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26 意外な遭遇

「ひ、酷いですよ……! 嘘だったなんて、あんなひどい嘘を平気で吐いて! やっぱりキサラギさんは酷い人です!」

「いやあ本当、すみませんでした」


 拗ねたようにそっぽを向くメリイさんを宥めながら、俺はロッドを尋問した。と言っても、メリイさんを近くに置くだけで冷や汗を垂らしながらべらべらと喋ってくれるので、ずいぶん楽だったのだが。


「は、母上は、国の表裏から支配を強めている。表は自身の役職で、裏は違法薬物取引で築き上げたものだ。その影響は既に皇帝を凌駕しつつある。いや、皇帝さえも母の影響下にあるのだ。……皇帝は今、曖昧な状態だ。数年前からそうなのは、お前達にも漏れ聞こえているだろう」


 ロッドは呆気なく内情を話した。びくびくと怯えているのは近くにメリイさんが居るからだろうか。そんな怖い人ではないのだが、ここは誤解させたままにしよう。


「母はいずれ、皇子エイン様を自らの親族の娘と結婚させ、外戚として更なる権力を振るうことになるだろう。そうなれば、この帝国は最早我らの国だ。そして、そうなるためには邪魔な存在があった」


 ロッドは視線でメリイさんを指し示した。メリイさんは、その言葉にびくりと体を動かした。


「それが貴方だ。メリイ・アルスリンド。不義の子。皇帝の血を引く者。それを貴族共に担ぎ上げられては、大義名分が生まれてしまう。本来ならばより早い段階で排除される予定だったのだが、拾った先が不味かった。特殊犯罪対策局の局長。あの、人殺しのロイス・コ―カリウスが、隠れ蓑となってしまった。悍ましき人被り共には、騎士団や宮廷魔法使い達さえ容易には手を出せない」


「しかし、遂に決行の時は来たのだ。キサラギ、お前のせいさ。お前が邪魔な事をしたせいで、裏側の支配拡大がずいぶん遅れる事になった。母上は怒り狂っている。そのために、この際全ての邪魔な存在を片付けてしまう寸法なのだよ」


「メリイ殿、貴方は処刑される。すでに討伐の命令が出る手筈となっているのだ。それを行うのは人被り共だ。同胞にその身を貫かれ、泣きながら死に絶えるがいい! その後で皇女殺害の罪で人被り共も全員処刑してやる!」


 べらべらと捲し立てられたが、その随分な内容に、俺は苛立った。


「うるさい! 叫ぶな!」

「ぶべえっ!」


 俺は得意満面な顔でこちらの窮状を説明するロッドの顔を、苛立ちに任せてぶん殴った。


「どうしてそんな酷いことを笑いながら言えるんだ! お前の頭はおかしいのか! 思考が悪意に満たされてしまっている!」

「ぶっ! ごぼっ! や、やめ……」

「なんて奴なんだよお前は!」


 渾身の力を込めて放たれた拳は、見事に顎先を捉え、ロッドは鼻血を夥しく流しながら、気を失った。


「う、うわ、うわわわわ。い、いいんですか。気絶しちゃいましたよ」

「はあ……。もう必要なことは十分聞きました。帰りましょう」

「えっ、このまま帰るんですか……? 気づかれないように隠したりとか……」

「ああ、それは」


 と、俺は周囲を見渡した。暗闇の夜の中に行われた尋問は、誰にも気づかれていないようで、辺りには不穏な視線も静止の声も見当たらない。騎士団駐屯地の中心であるというのに、いや、中心であるからこそ、誰もここで事件が起こるとは考えていない。


「誰もこれが、外部の犯行だとは思わないでしょう。何せ見回りは行われていたのです。誰も、自らの杜撰な仕事を咎められるのを恐れ、不審な姿など報告しないでしょう。実際、見なかったのですから。故にこれは、外部ではなく内部の犯行という事になる。その犯人探しで幾分かは時間を稼げるでしょう。当のロッドも、数日はまともに喋れないよう、十分痛めつけておきましたから」


「……キサラギさんは、何時もそうですよね。用意周到で……それが少し、怖い時もあります」


 そうメリイさんは言ったが、しかし俺としては、自分の事を行き当たりばったりの奴だと思っているのだが。俺は結局、自分が思う事、したい事をしているにすぎないのだ。それは過大評価というやつである。


「それより、処刑ですか。随分大ごとになりましたね。それに局の皆さんも頼れないとなれば、どうしましょうかね」

「私は……許せません。父が、そんな事になっているなんて。弟が、そんな状態に身を置かれていたなんて、私は知りませんでした……」

「まあ、なんにせよ」俺は倒れ伏すロッドを見下ろしながら呟いた。「やる事は変わりません。ギムデンをぶっ飛ばす。そうして国に秩序を取り戻す。俺たちの目標はそれなのです」


 そう呟いて、歩き出そうとした、その時だった。


「秩序だと? 我が騎士を殴り倒し気絶させることが、秩序に繋がるとでも言うのか?」

「っ!?」


 俺は思わず声のした方を振り返った。その先には、オーウェンと呼ばれた騎士団長が、剣を構えて立っていた。


 まずい、何時から居た? 何処まで聞かれていた? 場合によっては全てがこの場で終わってしまう。


「拳闘かと思い見回りに行けば、ギムデン……その言葉が聞こえた。貴様らは、何者だ? 宰相殿に危害を加えようというのか。何を企んでいる」


 ああ、まだ良かった。全部が全部聞かれていたわけでは無かったようだ。となれば、必死になってこの人を倒す必要は無い。この人まで物言えなくしてしまえば、騎士団の動きの予想が付かなくなる。


 それに加えて、彼の相手をするのは骨が折れそうだ。向けてくる剣気は凄まじく、ロッドの敵意とは比べ物にならないほど研ぎ澄まされている。俺はメリイさんに視線を向けた。ここは、逃げた方が得だ。


「親をぶっ殺せば良いと思ってね! 団長様には分からんと思いますが、いっつもロッドの奴が立場を傘に虐めてくるんですよ。そいつに鬱憤が溜りまくって、ついぶっ飛ばしてしまったんです!」

「貴様のような者は騎士団には居ない。嘘を吐くな」

「……と、依頼人の方に言われたんですよ。内部から手引きするから、ロッドの奴をぶちのめしてくれって。だからこれは、貴方の問題でもあるんじゃ無いですか? 部下の不満も見通せないから、相談もされず、俺のようなごろつきに依頼されるんですよ。騎士団長、オーウェン殿!」

「む……」


 オーウェンは考え込むように眉根を寄せた。咄嗟に口走った言い訳が良い感じに作用したようだ。そのまま俺はメリイさんに目配せし、逃げ出した。


 が、しかしオーウェンは通り過ぎ様に、剣を振った。俺の背中がバッサリと切られる。


「痛あっ!?」

「反省しよう。部下の不満を見抜けないとは。だが、それで貴様らを逃がす理由にはならん。これは、歴とした犯罪だ。貴様らを見逃しては、父と母に面目が立たんのでな」

「知らないよそんな事! 親御さんにたっぷり怒られるんですね!」

「あっ……待て!」


 俺はゆったりと近付いてきたオーウェンから足早に逃げ出した。全く、ああいう手合いは余裕を持ちすぎるのだ。だから一歩送れるのだ。


「キサラギさん、大丈夫ですか!?」

「ええ、まあ。そりゃあ痛いですが、走れないほどじゃないですよ。さっさと逃げ出しましょう。騒がしくなる」


 そうして俺たちは来た時と同じように、夜に身を隠し、質も量も上がった警戒の目を何とか逃れ、レイチェルさんの下へと帰った。俺たちは彼に持ち帰ってきた情報の全てを話した。


「そうか……時間は、無いか」

「ええ。既に騎士団は展開されています。初動は命令の経路となるロッドの沈黙と、命令自体の不審によって遅れるでしょうが、囲まれていること自体は変わりません。また、局の方も頼れないとなれば、戦力の低下は著しい。何か対策は?」

「あることは、ある。先にも言った、反乱の志を持つ者たちの事だ。そちらと協力を取り付けられれば……」

「えっ、既に協力の体制を作っていたわけではないのですか……?」


 メリイさんがそう問うと、レイチェルさんはばつが悪そうに目を逸らした。


「……ツーリガンの名が利用され、いずれ潰されるとはいっても、関係がないと言われてしまっていたんだ。それはお前たちの問題で、余計な波風を絶たせるな、と」


 なんともまあ、薄情な人たちである。レイチェルさんは細々とした声で自信なさげに続ける。


「しかし今は、状況が変わった。このままでは僕たちだけでなく、ギムデンに背く者皆が殺されてしまうだろう。その情報と、メリイ殿の存在を詳らかに開示すれば、きっと動いてくれるはずだ。危機的な状況というものの、実際に城壁の周囲に屯している事だしね」


 という事は、会合が必要だという事ですか。何時だろうか。俺は期待にあれこれと空想を浮かべていた。

 しかし、レイチェルさんは項垂れて、力なく呟いた。


「と、思ったんだけどね……。君たちが出てってから、すぐに手近なところへ声をかけた。だが……結果は、芳しくなかった。状況が、余りに危機的過ぎたんだ。皆、ギムデンを恐れている。夜逃げの準備まで始める所もあった。これでは……」

「じゃあ、俺達だけで立ち向かわなきゃいけないってことですか」


 思ったよりも、随分絶望的な状況である。しかし文句を言っていても始まらない。これは特攻しかないだろうか。暗殺か、それとも……。


 そう考えていたが、レイチェルさんはふと顔を上げ、「だが」と言った。


「だが、有力な手筈が一つはある。それは、反乱の勢力の中でも中心的な組織を味方につける事だ。そうすれば、他の勢力も味方に付いてくれるだろう。彼らだって、逃げ出したくて逃げ出すわけではないのだから」

「成程、その人と会合するってことですね」


 得心がいってそう言ったのだが、しかしレイチェルさんは苦渋を噛み締めた様な顔をした。どうしたのだろう。


「実は……肝心の、その組織の情報を手に入れることが出来なかったんだ。当たり前と言えば当たり前だが、大っぴらに元貴族だなんて名乗っている所は無い。ましてやその代表的なものともなれば、ギムデンの目も厳しくなるだろう。自然、姿が掴めなくなる」

「掴めないって言われても、それを何とかして掴むのがレイチェルさんの仕事じゃないですか」

「それは、その通りだよ……。情けない事だ。知っているのは名前だけだよ。メルテスト。彼らはそう名乗っているらしい」


 はあ、と彼は溜息を吐いたが、溜息を吐きたいのはこっちだって同じである。これでは何の手立ても無いのと一緒じゃないか。やっぱり俺とメリイさんで突っ込むしかないのか。


 いや、と俺は思い至った。そうだ、ザッドさんに聞けば何か分かるかもしれない。裏の世界に詳しいあの人の事だ、何も知らないということは無いだろう。それが例え、元貴族の反国家テロリストでも、いや寧ろ彼が元官僚だったという立場からして、余計に警戒して情報を集めているかもしれない。


 というわけで、俺はザッドさん、それにドレッドさんと顔を合わせる事に決めた。連絡の手段は、いつぞやも使った光芒の魔法である。印は消えてはいないので届いているはずだが、聞いてくれるだろうか。


 しかし、これでは時間が余ってしまった。今すぐにでは忙しいと思い、昼間にひっそりとした場所で落ち合う事にしたのだが、それが暇な時間を空けてしまう事になった。だが、今の俺達には暇というのは在ってはいけないのだ。手をこまねいていてはいけない。すぐにでも何かしらの行動を起こし続けなければならない。


「そう言えば、俺たちの装備はまるで万全ではないじゃないですか。普段使いの鎧は、局に置いたままだった。それ、今から取りに行きましょうか」

「ええっ!? そ、そんな、だって局の皆さんは敵になっているって……」

「いや、今すぐには、という風にはいかないでしょう。今日俺たちが出かけた時点ではなんともなかった。その時点では命令は下されていなかったはずなんです。だから、今すぐにいけばまだ大丈夫かもしれません。それに……事情を話せば、局の中でも、俺たちの味方になってくれる人がいるかもしれませんよ」


 特に、メロスさんなんかは上からの命令なんて聞きやしないだろう。ハウルトンさん、アリアさんは微妙なところだ。ハウルトンさんは面倒を嫌って、出会った途端に魔法を打ち込んでくるかもしれないし、アリアさんは、自尊心から命令に背く自分を受け入れ難いかもしれない。しかし彼らはその一方で、義に厚い人達だ。俺が味方してくれと言ったら、聞いてくれるかもしれない。


 ギルベットさんは……どうだろうか。どうもあの人は良く分からない。快く味方してくれるか、それとも冷徹に使命をこなすか、いまいち分からない。ロイスさんに至っては、喜々として局内に姿を現した俺達を捕縛することだろう。


「まあ、想定はあくまで最悪を。こっそりと行きましょう。そもそも、それ以外に今できることもないんですから」

「ううん……分かりました」


 不承不承といった様子で、メリイさんは頷いた。俺だってこの行動が危険なことは分かっている。しかし、もし上手く行けばあの人たちが味方になるかもしれないのだ。虎穴に入らずんば虎子を得ず、である。ここは覚悟を決めていこう。




「というわけで、やって来ました局の詰め所。いやあ、立場が違えばこうも恐ろしい場所になるとは、発見ですね。見慣れた道さえ異様な雰囲気を放っているように思える。染みついた血と怨嗟が生み出す魔力でしょうか」

「何を言っているんですか……」

「感想ですよ。いやあここにスマホがあれば写真でも撮るんですがね」


 軽口を飛ばしながら、内心俺は緊張していた。異様な雰囲気で満ちているというのは事実であった。仮にも敵対者として訪れてみて、よく分かる。国家直属の組織というには、余りに物々しい、雑多な感じである。


「しかし、おかしいですね。いつもなら見張りの人が門前に立っているんですが、今はいない。所か人気がないですね」

「もう、私たちを探しに出ているという事でしょうか……」

「それにしては、人の一人も置かないというのはおかしいです」


 不思議に思いながら、俺たちは慣れ親しんだ道を、慣れない気持ちで進んでいった。広い庭園も豪壮な館も、夜の中に沈んで静かである。その静けさが恐ろしいとも感じる。


 しかし、戦々恐々としながらも、当初の目的はあっさりと達成された。何せ詰所にも誰もいなかったのだ。俺たちは自分たちの荷物と菓子やら茶葉やらを空間魔法の倉庫の中に押し込んで、身軽に歩いた。


「上手く行きましたが、しかし、ひと悶着も無かったというのは誤算ですよ。様子を見て、敵対していないようだったら味方に付いてもらおうと思っていたのに、これじゃあ話も何もない」

「ええ……っ!」


 と、俺たちが廊下を曲がったとき、一人が暗い道の中央に立っていた。かつかつと肩幾つ音を立てながら、その人は俺たちに寄って来た。


「おや……キサラギ君に、メリイ君。こんな所で、何をしているのです?」


 それは、ギルベットさんだった。彼は俺達を鋭い瞳で見つめていた。


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