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35 決行の日

 帝都の朝は早い。陽の昇る前から商店は明かりを灯し、慌ただしく開店の準備を始める。市には寝ぼけ眼の市民が溢れ、即席の屋台を組み上げていく。ここ数日は見られなくなったが、普段なら冒険者たちも重い装備を身に纏いつつ、城壁の外へと繰り出していくのが常だった。


 その当然の朝を、いつもと代わり映えのない朝の風景を、俺は違う心境で見つめていた。内心に秘めるは反乱の意志であり、腰に吊るすは反乱の剣である。絶対と、そう思わされていたものへの挑戦を胸に、人々は一つの建物に集まっていた。


 広い一室は焦れったい熱気で満ちていた。皇城近く、レイチェルさん邸宅は、一見見窄らしいぼろ屋に見えながら、その実反乱勢力の一つ拠点である。その中には絢爛な衣服を身纏った貴族の姿も見えている。


 既得権力層にも脈が渡っているのは、それほどまでに現状が耐え難いからなのか、それともこの機に更なる権力を見込んでの事なのか、俺にはどちらでも良かった。


 重要なのは今であって、今後ではない。それを考えるのはマクニトさんやレイチェルさんであって、或いはその意志があるならメリイさんであって、俺ではないのだ。俺はただ、切り続け、走り続ける事を考えれば良い。


 窓外を眺めていた俺は、熱気が静かに収まっていくのを感じ、視線を室内へと向けた。見れば、剣鎧を身に纏った人々の視線の先には、壇上に現れたメリイさんが居る。彼女は微塵も緊張も動揺も見せず口を開いた。


「ありがとうございます」彼女は第一に感謝の言葉を口にした。


「短い期間で、こんなにも、この場に集まってくれて、ありがとうございます。そのことに対して、まずは感謝を。そして、謝罪をしたく思います」


 メリイさんは恭しく礼をした。その姿は堂に入ったもので、誰の目にも高貴であるように見えただろう。


「……皆さん、知ってはおりますでしょうが、私には反乱の意思自体は無いのです。国を憂慮する気持ちも、皆様方ほどに強くはない。私はただ、父と弟を守りたい。それだけなのです。それは、酷く個人的な願いで、国と比較しては余りにちっぽけに過ぎますでしょう」


 人々は、静かにメリイさんの言葉を聞いていた。その瞳に失望の色は無い。皆、あらかじめ知ってはいるのだ。その上でここに集まっている。


「ですが、その願いは、皆様方の協力なしには叶えられません。私の願いは、皆様方の願いの結実と不可分のものなのです。故に、私はここに居るのです。……故に、私は皆様の旗印となりましょう。求められるままに、皆様の姫となりましょう。安穏とした、戦場を知らぬ、神輿の姫でなく、剣を手に取り立ち向かう反乱の姫として、皆様と共に戦うのです」


 真剣な、熱のこもった視線が、形を持つかと錯覚するばかりに集まっている。メリイさんはそれを真正面から受け止めながら、あくまでふてぶてしく自分の言葉を語った。


「それがこの私、メリイ・アルスリンドの血の役目だというのなら、私はそれを受け入れます。義務でも、責任としてでもなく、それを利用するために。私が貴方たちを利用するように、貴方たちもまた、私を存分に利用してください。そのために、私は今、ここに立っているのです」


 歓喜の声は、無かった。決起を新たにする怒号もまた無かった。しかし彼らは一様に重々しく頷いて、メリイさんに首を垂れた。それは確かに臣下たる振舞いであり、それを受け止め、受け入れるメリイさんの振舞いもまた、皇帝たるに相応しいものと見えた。


「……そして、最後に。なるべく、人を殺さないで下さい。彼らに罪はないのですから。罪はただ、怠惰な皇帝と、奸臣のギムデンのみにあるのです。無理な願いと、分かってはいますが、それでも……」


 そう言って、メリイさんは壇上を降りた。


「……あの子、変わったわね」


 アリアさんが、感慨深げにそう呟いた。


「前はもっと、おどおどとして、自身なさげだったっていうのに、今は、あれよ。別人みたいだわ。まるで、そう、まるで……」

「皇帝みたいですか? 実物は見たことないですけれど」


 俺がそう言うと、アリアさんはふんと嘆息して言った。


「実物は、あんなもんじゃないわよ。今の皇帝は、皇帝じゃないわ。寝ているだけ。全て傍の臣下たちに任せっきり。あんなに強くなんてない。まあ、だからこそ、彼らはメリイに仕える先を見出しているのかもしれない。私だって、ときめいてしまったもの。彼女の剣となる事に」

「成る程ー……」

「ねえ、キサラギ。メリイは、全てが終わった後、どうするのかしら」

「どう、とは?」

「今の様子を見て、相応しいと私は思う。あの子は背負うことが出来ている。そして、背負いたいとも思っているんじゃないかしら。貴方は義務も責任も否定したけれど、他ならぬメリイが、それを背負いたいと思ったなら……」


 ちらと、アリアさんは俺を見た。まさか、心配しているのだろうか。俺が見境なくそれを否定する、生粋の反乱者に見えているのだろうか。


「その時は応援しますよ!? 決まっているでしょう。メリイさんが本当にやりたいと思ったなら、それを応援してあげるのが友人ってものです」

「そ。なら良かったわ……。いや、疑ってたわけじゃ無いのよ? ただ、少し心配になっちゃって……」

「どういう目で見られていたんですか俺は……」


 俺は窓辺にもたれ、外の声を聴いた。市場には人々が出入りし始め、ざわめきと賑わいが刻々と増し続けている。出立の時間は近い。血の流れる光景は、近い。

 俺は少しだけ緊張していた。




「先陣を切るのは、君たちだ。姫様には先陣を切ってもらわなければならない。我々はその背中を追いかけ、迫りくる敵を排除し、君たちが進む道を固めよう。なあに、心配いらない。奴らは油断している。走り続ける事を念頭に置くならば、一番先頭は、一番後方に比べ、戦闘の機会も少ないだろうね」


 マクニトさんは、常の陽気な様子も潜め、真剣な表情で作戦を説明した。侵入経路や同時侵攻や内応やら、複雑な作戦が張り巡らされているようだが、俺達には関係ない。

 俺たちは、先導と旗印として、突っ走り続ければいいだけだ。それで一気にギムデンを打ち取れれば最高である。文句なしだ。犠牲も少なく終えることが出来る。


「とにかく、頼んだよ。姫様についていけるのは、君と、金鈴くらいしかいない。また、付いていくわけにもいけないんだ。今後の事を考えた上で、余計な権力争いをこの場に差し込んではならない。恥ずかしいことにね。そのために、どこにも属していない君たちが、姫様をただ一人の英雄としてくれ」


 レイチェルさんは、マクニトさんと同じく真剣な表情を浮かべて言った。そして、マクニト三が俺の肩を叩いた。


「特に、キサラギ君。頼むよ。英雄には、伝説が必要だ。救国の伝説が……。決して命を取られぬよう、また、なるべく腕や足も切り飛ばされないよう、君が守ってくれ。頼む」

「言われなくても、そのつもりです」

「なら、いいんだ。安心できる」

「……この期に及んで、君たちに責任を負わせることを、不甲斐なく思うよ」


 レイチェルさんはそう言ったが、しかし、それだけ分かってもらえていれば、十分だ。


「大丈夫ですよ。気にしないで下さい。俺がそれを果たすように、レイチェルさんも、マクニトさんも、自分ってものをちゃんと果たして下さいね」

「……言われなくても、そうするつもりさ」

「勿論! マクニト・ローガンの名にかけてね」


 そう言って、俺達は握手を交わした。


 俺たちは、静かに配置された場所へと動いた。皇城は陽気な日差しを受け、暢気に揚々と聳えている。門前に立つ門番たちは、槍を持ちながら眠たげな欠伸さえ浮かべており、その士気の低さは明らかだ。誰も今、この瞬間が、落城の日とは考えていない。ギムデンでさえ枕を高くして眠っている事だろう。


 約束の時刻まで、あと僅か。その時、メリイさんが呟く様に言った。


「キサラギさん。ありがとうございます。ここまで付き合ってくれて……。本来貴方には、まるで関係のない事だというのに」

「それは言わないで下さいよ。俺は、俺がやりたいからここに居るんですから。メリイさんと同じです。いや、それ以上です。誰にも縛られず、自分の意思で、メリイさんの手伝いをしたいと思ったんですよ」

「それでも私は、貴方にありがとうと、そう言いたかったんです。……全部、貴方が居たから、ここまで来られた。貴方が居なければ、私は、きっと逃げ出していたでしょう。或いは、流されるまま、ここに立っていたかもしれません。どちらにせよ、私は、私の意思で戦うことは無かった。隣にも、誰もいなかったはずです。それを変えてくれたのは、違う景色を見せてくれたのは、キサラギさん、貴方のおかげです」


 メリイさんは、瞳を伏せながらそう語った。口元には、照れくさそうな微笑みが浮かべられている。


「昨日の夜、言いかけたこと、今話します。私は、私もエインのように救ってくれるのかと、聞こうとしたんですよ。でも……私はね、キサラギさん。貴方のおかげで、とっくに救われていたんですよ。……だから、エインも、救ってあげてくださいね」


 黄金の瞳が、優しく細められて、俺を見つめた。俺はその瞳に吸い込まれるような気持になったが、しかし、どうしても言わなければならないことがあった。


「……メリイさん。そう言う事はね、全部終わってから話すもんですよ。そういうのはね、死んじゃいますから」

「えっ……。し……死ぬ?」

「ええ。そういうのはね、一般に死の危険を高めまくるんですよ。ほら、この戦いが終わったら結婚するんだーとか、そう言った兵士がどれだけ故郷に帰れたと思ってるんですか。だからそういうのは不用意に言わない方が……」


 言いかけたところで、ばしんと俺の背中が叩かれた。


「キサラギぃ。貴方ねえ、折角メリイが言ってくれてるんだから、茶化さないの!」

「いや、茶化すとかじゃなくてですね、俺は本気で……」

「もう、照れちゃって!」


 また、背中が叩かれた。俺は仕方なく口を噤んだ。本当に本気で言ったんだが。


 メリイさんはくすくすと可笑しそうに笑っている。緊張感がまるでないように見える。しかし、俺もまた、この会話で緊張が薄れていた。俺だって、体を固くしていたのだ。それが和らいだ。


「……まあ、とにかく、終わったら、また、アリアさんとも、そしてエイン君とも一緒に遊びに行きましょうか。なんだか喫茶店にも長らく行っていないような気がします」

「それは、とても、いいですね。エインはきっと、喜ぶでしょう。そのためにも、行かなければなりません」


 その時、遠くから発破の音が聞こえた。合図だ。俺たちは互いを見合い、駆けだした。後方から、幾多もの足音が続く。門番の表情が、疑問から困惑、驚愕に変わる。

 革命の時は来た。


「さあ、さあ、どきなさい! 門ごと切り裂くぞっ!」


 アリアさんはその言葉通り、慌てて門を守るように槍先を突き付けたその穂先ごと、固く大きい鋼鉄の門を切り裂いた。一瞬の内にばらばらに崩れた門は、侵入者たちによってがらがらと踏みにじられていく。


 城内は静かだった。広々とした内庭には端も草木も咲き乱れ、泉が洋々と水を湛えている。その奥に聳えるのが皇帝の居城である。石造りの外壁は堅牢に見えるが、しかし防御の担い手となる兵士たちは、こちらを確認し、慌てて武器を手に取る有様だ。その隙に俺たちは一気に城内を駆け上がっていく。


「ま、待てっ! ここを皇帝の……」

「邪魔っ!」


 果敢に立ち塞がった兵士を一息に切り飛ばし、俺たちはあくまで走り続けた。戦闘は後ろに任せればいい。俺たちに求められるのは、最速で道を切り開き、可能ならばそのまま敵を打ち取る事である。


「っ! ふっ! はあっ!」

「サンダーボルト! ボルト! ボルト! ボルトッ!」

「そんなに魔法を使うな! キサラギ、魔力は温存して、剣だけでやりなさい!」

「分かりました!」


 ひゅうひゅうと繰り返される呼吸は軽い。思った以上に消耗を軽くできている。兵士たちは目に見えて狼狽えており、俺たちは戦うまでも無くその隙間を通り抜けていく。


「何故、貴族共が……。いや、あいつは確か、処刑されたはずでは……」

「姫……! 処刑の命令を、恨んで……!」

「騎士団はまだか……」

「ザブザの奴はどうした! あいつらは便利に使ってもいいと、そう言われて……!」

「どうして俺が登城している日に……! ただでさえ、あいつらが来て忙しいってのに……」

「騎士団はまだか……」

「逃げるな、戦え! 剣を持て、魔法を打て! どうして、打たないんだ!」

「聞いていないぞっ! どうしてこんな事に……!」

「騎士団はまだか……!」

「騎士団は何故来ないんだ……!」

「騎士団は、まだ来ないのか!?」


 城内は騒然として、その足並みもまるで揃わずにいる。中には逃げ出そうとする兵士たちも少なくはない。しかし、国を守ろうとする意志を持った兵士たちも多く、そういう人たちは仲間を引き連れる事も諦め、ただ一人で立ち塞がったりした。


「メリイ様! 皇帝に連なる血筋でありながら、刃を向けるとは、無礼な! 皇帝の慈悲を忘れたか!」

「それを実感しているから進むのです!」

「どのような理由にせよ、ここで剣を振るう事は許さん!」


 兵士は俺たちの行く手を阻む様に、盾を構え、防御を固めている。その隙に他の兵士たちも寄り来て集まり、一つの塊を成した。これは走り抜けるには厄介かと、俺は剣を抜こうとして、しかしその必要は無くなった。その内の一人が後方から仲間を切りつけたのである。


「っずううっ……!? 何故、お前が……。お前、まさか、裏切って……!」

「いや、そんな話は聞いていない。俺は今、考えたのだ」


その兵士が、騒然とする仲間たちへ向けて叫んだ。


「よく考えろお前たち! これは絶好の機会だろう。皇帝は、無能だ。それを支える宰相は腐れ外道だ! 俺たちの本懐とは何だ。国を守る事だろう! ならば、腐った頭を守ることは、国を裏切る行為に他ならない!」

「う……」


 固まっていた兵士たちの剣が、あからさまに鈍った。下の方まで侮辱の言葉が受け止められているとは、どこまで信を失っていたのだろうか。


「先へ進んでくださいメリイ様! 帝国の進退は今、貴方に掛かっている! 皇帝を、宰相を、この国から除くのです!」

「ありがとう!」


 俺たちは礼もそこそこに先を急いだ。しかし、その兵士が最後に賭けた言葉に、俺は振り向かざるを得なかった。


「それと、お気を付けて! 何故かは知りませんが、あの、ロイス・コ―カリウスが、人被り共を連れて、この城に駐留しています! その為に我々は、普段の配置も変更されていたのです。彼らは今、上層階で貴族たちの護衛についているのです!」

「何だって……!?」


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