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25 殴り込み

 俺はまだ色々と言い足りなかったが、しかしそれでは随分と長演説をすることになるので、簡潔に言った。


「とにかく! メリイさんが嫌だって言うのなら、それを強制してはいけませんよ。メリイさんは皇女じゃない! あなたが貴族だろうが何だろうが、そう言っている人を無理に担ぎ上げるのは、よくない事です」

「う……ぐ……」


 レイチェルさんは部下の人達に支えられ、椅子に座りながら呻いていた。義務も責任も、勝手にするがいいや。


「帰りましょうメリイさん。そして局の人たち皆でこの国を脱出しましょう。貴方が背負うべきことなんて何一つないんですから」


 俺はレイチェルさんがそうしたように、メリイさんに手を伸ばした。しかし、その手は取られなかった。メリイさんは未だ迷う様に両手を胸へと置いている。


「メリイさん?」

「私は……キサラギさん。私がやりたいことを言えって、言いましたよね」

「ええ」

「だったら、キサラギさんは、私がやりたいと思ったことに、味方してくれますか?」

「話の内容によりますね。言ってくれなくちゃ分かりません」

「う……」


 メリイさんは尻込みするようにたじろいだが、しかしそのたじろがせた後ろ足を固く踏み、顔を引き締めた。


「確かに、そうですよね。言わなければ、分からない」


 そう呟いた。その瞳には、意志の色が輝いていた。


「キサラギさん。私は……この人たちと一緒に、戦いたいと思います」

「……それは、何故ですか?」

「驚かないんですね」

「そりゃあ……。手を、取らなかったから」


 言いながら、俺は少し寂しかった。そういう逃避行もいいと思ったのだが、しかし、やはりメリイさんは義務に捕らわれたのだろうか。まあ、そういう人ではある。

 だが、メリイさんは固く口を結び、意を決したように言った。


「私は、義務だとか、責任だとか、そういうもののために戦おうとはしていません。私はただ……家族を守りたいんです。父を、弟を、守りたいんです。この話が本当なら、二人はきっと、凄惨な末路を辿ることになるでしょう。それを、防ぎたいんです」

「…………」

「父は、確かに私を捨てました。しかしそれでも、私を殺さなかった。殺せばよかったんですよ。それが一番よかったはず。なのに、父は殺さなかった……。これを愛と思うのは、余りに寂しすぎるでしょうか。空腹に、投げ捨てられた腐肉を、そうとは知らずに食い付いているだけなのでしょうか」


 メリイさんは、薄い笑みを浮かべた。その笑みは寂しかった。泣いて、泣いて、泣き明かした、子供のような笑みだった。


「私には、分かりません。分かる事は許されなかった。しかし、それでも、私は信じたいんです。愛があると信じたい。私が生きているという事が、愛によるものと信じたい。私は、そのために戦いたいんです」

「だって私は、二人が好きだから……」


 メリイさんはそう言って、俺を見つめた。


 寂しい人だと、可哀そうな人だと、俺は思った。愛なんて、あるわけがないだろうに。愛があるなら、親が子供を捨てるものか。許されるわけがないだろう。内心の呵責に、罪悪感に。


 メリイさんも、それをきっと分かっている。だからそんな、寂しそうな顔をするんだ。自分が馬鹿だってことを分かっている。馬鹿な理由で、馬鹿な事をしようとしているのを、メリイさん自身が一番よく分かっている。


 しかし、それでも、なのだろう。それでも彼女は自分を捨てた父を信じたいのか。自分を慕う弟と共に、団欒という幻想を守りたいのか。

馬鹿だよ。本当に馬鹿だ。メリイさんは馬鹿だ。だけど、


「……そういうのは、好きですよ」


 俺は再びメリイさんに手を伸ばした。


「まったく、とんでもないエゴだ。自分の夢のために、反乱を起こそうだなんて、なんて凄まじいエゴイストなんだ。それがメリイさんなんですね。気に入りました」


 メリイさんは俺の手を取った。そうして強く握手を交わした。


「よろしく、お願いします」

「こちらこそ!」


 強く、強く、視線を交わした。互いの瞳が瞳の内にキラキラと光って輝いている。

俺たちは、今度こそ真の友達になったのである。


「あのね、君たち。それなら僕を殴る必要は無かったじゃないか……」


 後ろで傷を癒していたレイチェルさんが言った。


「なあに言ってるんですか! 殴る理由があったから殴ったんじゃないですか! メリイさんはね、義務でやるってわけじゃないんですよ。貴方たちのためにやるわけじゃないんだ。そこの所をもう一度わからせて……」

「止めてくださいよキサラギさん! これからは、一緒に協力するんですから!」




「さあメリイさん! あのロッドってやつをぶん殴りに行きましょうか!」

「どうして……」


 メリイさんは呆れたように俺を見た。


「どうしたもこうしたも、あの男が何か知っているんじゃないですか。だからメリイさんの素性を分かった上であんなことを口滑らしたんですよ。今からそれを聞きに行きましょう!」

「待ちなさい待ちなさい」

「なんですか!」


 俺は止めてきたレイチェルさんに吠えた。

 どうもこの人は信用できない。貴族とやらの立場で視点が違うのは理解ができるが、その視点の違いによって、何時方針が変わるか知れたものではないのである。


「いや、僕もただ無策で反乱を叫んだわけじゃないんだよ。ちゃんと準備はしてある。僕と同じようにギムデンの讒言によって処された者たちは沢山いるんだ。その方の相談を……」

「それを加味しても、直接関わっている奴に話を聞きに行くのも良いでしょう」


 俺は努めて冷静に言った。何も単に苛つきを解消しようというのではない。それもあるが、確かな打算があるのだ。


「そんなものは後でも出来ます。騎士団が出ているという事は、もう事態は動いているんです。手をこまねいている時間はありません。速攻が肝心です。どうですか。否定できますか」

「否定は、できないが……」

「でしょうが!」


 ぺっ。論破してやった。ざまあみろ。


「さあ早速行きますよ。あんな奴、目立つに決まっているんですから、闇夜に隠れていれば簡単に近づけますよ」

「ううん……。分かりました」


 そんなこんなで俺たちは城壁の外に出、思った通りに駐留している騎士団の野営の中へと進んでいった。夜警の兵士たちが巡回しているが、どうにもやる気はなさそうで、警戒の目は余りにも少ない。


「まあ、突然遠征の予定を変更されたんだから、こうもなりますか」

「キサラギさん。多分こっちが……」

「よしっ」


 俺たちはやる気のない警戒の目を掻い潜りながら駐留地の深部へと進んでいった。至る所にテントが建てられており、誰が中にいるのかの判別は難しい。しかしそれでも、目につく騒ぎがあった。


「だから、これは上からの命令だと言っているでしょう! 騎士団ではない、国からの命令で都市を囲むことになっているのです!」

「しかし、私は聞いていないぞ。命令があるのなら、一番に私の下に来るはずだが」

「それは……オーウェン様の方に伝達のミスがあったのでは? 私と部下の下には届いたので……」

「そんなわけがない。私にミスなどあり得ない」


 それは標的であるロッドと誰かが言い争う声だった。


「あれは……」


 俺は、いびきの聞こえるテントの陰に身を潜めながら、二人の様子を窺った。一方は昼間にも見たロッドであるが、もう一方は見慣れぬ姿である。


 その人は、ロッドより頭一つ以上は高い背丈をしていた。肩幅も広く、精悍な偉丈夫といった風である。夜だというのに装備も整えられ、銀色の鎧が篝火に反射してちかちかと輝いている。


 実に高級そうな鎧だ。それに加え、副団長だというロッドのあのへりくだった態度。あの人は、もしかしたら騎士団の団長ではないか。オーウェンと呼ばれたあの人が、騎士団長か。


「とにかく、もう命令は下っているんですよオーウェン様。大人しく従ってください。それが命令です。疑うというのなら、早馬を飛ばしてもいいのですよ」

「……そうすることにしよう」


 緋色のマントを翻し、団長と思しき男は去っていった。後にはロッドが残された。彼は疲れたようにふうと息を吐き、そうしてからせせら笑う様に、また、憎むように彼の後姿を睨みつけた。


「……高潔、御結構。しかし無意味さ。オーウェン、お前も終わりだ。もう少しで……」

「もう少しで? 何がだよ」

「っ!? 誰っ……!」


 うるさい事を言われる前に口を塞いだ。メリイさんに羽交い絞めにさせ、口元に布を押し当て黙らせた。くぐもった声は広い空に消えて、周囲に聞こえることは無いだろう。


「ここじゃ目立ちますね。どこか別の場所……いや、ここで良いな。丁度、団長と副団長の駐屯地だから、一般の兵は安心しきって見回りに来ない。ここで尋問しましょう」


 俺は尚も何事かを叫ぼうとするロッドへ向け、何発か顔面へ拳を浴びせ大人しくさせた。苦悶の声が布に遮られ、荒々しい呼吸だけが小さく聞こえる。鼻が潰れ、血も流れ、口当ての布を湿らせる。


「このままじゃ窒息してしまいますね。どうしましょうか」

「ど、どうするって……。死んじゃったら意味がないじゃないですか。何か情報を手にするのが私たちのやるべきことだったのでは……」


 メリイさんの困惑した声に、ロッドが目を見開くのを俺は見た。

その観察を悟られぬよう、俺はそっぽを向いたまま冷淡に答えた。


「意味ならありますよ。憂さ晴らしです」

「な……!」

「……メリイさん。話を聞くっていうのは、実は嘘だったんですよ。俺は、反乱なんてしたくないんです。このまま夜に乗じて逃げ出そうと思っていたんですよ。ただ、その前に、どうしてもこいつにだけは仕返しをしなきゃ気が済まない。殺してやろうというのです。それも、惨たらしい方法でね」

「そんな、そんな事……! う、嘘ついたんですか。嘘だったんですか!」


 と、思うだろう。嘘というのは、嘘である。


 これは所謂、良い警官悪い警官戦術である。メリイさんが「情報」と口走ったその時、俺はロッドの目に怪しいものを見た。あれは、真実を言い当てられた驚愕ではなく、怯えだった。彼は怯えていたのだ。


 それはきっと、俺たちの暴力に対してのものではない。俺が殴った時までは、ロッドはどうにかして反攻しようと機を窺う瞳をしていた。それが一変した。「情報」その言葉で、たちどころに顔色が変わったのだ。


 恐らく……彼の、母親に関係するのだろう。ギムデンと言ったか。彼は母親に厳しく言いつけられていたのだろう。秘密裏の計画だ。口を滑らしたと知られたら、と考えてしまったのだ。彼は俺達よりも母親を恐れているのだ。


 だから、ロッドは生半可な暴力では口を割らないだろう。そこでこの方法だ。俺が話の通じない暴力者を演じることで、優しいメリイさんに話してもらおうという寸法なのだ。


「さあ、俺としては情報なんてどうでもいいんだ。今すぐには殺さない。じっくりと……って、あれ?」


 振り返って見えた光景に、俺は驚いた。ロッドが青い顔をして悶えていたのだ。そして、その両肩が、あらぬ方向にねじ曲がってしまっている。それをしたのはメリイさんだ。


「嘘、嘘、だなんて、そんな、信じたのに、何で、私は、あ、ああああああ……!」

「ぐごっ、げえっ、がああああっ……」


 凄まじい力である。このままでは腕もろとも引き千切ってしまうのではないか。それ以上に深刻なのは背骨だ。ミシミシと音を立てて海老反りに曲がっている。人体とは不思議だなあ。ここまで人の体は曲がるのか。


「って、そうじゃなくて。メリイさん何をやっているんですか!」

「うううううううるさい……! 嘘吐き、嘘吐き! 私を、私が信じたのに、何で、キサラギさんは、私の……! もう、もう、こんなもの。奪ってあげます。殺したいのなら、私が殺します! それでキサラギさんも殺します! っ全部、全部、奪ってあげますから……!」


 バキッと軽い音が響いた。途端、それまでもがく様に宙を掻いていたロッドの手首が、力なくぶらりと垂れ下がった。あれは、折れたな。肉もぶちぶちと嫌な音を立てて、千切れそうだ。


 その時、口に押し当てていた布が外れた。ロッドは脂汗をだらだらと流しながら、息も絶え絶えにこう言った。


「わ、分かった。話すから、うるさくもしないから、助けも呼ばないから、だから、だから、た、助けてくれ! お、お願いだ。この女に、話は通じない……!」

「あー……」


 まあ、上手く行った、という事にしておこう。


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