


「メリイ様は、ご立派になられた。皇帝足るものとして、資質も器も十分だと私は思います。キサラギ君の憂慮とは、少し過保護が過ぎるのでは無いでしょうか?」

「ふうむ……」


 確かに、メリイさんは立派になった。当初知り合ったときからは、考えられないほどに成長した。色々なものを真っ正面から見つめて、受け止められる人間になったのだ。俺の考えも、所詮は他人の口挟みに過ぎないと言うことだろうか。


「それにしても、良かったのですか? 式典の出席を断ったと聞きましたが」


 ギルベットさんがそう言うと、ハウルトンさんがちびちびと水を飲みながら言った。


「そうだ。私達はお前達に敵対した手前、出られんだろうし、出る気も無いが、お前は違うだろう。……何せお前は、勇者だ。救国の、そして神からのな」


 ハウルトンさんは当然のように勇者と言った。メロスさんもそれを聞いて笑わなかった。既に伝えていたのである。謁見の間であった事、そして、真実俺が神から遣わされた身であるという事を。


 そして、話題は式典のことだ。その場でメリイさんとエイン君のどちらが工程となるかが決まる場である。革命に協力した貴族であるレイチェルさんやマクニトさんは勿論、俺にも招待が来ていたが、俺はそれを丁重に断ったのである。と言うのも……。


「俺は、そういう場は堅苦しくて嫌いなんですよ。余り長居したくないんです。第一、俺は革命自体に協力したわけじゃ無い。メリイさんのエゴに協力したんです。場違いって奴ですよ」

「そうは言うがな……お前は事実、姫たるメリイの剣として活躍した功績が有る。名誉を得ることが出来る場だ。帝国内での絶対的な地位が、手に入るんだ……。あーあ……俺もそっち側に着いていれば良かった……クソッ……」

「確かに、メロスさんは地位とか名誉とか好きですもんね」

「お前は嫌いなのか? そっちの方が、俺には不思議だね」


 メロスさんがスープを水のようにグビグビと飲み干しながら言った。


 確かに、地位も名誉も、これ以上無いほど人を引きつける物だろう。だが、彼だってそんな貴族や英雄など、成功した人々が一堂に会する場所は嫌うはずだ。式典の最中、突然暴れ回っても不思議では無い。


 しかし、俺は別に気に入らないから出席しないのでは無い。単に、帝国での地位も名誉も、これからには必要ないからだ。


 俺は丼の中のスープに、残り僅かな麺を見つけ、それを手繰りながら呟いた。


「嫌いじゃ無いですよ。ただ、俺は……この国を、出ようと思っているんですよ」


 三人に、驚愕の顔は無かった。ギルベットさんが麺を箸で巻きながら言った。


「例の、勇者の末路という奴ですか」

「ええ。皇帝の遺言です。図書館を調べて貰いましたが、結局、出てきませんでした。不自然に、歴代の勇者のその後だけが残されていない。これでは何も分からない。だから俺は、もっと詳しい情報が手に入る場所に行こうと思うんです」

「……勇者と縁が深い国、と言えば、聖国か」

「はい。だから少しの間、さよならです」


 ハウルトンさんの言葉に頷いて、俺は最後の麺を啜った。やはり、旨かった。懐かしい味がした。地球のラーメンとよく似た味わいだった。


「……寂しくなりますね。貴方は、得がたい人です。帝国の未来の礎としても、同僚としても、そして、私の友人としてもね」


 ギルベットさんは箸を置いて、水を飲みながら呟いた。随分嬉しいことを言ってくれた。続いてハウルトンさんが、麺を無くし、具材を残した丼を前に、苦しげな目をしながら言った。


「うぶっ……。そうだな。折角、空間の秘伝を伝える弟子が出来たと思ったのだがな。だが、旅をするというならば仕方が無い。聖国では、私の名は知られすぎてしまっている。神の領域を侵す罪人としてな。だから、付き合うわけにはいかん。道はここで分かれる、と言うわけだ」

「フン。俺は清々するね……!」


 メロスさんが、器の艶々とした輝きの中に、まだ名残惜しく匙をカチャカチャと言わせながら言った。


「キサラギ、お前は、嫌いだ。お前は優れた人間で、これからも成功し続けるに違いない。だから嫌いだ……。俺の近くに居るんじゃない。さっさと消えるんだな……!」

「褒め言葉と受け取りますよ」

「チッ……」


 メロスさんは苛立ち紛れに水を一息に飲み干して、テーブルに叩き付けた。これはきっと、彼なりの激励なのだ。本人はそう思っているのか知らないが、俺はそう思った。不器用な褒め言葉だと、そう受け取ったのだ。


 メロスさんは俺が笑っているのを目にして、不愉快そうに立ち上がって言った。


「おい、ここはギルベットが払うんだったな?」

「ええ。キサラギ君への、僅かな餞別代わりです」

「店主、勘定!」


 そう言うと、店の後ろで知らぬ振りを決め込んでいた店主さんが、びくびくとしながら言った。


「お、お客さん方……。そ、そういう話は、どっか別の所でやって下さいよ……。皇帝って、革命って、聞いちゃいけないもんを、こんな場末で話さないで下さいよ……」

「あ? 何処で何話そうが俺達の勝手だろうが。言いふらしたら殺すがな……」

「ひいいっ……!」


 店主さんは、いっそ可哀想なくらいに青ざめて縮こまっていた。それを受けて、ギルベットさんが朗らかに言った。


「いやあ、すっかりこの味が気に入ってしまいましてね。常連になりたいのです。常連ならば、気の置けない話がしたい。何、安全は保証しますよ。宣伝もしましょう。不要なことを言いふらさない限りは、ですがね」

「そ、そんなあ……」




 明くる日、俺はメリイさんと相対していた。場所は絢爛豪華な王室である。壁面は白く、その場所場所に金襴なる装飾が彩られている。


「私は、国を継ぎませんでした」


 メリイさんは開口一番にそう言った。


「何故です?」

「そうすべきだと思ったからです。私には悪評と、それ以上に物語が溢れている。英雄的な……それこそ、王としてあるまじき物語的な逸話が溢れてしまっています。これは障害となるでしょう。王とは、英雄ではないのです。あくまで統治者として存在すべきです」

「そのために名誉を捨てると」


 俺がそう言うと、メリイさんは笑った。


「名誉を捨てたのは貴方でしょうに。国の英雄、救国の勇者。名は帝国全土に轟いて押し留めることも困難です。それを捨てること、地位を捨てることを分かってはいないでしょう」

「俺はあくまで俺自身、何をも望まぬと言うだけでしょうに」

「私だって同じです」


 メリイさんはそう言うと、空の玉座、今は彼女と妹であるエイン君だけが座るに相応しい玉座を撫でて呟いた。


「英雄の座は私にもありました。しかし、私はそれを捨てました。元より私には相応しくない。相応する教育も受けていない。偶然に、転がってきただけです。ならばそれを相応しい者の元に返すだけ。それがこの国を富むに相応しい」

「結局は、血筋の継承者が王となると?」

「妹は、エインは、能力も優れてます。決して血筋のみにその選定を任されたとは」

「そうですね。無礼でした」


 そう言うと、メリイさんは悲しい顔をした。


「……別に、キサラギさんが投げ出すことはないのですよ。貴方は英雄になる事が出来る。救国の、革命の、勇者として」

「それを望まないから典礼を拒絶したと分かっているんでしょう? 似つかわしくないし、何より滑稽ですよ。俺が勇者とは、英雄とは」

「違います!」


 メリイさんは泣きそうになっていた。


「キサラギさんは、素晴らしい人です。貴方は、私を、エインを、救ってくれた。立場ではなく、心を救ってくれたのです。それがどうして、名誉にならぬと。何もせず、黙っていたまま終えると!」

「俺にはもっと興味深いことがあるんですよ」

「……例の、お父様の遺言ですか」


 俺は静かに頷いた。そうだ。あの言葉。神が、勇者が……深遠な、神秘に満ちたあの言葉が、ずっと俺には気がかりだったのだ。


「俺は聖国に向かいます。この国に残された書物では、彼の遺言を調べ尽くすには足らぬものでした。ならば、よりそれが意味深い場所へと赴くのは自然なことでしょう。他ならぬ、皇帝の言葉なのですから」

「貴方は、本当に、ああ、だから……!」


 メリイさんは耐え難いように頭を掻き毟った。それが金色の美しい髪束を揺らめかせ落とした。乱れている気がした。


「違う! 違うんですよ何もかもが。貴方は、そんな義務など無いのです。全てはこの地上に現された生命の全て、この世界の生命に由来すると何故分からないのか。貴方は本来部外者でしょうに。私が寄与するに至った革命と同じように、キサラギさんには何にも関係の無いことです! だから、貴方は、全て私達に任せて、静かに幸福にこの国で安穏と過ごしていれば良いのです!」

「それが我慢ならないことは、メリイさんが一番知っているでしょう」

「……っ! ……ああ、だから、私はっ……!」


 メリイさんは悔しげに顔を伏せた。彼女は何かを悔いているようで、或いは何かに耐え難いようだった。それが俺には分からなかった。俺に人の心は分からなかった。


「勇者ですよ。魔王とは、この世全ての敵対者なのでしょう? それを殺すという事は、正義であるはずだ。何をもにも代え難い正しい行いの筈だ。それで、どうして反対するって?」

「私は、ただ、貴方が……」


 メリイさんはそこで口を噤んだ。しかし、彼女はじっと俺の方を見ると、何かを決意したように目を細めながら呟いた。


「キサラギさんは……」

「何です?」

「……キサラギさん! 貴方には、義務なんて無いんですよ。私達とは違う。貴方には、そんな義務なんて無い。だから……」


 俺はメリイさんをじっと見つめた。それで分かったはずだ。この視線、この意思に、何事にも揺れることの無い意思が溢れていることを。帝国を脱し、聖国へと出奔するという意思が認められたはずだ。


 だが、メリイさんはそれを受けて尚首を振った。


「嘘、嘘ですよ。嘘でしょう?」

「本心です」

「何も分かっていないくせに!」

「何が分かっていないって!」

「何もかもだ! ああ、全部、全部分かっていない! どれだけ貴方が変えがたい人なのか、どれだけ、貴方を大切に思っている人が居るのか!」

「分かってますよ。それでもねえ、俺にはやるべき事が」

「分かっていない! 私がどれだけ貴方を愛しているか!」


 う、と口の端から漏れた。こんな展開には慣れていない。こんな、実直な感情を受け止められるほど、俺は成熟していないのだ。


「だ、だったら」俺は殆ど感情のままに言った。「だったら、付いてきますか!? 妹さんも、国も放り投げて、一緒に!? そんなの……」

「行きます」

「……え?」




 出立の日、見送りは無かった。当然だ。別れるわけでは無いのだ。俺はあくまで原因究明のため旅に出る。そのために単身気楽な旅路のつもりだったのだが、思わぬ同行者が出来てしまった。


「何をしているんですか。行きますよ」

「はあい」


 メリイさんが、道の先で言った。思わぬ同行者である。未だにどうして良いのか分からない。しかし、あの場での会話ほど怒ってはいないようで、上機嫌に鼻歌まで歌いながら道を行く。


「キサラギさん。私、決めましたから」

「な、なにを……?」

「この旅で、貴方を私の虜にしてみせます。貴方が私を好きになって、簡単には何処かへ行かないようにしてみせますから」

「そ、そりゃあ、大変ですねえ……」


 そう言うと、メリイさんはぐいと近付いて、いや本当に近く顔を近づけてきて、うわあ、うわあ! くちびる!


「……こ、こういう事を、しますから。覚悟しておいて下さいね」


 照れたように背を向けるメリイさんを、俺は呆然として見つめた。本当に、変わってしまった。強くなりすぎでしょ。


 かくして俺達は聖国へと向かう。その旅路は未知なる物だが、その未知以上に、俺はメリイさんをどうして良いのか分からないでいた。


今まで読んで頂き、ありがとうございました。

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