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4 初めての魔法

 メリイさんは誤魔化すように茶を口にしたが、カップを持つ指先がぶるぶると震えて水面が立っている。あ、幾らか雫が溢れた。焦っているようだ。


 嘘だろ。騎士なのかよ。当てずっぽうで言ってみたのが見事に正解してしまった。


 それにしても、メリイさんが騎士団とは、随分似つかわしくない。いや、体つきは確かに護衛の人達を彷彿とさせるほどよく鍛えられていて、何かしら戦闘の職に就いている物だとは思っていたが、しかし、問題はその精神だ。


 騎士という清廉潔白で容赦の無いイメージには、職業を言い当てられておどおど狼狽える目の前の女性は実に似つかわしくないように思える。


「やっぱり大変なんですかね騎士って仕事は。ああ、だからここに通っているんですね。ここは落ち着けますから」

「だから、私は騎士じゃないと……」

「それでも給金は良さそうですね。メリイさんの衣服ってどれも高級そうですもんね。それに、よく似合っている。店売りの品じゃないでしょう? 特注品だ。流石騎士ですねえ」

「……もう良いですよ」


 ぷいと顔を背けてメリイさんは黙ってしまった。怒らせちゃったかな。


 しかし、この隙にと思って菓子に伸ばした手をぱしんと払いのけ、「貴方は、本当に、何がしたいんですか……!」と言ってくる様は、親しみを感じさせる物がある。最初はこんな態度、取るはずがなかったからな。


「あ、そうか」


 何がしたいのかと言われ、俺は思いついた。メリイさんが騎士だというのなら、俺の悩みを解決するのに助けになってくれるんじゃないだろうか。


 幸いなことに、デーデンは賞金も掛けられた犯罪者だ。勿論、うちのボスであるザブザさんもそうなのだが、賞金首は賞金首だ。居所を話せば捕えてくれることだろう。

 そうすれば、俺は助かるし、メリイさんも仕事をこなせて大手柄。二人とも幸せじゃないか。よし、それでいこう。


「メリイさん! 真剣にお願いしたいことがあるんですか、どうか俺を助けてくれませんか」

「つ、壺は買いませんよ。絵画もです! 借金の肩代わりもしません!」

「えー本当ですか? 買ってくれそう……。じゃなくって、どうかその剣の腕を見込んで頼みたいことがあるんです! 俺の悩みを解決して下さい!」


 それから、俺は事のあらましを語った。勿論俺が犯罪結社の一員で、あまつさえ金を盗んだために命を狙われているなんて事を言ったら、今度は三日なんてもんじゃ済まなくなるので、所々誤魔化しながら語った。


「……と言うわけで、俺は知らぬ間に勝手に借金を作らされていたんですよ。しかもそのデーデンって奴は、俺の身体を気に入ったみたいで、金を返さなければ男娼にするって言うんです! このままじゃ俺は一生尻穴掘られて過ごす羽目になるんですよ」

「あ、あまりそんな、下品なことを言わないで下さい!」


 メリイさんは赤面して激しく言った。


「し、しかし、それは大変ですね。しかし金が無いって言うならどうしてここに足繁く通っているんですか? その金を借金返済に充てれば良いじゃないですか」

「ギャンブルで返すから貸してくれって言ったら、貸してくれました。その金でここに通っています」

「えぇ……」


 メリイさんは可哀想な物を見るような目で俺を見た。そして、口調を緩めて今度は神妙な顔をした。


「まあ、確かに貴方の言うとおり、デーデンの居場所が分かっているというのなら、捕縛は容易いでしょう。今日にでも彼に縄を掛けることが出来る」

「やっぱり騎士なんですね」

「…………」

「いやあ、騎士なのかな!? 騎士団と繋がりを持っているだけかも知れませんね! 俺には全く分からないなあ!」


 しかし、メリイさんの沈黙は、職業を言い当てられて不機嫌になった物では無かったようだ。彼女は表情に神妙を更に深め、思い悩むように呟いた。


「だけど私は、そんな勝手な行動は出来ない。私はそんな風に目立ってはならないんです。私という存在が、その様な事件を任せられない。私に、任せるわけにはいかない……」


 メリイさんの言葉には、思ったよりも深い苦悩が潜んでいるようだった。瞳を伏せ、苦しげに唇を噛むその表情は、この事件だけに対する物では無く、より大きなどうしようもないものへと向けられているようである。

 だから俺は、その固く閉じられた手を取った。


「メリイさん!」

「な、なんですか。いきなり、手、手を取って……」

「俺達は友達じゃないですか! 友達の悩みを解決して下さいよ! 友達なんだから!」


 人を説得するときは、目を合わせ、真正面から見つめることが重要である。


 俺の視線に、メリイさんは狼狽えるように逸らし、思い悩むように四方八方へぐるぐると回していたが、やがて観念したように元の位置に戻った。その瞳には諦観はなく、代わりに熱っぽい物があった。


「そ、そうですね。私達は、友達ですからね。うん。そうなんですよ。友達、友達の悩みなんだから」

「そうですよ! 俺達は友達です!」

「分かりました。私が何とかしましょう。貴方を、その……悲惨な目に遭わせはしません」


 メリイさんは「友達、友達。私に……ふふふ」と感慨深く呟きながら笑った。


 俺は、却ってメリイさんが心配になった。本当に壺とか買わされたことがあるんじゃ無いか? 店員さんも不安そうな目でメリイさんを見つめ、それと同じく俺の事を酷く疑うような目で見つめている。俺は詐欺師じゃないよ。




「別に、貴方まで来る必要は無いと思うのですが」

「何言っているんですか。事の発端は俺ですよ。俺だけ安穏貪っているわけにはいかないでしょう」


 明くる日、俺達はスラム街の一角にて闇に隠れながら待ち伏せていた。黒色の服装に、頭からもフードを被っているという怪しい風体なのは、万が一にでも顔を見られることを防ぐためである。


 その狙いは勿論、デーデンである。一応は恭順を示した組織と言うことで、彼の居場所は俺にも知ることが出来た。今は彼が居住するアジトから出てくるのを待っているというわけである。


「いや、本当に貴方が戦力になるとは思えないから、待っていて欲しいんですが……」

「そんな事無いですよ。ほら、見て下さい。フラッシュ!」


 と、俺は懐から杖を取り出し、照明の魔法を放った。杖先で光球は丸く浮かび、周囲を眩しく照らし出している。


「これで目眩ましにはなるでしょう。相手は一人って訳ではないでしょうし、霍乱にはなるはずです」

「……最下級の光魔法じゃないですか。他にはないんですか?」

「ありませんね。これも見よう見まねでやっただけなので」


 メリイさんは困ったような顔を浮かべた。どうにも呆れているようでもある。


「……しかし、見よう見まねで、それですか。貴方には才能があるんじゃないですか? 魔法という物は、才能が無ければ使えないものです。常人には、自分の魔力を感知することも出来ません」

「いやあ」


 俺は照れくさく頭を掻いた。実の所、俺には魔力を感知することは容易かったのだ。


 神様と対面したあの空間で、俺は肉体を脱ぎ捨て、真なる俺としてあった。温かな粘液のようなものが身を包むその感覚は、まざまざと残り続けていたのだ。それを利用すれば、容易く魔法は放てた。力が流れる方向と、色の違いを工夫すれば、光球を曲芸のように回すことも出来る。


「なら、貴方は別の魔法も覚えることが出来るかも知れませんね」

「おお、教えてくれるんですか」

「……仕方なくですよ」


 そうは言う物の、メリイさんは何処か嬉しそうに魔術を教えてくれた。口下手で、余り教師には向いていないなとは思ったものの、その炎と雷の魔法の制御は素晴らしく、実地で見れば分かりやすく習得することが出来た。


「炎、水、土、風、光、闇の六属性を基本として魔法は成り立っています。私の雷のように光から変化した物もありますが、基本はその六つです。貴方もいずれは得意な属性に絞った方が良いですよ」

「成る程、ありがとうございます!」

「……それにしても、私の雷をこうも容易く習得するなんて、やはり貴方には才能があるらしいですね」

「いやあ」


 俺は褒められた以上に嬉しかった。これはもしかしたら、チートなんじゃないか? 確かに俺の目にはメリイさんの魔法は実に分かりやすく見えている。その力の流れ、属性の変化の様相を感覚で捉えることが出来ている。


「これじゃあメリイさんの出番はないかも知れませんね! 俺がばったばったと片付けてやりますよ」

「いや、それは無理です」

「ええっ!?」


 意気込んで振り上げた俺の腕は、空振りに終わった。


「だってキサラギさんは、戦闘の心得なんて一切無いではないですか。魔法を放つには溜めがいるんですよ。その間に切り捨てられてしまいます。それを避ける術を持っていないでしょう」

「ぐむ……」


 図星である。俺には碌に喧嘩の経験も無いし、ましてや殺し合いの経験などあるはずがない。実際に対面してみて、ビビって腰を抜かすのが関の山だ。


「大人しく、後ろの方で隠れていて下さい。いずれは偉大な魔法使いになれるかもしれませんが、それは今じゃないでしょう」

「……そうですね。そもそも頼んだのも俺の都合ですし、迷惑を掛けるわけにはいけませんね」


 折角活躍の機会があると思ったんだがな。しかし、元々俺の勝手、目先の利益に安易に手を出したことが原因なのだ。我儘を言ってメリイさんに迷惑を掛けるわけにはいけない。


 と、そうこうしている間に、監視していた建物の出口が俄に騒がしくなった。門前の番人が道を空け、中から護衛に身を守られた人影が出てくる。


「デーデンですね」

「ええ、言ったとおりでしょう?」


 黒色のコートに身を包んだ禿頭の男、デーデンは、異様に血走った目で周囲を睨んでは、部下達に向け頻りに罵倒を繰り返している。煙草に火を付けては一息に根元まで吸いきり、更に足りぬとばかりに火を付ける。傍目にも苛立ちを、焦りを隠せていない。


「何故か、焦っているようですね。待ち合わせでもしているのかな? 意識が拡散している。好都合です」

「何故焦っているんでしょうかねえ」


 勿論、俺が金を盗んだためである。口が裂けても言えないが。


「では、まずは貴方と私が魔法を撃って集団を混乱させます。そしてさっさと逃げて下さい。その隙に私はデーデンを捕えるので。少なくとも三人は居ると思わせることで、追っ手の数を分散することが出来ます」


 メリイさんは流石で、常のおどおどとした様子も息を潜め、身を隠すためのフードの下に、張り詰めた集中の顔を見せている。腰の剣に手を翳し、抜刀を静かに待つその様相は、一流の騎士というイメージがぴたりと当て嵌まる。


 思わず俺もフードを確かめた。顔見えないよな。


「いきますよ」

「あ、はい! ええと、手順は……詠唱、発生、収束、発動」

「「サンダーボルト!」」


 その声に合わせ、雷の奔流が一直線に集団へ向かった。闇夜を明るく切り裂いて、狙い通り、彼らの足下へと着弾する。埃っぽい土煙が濛々と上がり、集団のざわめきと混乱の怒号が狭い路地に響き渡る。


「良かったですよ。さあ、逃げて下さい」

「分かりました!」


 抜刀し、音もなく煙の中を駆けていくメリイさんを背に、俺は逃げ出した。自分でもみっともないと思ったが、ここはその道のプロに任せるのが一番だ。

 と、その時俺が逃げだそうとした方向から、また新たな一団が現れた。


「おい、どうした!」

「ボスが襲われたのか。相手は!?」

「こいつがやったのか!」


 やっべ。


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