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40 もう一つの反乱

 不思議だった。ここは城内の最深部であり、一番警備の手を手厚くしなければないというのに、進む道にはまるで兵士が居なかった。


 所か、人影さえない。ひっそりと静まって、艶やかに輝く白亜の壁だけが、侵入する俺たちを迎えている。


「どういう事なんですかね……?」

「さあ……。既に逃げ出したのか、それともこちらを窺って、飛び出してくる腹積もりなのか。どちらにせよ、警戒しなくてはいけません」


 しかし、幾ら進んでも人の姿は見えない。延々と、俺たちの足音だけが木霊して、僅かな呟きさえ漏らされない。城内には、異様な沈黙が充満している。


 その内に俺たちは、豪壮かつ重厚な扉に行き当たった。情報によれば、この先は会議室だったはずだ。皇帝と貴族の権力を象徴する場所であり、常に何かしらの仕事が行われているとのことである。何かがあるとしたら、ここ以外にはないだろう。


「開けるわ」

「お願いします」


 鍵をかけるような場所ではないが、警戒し、アリアさんに斬り飛ばしてもらう事にした。音もなく、高速の斬撃が、恐らくは年月も伝統も誇るであろう彫刻を両断する。少しもったいないとは思うが、仕方がない。


 だが、それだけの彫刻を切り捨てたのは、無駄ではなかったようだ。バラバラに崩れ落ちた扉の向こうに開けた光景は、異様だった。俺は目を見開いて剣を備えた。


「遅かったじゃないか。メロスとハウルトンに、手間取ったかい?」

「ロイスさん!」


 巨大な円卓の一番の上座に、ふんぞり返るように座っていたのは、我らが局長ロイスさんだった。しかし、異様なのはその周囲である。


 ロイスさんが円卓に腰掛けるように、他の席には、恐らくは貴族と思わし気な、豪華で派手な衣装に身を包んだ人たちが、両手も足も口も縛られて座らされている。その各々の両隣には、見覚えのある局の人達が、貴族を押さえつけるように侍していた。


「これは……どういう事ですか? ロイスさん。貴方たちは、貴族の護衛についているのでは?」

「あん? 何だ、あいつらから聞いていなかったのかい? あたしたちは貴族共なんかを守るつもりは更々ないって。これが守っていると見えるか?」


 確かに、どこが守っているというのだろう。貴族たちは縛られた口をもがもがと震えさせ、明らかに嫌がっている。汗を流して、こちらに助けを求めるように視線を寄越している人もいる。


「……嘘を言っている、と言うわけではなさそうですね。まるで戦う気が無いように見えます」


 メリイさんは、ぐるりと周囲を見渡した。そう言えば、と俺も同じく見てみれば、彼らはこちらに対し、敵意の表情を見せてはいない。所かにこやかに手を振ってくれてもいる。あ、俺にお礼の菓子を渡してくれた人たちもいる。俺は手を振り返した。


「……ハウルトンとメロスが、言っていなかったか? あいつからに言付けていたんだが」

「聞いていませんね……。と言うことは、戦う意味自体は薄かったと言うことでしょうか。端からハウルトンさんは、単に俺を試すためだけに立ち塞がったと。そして、メロスさんは……」

「そ、そんな。じゃあ、私の、あれは……」


 メリイさんが、愕然と呟いた。豚の真似をされたことを思い出しているのだろう。


「それは、きっとメロスさんの趣味だったんでしょうね。ここぞとばかりに欲望を満たすとは、抜け目がありませんね」

「そ、そんなあ……」

「あの、馬鹿ども……」


 ロイスさんは呆れたように溜息を吐いた。それに対し、アリアさんは納得いかなそうに睨みつけた。


「溜息を吐きたいのはこっちよ。ロイス、貴方どういうつもり? 初めに話した時、貴方は確かにメリイとキサラギを処刑しろ、と言ったじゃないの。土壇場になって反故にしたのかしら。流石、老獪ね」


 アリアさんが皮肉を込めて言った。それを受けて、ロイスさんは更に深く溜息を吐いた。


「お前にも手間を掛けさせられる。何、一人で飛び出しているのさ。あれは偽装さ。こちらが動いているという事を証明しなければならなかった。信頼のできる局員には後々詳細を話したっていうのに、勝手に消えたもんだから、お前には話せなかったんだよ」

「う……」


 アリアさんは、ばつが悪そうな顔をした。確かに思い当たる所があったのだろう。思えば、俺たちの下に現れた時も一人だった。ずっと一人で動いていたのだろう。


「あたしは端からギムデンの奴に味方をするつもりなんてなかったのさ。あいつは、嫌いだ。あいつを反乱の手から守るなんて、反吐が出るね」

「お知り合いなんですか?」

「知り合いなんてもんじゃない。学生時代から、あたしたちはお互いを憎み合っていた。国に士官してからもそれは続いたのさ。おかげで、あたしは先んじて上に取り入ったあいつに左遷されて、今は人被りと蔑まれているのさ。人殺しのロイスだなんて、たいそうな名前を付けてくれて!」


 ロイスさんは言葉通り、憎々し気に瞳を細めながら因縁を語った。まさか知り合いどころか、同年代だったとは。年は近そうだとは思っていたが。


「だが……あいつの命運もこれで終わりだね。メリイをあたしの手から奪い返せなかったのが、最大の手落ちになった。奸臣は、皇帝の血を引く者の反乱によって追放される。実に見事な末路じゃないか。ふん……。所詮は息子と同じ、家格だけが誇りの、無能なのさ」

「ロッド・ユーベックの事もご存じでしたか」

「まあね……。そしてキサラギ! あんたに文句を言いたいよ」

「えっ、何ですか!?」


 指を差され、俺は狼狽えた。何か不味い事でもあったのだろうか。


「あんた達が勝手に逃げ出さなきゃ面倒なことにはならなかったんだ。こっちに何も言わずに逃げ出して。あたしに何も告げずに逃げ出して。そんなに信頼は無かったのかい」

「そうよキサラギ、メリイ! 何にも言わずに出て行っちゃって! 近くには来ていたんでしょう? ギルベットがそう言っていたわよ」


 ここぞとばかりにアリアさんが詰め寄ってくる。胸元を掴まれて苦しい。


「ぐえっ。なんで俺だけ……」

「貴方が何か言わなきゃ、メリイなら頼るに決まっているでしょうが。ギルベットにでも、ロイスにでも。というかそもそも事前に処刑命令が出ているなんて、知るはずも無かったはずなのよあの子だけなら」

「た、確かにここまで来れたのはキサラギさんの行動に由来しますが、だからこそ、責めないで下さい……!」

「ぐえっ!」


 メリイさんが慌てて俺の首元を逆に引っ張った。更に苦しくなる。息が出来ない。だが、その言葉に俺はふと気が付いた。


「げほっ。それは……ギルベットさんがどうにもこっちの事情に気が付いていたらしいので、逃げたんですよ。最悪を想定して……。ところで、そのギルベットさんの姿が見えませんが……?」

「そういえば……」


 メリイさんも、見慣れた姿が居ないのに気が付いて、訝しげな眼をしている。彼ほど仕事を真面目にする人もいない。だからこそ、ロイスさんが騎士の人達を引き連れて、反乱を起こしたのなら、彼もまた、この場にいるはずなのだが。


「ああ、奴は先にいるよ」

「先に……? ここから先って、ええと、何がありましたっけ……」

「謁見の間と、皇帝の寝室、皇后の寝室、でしょうか。先と言うか、ここから見れば脇ですけれど。丁度、ここが謁見の間の右側面になっているんですね」

「ああ、そうでした。成程、ギルベットさんは先んじて皇帝の身柄を確保していたんですね!」


 道理で、目的であるギムデンと皇帝、そしてエイン君の姿が見えないと思った。普通に考えて、ロイスさんは、貴族だけを捕縛して満足はしないだろう。宰相を捕え、皇帝と皇子の安全を確保しての革命である。

 しかし、ロイスさんは首を振った。


「いいや。あいつは、宰相を守っているのさ」

「ギルベットさんが……!?」


 驚いた。いや、驚いたってもんじゃない。あの人が?


「あいつは局の、最初の騎士。あいつとあたしから始まったんだ。そこからガキの時のアリア、拾ったメリイ、メロス、ハウルトンと続いて、キサラギ、お前だ。案外歴史は浅いのさ。だから、あいつには純粋に国を思う意志しかない。他の厄介な奴らと違って、純粋に国家の守護者としてあいつは在る。だからこそ、この期に及んで皇帝を守ろうとしている……」

「……成程」


 俺は記憶の中のギルベットさんを思い返した。常に丁寧な物腰で、色々親切に教えてくれたが……いや、だからこそか。真面目で親切だからこそ、俺たちの様に、国を裏切る事をしないのか。

 そう思っていたが、しかしロイスさんはにやりと笑った。


「とは、違う。あいつはね、キサラギ、メリイ。あんたたちを待っているんだ。だからハウルトンにもメロスにも手を出させず、ここであんたたちを待っていた。もっとも、命令してもあいつらは戦わなかっただろうがね。あいつらがここに来たのは、お前を試すのと、自分の欲望を満たすためだ。元より自分の為にしか動かない二人さ」

「……待っている、ですか?」

「俺と、メリイさんですか? 何故」


 よく分からなくなってきた。ギルベットさんは、何を思ってそんな事を?


「それは、本人に聞けばいいだろう? ギルベットは、この先に居る。どうせあんたたちは進まなければならないんだ。実際に対面すれば、案外あっさりと降伏するかもしれないよ」


 にやにやと、何かを含んだような笑みを浮かべながら、ロイスさんは先に佇む扉を指し示した。微塵も降伏するとは考えていなさそうな笑みである。


 しかし、進まなければならないというのは確かに事実だ。そのために俺たちはここまで来たのだから。


「ちょっと、私は? 二人だけに任せるつもりは無いわよ。ましてやギルベットが相手なら……」


 アリアさんが、唇を尖らせながら言った。確かに、アリアさんが付いてきてくれれば心強い。


「そうですね。いっそ一気に飛び込んで決着を付けてしまうのはどうでしょう。待ち構えていても、速攻ならアリアさんが一番ですよ。ねえ?」

「その通り! 城内じゃ殺さないって条件に手間取ったけれど、相手がギルベットじゃそうも行かないし、メリイだって、そのつもりも無いでしょう? 何せ、弟さんが捕えられているのだから。一人倒せば後は終わりよ」


 実に良い考えである。例えギルベットさんが相手でも、寧ろギルベットさんが相手だからこそ、真正面から戦う意味はないのである。

 しかし、それに水を差すようにロイスさんが言った。


「いや、お前には別の用事を頼みたい」

「はあ?」


 アリアさんが不満げに苛立ちを口にした。


「どうしてよ。私が瞬間に決めた方が楽でしょうが。それとも、貴方も殺すなとでも言うつもり? 他ならぬ、ロイス・コーカリウス、貴方が?」

「いいや。流石にそうは言わん。単純に、手が足りないんだよ。馬鹿二人が勝手に戦って、勝手に倒された物だから、こっちには戦力が足りないんだ。まだ、宮廷の魔法使い達が抵抗している。そっちを叩いておかないと、後々面倒なことになる。そこでアリア、お前に頼みたい。お前にしか頼めないんだよ」


 そう言って、ロイスさんは珍しく、本当に珍しく頭を下げた。アリアさんも、メリイさんも、俺もたじろいだ。この人が頭を下げるだなんて、天変地異でも起こるのだろうか。いや、国にとっては既に起こっているようなものか。


 アリアさんは下げられた頭を前にして、どうして良いのか分からぬようにまごついている。彼女に比べれば短い付き合いの俺でさえ驚いているのだから、長い付き合いの彼女にとっては、その頼み込む態度は本当に意外であるのだろう。


「あ、頭を下げないでよ。貴方らしくも無い……」


 アリアさんは、却って申し訳なさそうに言った。


「分かった、分かったわよ。私は別の場所に行く。……キサラギ、メリイ、ごめんなさい。そして、死ぬんじゃ無いわよ。全部終わったら、また遊びに行くんだからね」


 そう言って、アリアさんは、先導する局員と共に駆けていった。アリアさんは度々こちらを振り返りつつ去って行った。俺は手を振りながら言った。


「そんなにギルベットさんは危険なんですか? それとも、本当に殺すなと? ……口実でしょう。宮廷の魔法使いだなんて。瞬間で終わらせれば済んだはずです。それを、後にしてまでも、懸念する材料が、何か?」


 俺はじろりとロイスさんを見つめた。この場の最高戦力であるアリアさんが離脱する理由は薄い。俺とメリイさんという、比べてしまえば乏しい戦力で危険に挑まなければいけない確固とした理由は何か、知りたかった。


「……付き合いが、長いからね」


 ロイスさんは、観念したようにそう言った。


「歴とした、判断なんだよ、これも。お前達だけで行くなら、危険は少ないはずさ。何せあいつは、死にたがっているのだからね」


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