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27 意外な繋がり

 俺たちはギルベットさんの突然の登場に狼狽えながら、しかしあくまで平静を装って返事をした。


「こんな所って、ここは局じゃないですか。丁度仕事を終えたばかりなんですよ。報告をしようと思ったんですが、他の人達は一体どこに?」

「ふむ……」


 ギルベットさんは俺の問いには何も答えず、形の良い口髭を撫でながら思案しているようだった。一体何を? まさか、もう命令は下ってしまっているのか。ここで処刑を行うつもりなのか。


 俺は密かに魔力の感覚を指先に捉えながら、返事を待った。ギルベットさんがどういう態度に出るか、分からない。知っているのか、知っていないのか。どちらにせよ、何故沈黙している?


「……皆さんは、大事な会議があるという事で、この館の一室に集まっています。見張りも、雑務も、騎士も、皆そこに集まっているのです。しかし私は不安に思い、局内見張りの任を買って出たのですよ。報告は、後から聞けばいいのですからな」

「成程、それで人気がなかったわけで」


 言いながら、俺は冷や汗をかいていた。大事な会議、とは。局内の全員が集められるほどの会議とは、それはきっと俺とメリイさんの処刑に関するものに違いない。個人個人の説得ならまだ相手が出来ただろうが、ロイスさん命令下の彼らに説得が通じるとは思えない。


 それは、情が通じないとかではなくて、ロイスさんの有能さを評価しての事だ。あの人は、情の有る無しを加味した上で、どんな手段を使っても俺達を捕縛するだろう。そういう人だ。だから、俺たちは今すぐにでも逃げ出さなければならない。


「成程、成程。じゃあ俺達も後で聞くとしますか。今日は疲れました。何せこんな遅くまで時間がかかってしまったものですからね。いやあメリイさん疲れましたねえ」

「えっ!? え、ええ。そうですね。キサラギさん」


 あははうふふとありもしない苦労を呟きながら、俺たちは何故か凛と立ち尽くしたままでいるギルベットさんに背を向けて、逃げ出そうとした。


「おや? 君たちの今日の任務は、ごく簡単なものだったと記憶していますが。何か予想外の事態があったのですかな。その背中、切られたのでしょう? 君に傷を負わせる手合いが居たとは、不思議ですねえ」

「……いやあ本当に何気ない理由でしてね! 廃墟と化した建物の中に不審者を見つけたはいいものの、それの足がまた速くって! おかげで帝都中を駆け巡る羽目になったのですが、その男がまた単なるこそ泥に過ぎなかったのですよ。いやあ骨折り損のくたびれ儲けとはこのことで……」


 べらべらと自分でも何を言っているのか分からぬまま、俺は必死に言い訳をした。しかし、ギルベットさんの様子は依然不明瞭のままでいる。廊下の暗闇に覆われた表情からは、何を思って俺たちに対面しているのか、まるで伺えない。


「それで、追いかけている最中に、誤ってメリイさんが振った剣が俺の背中をバッサリ切ってしまいましてね。お詫びに喫茶店で沢山奢って貰ったんですよ。だからこんなに遅くなってしまいました。ねえ、メリイさん!」

「え、ええ。そうです! はい!」

「ふうむ……」


 と、ギルベットさんは、まるで俺達の言い訳を評価するように呟いた。そのあとに残された沈黙を、俺は身じろぎもせず待っていた。


 もしいきなり襲いかかってきたら、どうするか。俺に勝てるか? 無理だ。しかしメリイさんと一緒ならどうだろう。ちらと視線を向ければ、彼女もまた俺の方を盗み見ており、決意を固めるように腰の剣に手を掛けた。黄金の瞳が、ぎらぎらと暗闇に輝いている。


 しかし俺は瞳を数秒閉じた。否定を示すためだ。ここで戦ってはならない。戦力がすぐ近くに無数に用意されているのだ。逃げ出すのならともかく、ここで戦ってはならないだろう。

 居心地の悪い沈黙が数秒続き、ギルベットさんは言った。


「確かに。疲れたでしょう。報告は明日にして、今日は休んでも良いでしょうね」


 ほっ、と俺は溜息を吐いた。戦わずに済んだのだ。味方につけられなかったのは惜しいが、しかし下手に藪を突いて剣が向けられては仕方がない。ここは装備を回収したことだけを収穫として、帰ろう。


「ありがとうございます。では……行きましょうメリイさん」

「は、はい……。お休みなさい。ギルベットさん」


 俺は浅く、メリイさんは深々と頭を下げて、背を向けた。しかしギルベットさんは不意に言った。


「時に、キサラギ君。君は人間の価値基準とは何だと思いますか?」

「はい?」


 不思議な質問に、俺は振り返った。ギルベットさんはつかつかと歩み出、俺たちのすぐそばにまで身を寄せた。細められた瞳が、熱っぽく輝いている。まるで、何か深淵な議論でも交わそうとするかのように。


「人間の価値基準について……往々にそれは天秤によって例えられます。ある一つの選択に対し、自分が何を重視しているのか。何を求め、何を持っているのか、そういった価値観を踏まえ、どちらが自分にとって重いのかを、人は自らの天秤によって量るのです」

「何を……」

「しかし、その天秤は確たるものではありません。人は常に自らにとって最良の選択を選べるとは限らない。その天秤は、自らの価値観以上に、周囲の情報、情念、結びつきによって惑わされ、余計な重荷がついているのです。また、これこそが正しいと導き出された選択であっても、それを選べるとは限らない。躊躇が、踏ん切りがつかず、結果、最良ではなく安易へと手を伸ばすことも珍しくはない」


 ギルベットさんが何を言わんとしているのか、俺にはよく分からなかった。単に哲学的な話をしたいだけなのだろうか。しかし、それにしては身に纏う雰囲気は剣呑なものがある。瞳はぎらぎらと輝いて、刺して貫いてくるようである。


「私は常に、最良を選ぶ天秤でありたいと思ってきました。曖昧さを欠片も挟み込まず、常に一つの価値基準によって判断される天秤でありたいと、そう自分に課し続けてきたのです。そしてそれは、実に上手く行ってきました。自分が人間か、天秤か、そんな疑問さえ最早抱かなくなったのです。私は天秤なのです。物事を秤に乗せ、重量を見定める天秤。それが私」


 ギルベットさんは、そこで俺から目を逸らすと、メリイさんの方を見た。


「キサラギ君。君はどうですか? 君の天秤となるその基準とは、一体何でしょうか。君が何を重要視し、何を判断の基準に置くのか。……私は貴方を羨ましく思うのです。貴方は、天秤として完成している。一見、他人には不合理に見えるその行動も、貴方にとっては確かに最良の行動だと、そう確信してのことでしょう? その躊躇の欠片も無い、素晴らしい判断の速さは、天秤として完成するに至った在り方は、一体何に起因するのか……」

「俺は、俺がしたいと思っていることをしているに過ぎませんよ。最上だと分かるものに従って行動するのは、誰にとっても最高の選択で、かつ当たり前の事でしょう?」


 というか、それが普通だろう。自分がやりたい事の内、一番良いものをやりたいと、普通の人ならそう思っているはずだ。みんなそう思っている筈なのだ。今だって、俺がやりたいことをやっているだけなのだから。


「……それが、中々どうして、当たり前ではないのですよ」

「いや、普通ですよ。普通! さあメリイさん、行きましょう。それではさようなら」

「あ、えっと、さようなら……」


 俺は惑うメリイさんの背を押して館から出ていった。俺はだらだらと背中に冷や汗をかいていた。


 あれは絶対、気付かれていた。ギルベットさんは、俺たちに処刑の命令が下されていることを知っていたのだ。しかし、何故見逃したのかが分からない。彼の言う、天秤とやらに何か関係があるのだろうか。しかしそれなら、あんな曖昧な言い方をしなくてもいいだろうに。


 どうにも、分からない。しかしギルベットさんは背後から、「ええ。さようなら」と優しく言った。追いかけても来ないようだ。この内に、逃げ出そう。


「キサラギいいいいいいい! なああああにやってんのあの馬鹿っ!」


 と、その時館内から凄まじい怒声が聞こえてきた。アリアさんの声だ。

やばい。命令が下ったという事か。今すぐ去らなければ。


「あの馬鹿を連れ戻さなきゃ! ……って、なんでキサラギの装備がないの!? メリイのまで!? さっきまではあったのに。……ギルベットさん! あいつら来た!?」

「ええ。先程までここに居ましたよ。仕事で疲れたので報告は明日にするとかで」

「あ、あの、あいつらあああああ……! 裏切り者ぉ! ぶっ殺してやる!」

「やっばい怒ってる! 走りましょうメリイさん!」

「は、はい!」


 俺たちは館内から流れ出るどやどやとしたざわめきと、けたたましい足音、何かを殴りつける音などを後ろにして、急いでその場を後にした。


 去り際に、俺は一度だけ背後を垣間見た。今すぐに追いかけてくるということは無く、暗闇に次々と付けられていく灯りの輝きが、それまで全体を暗く見せていた局の建物を明るく照らし出していた。俺はそれを、どこか寂しく思いつつ、それでも走った。




 翌日、俺は場末も場末の酒場で酒を飲んでいた。同じくテーブルを囲むのは、ザッドさんとドレッドさんである。二人とも、官憲に情報を売りつけることなく、こうして来てくれた。


「……随分、大変なことになっているじゃねえか。極秘の情報だが、聞いたぜ。国家反逆の罪で追われてるって? っは。随分出世したもんだ」

「笑い事じゃないですよ。陰謀です。そんな事実はまだありません」

「……まだ? 君は、ねえ」


 はあ、とザッドさんは酷く疲れたように溜息を吐いた。彼は俺の話以前にかなり疲れているようだった。そんなに仕事が大変なのだろうか。見れば、頬も幾らかやつれている様である。


「で? 何がしたいんだよ俺達を呼んで。言っとくが俺は反乱なんてやらねえぞ。そんな力も伝手もねえ。俺はとっくに表の方に暮らしちまっているんだ」

「ドレッドさんにも頼みたいことはありますが……その前に、ザッドさんにお聞きしたいことがあったんですよ」

「僕かい?」


 ザッドさんは意外そうに伏していた顔を上げた。


「ええ。実は俺、今はツーリガンの方に身を置いていまして。というのも……」


 と、俺はこれまでのあらましを語った。二人とも、非常に興味深そうに聞いていたが、しかしその絶望的な状況がよく分かったのだろうか、次第に顔を引きつらせていった。


「……お前、今からでも逃げた方がいいんじゃねえの? お前なら騎士団の連中からも逃げられるだろ。知らんが」

「そうはいかないんですよ。俺は、そんなことはしたくないんです」

「メリイって、あの騎士の為かい。泣けるねえ」


 ケラケラとドレッドさんは笑った。久しぶりにこの乾いた笑い声を聞いたな。懐かしい、と浸っている場合ではない。


「それで、ザッドさん。何か知ってませんか? その反乱勢力の中でも随一の組織の事を」

「ええと、それは……」

「あれ?」


 ザッドさんは何故か口をまごつかせていた。どうしたのだろうか。常ならば饒舌に聞いていないことまでもべらべら話すものだが、今は口を開けたり閉じたり、不審な態度をとっている。


「どうしたよ。何か知ってるのか? ……ああ、そうか。立場として無理なのか。そりゃあ裏に身を置いている立場としてはな。残念だったなキサラギ」

「ああ、いや、無理ってわけじゃ……」

「本当ですか!」

「しかし、ですが……」


 ザッドさんはうんうんと唸って、考えあぐねるように腕を組みつつ視線を四方へと向けている。そんなに何か、話すことを躊躇う理由があるのだろうか。

 と、その時、俺はふとある事に気が付いた。


「あれ? 何ですかその、襟元につけられたのは」


 俺が指さしたのは、金色の紋章染みたバッジだった。それは見事な装飾に彩られ、傍目にも高価そうである。まるで官僚の紋章のようであり、そう言った物品を嫌うザッドさんからしてみれば、全体に付けるはずのないものである。彼はもっと、退廃的な、ぼろ布や獣の爪牙などを好んでいたはずだが。


「え? ああ。これは、その、組織の意向で付ける事になっているんだ。立場が分かりやすいからって」

「何だお前、逃げ出した先でも同じようなことしてんのか。階級だのなんだの、嫌っていたじゃねえか」

「いや、まあ、それはそうなんですけれどね」

「しっかしまあ、貴族みてえな装飾で。随分な成金野郎だなこれは」


 俺はふと、その挙動の不審さ、そして身につけるはずのない物品といった関係に、突飛な想像を湧き上がらせた。まさか、とは思いつつ、言った。


「……メルテスト」

「……っ!? そ、その名前は……」


 ザッドさんはあからさまに狼狽えて、目を見開いた。どうやら、当たりだ。


「俺が探している、組織の名前だそうですが……ザッドさん。もしかして、そこに属しているんじゃないですか? 元官僚を雇う犯罪組織なんて、聞いたことがない。そのバッジを見る限り、金もありそうで、そして貴族的な趣味が伺える。元貴族の作った組織と考えれば……どうですか?」


 俺の指摘に、ザッドさんはしどろもどろになって、瞳を伏せていたが、やがて観念したように、


「……その通りだよ。よく気が付いたね」


 と言った。


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