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42 老いた天秤 2

「え、エイン……」


 メリイさんは、遠慮しがちにエイン君へ声を掛けた。対するエイン君もじっとメリイさんを見つめていたが、不意に視線を逸らし、俯いた。


「姉様。本気、なのですね。そして、先程姉妹と聞いても驚かなかったと言うことは、既にキサラギさんは話されたと言うことですか。そして、それを加味した上で、姉様はここに立つことを選んだのですね」

「……うん。そうだよ。私は、エインがどう思おうと、貴方とお父様を助けるって、決めたの。後悔も、躊躇も無い。止まる理由なんて、無かった」

「なら……」


 エイン君は顔を上げ、笑顔を見せた。


「僕が何かを言う必要はありません。キサラギさん。心遣い、感謝いたします。しかし、もう良いでしょう。僕と姉様には、もう、良いのです。後は、全てが終わった後の、幸福な会話を望むばかりです。哀れな掃除人を倒し、この国に平穏をもたらして下さい」

「……メリイさんも、よろしいですか?」

「はい。……私の覚悟は、既に決まっています。そして、実際に会話を交わして、それはより強くなりました。既にギムデンは地に伏しましたが、しかし、片付けるべきは、まだ、残っている」


 そう言うと、メリイさんはギルベットさんを睨み付け、剣を構えた。対するギルベットさんは柔らかな微笑みを浮かべたまま、姉妹の会話を愛おしむように聞いていた。


「あれこそは、父の怠慢。国の現状の歪みそのものです。姫としてでは無く、エインの姉として、皇帝の娘として、不穏な存在は取り除きたいのです。例えそれが、何十年来の功臣であっても、功臣であるからこそ、ここで、今」

「酷い言われようですね。流石に気分を害しますよ。忠信を歪みと切り捨てられてしまうとは」


 そう言いながら、ギルベットさんは少しも表情を変えずに剣を構えた。直立した姿勢のまま、右腕と、その先の剣だけが、真っ直ぐにこちらを捉えている。


「私を悪と断じるのならば、私を殺しなさい。それだけが、双方の価値観に決着を付けることが出来る。私もまた、私を正義と信じるからこそ、貴方達を殺しましょう」

「貴方の忠信は、間違っている! 父の代わりに、私が引導を渡してあげます!」

「その髭、ずっと切ってみたかったんですよ! 余りにも形が良いのでねえ!」


 帝国の中心地、皇城の最上階、権威を示す謁見の間において、戦闘は開始される。義務と責任から始まった反乱は、それらに全く関係の無い三人によって、終止符が打たれるのだ。


「「「死んで下さい!」」」


 三人の口から、全くの同時に同じ言葉が発せられる。それは丁寧な言葉遣いでありながら、決して願望では無い。自身の行動を相手に押し付けんが為の欲望の吐露だ。目の前の相手を殺す。敵を殺す。そのために、俺達は飛び出した。


 一番初めに届いたのは、やはりギルベットさんの剣だった。大きく踏み込んだ足によって、空間を長く切り裂いて伸びてきた剣は、俺の手元を狙って刺してくる。しかし俺は瞬間に軌道を見極め防いだ。その隙にメリイさんが無防備な半身を狙う。


「ファイアレーザー、三つ!」


 その言葉と共に放たれた炎の光線は五つあった。高速の斬撃と共に軌道を様々に変えた光線がギルベットさんを狙う。しかしギルベットさんは容易く対応し、一振りで攻撃を撥ね除けた。その隙に俺も踏み込む。防がれる。メリイさんの攻撃、俺の攻撃、防がれる。


「二人相手は流石にキツいんじゃ無いですか!? 先程から防いでばかりですよ!」

「おや。では攻勢に転じても良いと?」

「っ……!」


 強く、重い斬撃が、防いだ剣を揺らし、震えさせる。掌にじいんと痛みが響く。思わず俺は後退し、隙を埋めるために魔法を放つ。


「ウォーターバレット、三百二十九!」

「それは流石に言い過ぎですよ!」


 その通り、嘘だ。実際に放たれたのは三つの水弾に過ぎない。そして、ギルベットさんはまるで身構えた様子も無い。端から嘘だと分かっていたようだ。


「なら……四十二!」

「メリイ様、貴方まで嘘……っ!?」


 ギルベットさんは目を見開いた。確かに四十二には届かないだろうが、しかしメリイさんの背からは無数の光線が色鮮やかに伸び出て放たれた。彼女が得意とする雷と炎だけで無く、風や水が収束した物までもが放たれる。あれは、スクロールを使ったのか。


 属性も無秩序に混沌とした魔法の波を前にして、ギルベットさんは後ろに退いた。魔法を切るには、属性によって感触が違うのだ。一息では切り伏せぬと見て、様子を窺ったか。それが隙になる!


 俺は踏み込む足に力を込め、一気に距離を詰めた。剣先が、僅かに布を切り裂き、その奥の肌を薄く切り裂く。それだけで十分だ。


「クッ……まさか傷を……」

「サンダーレーザー! 増強、増強、増強!」

「グムッ……!」


 傷に付けた魔力が、魔力を最大限に込めたサンダーレーザーを誘導し、見事に突き刺さる。ギルベットさんは苦悶の声を上げ、僅かに身体を揺らめかす。


「さあどうしましたその程度ですかっ! メリイさん!」

「勿論です!」


 好機と見て、俺達は同時に斬撃を放った。会心の出来だ。全身の体重を一つ剣に結集した斬撃は、揺らめいた身体を二つの面から狙い定め、致命の傷を与えんと降り注ぐ。


 しかし、ギルベットさんの身体が一瞬揺らめいたかと思うと、その瞬間、身体に強い衝撃が走った。


「ぐ、う……」

「か、はああ……!」

「姉様っ! キサラギさん!」


 エイン君の声が、酷く遠く、くぐもって聞こえる。今のは、何だ。腹が痛い。蹴られたのか、殴られたのか? 血は漏れていない。切られたわけではないようだ。だが、痛みは重い。腹の中が掻き乱されたように、酷く痛む。頭まで具ぐわんぐわんと揺れている。


「……やはり、こうで無くては。貴方達が、拳を出すに値する相手で良かった。それでこそ、私の選択に価値が生まれる。正義という、絶対の価値が!」


 からんと、剣が投げ捨てられた音がした。見ればギルベットさんは剣を捨て、拳を構え、迎撃するように足を上げている。その姿は剣士とはまるで言えない。格闘家の姿だ。


「剣は……貴方は、騎士ではなかったのですか!」

「そうですよ騎士の矜持はどうしたんですか矜持は!」

「元より騎士の姿などかりそめに過ぎないのですよ。道具を必要としない、一つ身体に武器に至る境地こそ、私に求められた力でした。皇帝は、この私を必要としたのです!」

「っ……!」


 異様なほどに蹴りが伸び、俺は咄嗟に身を捩って避けた。しかし、足が伸びてきたと言うことは、移動が可能になったと言うことだ。ギルベットさんはそのまま転がる俺に向け、蹴り上げるように足を振るう。


 だが、これは好機でもある! 剣を捨てたと言うことは、魔法を切り払えなくなったという事だ。肉体で触れるからには、必ず魔法が伝達する!


「ファイアボルト!」

「浅はかですよっ!」

「嘘おっ!?」


 炎の一撃は、何と、拳によって弾かれた。嘘だろ。人の手で魔法って弾かれる物なのかよ。笑っちゃうくらいふざけてやがる。化け物だ。


 そのままギルベットさんは連劇を繰り出してくる。俺はごろごろ転がりながら何とか避けようとするが、それでも何発かは喰らってしまった。鉄塊で殴られたような重い衝撃が、全身に伝達して響き渡って痛い。


「キサラギさんっ!」

「ふんっ!」

「くっ……!」


 メリイさんの斬撃は、裏拳によって防がれ、そのままぎりぎりと鍔迫り合いを始める。どう考えても人体が立てる音では無い。だが……いや、そんな考えは捨てろ! どう考えても、なんて、そんな考えに囚われるんじゃ無い。相手は正真正銘の怪物なのだ。


「ええい!」

「がはっ……!」


 鍔迫り合いの隙に、ギルベットさんは空いた片手でメリイさんの腹を何度も打ちのめした。肺から空気が漏れ出た音がするが、それでもメリイさんは剣を握る手を緩めない。俺に視線を向け、攻撃を要請しているのだ。


 俺はメリイさんが作ってくれた隙に姿勢を立て直し、魔力を練った。そうだ。魔法は効いたのだ。剣で傷だって付いた。勝てる相手だ。そう考えろ。策を練り、隙を突いて、肉を抉れ!


「詠唱、発生、収束、発動! 最下級空間魔法! ハ・ウ・ル・ト・ン!」

「なっ、は!? これは、ハウルトンのっ!」


 杖を取り出し、久方ぶりに正しい魔法の詠唱で、一つ一つの単語に力を込め、俺は空間魔法を放った。全く、自分しか使わないつもりだったとは言え、自分の名前を魔法名にするとは、人をダサいとも言えないだろうハウルトンさんは。


 杖先に収束した暗黒の極小球体は、思わず弾こうと伸ばされたギルベットさんの右腕を、ごっそりと削り取って消えた。しかし、


「チイッ、浅かった!」


 流石に小さすぎたか。肉を削ったは良い物の、右腕を使用不能に至らせるには届かなかった。腕上に太い赤色の線を残しただけだ。だが、そこからは血がどくどくと溢れ始めている。パフォーマンスの低下は必至だろう。


 俺は直ぐさま剣に持ち替え、伸ばされたままの右腕を狙った。やはり、反応は悪くなっている。向けられる斬撃に対応する拳の速度は、先程よりもほんの僅かに遅い。だが、その僅かを見逃すほど、俺は未熟では無くなったのだ。


 それをギルベットさんも認識したと見えて、一旦腕を折りたたんで肘で受けた。だが、姿勢が未熟だったのか、確かに肉を切り裂いた。


「関節を傷付けた! っぐえ!」

「くっ!」

「隙ですっ!」


 ギルベットさんは素早く俺に反撃し、その場を離脱しかけたが、その背に向け、メリイさんが剣を振るった。背中に大きく傷が刻まれる。俺も鼻からだらだらと血が流れるが、相手の消耗だって大きいだろう。


「ぶはっ! さあ、さあ! どうしましたか! 降参したらどうですかっ!」

「くっ……。この程度の傷……! 皇帝の魔法ならば、直ぐさま回復するというのに……! ……いや、いや、違います。皇帝に頼るなど、馬鹿げた考えだ。私は本来、傷を負うことすら許されない。私は単純に、老いただけなのだっ。皇帝に責任は無い!」

「……貴方は、父に囚われすぎています。それが貴方を苦しめていると、分かっているはずでしょう!」

「皇帝は、私の重荷では無い! 背負うことが力となる、名誉なのですよ!」

「頑固なあっ!」

「忠信と言って下さいっ!」


 再び剣と拳が交差する。が、それは打ち合わなかった。ギルベットさんは俺達が放った斬撃を、前進しながら弾き、潜り抜け、そのまま蹴りを放った。再び腹に重い衝撃が伝わって、俺は血混じりの胃液を吐いた。


「ごぼえっ!」

「キサラギさんっ!? このおっ!」


 メリイさんが剣を振るう。ギルベットさんはそれを受けた。避けられるはずだったのに、受けたのだ。腕に剣が中途に入り込み、血を流すが、気にした様子も無く前進を続ける。その視線は俺だけを捉えている。先に、俺を潰すつもりか。


「価値ある戦いでしたっ! ですが、それもこれまで!」


 引導を渡すように、ギルベットさんの拳に魔力が集まる。あれは、不味い。確実に必殺の一撃だ。こちらを絶対に殺してくる一撃だ。避ける手段は……無いのか! 何処か、何か、無いのか!


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