37 空間使いハウルトン
「先手必勝! 死になさい!」
「あっ、ちょっと!」
「アリアさん!」
アリアさんは俺たちが声をかける暇も無く、メロスさんに向かって突進し、神速の抜刀を仕掛けた。あれは本気の剣だ。殺さぬよう手加減しては勝てるはずもない相手と思っての事か。
しかし、メロスさんはその斬撃に対応し、弾いた。撃ち合った鉄音の共鳴が、残滓となって部屋に響く。
「おお、危ねえ。気が早えんだから……」
「貴方を殺すには時間を作らないことが一番よ。さっさと死になさい。そうして道を開けなさい」
「ふうん……。どうしたよ。あのうるせえ鈴は落としたか? 金鈴の名が響かねえぞ」
「私はもう、金鈴ではないわ。私は、ただのアリア。メリイとキサラギの剣、アリア!」
その声とともに、見えぬ剣戟が繰り広げられた。俺にはまるで見えないが、繋がるように響く鉄音だけが、その激しさを推し量らせる。それは最早、剣戟の音というよりかは、大軍同士の戦争そのもののように、激しく重く響いていた。
「「サンダーレーザー!」」
俺とメリイさんは援護のために機を図って魔法を放った。しかしそれは、無言で放たれたハウルトンさんの暗黒の光線によって対消滅し、届かない。その内に、メロスさんとアリアさんは一旦距離を取り、互いを睨み合った。
「チッ……だから初撃で決めたかったのに。防御に徹されると面倒だ……。嫌な所を見計らってくる。貴方ほど、剣に性格が顕れる者も無いわ」
「まあ、まあ。そう焦るなよ……。別に俺は、戦いに来たってわけじゃないんだ。いや、あんたは違うんだっけな。ハウルトン」
「何ですって?」
その声に、ハウルトンさんは物憂げに喉を鳴らした。
「お前が、邪魔をするものだからな。大人しく、切られてしまえばよかったものを」
「言いやがる……。俺が抑えなかったら、切られたのはあんただっていうのに……。苛立つなあ……ここで殺してやろうか……」
「ああ?」
「んだよ」
二人は勝手に剣呑な空気になっている。放っておけば、互いに潰し合ってくれるんじゃないだろうか。しかしそう見ていた俺の視線に気が付いたのか、ハウルトンさんは不満げにメロスさんから瞳を逸らし、溜息を吐いた。
「血の気が、多すぎる。理解が出来ない。そして、それはお前たちもそうだ。キサラギ、メリイ、アリア。お前たちは、何をしている?」
「何と言われても……見ての通り、反乱、革命ですよ」
「そう、です。私は、宰相、ギムデンを倒すために、ここに立っているのです」
「……馬鹿め」
ハウルトンさんは再び理解しがたいように頭を押さえながら溜息を吐いた。額の皴が深く刻まれている。瞳は憂う様にこちらを見下している。
「処刑の命令が出ての事だとは、分かる。メリイ、お前の出自、聞かされたぞ。皇帝の落胤とは、難儀な事だ。だが、それで何故反乱に及ぶ。理解が出来ん。掛ける熱量が、多すぎる。無駄だ。無意味だ。馬鹿だ。……だが、それでもまだ、理解はできる。一番度し難いのは、キサラギ、お前だ」
「俺ですか?」
「そうだ」
ハウルトンさんに指し示され、俺は驚いた。
「……お前はもっと、賢いと思っていたのだがな。無駄を無くし、無意味を省き、目的に向かって猛然と突き進む。真理の求道に相応しいその姿勢を、私は高く評価していたというのに」
「いやあ……照れますね」
俺は照れ臭く頭をかいた。メリイさんとアリアさんが咎めるように見つめてくる。
ハウルトンさんは、そんな俺を見て更に皴を深くして言った。
「評価していたからこそ、失望したのだ。お前は一体、何をしている? 無駄ではないか。安定した立場を放り投げ、わざわざ危険な道に行くとは、馬鹿だ、お前は。度し難い。私には、理解できない」
ハウルトンさんは固く言葉を噛み締めながら言った。それは苦渋を味わうようであり、或いは裏切られたような表情だった。
「……それで? 世間話をしに来たんじゃないんでしょう? 豚喰いメロスに、丸呑みハウルトン。相手にとって不足は無い。立ち塞がるというのなら、その首、落とさせてもらう」
「だから俺は良いっての……。ハウルトンが先だ。あいつ、理解できないってずっとぶつくさ呟いてやがるんだ……。ククク……弟子に裏切られた事が、そんなに衝撃だったかね……」
「うるさいぞメロス。私はただ、試そうと思っただけだ」
「試す……ですか?」
「そうだ」
そう言うと、ハウルトンさんは空間から長い長い杖を取り出した。見たことがない杖だ。杖先には丸く黒い結晶が取り付けられており、そこから延びる杖本体は銀色に輝いている。
俺が数多持つ、特別な効果の付与された、ごてごてとした装飾の杖とは違う、徹底的に無駄を削ぎ落としたような外見だ。あれが、本気の得物なのだろうか。
「私には、理解できない。お前の性質は、真理を目指すに驚嘆すべき姿勢を持っている。だからこそ、お前がこの道を選んだという事が興味深いのだ。この道が、無駄なのか、そうでないのか、私は試さなければならない」
そう言って、ハウルトンさんは俺に杖を向けた。俺は身構え、剣を構えたが、それは直ちに取り落とされた。暗黒の光弾が、根元から刀身を根こそぎ消し去って吹き飛ばしたのだ。
「キサラギさん!」
「だ、大丈夫……。傷は、無いですよ」
「大丈夫?」
ハウルトンさんは、呆れたように笑った。
「馬鹿め。私はお前を殺せたぞ。お前の目的の成就には、私との戦闘は無駄の極みだ。無駄を排すなら、私とは戦ってはならなかった。何せ、お前は私に勝てないのだからな。……その無駄を、どの様に排除するのか、私は興味がある。隔絶した実力を身に着けたか、戦闘を無意味にする奇策を思いついたか、それとも、全て私の買い被りだったのか……見せてみろ」
その言葉と共に、暗黒が放たれた。それは暗黒としか言いようがない、曖昧な、不確かなものだった。だが、それでも危険なのは理解できる。
俺は咄嗟に魔法を放ち、避けた。衝撃で対消滅するのは、先にも見たとおりである。
「話しても無駄そうだ。ここは倒すしかない。ウォーターレーザー、拡散!」
「甘い」
俺の放った水の魔法は、しかし暗黒を捉えなかった。暗黒はふよふよと不確かに浮いて魔法で捉えさせないでいる。仕方なく、俺は目の前に広がる暗黒へと、新たに剣を取り出し投げ捨てた。途端、暗闇は渦を巻き、剣を飲み込んで消え去った。
「それがお前の策か? 空間を、ただ倉庫としてしか使わんとは、嘆かわしいな。それでは早々に尽きるだろうに。折角の高級な品が、無駄になったぞ」
「なあに気取ってんのよハウルトン! こっちを無視するな!」
「おおっと……!」
アリアさんが苛立ち紛れに剣を振るったが、それはメロスさんに受け止められた。鍔迫りの音がぎりぎりと響き渡る。
「メロス……! 貴方、なんで味方してんのよ。さっきまで殺し合う寸前だったじゃないの」
「金」
「そういう奴だったわあんたは!」
ぎいんと剣と剣が響き合う。あれではアリアさんの援護は望めないだろう。しかし、こちらにはまだメリイさんが居るのだ。近接戦に持ち込めば、勝ち目はあるだろう。
「行けますか? メリイさん」
「勿論です」
そう言って、メリイさんは固く頷いた。しかし、ハウルトンさんはその考えを見越したように言った。
「対魔法使いにおける戦闘において、近接に持ち込むというのは最もよく知られた有効手段だ。だが、それを私が想定していないと? もしそう考えていたとしたら、馬鹿としか言いようがないな」
「言われちゃいましたよメリイさん! どうしましょう」
「私に聞かれても……。ただ、試さずにはいられないでしょう。最もよく知られているという事は、その対抗手段も容易ではないはずです」
「よしきた!」
俺たちは同時に駆け出した。この城内の戦闘量によって、俺たちの連携はそれはもう見事なものとなっている。魔法が放たれる前に距離を詰め、一瞬で斬撃を放つのだ。
しかし、ハウルトンさんは余裕の表情で杖を振るった。
「馬鹿だと、そう言ったのだがな」
ぐるりと回転した杖は、俺たちの剣を弾いて、たたらを踏ませた。しかしその足捌きが、次なる斬撃を生む姿勢となる。アリアさんから習った事だ。重心を移動させ、体全体を腕先に乗せるように、俺は剣を鋭く振るった。
しかしその剣は届かなかった。剣は中途から千切られたように消え去っていた。その先には、暗黒の球体が浮いている。それは、宝石を散りばめた巨大な首飾りの様に、数多もハウルトンさんに纏わりつき、防御の陣を敷いている。
「なあっ……」
「これも応用だ。剣も、魔法も、届かない。さあ、どうする」
「どうするも、こうするも……メリイさん! こっちに!」
「はい!」
俺はメリイさんが傍に寄るのを確認し、空間を開いた。常の様に剣一本を取り出すのではなく、大口に空間を開き、繋げた。揺らいだ空間の隙間から、数多の柄が覗いている。
「数には数で対抗するのみです! 使い捨てますよ、メリイさん!」
「良いんですか!? これ、かなりのお金が……」
「使いどころを見誤るなって、ハウルトンさんも言っていたじゃないですか。今がその時です!」
「……分かりました!」
俺たちは余裕の表情を見せるハウルトンさんと、その周囲に漂う暗黒の球体へ向け、次々に剣を変えながら斬撃を放った。輝かしい新品の、まだ何も切ったことのない高級な刃が、次々と暗黒に飲み込まれ折れていく。
「一つ一つに力を籠める必要はありません。大事なのは、速度です!」
「はい!」
言いながら、俺は素早く剣を持ち換えて球体を切っていく。段々と数も減っていくが、それでもハウルトンさんは余裕の表情を崩さず、何もしてこない。
中には特殊な効果を発動させる魔剣もあり、俺はその都度、炎や風を噴き出させながら剣を使い捨てていった。きっと何百何千の金貨の値が付く品なのだろうが、今はそんなことを気にしてはいられない。
「勿体なあああああい! ハウルトン! 今すぐその魔法を止めなさい! 貴重な剣が、全部消えちゃうじゃないの!」
「勿体ねええええええ! 今すぐ止めて大人しく切られろハウルトン! それ全部売ればどんだけの金になると思ってんだよ!」
後ろから二人が勝手な事を言ってくるが、ハウルトンさんはまるで構う様子も無い。その内に、二人は勝手に言い争いを始めた。
「……はあ? 剣は売るものじゃないわよ。鑑賞するか、使うものよ。美術品としての価値が理解できないとは、浅ましいわね」
「ああ? 剣なんてなんでもいいだろ。売れば金になるんなら、売っぱらった方がいいだろうが。それで剣も感謝するだろうよ。僕たちを売ったお金でブス女を買ってくれてありがとう! ……ってな」
「は? 殺す」
「あ? 殺す」
どがががと後方で起きていた剣戟の音が更に激しくなるが、構ってはいられない。あれはもう、怪物同士の決戦だ。怪獣と怪獣の争いであって、人間の戦いではない。入り込む隙間なんてないし、何より俺は目の前の事に集中しなければならないのだ。
必死に手を動かし続ける内に、ハウルトンさんの周囲に浮遊する球体の数は減り始めた。初めはそれこそ首飾りの様に連なっていた球体は、今や間隔を空け、こちらの剣へ向かい、急いで防御を展開するようになっている。
「数は減ってきている! これなら……!」
そして遂に、球体は残り一つとなった。メリイさんの斬撃に遅れ、俺が斬撃を放つ。メリイさんの剣は暗黒に吸われ跡形も無く消え去ったが、俺の剣は防がれることなく、ハウルトンさんへ向けて突き進んでいく。
「残念ですが、死んでくださいハウルトンさん!」
「……ふん」
ハウルトンさんは、俺の剣をまともに受けた。だが、感触が変だった。肉に触れた感覚ではない。まるで、途方も無く長大な壁を叩いているようだった。
その不可解さを証明するように、ハウルトンさんは倒れなかった。所か微塵も動くことなく、剣をローブの上に抑えている。メリイさんが続けて放った斬撃もまた、防がれた。柔らかな布音が、場違いに大人しく聞こえた。
「対策としては、有効だったと言っておこう。剣が一撃で使えなくなり、その一撃でも倒せぬというのならば、剣を変えるというのは正しい。しかし、私がその上で対策を講じていないと? まさか、常に纏うこのローブが、何ら機能を持たぬ単なる趣味であると、そう思っていたのかね」
「そう思っていました……。魔法使いっぽい服装が気に入っているものだと」
「馬鹿め。これは特級の防御兵装だ。お前たち程度の剣ならば、難なく防ぐ……っ!?」
ハウルトンさんの声は中途で途切れた。言っている間に切りつけた俺とメリイさんの剣が、その兵装とやらを切り裂いて、深くはないが、確かに肉に傷をつけたのである。




