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45 革命の終わり

 皇帝アルフレッド・アルスリンドは死んだ。その死体はどっかと玉座に腰掛け、沈黙している。その両隣にはメリイさんとエイン君が、複雑な表情で死に向かった皇帝を見つめていた。


「女神ハーラーバー……ですか。……キサラギさん。勇者の先遣という話、本当なんですか」

「ええ。確かに俺は、神からこの地に遣わされました。元は地球という地で過ごしていました」

「……神から遣わされたという話、本当でしたか」


 メリイさんは、どうして良いのか分からぬように、視線を地面に落としては天井を見上げ、また、右を見たり左を見たりした。まるで口にする言葉そのものを探すように、周囲へ視線を投げている。


「……女神が、父を殺したと、キサラギさんは真実だと思いますか」


 エイン君がぼそりと言った。俺は答えた。


「それは、どうにも。神とは、完全ではないのかな。不完全なものが神なのか。まあ、そんな神学的な議論はどうでも良い、だろう?」

「ええ……。僕が思うのは、父が、最期に言った、許しを乞う……」


 そこでエイン君は頭を振って、自分の頬を叩いた。


「いけませんね。今は、そんな事を考えている時間は無い。戦いは、終わりました。皇帝と、宰相ギムデンの死によって、革命は完全に成功しました。これを広く城内に伝えなければ。無用な犠牲を一刻も早く止めなければなりません」

「確かに」

「そう、ですね……」


 メリイさんは視線を床に落としながら同意した。全く、後味の悪い勝利だ。女神ハーラーバーとは、あの言葉は、古の勇者の末路を調べろと皇帝は言った。気になる。調べなければならない。だが、今はエイン君の言うとおり、勝利を広く知らしめなければならない。


「ギルベットさん。ギムデンの方を持って下さい。俺は皇帝を持ちますから」

「……はい? 持つ、とは?」

「死体抱えて凱旋すれば、誰でも勝った方がどっちか分かるでしょう?」

「……はあ」


 三人とも、俺の言葉に微妙な反応を返した。表情が強ばっているが、仕方がないだろう。言葉だけで伝えても信じられるものでは無い。実物を持って行かなきゃ分かりづらいだろう。


 そんなこんなで、渋る三人を説得し、俺達は二つの死体を抱えて謁見の間を出た。と、扉を出た先には、ロイスさんが立っていた。


「殺しませんでした」

「ああ。……自分を無様だと思うかい? ギルベット」

「いえ……。私は、最期に皇帝と言葉を交わしました。これからも頼む、と」

「そうかい」


 ロイスさんは、それで何もかも了解したように薄く笑った。ギルベットさんも笑みを返した。ロイスさんは死体のギムデンの顔を持ち上げて、瞳を細めた。


「本当に無様だったのは、こっちか。馬鹿な奴だった」

「ロイスさん」

「……死体を侮辱する趣味は、流石に無いよ」


 そう言って、ロイスさんは俺達の先導として城内を進んだ。途中で局の人達も合流し、一団を引き連れ、俺達は戦乱渦巻く城内へと、来た道を帰っていった。


 最初に、ハウルトンさんとメロスさんに会った。二人とも、回復の魔法によって癒やされたのか、傷一つ無く部屋の端に凭れていた。


「勝ったか」

「ええ」

「流石、私の弟子だ」


 ハウルトンさんは、にやりと笑い、俺達に合流した。


「……何でギルベットが生きてやがるんだ?」

「私は、まだ死ぬべきでは無いと思いました」

「……死に、満足しなかったか」


 メロスさんも、ギルベットさんの答えに納得したように一つ頷いて、列に加わった。

 俺達は、更に下階へと進んでいった。


「皇帝は、死んだ! 宰相も、死んだ! 革命は成功したぞ! 戦闘を続けるのは無意味だ! 投降しろ!」

「兵士の皆さんに罪は問いません! 全て、職務を忠実に遂行した結果です! 賞賛こそあれど、どうして罪に問い首を晒すことがありましょうか! 今すぐ剣を捨て、杖を捨てて下さい!」

「……この死体は、確かに我が父、皇帝アルフレッドです。第一皇子である僕が言うのだから、真実だと信じなさい。皆さん、戦闘を続ける意味はありません。立場として、僕は敗北を確かにします。僕達は、反乱に敗北したのです」


 死体二つとエイン君の言葉は凄まじい威力を発揮したようで、歩を進める度に戦闘の音は直ちに止まり、からんからんと剣が取り落とされる音が響いた。その後に漏らされる声は、立場によって違っていた。歓喜の叫びと、悲哀の慟哭が、道行く後ろに何重にもなって響き渡った。


 その内、俺達は魔法使い達を制圧したアリアさんに出会った。


「皇帝を殺したの?」

「はい」

「……そっか」


 アリアさんは、メリイさんの暗いものを含んだ答えに、静かに言葉を返した。そうして、列の中にメロスさんを見つけると、今度は本当に驚いたように言った。


「死んでなかったの!?」

「おう」

「……まあ、いいわ」


 その次に、俺達は血塗れの階に下った。その中にはザブザとギールさんが倒れていた。


「死にましたか?」

「死んではねえが……殺したよ。牢獄の空きは出来たかい?」

「沢山ありますね」

「そいつは、良かった」


 ギールさんは回復魔法を掛けられることを嫌っていたが、渋々受け入れ、そのまま血の海の中に横たわっていた。何かを思うように、じっと天井を見上げていた。


 更に下の階に進む。その度に、哀歓、悲鳴、絶叫、混沌とした感情が巨大に渦巻いて、死体を抱えた俺達を出迎える。それでも、幸いと言っては何だが、死体の数は本当に少ないようだ。なるべく殺さずにとメリイさんが言ったのが幸いしたか、そもそも兵士の方も、突然の事態に士気は低く、碌に戦闘も行わなかったのかも知れない。


「それでも、人は確かに死にました」


 メリイさんが、強く、冷たく言った。


「エインも、目を逸らさないで。これが私達のしたことなの」

「分かっています」


 メリイさんとエイン君は、じっと正面を見据えながら、城内を進んだ。




 城門の前には、騎士団が屯していた。彼らは一様に剣鎧を装備して、敵意の視線、殺意の衝動をこちらに突き付けている。その先頭に立つのは、騎士団長、オーウェンである。厄介なものが最後に立っていた。


「……メリイ・アルスリンド殿。貴方が此度の反乱の首謀者と聞いた。皇帝殺害の犯人は、貴方か」


 俺は声を上げようとした。しかし、それを制してメリイさんは言った。


「はい。私が皇帝を殺しました」

「ならば……」


 オーウェンは、剣を抜いた。俺も合わせて剣を抜き、メリイさんの前に立った。


「止しな、オーウェン」


 ロイスさんが言った。


「お母様……」

「お母様?」


 俺は驚いて、ロイスさんとオーウェンを見比べた。息子さんなのか? オーウェンが?


「出来の良い息子さ。ギムデンの奴に権力闘争では負けたが、子供の出来では遙かに勝った。比べて、どうだい。そこの奴の顔色は」


 そう言ってロイスさんが指し示したのは、ロッドだった。彼は副団長としての立場なのか、オーウェンの側に立っていて、唇と顔色を青白く染め上げながら立ちすくんでいた。


「お母様。ロッドは私の部下です。反乱の手を下そうとは考えなさらぬように。お父様も」

「分かってますよ。オーウェン」

「お父様!?」


 今度こそ、俺は驚いた。オーウェンがお父様と呼んで、返事をしたのはギルベットさんだったのだ。まさか、ロイスさんと夫婦だったのか。


「……職場には、私情を持ち込まぬようにしていたんですよ」


 ギルベットさんは言い訳するように小声で呟いた。その横腹をロイスさんは肘で突いていた。仲が良いとは思っていたが、夫婦だったとは。……そんなに意外でも無かった。


「で、どうなんだい。戦うのか。私達と」

「……皇帝は、死んだのでしょう。皇子も、そちらに付いていると言うことは、権力は既にそちら側。私は従わねばなりません。皇帝殺害の咎人と言えども、剣を向ければ、それでは私の方が反乱者か」


 オーウェンは、表情を変えぬまま、剣を納めた。しかしその納刀の仕草には、隠しきれぬ悔しさと憎悪が滲んでいた。


 ああ、きっと、これがこの帝国の感情そのものなのだろう。彼はその代表なのだ。代表して、彼はメリイさんに剣を向け、そして従ったのだ。それをメリイさんも分かっているはずだ。だから、そんなに目を強く開いて、オーウェンの一挙一動を見つめている。それが、責任であるとでも言うかのように。


「声明を出しましょう」


 メリイさんが言った。


「皇帝の代替わりを宣言するのです。前代アルフレッドは死んだと、広く内外に知らしめるのです。革命が成功したと、帝国全土に、広く伝えるのです」

「……分かりました」


 オーウェンは恭しく頷き、直ちに使いを送った。きっと、あの兵士が、この事態を知らしめるのだろう。


 何はともあれ、これで、全部終わったのか。俺は何だか酷く眠くて、今すぐベッドに入りたかった。だが、「あの」と弱々しげにロッドが、俺を呼び止めた。


「あの……母上の死体を、一時預けて頂けませんか」

「…………」

「死んで当然の母でした。僕もまた、この場に立っていると言うことが、どんな意味を持つのか、分かっています。奸臣の縁者として、不当な益を貪ってきました。罰せられ、首を晒されるのが当然であると、理解しています。ですが……」


 ロッドは焦りながら早口に語った。視線を深く地面に落としながら、苦しげに呟いた。


「それでも、母であるから、葬式は挙げたいんです。簡単な式で構いません。その後、死体をどうしようと、構いません。ですが、葬式だけは……」

「メリイさん」


 メリイさんは、ロッドを真っ直ぐに見つめていた。それを受けて、ロッドは目を逸らした。別に以前の記憶から、暴力を恐れているわけでは無いのだろう。彼はもっと力強いものに目を逸らさざるを得なくなっている。そんな力が今のメリイさんにあると、俺は感じた。


「……良いでしょう。どんな親でも、親は、親です。ロイスさん。よろしいですね」

「死体を侮辱する趣味は無いと言ったろう。……国葬だ。きちんと、悪事も並べて、ちゃんと悪人が死んだって事を記録と記憶に残さんとならんからね」

「ありがとうございます……!」


 ロッドは、ギルベットさんからギムデンの死体を受け取って、足早にその場を去って行った。その後には監視のためか、幾人かの騎士が付き従っている。彼は以前とはまるで表情を変えた取り巻きを連れて、全く別の立場で、俺達と別れる事になった。


「親……ですか」


 ロッドの背を見つめながら、エイン君がぼそりと呟いた。


「ギムデンは確かに悪人ではありましたが、息子には愛されていた。……僕もまた、そうすべきなのでしょうか。父を愛することが、弔いになるというのでしょうか」

「それでエイン君が満足するなら、良いんじゃないか」


 俺がそう言うと、エイン君は皮肉気に笑った。


「いえ……。もう、嘘は吐きたくありません。他人にも、自分にも」

「そっか」

「ええ」


 俺はエイン君の肩を優しく叩いた。

 こうして革命は終わった。


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