表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
39/46

39 豚

「これは、あれですよ。単に、何て言うか、気の置けなさというんでしょうか? 性別と、年齢の違いもあるじゃないですか。ハウルトンさんは男性で、年上の人です。俺は年上の方が接しやすいんですよ。ほら、敬語が染みついちゃっていますから。金を払って教えてもらっているという関係もありますし、ちょっとくらいふざけた事を言ってもいいと思ったんですよ」

「ふーん。そうですか。ふーん」

「言い訳がましいわね」

「頼みますよお……!」


 俺は何とかこれで納得してもらおうと考えて、懇願していた。実の所、理由は別にとは言わないが、更にもう一つはあったのだ。しかし、それを言う必要も無いだろう。


 だが、それまでつまらなそうに部屋の隅でしゃがんでいたメロスさんが、不意に呟いた。


「キサラギ、お前まだ何か隠してるだろ……! 言えよ……!」

「えっ。何で分かったんですか」

「心臓が一瞬、高鳴った……!」


 この、人は……! そんな些細な事で真意を見抜かれては溜まったものではない。だが、彼は俺の反応に確信したように、にやにやとした嗜虐的な笑みを浮かべている。あからさまに、俺が狼狽えるのを楽しんでいる。


「キサラギさん?」

「キサラギ」

「分かりましたよ話しますよ! ええと、それは、あれですよ。だって……メリイさんとアリアさんに、わざわざ名前で呼んでくれ、とか言うなんて、何だか馴れ馴れしすぎてこっぱずかしいじゃないですか。子供が友達を作ろうとする時の、バグった距離感みたいで」


 言っちゃった。これが本音だった。単に、こっぱずかしいと考えての事だったのだ。「キサラギ」に慣れていたのも事実であり、ハウルトンさんならふざけても良いかと考えていたのも事実だが、この理由も事実ではあった。


「は……! お前は、子供だよ」


 ハウルトンさんが、下らなそうに笑って言った。


「可愛らしい理由だったわねー。ま、でも、そういう事ならこのままで良いわ。キサラギって呼ぶのに慣れちゃってるしね」

「そうですね。私も、今更キョウジさんと呼ぶのは、何だか恥ずかしくて……」

「なら、言う必要なかったじゃないか……」


 アリアさんがばしばしと肩を叩いてくるのを、俺は手で払おうかと思った。しかしメリイさんまで珍しくぼんぼんと肩を叩いてくるので、俺は仏頂面で叩かれるままに任せた。何なんだ、これは。


「おえっ! 下らねっ……。ゴミ……脛毛の数数えていた方がマシ……」

「勝手に言ってくれますねメロスさん! 貴方が言ったから言わざるを得なくなったんじゃないですか!」


 部屋の隅で意気消沈して縮こまるメロスさんに、俺は気恥ずかしさを誤魔化すように激しく言った。

しかし、その憤りを一旦置いて、俺は聞かなければならないことがあった。


「で……それじゃあ、ハウルトンさん。試すっていうのは終わったんですよね?」

「ん? ああ。そうだな。この様な馬鹿馬鹿しい事で命を落とすところだったとは、私の求道もまだまだ未熟と痛感した。ならば、人を試す前に自らを試さねばならん。それを教えてくれたこと、感謝はすれど恨むことは無い。先へ進むがいい」

「それは良かったです。なら……」


 俺は息を整えて、メリイさんとアリアさんを見た。二人とも、先へと進む準備は既に出来ているようで、薄い笑みを浮かべて俺を見つめている。俺も、その笑みに返すように頷いた。


 本当は、ハウルトンさんにも付いてきてほしかったのだが、その傷では激しい戦闘は難しいだろう。何せ、未知の魔術が、未知の要因で、未知の失敗をしたのだ。どんなダメージがあるのかは分からない。ここは大人しく療養してもらった方がいい。


「それでは。ハウルトンさん。お大事に」

「ああ。……死ぬなよ。お前は仮にも、私の弟子なのだからな」

「勿論です」


 そう言って、先へ進もうとした。


「あー、待ちな」


 と、その時メロスさんが言った。彼は先にも言った通り、脛を剥き出しにして毛の数をつまらなそうに数えていた。汚い。だが、すぐに立ち上がり、剣に手を当てながら、俺たちの前に立ちはだかった。


「……何のつもり? 貴方はハウルトンに金で雇われて、私の足止めをしていたんじゃなかったの? 貴方に戦う理由は無いはずよ」

「ん……。まあ、そうだが、そうでもないんだな……。ククク……」

「どういう事ですか?」

「俺には、俺なりの理由があんのよ……!」


 メロスさんは剣を抜き、構えた。その動作に隙は無く、生半可に剣を振るえば、直ちにこちらの胴が真っ二つに斬れるだろう。そういう実感があるからこそ、手を出せないでいる。メリイさんもまた、固唾を飲んで柄を握ったまま動けずにいた。


 しかしアリアさんは殺意を剥き出しにして抜刀した。


「今度こそ殺す」

「まあ、待て……。慌てんなよ。俺の話を聞け……」


 メロスさんは、その殺意を躱すようにへらへらとした笑みを浮かべながら剣を揺らした。明らかにこちらを挑発しているように見えるが、しかし、話というのは?


「お前たち、急いでいるんだろう? なら、俺と戦うのは無駄だ。時間を食うし、消耗もする。だから、俺との戦闘は避けた方がいい。違うか……?」

「お金ですか?」

「聡いが、惜しいな。違うものだ……」


 なるほど、分かった。メロスさんは、この機に乗じて俺達から何かを引き出そうとしているのだ。何ともまあ、面倒な人である。しかし、てっきり金と思ったのだが、違うのか。では何を求められるというのだろうか。命とかだったら流石に剣を抜くが。


「なあに。簡単な条件だ。たった一つ。本当に、簡単。一瞬で終わる……。お前らが快くそれを受け入れたら、戦う必要は無くなる。どうぞ、先を進んでいけ……」

「で、条件って何なのよ」


 アリアさんが苛立ちを隠そうともせずに言った。その問いに、メロスさんはにやりと醜い笑みを浮かべ、こちらを見下すように胸を張りながら言った。


「お前たち、豚の真似をしろ! 俺の目の前で、豚の真似をするんだ!」


 俺は言われた通りにした。


「フゴッ、フゴッ。ブブブブブブー!」

「うわっ、上手ですね……」

「本当、そっくり。じゃ、そういうことで」

「待て待て待て待て!」


 メロスさんは珍しく声を荒げて進もうとする俺達を阻んだ。何が不満なのだろう。今の物真似は、自分でも会心の出来だったと思うのだが。


「そんな躊躇も無くやられちゃつまらん……! キサラギ、お前はいい。どうでもいい……。お前なんか勝手に先に行ってろ。お前は、本気でつまらん……!」

「酷いなあ。折角やったのに。豚の声そのものだったでしょう?」

「豚の声が聞きたきゃ、豚小屋に行く……! 俺が聞きたいのは、お前たちがする豚の真似だ。そうだ、お前たちだ! メリイ、アリア……!」


 メロスさんに指を差され、二人は物凄く嫌そうな顔をした。


「どうせ、そんな事だろうと思ったわ。下らない。呆れた。馬鹿。糞野郎。死ね」

「ククク……! 何とでも言え。その罵倒が、そのままお前の恥辱になる……! そのような男に命令され、豚の真似をしなければいけないという事実が、お前の恥辱になるんだ……!」

「キサラギ。メリイ。先行ってなさい。こいつ殺してから行くわ。……というか、ハウルトン。貴方これ知ってたでしょう? 貴方も殺すわ」

「……それが取引条件と、そう言われたものでな」

「はい殺す。なあにが弟子だからな、よ! 弟子見捨ててんじゃないの!」

「殺さないで下さいよアリアさん!」

「じゃあ貴方が私とメリイの分まで豚の真似をしなさいよ!」

「認めるかそんなもん! 俺が聞きたいのは、恥辱と屈辱に満ちた声だ……!」


 ああ、もう、収拾がつかない。アリアさんは先程から吠えてばかりであるし、メリイさんはおどおどと狼狽えている。それをメロスさんは、にやにやと興奮の色濃く歪んだ笑みを浮かべて見つめている。


「第一何で豚なのよ。何でわざわざ、この場で豚なのよ。もっと、こう、あるでしょうに」


 アリアさんが気恥ずかしそうにそう言うと、メロスさんはぷっと噴き出して答えた。


「何だ? 体でも要求されると思ったか? 高慢ちきの思い上がりめ! 俺はブスしか抱かん。だが、屈辱の声を上げさせるのは、それが位の高いものであるほど良い……。俺より強いアリアに、この国の、ククク……姫である、メリイ! それも、この、反乱を実行している最中で、お前たちは無様に豚の真似なんかをするんだ!」


 メロスさんは恍惚とした表情でうっとりと虚空を見つめた。それを二人はドン引きした表情で見ていた。


「ああ、こんな事をしている場合じゃないっていうのに! 時間も無いっていうのに! お前たちは迫られて豚の真似をするんだ。反乱の最中に、豚の真似! ククク……体を求められれば、悲劇になるだろう? だが、これは喜劇だ! お前たちの豚の真似は喜劇だ! ああ、最高だ……!」

「軽蔑します……」


 メリイさんがぼそりと呟いた。その視線は冷え切って、そっぽを向いている。最早、視界にも入れたくないようだ。


「まあ、やればいいんじゃないですか? 簡単でしょう。豚の真似。さっさと進みたいですし」

「キサラギぃ……貴方ねえ……」


 アリアさんが文句を言いたげに俺を睨んでくる。メリイさんも無言のまま冷ややかな目で俺を見つめている。


「良い事を言ったぞキサラギ! 確かに、お前たちは先を急いでいるんだ。だったらさっさと言った方が良いよなあ……? さあ、鳴け! さっさと鳴け!」

「チッ……クソッ……」


 アリアさんはぶつぶつと「殺す殺す殺す殺す」と呟きながら、しかし観念したように、小さく言った。


「…………ぶ、ひ」

「ああ!? 聞こえねえぞ!? 何て言った!? お前は今何の真似をしたんだ!?」

「ぶひーーーーーっ!」


 顔を真っ赤にして目を瞑りながら、アリアさんは見事に豚の真似をした。メリイさんが、それを信じられないものでも見るように見つめていた。


「ああ……アリアさん……そんな……」

「良かったですよアリアさん!」

「うるさいっ! 何も言わないでっ! さあ、これで私は終わりっ! 次はメリイ、貴方よ!」

「うええっ!? う、うううう……」

「私だけ恥をかいたんじゃ終われないわ! さあメリイ! 貴方も豚の真似をしなさい!」

「俺も恥をかいたんですけどね」

「キサラギは黙ってなさい! この、生粋の豚!」

「ひどいなあ」


 メリイさんは顔を真っ赤に染めて、頻りにこちらをちらちらと窺っていた。「あの、キサラギさん……その……」そう言われ、俺はその視線の意味を理解し、頷いた。途端、メリイさんはほっと胸を撫で下ろした。


「ありがとうございます。キサラギさんにだけは……」

「ええ、分かりました。応援します! 頑張って豚の真似をしてください! 頑張れメリイさん!」

「そうじゃ、なくてえ……!」


 メリイさんは泣きそうになりながら、しかし覚悟を決めたのか、赤過ぎて心配になる顔で、呟いた。

「ぶ……ぶひぃ…………っ!」

「良く言えたわメリイ!」


 アリアさんが、言い終えたメリイさんを固く抱き締め、その頭を愛おしそうに撫でまくった。二人は感慨深そうに疲れ果てた笑みを浮かべている。


「ああ、本当に、頑張った! 貴方は本当に立派になったわ!」

「はい……! アリアさん。私、頑張りました……!」

「頑張りましたねメリイさん!」

「キサラギさんは……その……う、うううううう……!」

「メリイ、良いの! ……キサラギ、貴方は黙っていなさい!」

「ええー」


 何故かキッと睨みつけられてしまった。何故だろうか。


 と、そうしている間に、ぱちぱちと拍手が向けられた。メロスさんの拍手だ。彼は向けられる冷え切った視線も意に関せず、すっきりとした、憑きものが落ちた様な表情で、柔らかな笑みさえ浮かべていた。


「良かった……。本当に、良かった。まずは、ありがとう。そして、すまなかったな。俺は、我儘だ。こういう気質を、抑えられない、どうしようもない奴だ……」

「あ、もしかして」

「いや、濡れてはいない。そもそも俺、不能だって。これは特殊な……」


 そうメロスさんが言った途端、アリアさんは一瞬で表情を変え、メリイさんを抱えたまま部屋の隅に身を縮めた。抱えられたメリイさんは不思議そうな顔をしている。


「えっ? アリアさん……?」

「死ね! 今死ね!」


 アリアさんは、床に散らばった剣の欠片をメロスさんに向かって投げつけた。それは気力を無くしているメロスさんに見事に命中し、全身に突き刺さって倒れ伏せさせた。


「ぐええっ……!」

「ああっ、メロスさん!」

「やった、今なら当たるのね! このまま殺すわよー!」

「駄目ですよ! 死んでしまったら後で裁けなくなるじゃないですか!」

「メリイさん……?」


 俺とメリイさんは、なおも剣の欠片を投げつけようとするアリアさんを引っ張りながら、先を急いだ。ハウルトンさんが面倒くさそうにしながらも手当てをしていたので、生きてはいるだろう。多分。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ