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30 策を練る

 朝早く、俺は薄汚いスラムの広場に居た。椅子と机で即席の壇を作り、その上に立っていた。眼下には無数の冒険者たちが不思議そうな顔で、或いは不満げな眠たげな顔で俺を睨んでいる。


「言われた通り、伝手を使って集められるだけは集めてきたぜ。それでも少ない方だが……。何をやるって言うんだよ」

「まあ、見ててくださいよ」


 俺はドレッドさんと会話しながら、どやどやとざわめき立つ群衆へ向けて言った。


「今日は集まってくれてありがとうごさいます! 俺の名前はご存じでしょう。裏切り者、盗人、金持ちと散々に噂される、キサラギです。よろしく!」

「最近じゃあ人被りっても呼ばれているぞ」

「俺は魔人って聞いたぜ」

「首狩りだ……」


 酷い言葉が飛んでくるが、しかし、俺が指名手配をされているという話は出てこない。どうやら内密な命令らしく、一般にまでは届いていないようだ。


「今日集まってもらったのは、他でもありません。俺から皆さんへ向け依頼をしたいのです。それも、とびっきり条件の良い依頼を。ドレッドさん!」

「あいよ」


 俺の声に応じて、ドレッドさんが机の上に重たい袋を乗せた。どすんと机が揺れ、中身がジャラジャラと音を立てる。それを五つほど乗せた後、彼は一つの中身を露にした。口を縛っていた紐が解かれ、中から無数の金貨がジャラジャラと音を立てて漏れ出した。


「きっ、金貨……! それも、こんなに大量に……!」

「そう! 金貨です。それも、この場にあるだけではありません。五つの袋だけではなく、それ以上を貴方たちへの依頼に当てようというのです」


 生唾を呑んで、キラキラと輝く黄金の山に目を見開いている群衆に向け、俺はとどめに懐から真っ白に光り輝く白金貨を取り出した。


「見ての通り、俺は金を持っている。詐欺をしようというのではありません。見せ金でもない。これは確かに貴方たちに支払われる。どうですか? 気になるでしょう? 俺が何を依頼しようというのか!」

「さっさと言えよ! 何を依頼するって言うんだ」

「ドラゴン退治なんて受けねえぞ。こちとら地下水路のネズミだけで手一杯なんだ」


 繰り出される資産の量に高まる熱狂とは裏腹に、彼らは自分たちの力量を理解して、警戒を深めている様である。しかし、一方でやはり目の前に積み重なる黄金の輝きには目を奪われているようで、今にも手を伸ばして掴み掛ってきそうだ。

 その前に、俺は安心させるために柔らかく笑って、言った。


「なあに、簡単な仕事ですよ。本当に簡単な、仕事とも呼べない仕事です。貴方たちには、単に……働かないでいただきたいだけなんですよ」


 沈黙が、場を包んだ。誰も彼もが絶句して、俺の言った言葉を飲み込めないでいる。

 その沈黙へ向け、俺は畳みかけるように言った。


「依頼内容は単純です。一日、こちらの言う通りに働かないだけで金貨一枚を支給しましょう。更に、名前を残してくれた方には、翌日には二枚。さらに次の日には三枚と支給します! パーティー単位ではなく、個人単位で支払います。本当に、何もしなくていいんです。何もせずに金貨を手に入れることが出来るのです。銅貨三十枚くらいで一日の食事が賄えるのですから、これは普段の稼ぎを無しにしても、十分お釣りがくるでしょう?」


 沈黙、沈黙、沈黙、である。人々は困惑を極め、互いに視線を投げかけ合っている。疑っているのだろう。「話が出来過ぎている」そんな呟きが無数に聞こえる。「あいつに何の得があるんだ」その呟きには、こう答えよう。


「すぐに分かることになるでしょう。俺がなぜ貴方たちを、こんな都合のいい条件で雇ったのか。俺には思惑があり、そのために貴方たちを利用しようとしている。それが不満なら受けずにいても構いませんが、しかし金貨一枚を得られるという条件を前にして、みすみす手ぶらで帰るというのですか?」


 その声に、冒険者たちは更に思い悩むような顔を見せた。しかし、前よりは確かに金貨へ向ける視線の方が多くなっている。どんなに陰謀が含まれているとは言えども、一日に金貨一枚というのは、破格だ。冒険者の大半を占める銅、鉄等級は当然として、中流である銀等級の冒険者もまた、一日で稼げる額ではないのだ。


 そして、白金等級は世界でも数えるほどしかいなく、この帝国には現在いない。唯一一日の稼ぎが金貨一枚を超えるのは金等級の冒険者であるが、そこは端から対象に含もうとは考えていない。


「俺が何を考えているのか、貴方たちには関係のない事でしょう。貴方たちは、一日、何もしないだけでも金貨が貰える。その金で装備を整えるなり、酒を飲んだり、博打にでも娼館にでも遊びに使っても何でもいい。ただ、俺から頼みたいのは、働かないでいてほしいという事だけなんです」


 俺は自らが呈した条件の自由さを表現するように、大きく腕を広げて眼下に語った。「何が目的なんだ」その呟きには、残念ながら答えられない。


 何故なら、俺の目的とは、騎士団を動けなくすることなのだ。


 都市外縁に展開される騎士団は、俺たちが目論む反乱を潰す一手の一つである。彼らは処刑命令が出た俺とメリイさんを逃さぬために展開されているが、内部で反乱が発生すれば、その戦力を直ちに都市へと向けるだろう。内部にいるよりかはマシとはいえ、その戦力は依然脅威である。


 しかし、外にいなければならない、という状況は都合がいい。城壁の外にいるという事は、自然彼らは魔物の襲撃に合う事になる。今までは冒険者たちの活動によって、彼らの手を煩わせるまでも無く刈り取られていたが、しかし、それが途絶えればどうなるだろう。


 俺は、直ちに魔物の対処に追われ、反乱にも対処が出来なくなるとは考えていない。寧ろ、彼らは手練れであり、魔物への対応も手早くやってのけるだろう。


 しかし、疑念は生まれるはずだ。「なぜ急に冒険者たちが現れなくなったのか?」事情に詳しくない彼らは、疑うに違いない。魔物の討伐において、そういう、狩りをしない時期なのか。それとも、自分たちが陰謀にかけられているのか。


 疑念は団結の分裂を生み、そして無視できぬ仕事の増加は戦力の分裂を生む。その上、冒険者たちの仕事は外の魔物討伐だけではない。先にも言われた、都市地下水路に住み着く魔物、薬草などの採集、遠方の村に現れた魔物の討伐。大量の依頼が、一見暇しているように見える騎士団へ向け流れ出る。


 あの、高潔に見えた騎士団長、オーウェンなら、これら依頼を無下に断るということは無いだろう。元より奇妙な命令に不信感を抱いていたようなので、これを機に戦力を動かすに違いない。


 しかし、それで全てが上手く行くとも考えていない。相手を無能と侮り、自分の考えが全て上手く行くとは考えてはならないのだ。


 予想では、数日だ。数日で騎士団は慣れるだろう。依頼の対処をしながら、戦力を保持できるに至るまでの日数を、俺は一週間以下の数日間と見積もった。ロイスさんの局長としての有能さから、規模は違うが、同じく長としての立場と考え、その日数を見積もった。


 だが、それだけで十分だ。俺に必要なのは、たった数日の猶予だ。数日、依頼の奔流に騎士団の対処が慣れ、戦力を保持したまま新たな状況に慣れるまでの数日間を、俺はこの依頼で確保したい。その間に全てを終わらせる。


 だから、重要なのは、とにかく多くの冒険者たちを働かなくすることである。数が重要なのだ。質ではない。金や銀等級の冒険者たちは、端からそんなこまごまとした依頼は受けない。対象となるのは、銅や鉄といった、都市近郊で生業を行う人々である。この人たちを動けなくすること、それが俺の目的だ。


 その為に、溜め込んだ金が役に立った。元々俺が金を溜め込んでいるという事は噂になっており、実際に預けているギルド職員の口からも、その金額の莫大さは漏れ出ていたことだろう。だから、彼らは俺が金を持っているという事を疑わない。寧ろ、その金に引き寄せられて、目を爛々と輝かせている。


「さあどうですか? 早い者勝ちという事はありませんよ。後でも先でも、一日に金貨一枚! 二日で三枚、三日で六枚! 毎日この場所で、このドレッドさんが受付してくれます。一日金貨一枚。変わりません。何に使っても構わないのです。ただ、働かずにいてくれば!」

「じゃ、じゃあ、俺……」


 一人が群衆の中から進み出て、おずおずと金貨を手に取り、名簿に名前を書いた。それを見て、俺はにっこりと笑った。


「ありがとうございます。早速一人、依頼を受けてくれましたね。後の枚数は数え切らないほどに在ります。どうかご友人やお仲間にもこのことを話していただきたい!」

「ああ。呼んでくるつもりだ。こんなうまい話他にねえからな!」


 そう言って、彼は足繫く去って行った。その途端、人々は欲望に瞳をぎらつかせ、我先に金貨へ手を伸ばした。


「待って待って! 金貨は一人一枚! 名簿にも名前を書いて下さい。それだけで明日以降手に入る金貨の数が変わるんですよ! 急いで争って、みすみす手に入る数を減らそうというのですか!」


 俺は熱狂を見せる群衆を落ち着けるため、頭上にごく小規模の空間魔法を生み出した。杖を振るい足元に投げ出されたその暗黒の小球体は、地面に当たった途端渦を巻き、土を丸く抉り取った。


「ま、丸呑み……!」

「あの、丸呑みの奴の技……!」

「その通り。俺を殺して金貨全てを奪ってやろうなどとは、考えない事です。いいですか? 貴方たちは、本当に何もせずとも金貨を得ることが出来るのです。一日一枚、二日で三枚、三日で六枚! 戦う必要はない。働く必要さえないのです。無駄なことはしないようにしましょうよ。ねえ」


 俺は再び杖先に空間魔法の球体を生み出し、それを突き付けながら語った。それが効いたようで、冒険者たちは意外なほど大人しく列をなし、名簿に名前を書き、金貨を受け取っていった。




「良かったのかよ。こんな事に金を使って」


 人が人を呼んで数時間の受付の後、早速遊びに出た冒険者たちを見送り続け、すっかり閑散とした広場で、ドレッドさんがそう言った。


「依頼内容が果たされるとは限らねえぞ。金を受け取って、その足で魔物討伐に出る奴だっているだろう。泡銭と考えて、堅実な生活を続ける賢い奴らだ」

「そんな人は少ないでしょう」俺は今日散々目にした冒険者という人となりについて思い返しながら言った。「堅実な生活がしたいなら、冒険者なんてやりませんよ。せめて犯罪組織には属しているはずです。それ以上に自由で、少なくとも憲兵には追われない、安穏な生活を欲した人たちが、冒険者という人種です」

「そりゃあ、まあ、そうだな……」

「それに、もし今日魔物討伐に出かけたとしても、すぐに馬鹿らしくなるでしょうよ。一日懸命に働いて、命の危険まで味わって、手に入る金は、何もしなくてもいいと渡された金を大幅に下回っているのですから。明日には、外に出ようと考える冒険者は、片手で数えられるほどになるでしょうね」


 そう話しながら片づけをしている時、十数の冒険者たちが広場にやってきた。彼らを見て、俺も親し気に手を上げた。


「やっ、旦那。盛況で。目的は果たせましたかい?」

「ええ。殆ど完璧に」

「そりゃあ良かったぜ。こっちも慣れない仕事をした甲斐があったってもんよ」


 そう言って俺と握手を交わすのは、最初に金貨を受け取った冒険者である。


「本当に、お前は」ドレッドさんが感嘆するように言った。「最初に受け取るやつを、先んじて用意して、紛れ込ませておくとは、大した悪党だよ」

「当たり前でしょう。こういう場にサクラを紛れさせておくのは常識ですよ」


 そうなのだ。俺は先んじてドレッドさんを通じ、信頼がおけると判断された冒険者たちを雇っていた。それは単にサクラを務めてもらうだけではない。混乱が予想される受付を、俺の代わりにやってもらおうというのである。


「しかし、良いのかい? 俺たちが金を持ち逃げするとは考えねえのか」

「持ち逃げしたら、貴方たちは追われますよ。それも憲兵にじゃない。同じ冒険者たちにです。確実に手に入る報酬が、もう明日も手に入ると疑わないでいる報酬が、持ち逃げされたんです。法とかじゃなく、恨みで以て貴方たちを追い詰めるでしょう。……そして、貴方たちはその危険をよく分かっている。だから頼んだんじゃないですか。信頼しているんですよ」

「へっ。予防策を十分に張った信頼か。結構だ。何か考えがあるんだろう? そんだけ考えているなら、大丈夫だろうよ」

「だと、いいんですがね……」


 打てる手立ては、全て打った。後は決行を待つだけだ。城に突入し、ギムデン・ユーベックの首を取る。やるからには、上手くやらなければならない。


 俺は暗くなり始めた空を見つつ、明日を思った。明後日が、予定の日だ。覚悟はできている。しかしその前に、気力を溜め込まなければならない。


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