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33 革命前夜 3

「お前……キサラギじゃねえか。こんな所で何やってるんだ」

「何をやっているのかって、聞きたいのはこっちですよ!」

「いや、俺の方が聞きたいぞ! お前、指名手配されているはずだろう。なに暢気に遊んでいやがるんだ。それも、皇子とだなんて……」


 ギールさんは頭を抱えた。俺だって困惑はしているんだが。


「で、どうするんです? 戦いますか。俺は負けませんよ。前より強くなりました。幾らギールさんが相手とは言え、負けませんよ」

「……いや、いい」


 ギールさんはそう言って、呆気なく短剣を懐に仕舞った。その表情にはまるでやる気が感じられない。後から隙をついて刺そうという気も無さそうである。


「こんな仕事で必死になって戦っても仕方がねえんだよ。下らない、呆れた、ふざけた仕事だよ。クソッ。ザブザの奴め。騙しやがって。何が、俺たちが支配者になる、だ。下らない。国の走狗に成り下がりやがって……」


 ギールさんはぶつぶつと不満げに罵った。どうやら彼は、本心からギムデンとザブザに協力しているわけではないらしい。


「何があったんですか? 捕まったはずでしょう」

「形だけさ。すぐに幹部格は全員出所させられた。そして言われたのさ。俺たちの結社は、本当は国に通じていると。そのために結社を拡大させていたのだと。そして、これからはより直接的に連携して働くんだとよ。……ああ、あの顔。お前にも見せてやりたかった。あの、権力欲に溺れた、つまらねえ男の顔をな」


 ギールさんは悔しそうに頭を掻き毟りながら、鬱憤を吐き出すように罵倒を繰り返した。


「何が、財だ。何が権力だ。俺たちが付いていった男は、もっとギラギラとした男の筈だった。あんな、下らねえ、貴族みてえな形をしやがって。馬鹿らしい。あのギムデンとかいう女も、下らねえ。こんなことに俺達を使い走りやがって。見下しやがって」

「……それは、もしかしたら、多くの幹部の人が思っている事ですか?」

「当たり前だ! 俺たちは、なんだ。あれだ。矜持なんてものを今更語ろうとは思わねえが、それでも嫌なんだよ。貴族共のために働く? 国の裏で、国のために働く? 馬鹿馬鹿しい! あの高慢ちきの野郎どもを、ぶっ飛ばしてやるのが、生まれも育ちもスラム街の、見下され続けた俺たちの本懐だったはずなんだ」


 それは本心から語っているようだった。少なくともギールさんは、使われるだけの現状に嫌悪の念を抱いている。

 ならば、俺には魅力的な提案ができるだろう。


「ギールさん。俺にも話したいことがあるんですが……」


 それから俺は、国に反乱を計画していることを語った。ギムデンを取り除き、国を暗躍する奸臣を一掃する計画を語った。

 ギールさんは当初、酷く驚いて「正気か」と何度も繰り返した。しかし、事が同じく処刑された貴族や、冒険者、騎士団と詳らかに進んでいくと、その表情には困惑が薄れていき、代わりに打算を働かせる神妙なものとなっていった。


「……確かに、気に入らない今を打ち砕くには、お前たちが起こす混乱に乗じるのが一番だろうな。ザブザの野郎は、きっと動くだろう。この機会に自分の存在を知らしめて、より高い地位に上ろうとするだろうな。その横っ面を殴り飛ばせたら、そりゃあ爽快だろうよ」

「なら……」

「だが、貴族共と一緒に動くのは気に入らねえ。いくら元とはいえ、それでも貴族は貴族だ。奴らだって、そのつもりなんだろう? だから戦おうとするんだ。俺達とは、根本から性根が合わねえよ」


 俺はその言葉に落胆しかけた。しかしギールさんは続けて言った。


「だから、協力はしねえ。だが……勝手に俺たちがザブザを邪魔するってことはあるだろうよ。手が空いたら、気に入らねえギムデンをぶっ飛ばす手伝いだってするかもしれねえ。内密に声をかけてやる」

「本当ですか!」

「なあに、これは単に損得の問題だ。俺たちは、お前たちを利用して得をするのさ。息苦しい地位から、解放されるんだ。その後は逮捕なりなんなりするがいいさ。こちとら何度も逮捕されて、その度にクソッたれの権力で釈放されて、もう嫌になってんだよ。悪党なら、獄中で死ぬことも、首切られるのも覚悟しなきゃならねえってのに、あいつは、ザブザは、その覚悟を失いやがったんだ。だから、俺が豚箱にぶち込まれるのは、俺の立派な権利なのさ」


 彼は誇るようにそう言った。


「……で、何時になるんだ? その決行の日は」

「ああ、それは明日です」

「明日ぁっ!? お、お前、急すぎるだろ……。いや、待て。処刑命令が出てから計画を始めたって言ってたよな? 今日でまだ三日目だぞ? 三日でお前、ここまで進めたっていうのかよ……」

「まあ、はい。こういうのは速度が重要だと思いまして。それで……無理ですかね。流石に急すぎて」


 俺がそう言うと、ギールさんはむっとした顔をして嘆息し、


「舐めるんじゃねえよ。そりゃあ国の組織はしがらみに縛られてちんたらするだろうが、俺達は咄嗟の事態には慣れているんだ。どうするか、どうしたら良いのか。迷っていたら死ぬ。そういう世界で生きてきたんだ。幹部格のあいつらだって、迫られればすぐに判断を下すだろうよ。寧ろ、時間が短い方が気取られねえで済む。気取られたとしても、対処の時間もねえや。何せ明日がその日なんだからな」

「なら、よろしくお願いしますね」

「こっちは勝手にやるから、襲われねえ限りは手え出して来るなって、言っておけよ!」


 そう言って、ギールさんは慌ただしく走り去っていった。これでまた、戦力が増えた。どこまで信頼できるかは分からないが、相手の邪魔になる事だけは確かだろう。




 俺は息を切らして夜道を走り、ツーリガンの本拠地に飛び込んだ。中ではマクニトさんとレイチェルさんが中心になって、反乱の意思を持つ人々を集め、翌日の計画を吟味している。その中へ俺は、今日あったことを話した。


「ザブザ、という奴の部下たちが反乱を起こしてくれると。それはありがたい。何せ幾ら準備しても戦力が過剰であるということは無いのだ。いやあ、流石キサラギさんだ! まさかそのような伝手があったとは!」

「エイン皇子の話による、応じるであろう人々の事も興味深いね。それなら余計な血を流さずに済む。……っていうか、よく君皇子と会えたね!? なんで皇子が下町を歩いているんだ。訳が分からない。そして、君が今日遊び歩いていたというのも分からないよ……」


 俺によってもたらされた情報に、計画には修正が入り、突入の経路も時刻も若干の修正が図られることになった。マクニトさんもレイチェルさんも熱の入った表情で、喜ばし気に図面を引いていたが、その一方でザッドさんは死にそうな顔をして手を動かしていた。


「ようやく、ようやく完成したと思ってたのに……。突然になって条件の変更が……。うう、思い出してはいけないことを思い出す……。というか今やってる……」

「頑張ってください、ザッドさん」

「頑張ってるよ! 馬鹿!」


 殆ど叫び声に近い罵声に追い出されるようにして、俺は会議の場を後にした。元より俺が役に立つことは無いのだ。後は放っておいて、当日、俺たちの役割を聞こう。

 それよりも、俺はメリイさんを探していた。今日あったことは、どうしても彼女に話さなければならない事だった。


 探し人は、窓辺に座っていた。メリイさんは星を見ていた。都市の夜空は人工の光に明るく、ぼんやりとした紫色を浮かべているが、それでも幾つかの星々は、負けず強い輝きを放っている。

 その中でも月は、地球のそれとは違う真っ青な冷たい輝きで、夜空の王の様に浮かんでいた。


「メリイさん」

「ん……? あ、キサラギさん」


 メリイさんはこちらに気が付くと、長い金髪をふわりと舞わせながら、振り返って微笑んだ。その表情は柔らかく、明日へ向け、緊張しているようには見えない。


「良かったです。メリイさんがガチガチになっていたら、どうしたものかと思っていましたよ」

「私だって、もう覚悟はできているんですよ」メリイさんは、瞳を細めて言った。「自分がやりたい事が何か、ようやく分かったんです。だから、一生懸命、やり遂げる覚悟です」

「そりゃあ、良かった」


 俺は隣に立って星を眺めた。地球のそれとはまるで異なる夜空が、地球と同じように高く清々しく広がっている。思えば随分遠くまで来たものだ。いきなり別の世界にやって来て、色々転々として、遂には国を揺るがすことになっている。生活の基盤とは、どこへ行ったのやら。


「メリイさん。今日俺は、エイン君と会いました」

「えっ……」


 メリイさんは驚いて、夜空から目を離した。俺は続けて言った。


「あの子は、メリイさんを心配していましたよ。何でこんなことに関わるんだって。自分なんか助けなくていいって。自分には、助かる資格なんてないと」

「……それは、どういう」

「エイン君は、女の子だったんですよ。弟じゃなくて、妹だったんです。ずっと嘘を吐いていたと、自分を卑下していました」

「…………」


 メリイさんは、何も言わなかった。俺は彼女を見なかった。考える時間が必要だろうから。

 しかしメリイさんは、すぐに力強く言った。


「なら、余計助けなきゃ、いけないでしょう。……私は、あの子を、幸福な子だと思っていました。両親に愛された子供だと。……でも、違ったのですね。私は、恥じるばかりです。そして、だからこそ、私はエインを、助けてあげたい」

「それは、貴方が姉だから?」

「姉であるというのも勿論ありますが……関係ありません。私は、エインを、幸せにしたい。その思いだけです。……キサラギさんだって、そうなんじゃないですか? 何もしなかった、なんてことは無いでしょう。貴方は、そういう人です。私に言ったように、力強く、言ったはずですよ」

「まあ、その通りです。言ってやりましたよ。俺を信じろってね。それで、笑われちゃって。でも、信じてくれたようです」


 メリイさんは、その言葉にくすくすと笑った。


「あはは……。信じろ、ですか。キサラギさんを。それは、笑うでしょうね。そんな事を真面目に言う人ですか、貴方は。意外です。でも……それはきっと、救いになったでしょうね」


 メリイさんは、笑みを残したままゆったりと窓辺にもたれた。夜の明るさに、瞳が、髪が、静かにきらきらと黄金に輝いていて、綺麗だった。


「……私は、それを、羨ましいと思います。ねえ、キサラギさん。もし私が……」


 メリイさんが、唇をゆっくりと動かして、何かを言おうとしていた。俺はそれを静かに見つめていた。

 その時、建物全体を揺るがす衝撃と共に、扉ごと壁を吹き飛ばす轟音が聞こえた。


「なっ……なんですかっ!?」

「襲撃かっ!」


 どこから情報が漏れた? やはり不用意に外出することは避けるべきだったか。反省する。しかし反省は後でじっくりやろう。今は襲撃に対処することを先決するべきだ。レイチェルさんやマクニトさんなど、戦えない人たちを守ることに専念しなければ。


 俺たちは直ちに腰の剣を確かめた。大丈夫だ。狭い室内だが、その上でも振るう術は心得ている。相手の人数をまずは知りたい。多ければ、そう大量に入っては来れないはずだ。問題は、精鋭が、頭脳となっている人たちを優先的に狙ってきた場合だ。一刻も早く片付けなければならない。


 俺はメリイさんを見た。メリイさんは準備を完了しているようで、冷徹な凛々しい表情をこちらに向けている。


「キサラギさん。傷の具合は?」

「言い忘れていましたが、エイン君に治して貰いました。何でもメリイさんの雷に同じく、回復の腕が皇帝の血族たる証明だそうで」

「あの子が……それを人に見せたんですか。……分かりました。では、戦えますね」


 その言葉に俺は頷き、入り口に向け走り出した。が、ふとして耳慣れた声が聞こえ、俺は侵入者の姿に目を見開いた。


「きいいいいいいさらぎいいいいいい! ここに居るのは分かってんのよ! さっさとキサラギを出しなさいよ! 折角気絶させるだけにしてやってんのよ!」

「あっ、アリアさんだ」


 俺たちが階段を下りて向かった先で、護衛の人達を相手に激しい剣気を振り撒いていたのは、つい先日まで同僚だったアリアさんだった。


「ああっ! キサラギぃぃぃいいい! メリイも! 貴方たち、何やってんのよ!」

「すごく怒ってる」

「怒るに決まってるでしょうがあああ!」


 しゃりん、とアリアさんが振るう剣に合わせ、鈴の音色が美しく響いた。


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