28 メルテストのマクニト
「始めは冗談だと思ったものさ。テロリストだなんて、馬鹿げている。そんなものがまだこの帝国にあったなんて、驚きだ。だが、奴らは正真正銘、テロリストだった。都市の裏側に隠れ住み、反乱の機会を常に伺い続けていた」
ザッドさんは、自身の不審な態度を弁明するかのように、訥々と覚束ない口調で語った。
「新しい職場に顔を出して、まず初めにやらされたのは、僕がどんな部署に属していて、どんな仕事をしていたのかって事だった。不審には思ったけれど、この段階ではまだ警戒の一種だと考えていたんだ。敵対する相手の情報を欲しがるのは、どこも同じだからね」
「だけど、あいつらの敵対は度を越していたのさ。話の中で、彼らは自分たちこそが真なるテロリスト、メルテストだと言った。その眼は狂気に満ちていたよ。この帝国を相手にまだそんなことを考えるなんて、気が狂っていなきゃやってられない。キサラギ君のようにね」
「彼らは僕と同じように、自主退職したか退職に追いやられた人たちを集めていた。誰も彼も、義憤と復讐心に満ちていた。だから仕事が大変なんだ。熱意があるから、どんどん仕事が回っていく。メルテストの表向きは巨大な商業組織で、かなりの財を誇っている理由もそこにある。個人じゃなくて、全体のために働く。思想を変えただけで、やっていることは官僚と同じだったのさ」
そこで一旦ザッドさんは酒に唇を湿らせて、言いづらいように唇を歪ませた。
「……僕がキサラギ君の問いに中々答えられなかったのは、その熱意が、秘匿を第一にしているからさ。反乱を企てていることが露見するのは、絶対に避けなければならない。革命のその日まで、組織が存在しているという事自体が知られてはならなかったんだ。もっとも、同輩には噂話として広がっていたようだけれどね」
「成程、道理で会う度に疲れているものと。話してくれてありがとうございました」
「いや、いいさ。言い当てられたという事は、君は疑念を持っていたんだろう? なら、君は何時か絶対にたどり着くはずですよ。僕の向こうに目的があるのなら、君はどんな手を使っても見つけ出すでしょう。だから、言ってしまった方がいいと思ったんです」
しかし言いながらザッドさんは憂鬱そうで、苦し気に紫煙を吐いては唇を噛んでいる。そんなに恐ろしいのだろうか、その、メルテストというテロ組織は。
「……難儀だねえ。逃れようとして、逃れられなかったか。まあ、よくある話だぜ。放蕩息子が旅に出て、行く先々で実家の技術が役に立つ、なんて話も珍しくはない。そう気を落とすなよ。それがお前の宿命ってこったあ」
「役に立って、幸福になるならまだいいでしょうよ。だけど僕に関していえば、状況はどんどん悪い方へと転がっているんです。テロ組織ですよ? いつ纏めて処刑されるか気が気ではない。その上、裏切り者は許されないというのですから、官僚と犯罪結社の悪いところだけを集めた様なものです。嫌になりますよ本当に」
はあ、と大きく溜息を吐いて、ザッドさんは項垂れた。
「まあ、とにかく。そこまで話をしてくれたという事は、取り次いでくれるんですよね? メルテストの、その首魁に」
「そりゃあ、そうだね。君の話は、組織方にとっても有益だろう。何より僕に有益だ。もう、不安に塗れた生活も、仕事に追われる生活もうんざりだ。事が終わったら、どこか、海に面した町で魚を釣って暮らしたい」
「おいおい、老後の生活かよ」
そうドレッドさんが茶化すと、ザッドさんは真剣な表情で深く溜息を吐きながら呟いた。
「……そうですね。僕は、老人のように暮らしたい」
こりゃあ重症だな、と俺とドレッドさんは肩をすくめた。
事態は刻一刻を争う。俺はすぐに会合の予定を取り付けて、その場を後にした。ドレッドさんにも大事な用事を頼んだが、それを片付けるにはやはりちょっとした時間がかかる。さっさとメルテストの方を片付けよう。
「というわけで、噂していた組織の居場所が掴めましたよ。今すぐ行きましょう」
「君は、本当に……頼れるね」
レイチェルさんは、呆れたように感嘆するように口をぽかんと開けながら俺の話を聞いていた。メリイさんもまた、「はあー……」と声にならない声を漏らして俺の話に聞き入っていた。
「驚いている暇なんてないですよ。本当に今すぐなんです。さっさと支度を整えて、メルテストの居住へ参りましょう。協力を取り付けるんです」
「あ、ああ。そうだね」
そう言って、レイチェルさんはばたばたと慌ただしく着替えを済まし、俺達と一緒に外へ出た。外の日差しに、眩しそうに目を細めながら、つばの広い帽子を深く被っている。
「何分、小心な気性でね。いつどこで顔が割れているか分かったものではないから、中々外出もできずにいたんだ。……君は怖くはないのかい? 聞けば、君たちの同胞から狙われているんだろう?」
「怖がっていちゃ動けませんよ。不用意に外出するならともかく、これは必要な外出です。動かなきゃ、何も始まらない」
「……そりゃあ、そうか」
レイチェルさんは深く感じ入ったように何度も頷いていた。この人もこの人で、何ら手立てを打てなかった今までに、何か思う所があったのだろうか。
俺たちは入り組んだ路地から表通りへと歩を進め、賑やかで豪奢な建物が並ぶ一角の、その内一つの前に立った。取引業者、貿易会社として中々繁盛しているようで、傍目には、とてもじゃないがテロリストなんて後ろ暗い、執念に燃える思想を隠しているとは思えない。
「やっ、よく来たね。ボスがお待ちかねだ」
建物の前で、ザッドさんが立っていた。彼は先程よりも随分焦燥した面持ちで、ボスとやらとの対話に気力を振り絞ったことが見て取れる。
「大丈夫ですか、レイチェルさん。相手は海千山千の人物らしいですよ。思想を隠したままこんな立派な建物を建てるなんて、言っちゃあ何ですが、知らぬ間に組織の名前すら奪われてしまった貴方とは格が違いますよ」
「分かってるよ……分かっているさ。だが、僕はやらなければならない。君が、探し出してくれたんだ。僕はそれに応えなければならないんだ」
それは、貴族の使命として? という言葉を俺は飲み込んだ。それを言うのは野暮ってものだ。彼は今、本当に貴族として戦おうとしているのだから。そして、その視点を以てしか、相手とは言葉を交わせないだろう。
「貴族、ですか……」
レイチェルさんの横顔を見つめながら、メリイさんが、思い悩むようにそう呟いた。
「別に、メリイさんがそう言う視点を持つ必要はないんですよ」
「分かっています……。ただ、もしも私が、愛された子供だったら、そういう顔をしていたのかと……なんて、無意味な空想ですね。すみません」
ああ、この人は。気負う必要など、無いというのに。
俺たちはザッドさんの先導で建物の内部へと入って行った。その一階、応接のための部屋などが設けられた広い階では、人々もにこやかな顔をしていたものだが、二階に入ってそれは一変した。
「うわあ」と思わず俺は声漏らした。ありとあらゆるところに書類が積み重なり、それを社員たちが血走った目で超速に片付け続けている。人知を超えたスピードと根気である。だというのに、怒号も罵声もまるで発せられず、恐ろしいほど静まった部屋に、熱気だけがむんむんと充満していた。
「こうなんだよ。どうにも、僕の性根に合わない。何とかやっていけてはいるんだが、それは僕が有能だからだ。根気と熱意まで使ったら、僕は三日も経たずに逃げ出しているだろうね」
こっちだ、とザッドさんは社員たちから目を背けるようにしつつ先へ進んだ。そうして幾らか階を進み、一つの豪奢な扉の前で立ち止まった。
「この奥に、待っている。彼の名前は、マクニト・ローガン。……悍ましい男さ。気を付けてくれよ」
ごくり、と唾を飲む喉音が、レイチェルさんから聞こえた。大丈夫だろうか。そう思いながら、俺たちは開かれた扉に入って行った。
「やあ! よく来たね。歓迎するよ同志! それに我らが救国の姫よ、貴方様をお呼びする場がみすぼらしいもので誠に申し訳ない! ザッド君に話を通した君も、よくやってくれた。君のおかげで私たちの劇的な出会いがあるのだからね!」
俺達を出迎えたのは、真っ白な衣服に身を包んだ、小太りの中年男だった。その表情は赤子の様に柔らかく丸々としていて、とてもじゃないが、当初思い描いていたものとはまるで異なっていた。
俺はもっと、威厳を備えた髭面の眼光鋭い老人をイメージしていたのだが、この人は、なんていうか、お調子者といった感じである。それも、金を持ったお調子者だ。真っ白な衣服が張り裂けそうな腹の膨らみ具合が、その滑稽さを多分に演出している。
「さあさあ、まずは腰かけて、お茶を一杯! ああ、君。姫に出す茶には特に気を付けてくれ。湯の温度は? カップの温度は? 葉は開き切っているかね?」
「すべて十全です。我らがマクニト!」
「よろしい! 十全であるなら何よりだ。その素晴らしく開かれた茶の味わいを、他の方には申し訳ないが、まずは姫様に注いでもらおう」
さあさあ、と勧められるままに、俺たちは用意された席に着いた。
室内は広々としていて、マクニトさんが腰かける一際大きな机から、繋がって、円周に机が連なっている。円卓とでも呼ぶのだろうか。にしては場所の優劣が一つだけ明確なのだが。
俺もレイチェルさんもメリイさんも、そしてザッドさんさえも困惑していた。恭しく置かれたカップに手さえ付けられないほどだった。
「いつもこうなんですか? 随分、変わった悍ましさで……」
「いや、そんなまさか。いつもはもっと厳格で……いや、こういう面も見せてはいたかな……?」
「相談事かい? 結構! よろしい! しかし私も混ぜてもらいたいものだね。一体何を話していたんだい? それをするために、ここに集まったんじゃないか! 私たちは同志だ。何でも話してくれよ」
マクニトさんはにこにことして頬に手を付けながら笑っている。なんだか子供のような浮かれ具合である。
「いやあ、何だか予想していた人柄と違うなって話をしていましてね」
「そりゃあそうさ! 姫様が来てくれるなんて、浮かれるに決まっているだろう。見たまえこの美貌! 気品溢れる仕草! それでいて侮蔑を欠片とも見せない瞳を! 我々の姫だよこの人は……!」
「あ、ありがとうございます……」
メリイさんは赤くなって頭を下げた。どうしたらいいのかと、頻りにちらちらと視線を送ってくるが、どうしたらいいのかは俺にも分からない。
「そ、それでですね」
レイチェルさんがようやく声を出した。
「マクニト様。私たちの現状は、おそらくは知っておいでのものと存じます。何しろ噂話となっているでしょう。私たちの窮状。そして、それに対する反応の乏しさを。私は、貴方様に協力していただきたく、この場に参上いたしました。何しろマクニト様の名声は……」
「ああ、いいっていいって。そんな、様だなんて! 私たちは同じ立場、同志じゃないか! そんな肩肘張って敬語を使わなくていいのだよ。ああ、姫様は別ですよ。貴方は私たちが敬語を使う立場です。だからそんな、頭を下げないでください」
「は、はあ……」
メリイさんは狼狽えた様子でマクニトさんの話を聞いていた。無理もない。積極的に向かってくるその様は傍目から見ても変人そのものである。ましてや小太りの白衣装が、麗らかな美人に寄り来るというのだから、その光景は犯罪染みたものと見えても仕方がない。
「そ、それで、協力の事は……?」
レイチェルさんが僅かに安堵を示しながら言った。確かにマクニトさんは、友好的な態度である。これでは楽に話が付くのではないだろうか。
しかし、マクニトさんは、途端に表情を無に帰して、冷ややかに言った。
「いや、それはどうだろう」




