36 元上司達の殺し合い
兵士の言葉に、俺たちは思わず顔を見合わせた。ロイスさんと、局の人達が? どういう事だ。まさか、この事態を予見していたとでもいうのか。
「アリアさん!」
「知らないわ! 私は、貴方たちに処刑の命令が出されたと聞いてから、ずっと一人で探していたんだもの。ずっと局には帰っていなかった。それが……ああ、もう! 不甲斐ないわね!」
ううん。どうするべきだ。ロイスさんは何を企んでいるんだ。普通に考えれば、反乱を予見して貴族を守り、その恩を売ってさらに高い地位を目指すと考えられるが、あの人はそんな人だろうか。わざわざ貴族に媚びを売るくらいなら、自分で俺たちの首を持って皇帝と交渉するぐらいはするだろう。
「……とにかく、先に進むしかありません。あの人たちが敵となるなら、打ち砕くまででしょう」
「そうですねメリイさん。その通りです」
言いながら、しかし俺は冷や汗を流していた。あの人たちが敵になるという事は、ずっと前から頭の中にはあったが、土壇場でそれを突き付けられてしまうと、どうにも尻込みしてしまう。
何せ、俺はあの人たちの隔絶した実力をよくよく知り尽くしているのだ。メロスさんも、ハウルトンさんも、ギルベットさんも、並の魔法使い、並の騎士とはかけ離れた実力者だ。その刃と殺気がこちらに向けられると考えただけで、足に震えが宿る。
しかし、メリイさんの言う通りだ。やらなければいけないのだ。俺は震えを打ち消すように強く床を踏んで走った。
広い城内を最速の経路で走り続けるうちに、何時しか後続の足は途切れ、俺達だけで相手に対処することになっていた。兵士たちの動揺もこの段階になると薄れ、俺たちは度々戦闘を繰り返しながら進んでいた。
「ああ、もう! 邪魔っ! どきなさいよ! こっちはなるべく殺さない方針なのに!」
「殺すつもりはありません! 逃げたいのなら逃げてください! 後の判断も、貴方たちに咎を背負わせはしないでしょう!」
「さあ、今一人が倒れたぞ! 彼は苦しみながら倒れた。今すぐ治療すれば問題ないが、放っておけば死ぬだろう。お前たちが助けなかったせいで彼は死ぬんだ。そしてお前たちも、助けなかったから助けられない! それを聞いた上で立ち向かってくるのか。仲間を見殺しにした後で、苦しんで苦しんでそして死ぬんだお前たちは!」
「キサラギさん! そう怯えさせないでくださいよ!」
「ごめん」
しかし言われるまでも無く俺は口を噤んだ。どうにも、熱狂した多数相手には脅しは通じないようである。彼らは皇帝の為と、最上の名分を背に剣を握り、反乱者という最高の敵に向け振るうのだ。彼らの目には正義が宿っている。この階には、実に立派な兵士が揃っている。
「本当に、立派ですね。皇帝に思うところはあるでしょうに、それでも国のため戦おうとしている。こちらに与した兵士さんも、よくよく考えた上で行動したんでしょうが、こっちだって立派に働いている。好感が持てますね」
「言っている場合ですか……っ!?」
その時、メリイさんの頭へ向け、短剣が三つ飛んできた。それを俺は撃ち落し、飛来した方向を見た。
「……キサラギ」
「ザブザさん! じゃない。ザブザ!」
そこには、かつて俺の上司だった、ザブザが立っていた。彼はかつてのような黒ずくめの、いかにも反社会的な組織のボスといった格好ではなく、まるで貴族のような赤金の装飾に彩られた服装で立っていた。
「……あれは、確か、キサラギさんが属していた犯罪結社の……」
「そう。俺の元上司です」
「つまり、殺していい相手って事ね」
アリアさんはザブザを睨みつけ剣を構えるが、しかし兵士に邪魔された。なるべく殺さないように、というメリイさんの言葉もあって、彼女は中々不慣れに戦闘を運んでいるようだ。
しかし、兵士たちもまた、ザブザを見て不快気に眉をひそめた。
「ザブザか……。遅れやがって。その上、貴族気取りかよ。ふざけやがって……」
「美味しいところだけを持っていくつもりか? クソッ……」
「あんな奴と一緒に戦わなければならないのか……? 姫様を殺せば、あいつが上に立つというのか……」
兵士たちからの評判はすこぶる悪いようで、攻撃の手が若干弱まった。ここまで嫌われているとは、少し胸がすく。ざまあみろ。
ザブザは苛立ちを露にしつつ、激しく言った。
「お前のせいで、俺はとんだ遠回りだ。あのまま上手く行ってれば、俺は既に貴族共と靴を並べていたってのに、お前のせいで、まだ、こうしてこき使われている」
「文句は俺の方が言いたい! 俺を利用して、勝手に俺の名前を使って! ちっぽけな恨みだ。それに、まるで似合ってないよその服装。服に着られている。性根を直さなきゃ、外面を着飾っても無意味って事だ」
「……殺す。お前ら、囲め」
その声と共に、部屋の隅から音も無く黒服の人々が姿を現した。彼らは一様に短剣を手にし、こちらに狙いを定めてゆっくりと歩を進めてくる。その中には、ギールさんもいた。彼はザブザの隣で無表情に俺を見つめていた。
「お前ら、ここで終わりだ。不甲斐ない兵士共の代わりに、俺たちがお前らを殺す。そうすれば、俺たちの地位は貴族に列する。お前らの首を持って、何も出来なかった兵士共を、貴族共を、俺の下に位置付けてやるのさ。既に、この部屋には俺の全戦力が配置されている。……おい、ギール」
「…………」
ギールさんが、ザブザに失った短剣の代わりとして、一本の長剣を手渡した。きらきらと輝く金色の剣だ。奴はそれを見て満足そうに笑った。
「見ろ、この黄金の剣を。これは、お前が裏切らなければ、俺が手にしていたはずの剣だ。最大の対抗勢力を潰し、その名も、財も、全て俺のものにするはずだった。だからこれは、俺の未来だ。お前を殺して、俺は輝かしい未来に進むんだ」
「あれは……」
俺はその剣に見覚えがあった。ギルベットさんと一緒に犯罪組織を潰した際、そのボスが壁に掛けていた黄金の剣に違いない。それを何故ザブザが持っているんだ。
「権力というものは素晴らしい。権力さえあれば、手に入れられぬものなど無いんだ。あいつが殺されたと聞いて、俺は悔しかったよ。何せ、お前が殺しにかかわったというじゃないか。俺の獲物を、また、お前が邪魔した。だから、この剣でお前を殺してやるのさ。……なあ?」
ザブザは隣に立つギールさんに向け、獰猛な笑みを浮かべた。ギールさんは何も言わず、沈黙を保ったままこちらを見つめていた。その間にも兵士の攻撃は続き、黒服たちの輪は狭まっていく。その背後にも数多の黒服たちが待機しており、対処すべき敵の膨大さに苛立ってくる。
どうしてギールさんは何も言わないんだ。裏切るという話は、どこに行ったんだ。邪魔をするって話だったじゃないか。まさか、嘘なのか。全部嘘で、その実俺達を追い詰めようとしていたのか。
「ギールさん……!」
「ん? どうした。命乞いか? そう言えば、お前が結社に来たのも、ギールが切っ掛けだったな。おい、ギール。かつての部下に向けて、笑ってやれよ。馬鹿だってな」
ギールさんは、何も言わない。彼はただ静かに戦況を見つめている。しかし、不意に瞳を細め、不快気に呟いた。
「……何が、未来だよ」
「ああ?」
「何が、権力だ。何が、黄金の剣だ。そんなもの、下らねえと、笑っていたのがお前だっただろうが」
ギールさんはつかつかと歩み出て、黒色の輪をぐるりと見渡した。
「それに、何だこの黒ずくめは。統一して、兵士気取りか? 馬鹿が。ガキのおままごとにしか見えねえよ。キサラギの言う通りさ。性根が腐ってやがるから、外面を取り繕っても、中身が溢れる。滑稽だよ。俺も、お前も」
「ああ? 何だ、その言い草」
「分からねえか? ぶっ殺してやるって言ってんだよザブザぁあああ!」
その声とともに、輪が反転した。彼らは後方に待機していた仲間たちへ向け、剣を振るった。そして、後方からも剣劇の音、呻き声、悲鳴が響き始めた。
「ちょっと、これ、どういう事?」
「ギールさんは、裏切っていなかったってことです! いや、ザブザを裏切っているんですけど、俺は裏切っていなかった!」
「そういう事は先に言っておいて下さい!」
「ごめん。忘れていました」
瞬く間に戦況は一変した。ギールさんと協力者たちは、生まれた困惑を巧みに突き、次々と黒服を切り倒していった。
「てめえっ! 何の真似だ。裏切りやがったのか!」
「先に裏切ったのはてめえの方だろうが!」
ギールさんは巧みに両手の短剣を使い、ザブザを切りつけていく。対してザブザの方は長剣の扱いに慣れていないようで、防御の姿勢も不格好だ。まるでなっていない。
しかし、いかんせん数が多い。ギールさんが手数で攻め立てようとするのを、殺到する部下たちに阻まれて、戦闘は膠着を見せている。これでは時間がかかりそうだ。他の協力者たちも数自体は半数も占めておらず、隅から溢れ出んとしている黒服たちの対処が遅れている。
「おい、キサラギ! 悪かったな。どうしても、最後まで見極めたかったのさ」
ギールさんが、戦闘の最中そう叫んだ。
「だが、結果はこの通りだ。ザブザはもう、クソッタレになっちまった。だから、殺してやる。そうしなきゃ気が済まねえ。お前たちもさっさとここから先に行け! 兵士も、馬鹿な部下たちも、俺たちがきっちり殺しておいてやる!」
「ほざくなああああ!」
「てめえこそほざくな! 下手くそめ! そんなんだから娼婦にも下手糞って笑われんだ。てめえお気に入りの娼館を見つけるのに俺がどれだけ苦労したと思っているんだ!」
「それを、言うな!」
「……仲良いわね」
「ですねー」
言いながら、俺たちは言われた通り、兵士たちを置いて先を急いだ。剣戟の隙間を潜り抜け、階段を昇る。その時メリイさんが、一瞬だけ振り返って叫んだ。
「ありがとうございます! 皆様方の協力、必ず後に知らしめましょう!」
そう言われ、ギールさんたちは笑った。
「へっ……姫さんが、俺達を褒めてるよ。高貴なお口で」
「俺達を? すげえな。気分が悪くなってきた。吐きそうだぜ」
「勘違いすんなよ! 俺たちは俺たちのために戦ってんだ。姫さんのためじゃねえよ。さっさと去りな!」
彼らは口々に罵声交じりに言葉を返した。それを受けて、メリイさんは頷き、言われた通りに先を急いだ。そして俺もまた、それを追いかけながら叫んだ。
「ギールさん、死なないで下さいよ! 貴方には、捕まる権利があるって話していたじゃないですか!」
「言われなくても! 俺の分の牢屋を開けとけって、そう言っておけよ!」
無数に響き合う剣戟の音は、走り抜ける間に小さくなっていき、遂には城内を包み込む戦乱の内に紛れ、判別することは出来なくなっていった。
階段を昇り、時には下り、広大な城内の探索を進める度に、広がる騒乱の音は深く大きくなっていく。一方で、俺たちが相手する兵士たちの数はどんどん少なくなっており、それが何か、異様な雰囲気を醸し出していた。
「明らかにおかしいわよ。奥に進むごとに数が減るなんて、普通逆じゃない? 貴族たちが居るんでしょう? 自分の身の安全を第一に考えるんじゃなくって?」
「そうですね。何か、おかしい。見て下さい、あれ」
と、俺は壁面の一部を指差した。美しい白色の壁に、醜い刀傷が刻まれている。
「争った跡です。それも、ごく最近の。あんな目立つ場所に傷を残しておくなんて、有り得るんでしょうか」
「ありえないわ。この過剰な内装を見ても分かるでしょう。体面、外装を気にするものなのよ王侯貴族っていうのは」
「だとすれば、私達より先に、誰かが侵入を……?」
俺たちはまだ見ぬ謎の侵入者について頭を悩ませながら進んだ。全く、局の人達がいるかもしれないってのに、これ以上不確定要素を増やすんじゃない。
「いや、こうは考えられませんか?」
俺は思いついて言った。
「あれはもしかしたら、局の騎士の人達が付けたんじゃないですか。メロスさんとかなら、こういう場所を嫌いそうです。かっとなって、壁の一つでも壊してしまう事もありそうでしょう」
「それは……」
「その通りだぜ……キサラギ」
不意に聞こえたその声に、俺たちは直ちに身を固めて剣を構えた。
「よお……随分、威勢がいいじゃねえか……。あれか、今起きてる騒ぎは、お前たちの仕業って事かい?」
「……どうやら、そのようだな」
「メロスさん……! それに、ハウルトンさんまで!」
声がした方向、先の道に、立ち塞がるようにして立っていたのは、メロスさんだった。その隣にはハウルトンさんも居る。メロスさんはにやにやと笑みを浮かべて、ハウルトンさんは仏頂面で、俺たちを見つめていた。




