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38 爆発

 負傷し、ハウルトンさんは慌てて後方へと飛び去り、杖で体を支えた。


「……まさか、全くの同時に、全く同じ部分に斬り付けてくるとは。技量を見誤っていたか」

「本当に……見誤っていましたよ。私たちを。油断し過ぎたのではないですか?」

「メリイさんの言う通りです。油断し過ぎですよ! いくら魔法が優れているとはいえ、ハウルトンさんは戦闘に慣れているわけではないでしょうに。あ、ひょっとしてその魔法、何か欠陥があるとか?」

「……確かに、不甲斐ない。だが、私の魔法に欠陥などあるはずがない。この魔法は、確かに操作の難度は高く、並の使い手では、展開するだけで思考の全てを占める事になるだろう。だが、私は違う。私が展開中に他の魔法を放つことがなかったのは、杖に不安があったからだ」


 ハウルトンさんは、指し示すように杖をこちらに向けた。見れば、その端には確かに浅い傷が刻まれている。最初に攻撃した時に出来たものだろう。


「お前たちの斬撃を受け止めた際、杖に不安が生まれた。そのために私は一つ魔法の展開に集中し、絶対の防御態勢を築いたと錯覚していたのだ。全て私の傲慢と慢心が故の事だ。魔法自体には、断じて欠陥など無い!」

「……必死ですね、言い訳に」

「ああ!?」

「おっと」


 俺はわざとらしく口に手を当てた。怒らせて、油断を誘おうとの考えである。


 しかし、ハウルトンさんはプライドを傷つけられたことに酷く苛立ったのか、怒りを隠すことなく杖を高く掲げた。


「いいだろう。試すのは、終わりだ。先の魔法を展開した上で、お前たちに引導を渡してやろう」


 そう言った途端、再び彼の周囲に暗黒の球体が纏わりつき、その身を固く防御した。また同じことをしなければならないのか。だが、しかし……。


「キサラギさん! 剣を」

「それがですね、メリイさん。残念ながら、在庫は無限じゃないんですよ。さっき殆ど使い果たしてしまって、あと四本しかありません」

「……ファイアレーザー!」

「ああっ、無言で切り替えないで下さいよ! サンダーレーザー!」


 二つ光線は中空で僅かに軌道を変え、球体が防ぐ隙間を狙ったが、しかし再び防がれた。球体にではない。ハウルトンさんが放った暗黒によってである。魔力の奔流が両者の中間で弾け、捻じ曲がり、消え去った。


「届かない……なら! メリイさん。なるべく沢山!」

「分かりました!」


 メリイさんが炎と雷の光弾を無数に浮かべ、無秩序に放っていく。それに対抗してハウルトンさんも暗黒を広く吐き出し、空間を侵食していく。光弾と暗黒は互いに互いを打ち消し合うが、しかし暗黒は、消失した部分を補う様に、曖昧な靄染みた形を広げ、直ちに穴を防いでしまう。


「これでは……。どうするのですかキサラギさん!」

「大丈夫ですよ」


 一見、前方は暗闇に覆われ、突破など不可能にも思えるが、しかし俺にはそれを可能にする方法があった。


 俺は視界を切り替えた。普段のものから、より魔力を意識したものへと視界を切り替えた。その瞳には、暗黒を通して一つの細い糸が見える。輝く魔力の糸が、俺の指先を伝い、先程傷付けたハウルトンさんの肌へと繋がっているのだ。


「一発で繋げることが出来るようになったのは、貴方のおかげですよ! 食らえ! サンダーレーザー!」


 指先に繋がる糸から、杖によって増幅された魔力が、雷の形を成して迸る。それはメリイさんが先程乱雑に開けた穴の内、今にも塞がりかけている一つを見事に通り抜け、確かにハウルトンさんを撃ち抜いた。


 かのように見えた。


「確かに、見事だ。だが、魔法も通じぬと言っただろうに」

「っ……!」


 必殺の筈の、隙間を見計らい狙い打った一撃は、しかし防がれた。あの球体による防御は依然、絶対で、一つだけでは突破不可能だという事なのか。

 その内に、消し切れぬ暗黒が迫り来て、俺は慌てて魔法を放った。


「くっ……色々拡散ボルトッ!」

「そう適当に詠唱するな! 技量が未熟だというのに雑に終えては、正しい威力も形も出んぞ!」

「ですが、キサラギさんの魔法は発動していますよ?」

「…………」


 俺の放ったよく分からない魔法が、暗闇に次々と穴を開け吹き払うのを、ハウルトンさんは非常に納得のいかない表情で見つめていた。しかし、すぐにかぶりを振って表情を改めた。


「……これでは、埒が明かんな。お前たちは私に傷を付ける事は出来ないだろうが、私もまた、手一杯だ。これを抱えたままでは、制圧可能な魔法の発動には、どうしても不安が残る。発動が失敗し、全ての魔法が一息に立ち消えてしまっては、元も子もない。故に……」


 ハウルトンさんは、両手で杖を握り、目を見開いた。


「先の魔力の繋がりを、私も学ぶことにしよう。しかし、単にお前と同じことをしたのでは芸も無く、また、簡単に防がれてしまうだろう。剣戟の間、鎧や盾の隙を狙うのには有効であろうが、しかし遠距離から放つのでは、普通の直線的な光線と何ら変わらんのだからな。お前には、切り払われてしまう。故に、防ぎようのない一撃を、与えよう」

「何をしようと……」

「末期に学べ。お前は魔導の真理をその身に受けるのだ」


 ハウルトンさんは目を血走らせ、虚空を真正面に見据えながら、何事かを読み取るように視線を忙しなく動かしていた。


「何か、不味いです……! 止めないと!」

「ええ!」


 俺たちは発動の邪魔を目論んで次々と魔法を放つが、しかしその何れもが球体に阻まれて届かない。どうにもあれは、自動的に発動者の身を守るように出来ている様である。


「……キサラギさん。残りの剣を、四本とも、私に預けてください」

「何故です? 出せますが」

「……私が、四本ごと、あの球体へ向けて飛び込みます」


 メリイさんが、覚悟を決めた顔でそう呟いた。


「剣先で触れれば、消滅させる数は稼げるでしょう。もし全ての剣が柄まで消えたとしても、この身を盾にすれば、キサラギさんが魔法を当てるだけの隙は生まれるはず。だから……」

「メリイさん……!」

「良いんです。私は、貴方のおかげでここまで来られた。自分だけの、夢を持てたんです。だから、絶対に、エインと父を、救ってくださいね」


 メリイさんは、悲壮な顔で優しく笑った。しかし、俺はその表情に気取られている暇は無かった。俺はその言葉に感嘆していたのである。


「その手があったか! 何でもっと早く言ってくれなかったんですか! うおおおおおお!」

「き、キサラギさん!?」


 俺は空間から四本の剣を鷲掴みにし、ハウルトンさんへと突っ込んだ。確かにその方法なら、少ない剣でも突破できる!


「食らえ! ええと……四本連続斬り!」

「キサラギさん! 名前が……! いえ、そうではなく、私が……!」


 俺は片手に二本ずつ剣を掴み、なるべく遠くから剣を振るった。確かに消えたのは剣先だけであり、余裕はまだ残っている。これなら残量は十分だ。


「……馬鹿め。真理だと、そう言っただろう。座標は見えた。私は今、確かに空間の究極を掴んだのだ。物質ではなく、魂の導きを捉えたのだ。全ての存在には固有の名がある。その名へ向けて、狙い打つのだ」


 ハウルトンさんが、虚空を見つめたまま、熱の籠った声で呟いた。


「……聞け、世界よ。言葉に、とは、梯、無限、な、紋生み、神、絶えざるかな! ……対象は、キョウジ・キサラギ!」

「っ!?」


 酷くノイズの掛かった、聞いたことの無い詠唱と共に、爆発的な魔力がハウルトンさんを中心に噴き出た。光景は陽炎の様に揺らぎを見せ、虚空は無秩序に捩じれ、曲がり、砕け始める。爆発的な、本当に爆発的な魔力の奔流が、ハウルトンさんへと収束していき……。


 というか、本当に爆発した。


 どがん! という破裂音が、俺の目の前に響き、弾けた。床が弾け、爆風によって瓦礫が巻き上がる。


「えっ何!? 何が起こったの!?」

「……失敗したんじゃねえの? 魔法」

「ハウルトンが……? まさか……」

「だ、大丈夫ですかっ!」


 メリイさんが、慌ただしく俺に駆け寄って来た。アリアさんとメロスさんも、一旦剣戟の手を止め、こちらを興味深そうに見つめている。至近で爆発を受けた俺もまた、その中心を、反射的に上げた腕の隙間から見つめた。


「は、ハウルトンさん……」


 土煙が落ち、姿が見え、俺は恐る恐る声をかけた。ハウルトンさんは、煤に塗れていた。全身から焼け焦げたように煙が上がり、フードも所々破れている。見るも無残な姿である。


「ざまあ、ないな……」


 ハウルトンさんは、自嘲するように呟いた。


「魔法は、成功したはずだった。ならば、考えられるのはただ一つだ。……お前、偽名を名乗っていたな。キョウジ・キサラギ。人懐っこい顔をして、その実、全てを欺いていたとは、とんだ食わせ物、いや、怪物か……」

「ええ……?」


 何を言っているんだ。俺の名前は正真正銘、如月恭司である。何を勘違いしているのだろう。本当は失敗したんじゃないだろうか。それを認めたくなくて、俺に責任をかぶせているんじゃないか?


「なっ、そ、んな……。嘘、だったんですか。キサラギさん……いえ、貴方は、私に嘘を吐いていたのですかっ!」

「ちょっと、どういう事よ! キサラギ……じゃない! 嘘吐き野郎!」

「ククク……まさか、お前が、そんな奴だったとは! 見直したぜキサラギ……! ククク、キサラギ! いい、偽名じゃねえか」


 ああもう、皆まで勘違いしている。そりゃあハウルトンさんが魔法を失敗するっていうのは考えられない事だが、だからって俺の方を疑うのか。……そりゃあ、経歴は怪しいし、色々世界の事情を知らなくて怪しく見られたこともあるし、ここらには見られない名前だけど……。


 いかん。考えれば考えるほど俺の方が怪しい。俺は誤解を解こうと思ったが、その前に、ある事に気が付いた。


「あっ、そうか。間違っていたんですよハウルトンさん。俺の名前は、如月恭司です。キョウジ・キサラギじゃないんですよ」

「……はあ? お前、以前はそう名乗っていただろう。わざわざ名前の方を呼べと……」

「それは、この地域での呼び方を知ったから、当地風に並べ替えたものでして……。実際は、キサラギ・キョウジなんです。姓と名前が逆なんですね。ちょっとやってみてくださいよ」


 そう言うと、ハウルトンさんは訝しげに、


「……あー、世界よ。キサラギ・キョウジに……ちょっとした水を」


 と唱えた。その途端、俺の全身がどこからともなく現れた水によってずぶ濡れになった。


「冷たっ! ……ね? これで嘘を吐いていないって分かったでしょう? 俺の名前は、正真正銘、如月恭司なんですよ。ハウルトンさんが失敗したのは、名前を間違ってしまったからなんですね。ドジですね。あはは」

「……は」


 ハウルトンさんは、水をかぶった俺をまじまじと見つめ、しばらく呆けたように目を丸くしていたが、やがて馬鹿馬鹿しそうに大口を開けて笑った。


「は、は、はははははは! こんな、こんな事で、失敗したというのか。私は、こんな事で、負けたというのか! はははははは!」

「ええ。ええ。そんな事で負けちゃいましたね。俺たちの勝ちですよメリイさん! やりましたね!」


 そう言って俺はメリイさんの手を取ったが、メリイさんは俺に冷たい視線を向けた。


「あれ? どうしました? 誤解は解けたじゃないですか」

「……私、聞いていませんでした。キサラギさんの名前が、キョウジさんだって事。……ハウルトンさんには教えていたのに、私には教えてくれなかったんですね。私は、ずっと、キョウジの方が姓だと思っていたんですよ」

「えっ、あっ、それは……」


 それは、あれだ。そりゃあ、如月恭司と、自己紹介の時点では姓名が逆になっていることも知らなかったので、そのまま言ったのだが、その後に訂正をしなかったのは……。


「そ、そりゃあ、あれですよ。何だかキサラギと呼ばれることに慣れてしまっていて、今更訂正するのもどうかなーと思ったんですよ」

「へえ? ハウルトンには名前の方だと教えていたのに? 随分仲が良いのね? 私よりも」

「う……」


 アリアさんが怒気を滲ませた顔で詰め寄ってくる。俺は何とか和ませようと口を開きかけたが、その前にハウルトンさんが愉快そうに言った。


「はは……。そうだ。私はキサラギと親しいのだ。お前たちよりもな」

「あ? 喧嘩売ってるのかしら」

「これだ。これではキサラギも落ち着けんだろう。お前は思慮深い人間の良識というものを分かっている。私に一番の信を置いたことは、正解だ」


 ハウルトンさんは明るい表情を浮かべて笑った。それをアリアさんが気に食わなさそうに睨んでいた。そしてメリイさんが、唇を尖らせて、拗ねたように言った。


「……別に、ハウルトンさんが一番の仲良しというわけではないと思います。一番仲が良かったら、誰よりも先にこっちに誘うはずです。……私より仲が良いとは、思いません」

「まあまあ、まあまあ」


 俺は何とか事態を納めようと三人の間に割って入った。それをメロスさんが、冷めた目で見つめていた。


「偽名じゃなかったのかよ……。つまんね……」


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