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34 革命前夜 4

 アリアさんから繰り出される斬撃は、まさに絶技と言わざるを得ないもので、俺は咄嗟に死を覚悟したが、その前に腕が動いた。経験と習慣によって無意識に伸ばされた剣は、辛くもアリアさんの剣を弾き、歪んだ鉄音を響かせるに至った。


「ああああああもう! 何で大人しく切られないのよ!」

「切られたら死ぬじゃないですか! まずは話を聞いて下さいよ!」

「死なないわよ! 気絶させるだけ! 気絶して、局に連れ帰った後、ゆっくりと聞いてあげる!」


 アリアさんは息つく暇も無く斬撃を繰り出してくる。その全てが絶命に至らせる必殺の一撃である。切り、払い、突き、縦横無尽に空間を切り裂いて追い詰めてくるが、しかし俺は何とか捌くことが出来ていた。


「ああもう! 無駄に上手くなっちゃって! こんな事なら教えるんじゃなかった!」

「ありがとうございます!」

「褒めてないっ! いや、褒めてるけど、違うのっ!」


 確かに俺の腕もそこそこの域までは到達したが、しかし、それ以上に俺が対抗できているのは、アリアさんの剣が定まっていないという事に理由があるだろう。


 その斬撃は必殺であるが、普段のアリアさんなら、その必殺を防がれた上でなお、相手の首を切り飛ばす。防がれた剣さえ切り裂いて、その剣の軌道上には何物をも置かせない。暴力的なまでの実力差が、相手に抵抗の無意味を押し付けるのだ。


 だが、今のアリアさんにはそれがない。所か、自分から剣を下げているようなきらいがある。こちらを慮っているのか、しかしそれにしては、アリアさんの苛立ちは本心からのものに見える。


「止めて下さい」


 と、メリイさんが俺たちの間に立った。その顔には困惑も躊躇いも無い。剣を握る手は固く、微塵の動揺さえ見られない。瞳は射殺すように冷たくアリアさんを捉えている。


「アリアさん……。一人で、私たちを処刑しに来たのですか。ならば、こちらも向かわなければなりません。話を聞かぬというのなら、その首、切り飛ばしましょう」

「……メリイ。本気、か」


 その瞳を受けて、アリアさんは表情を変えた。それまでの感情を露にしたものから、鋭く冷たい、殺意を静かに漂わせるそれに。

 アリアさんはふう、と息を吐いて、冷たく言った。


「……一応、話というのを聞いておきましょうか。キサラギはともかく、メリイが本気なら、私も本気でやらなくちゃいけなくなる。そして本気なら、貴方たちが私に勝てるはずがない。首が繋がっている内に話しなさい。私が一人で来て、幸運だったね」

「……キサラギさん。お願いします。……その隙に、他の人達は、危ないので下がってください」

「はい。……聞こえましたか? 今すぐ奥の方に隠れていてください! 間違っても顔なんか覗かせないでくださいよ! 助太刀なんてもっての外ですからね!」


 悲鳴交じりのざわめきが、後方へと過ぎ去っていく。これは俺とメリイさんの問題だ。


 メリイさんとアリアさんが、剣を構えながら、互いを睨み合うその最中に、俺はこれまでの事情を語った。不審な動き。辿り着いた名前から浮かび上がった陰謀。メリイさんの出生の秘密。展開される騎士団。つまりは反乱を志す理由と、何故処刑命令が出たのかの説明である。


「……とまあ、そう言う事で、俺達には立ち向かう理由があったんです。どうですか? アリアさんが協力してくれれば百人力、怖いもの無しなんですが」


 アリアさんは、俺の話を黙って聞いていた。鋭く睨みつける瞳は変わらず、剣先もまた、こちらを狙い続けている。

 と、その時、俺の目の前で鉄音が激しく響き渡った。俺には何も見えなかったが、メリイさんとアリアさんが剣を振り終えていた。今の一瞬で、斬撃が交差したのか。


「……何が、反乱よ。メリイ、今の剣は、私のに対応するので精一杯だった。目では見えていても、体がそれに追いつかなかった。そして、キサラギ。貴方は見えてすらいなかった。……その程度で反乱だなんて、良く言えたな」


 ぞっとするような冷たい響きが放たれた。その瞬間に幾度もの閃光が目の前に輝いて散っていった。メリイさんは額から脂汗を流しながら腕を振るうが、その腕捌きは、次第にほんの僅かではあるが緩慢なものへと変わっていく。


「そら、腕が痺れている。防いだからと言って、無傷ってわけじゃない。蓄積しているでしょう。斬撃の重さ、斬撃の痛みが、疲れになる。もう私は、首だって狙える」

「……っ!」


 メリイさんの喉元に、剣が突き付けられた。メリイさんは動きを止め、喉に伸びる刀身とそれを握るアリアさんを睨みつけている。しかし、誰の目にも決着は明らかである。


「無理よ。貴方たちには、無理。大人しく戻って来なさい。私が取り成してあげる。もしダメだったら、一緒に逃げましょう」

「そういうわけには、いかないんですよっ」


 俺は剣を抜きアリアさんの剣へと斬撃を放った。同時に雷と水の魔法を放つ。一つでも相手に当たれば、込めた魔力が導線となり、必殺の一撃を叩き込める。

 しかしアリアさんはその全てを剣で切った。剣を、そして魔法を、切ったのだ。俺は愕然とした。これ程までなのか。これ程までに、この人の実力は行き着いているのか。


「……分からない。逃げればいいじゃない。メリイは、まだ分かるわよ。だけどキサラギ、貴方には、戦う理由なんてないじゃないの。私に切られると思わなかったの? 実力差は分かっているでしょう。なのに、何で……」

「そりゃあ俺には、責任も義務もありませんよ。ですけどねえ……!」

「っ! 見苦しい!」


 拡散する光線をアリアさんは撃ち落し、同時に仕掛けた俺とメリイさんの斬撃を、二つ同時に切り裂いた。中途に折られた剣先が、からからと音を立てて床に転がった。


「……キサラギ。私は聞いていたのよ。今日、必死に探し回っていた貴方が、暢気に街を歩いて、エイン君とぶらぶらしているのをね。その時に言った一言、自分が、神から使わされたって、まさか本気で思っているわけじゃないでしょうね? 貴方程度が、神選の勇者を気取っていて? その為に、貴方は不道徳と戦うと? ……馬鹿馬鹿しい」


 聞かれていたのか。何時から居た? 気が付かなかった。だが、そんなことはどうでも良いんだ。


「俺だって馬鹿馬鹿しいと思いますよ。俺は、俺を勇者だなんて思いません。気取ろうとも思っていませんよ」


 言いながら、俺はハウルトンさんから習った空間魔法から、新しい剣を取り出しメリイさんに投げた。メリイさんは頷いて、静かに正眼の構えを取った。俺もまた、新しい剣を握り、再びアリアさんに対峙した。


「なら何故私に剣を向ける。そうやって、また、剣を向ける。無意味よ。まるで無意味。勝てるはずのない相手に立ち向かうだなんて、馬鹿よ」

「なら貴方は立ち向かわないんですか!」

「…………何を」

「俺は、嫌なんですよ。自分の周りに、自分が嫌なものが転がっていることが。そりゃあ伝説の勇者みたいに、全部を救ってみんな幸せにしたいなんて考えていませんよ。ですけどねえ、周りにあるもの位は、良くしたいじゃないですか。幸福を願いたいじゃないですか!」


 アリアさんは、動揺したように剣先を震わせた。その僅かな揺れに向け果敢に剣を打ち込むが、しかし絶対の実力差は覆しようがなく、惨めに弾かれた。


「っ! 善とか、悪とかじゃなくて、それはエゴなんですよ。俺はね、ずっと自由に居たいんです。自由に、思うままに、自分の生き方を通したいんですよ。自分でも馬鹿だとは思っています。傲慢でしょう。一番傲慢なのは俺なんです。嘲笑を浴びせて下さって結構。ですけどね、それが俺なんですよ。義務だの、責任だの、道理だの、理由だの、そんなものは邪魔だ。俺が一番嫌うものだ。俺は、俺が思う通りに生きたいんです!」

「……私だって、同じです」


 メリイさんがそう呟いた。


「私がそうしたいから、そうしている。それはきっと、醜いとも言えるでしょう。……ですが、それは本心なんです。誰だって、自分の思いを無視することは出来ない。そのために、私は立ち向かうんです」

「……それは、私が相手であっても? 金鈴の……いえ、実力の差が明らかな相手であっても、命を賭してまで」

「当然でしょうが!」


 その言葉に、アリアさんが、今度は明確に剣を揺らした。唇を嚙み締めて、眩しいものでも見たように瞳を細めている。その隙に、俺たちは再び仕掛けた。斬撃と魔法とが全くの同時に飛来する。


「サンダーストーム! ファイアストーム!」

「何かもうしっちゃかめっちゃかレーザー!」


 混沌とした魔力と会心の斬撃が一挙に帰来し、アリアさんは目を見開くも、しかしすぐに瞳を冷徹に鋭くさせた。一息の間に魔法が刈り取られていく。


 その剣技は、一種の舞踊のようだった。流麗に、美しく、殺戮の刃が奏でられ、立ち向かうものを尽く切断していく。たたらを踏むように足が幾度も地面を離れる。離れる度に剣は縦横無尽に弧を描く。遂には全てを打ち落とし、そうして何度目となるだろうか、再び俺たちは剣を突き付けられた。


「……まだ、ですよ。まだ、私たちは」

「ええそうですともメリイさん。今見ました。足ですよ。足捌きが重要なんです。また一つ、覚えました。勝ちますよ」


 俺たちは顔を見合わせ不敵に笑った。まだ、負けてない。なら勝てる。負けていないなら勝てる。

 しかしアリアさんは、そんな俺たちを見て、ふっと薄く笑った。そうして宙を仰いで剣を納めた。


「ああ、もう。……負けたわ」

「……え?」

「負けたと、そう言っているのよ。何度も言わせないで頂戴」


 そう言ってアリアさんは、本当に降参するように両腕を上げた。どうやら本当にこれ以上戦うつもりは無いようである。


「それはまた……どうして」

「憧れちゃった。私は、貴方たちが好きになっちゃったの」


 子供みたいね、とアリアさんは、少しだけ悔しそうに、そしてそれ以上に満足げに笑った。


「私はね、金鈴と呼ばれているけど、何者でもないのよ。金鈴は、そう呼ばれるように仕向けただけ。ちゃらちゃらこんなものを付けて、自分を誇示したかったのよ。私は、何者でもないから」


 アリアさんは、柄に付けられた見事な黄金の鈴を撫でながら言った。


「キサラギ。以前、私の母国で私が人気だったとか、その他にも色々と、自慢話をしていたじゃない。あれは、嘘よ。そんな母国なんて、私には無いわ。私は普通の、捨てられた子供だったのよ。剣が上手かったから、ロイスさんに拾われて、働いている。それだけ。自慢できるような過去なんて、私には何もない」

「だから、私は、私が欲しかった。誰もが羨むような私に成りたかった。裏で犯罪者の首を刈るだけの私じゃなくて、もっと華々しい、英雄譚に語られるような私に。……でも、それなら簡単よ。世界の脅威は、あるんだもの。……魔王。魔王を殺しに行けば、私は英雄になれる」


「魔王」……その言葉が出て、俺は思わず身を固くした。世界の脅威。俺が倒すべきだと言われているもの。……しかし、今の実力からしたら、もしかしたらアリアさんなら、倒せるんじゃないだろうか。勇者にしか倒せないとは言うが、伝説というのは往々にして誇張されるものだ。


 しかしアリアさんは、あくまで自分を罵倒するように言った。


「でもね、勇気が、出なかった。私はね、この帝都から、出たことがないの。生まれてからずっと、城壁の中で暮らしていた。だから、怖かった。知らない世界に一人で飛び込むなんて、怖かった。立ち向かえなかった。私より強い存在に、剣を向けるなんて、怖くてできなかった。だから、勇者にしか倒せないからって、言い訳してたの。自分の力は、もっと他に使うべきだって。そんなもの、どこにあるのかしらね」


 アリアさんは嘲笑を浮かべ、自身の腕を撫でた。


「私の腕が、泣いているわ。ここまで磨き上げたのに、私は、私を、上手く使ってあげられない。だから、貴方たちが眩しかった。私より弱いのに、私に立ち向かおうとする貴方たちが、綺麗に見えた。私は子供だったのよ。言い訳ばかりしていた子供。だからメロスの奴が嫌いだったのよ。あいつは、人の隠したい所を、率先して暴いてくるから。……だけど、分かったわ。貴方たちに教えられた。私はいい加減、歩み出すべきだ」


 そう言って、アリアさんは、柄に付けられた金鈴を引き千切り、厭う様に、愛おしむ様に見つめながら、それを落とした。そして俺たちに跪き、手を差し出した。


「私の力を使うべき場所は、ここだと思う。だから、もし、よければ……何者でもないアリアが、貴方たちの剣となりましょう」


 俺はメリイさんを見た。メリイさんは俺を見ていなかった。彼女は静かに頷いて、アリアさんの手を取った。


「勿論です、アリアさん。貴方の助けが、私には必要です」

「……良かった」


 そうしてアリアさんは、子供のように笑った。


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