23 騎士では無いメリイ
騎士団特局には六人の騎士がいる。掃除人ギルベット、金鈴のアリア、豚喰いメロス。丸呑みハウルトン、そして我らが局長ロイスさんで五人だ。
ではもう一人が誰なのかというと、それは俺なのである。以前までは、騎士は五人だったのだ。
しかし、と俺は疑問に思う。メリイさんの事である。彼女は俺よりも強く、ロイスさんが常に近くに置いているように、その信頼も並々ならぬ物があると思うのだが、どうしてか、彼女は騎士ではない。
と言っても、雑員の騎士見習いでもないのだ。彼女は何者でも無かった。メリイさんは、書類上では局員では無く、何処にも所属していない事になっている。所か、その存在そのものが否定されているのである。
その事実を「何故なんですか?」とメリイさん本人に問い質しても、「……知りません」とはぐらかされるばかりだった。常のおどおどとした態度はそのままに、強く口を結んで何も話そうとはしなかった。
そこで俺は色々と他の人にも話を聞いたのだが、皆「知らない」と答えた。メロスさんとハウルトンさんは端から興味を抱いておらず、アリアさんは本当に知らぬようだった。唯一ギルベットさんは何か知っていそうな雰囲気を醸していたが、しかしその弁舌はのらりくらりと正体を掴ませず、結果として無駄に終わった。
そうして万策尽き果てて、恐らくは答えを握っているであろうロイスさんへと率直に疑問をぶつけたのだが、彼女は明らかに嘘と分かる態度で「知らない」と言った。
「知らないって事は無いでしょう。貴方は知らないものをそのままにしておくような人ではない」
「知らないものは知らないのさ」
素っ気なくロイスさんはそう言ったが、しかしふとして声を潜めると、
「だが、あんたは放っておくと色々聞いて回りそうだね。……いいかい? それはあの子のためにはならないよ。放っておくのが一番なのさ。メリイのことはね」
「…………」
というように、どうにもメリイさんには底知れぬ事情があるようなのだ。それが、彼女が公式には存在していないことになっている所以なのだろうか。
最近、俺は悩み事が多かった。二つの疑問が常に脳裏をぐるぐると回っていて、しかし解決することはない。
メリイさんと、ツーリガンの事である。正体が見えればすぐにでも解決に向かって直進するつもりだが、前者は本人が望まぬようで、後者はまだ確かな事が掴めていない。その居住を探り当てはしたものの、まさか何も知らぬまま丸腰で突っ込むわけにもいかないだろう。
俺は怪しいと当たりをつけたツーリガンの調査、及び討伐をロイスさんに進言したのだが、取り合ってくれなかった。と言うのも、そんな情報は入ってきていないのだという。「あんたの自意識過剰なんじゃないのかい」そう言われた。
ザブザさんの結社の金は問題なく国庫に納められ、横領されたという話も無い。また、ツーリガンという組織それ自体にも何ら変容はなく、依然木っ端のままであるという。
所詮は噂話と、俺の話は片付けられてしまって、勝手に調査することも禁じられてしまった。不用意に動くなとのお達しである。
「どうなんですかねえメリイさん。俺はこういう、じっと相手を待つっていうのは苦手なんですよ。何だか放っている間にどんどん不利になっていくようで」
「私に聞かれても困ります……」
その日、俺達は昼から仕事をしていた。人をばったばったと薙ぎ倒すような物騒な物では無い。ハウルトンさんが穴だらけにした建物から、何か読み取れる情報が無いかを探す仕事である。現場は制圧済みではあるものの、人員が帰還して立て籠もっている可能性もあるため、俺達が派遣されたのだ。
「しかし、随分楽な内容ですよ。戦闘の危険さえ少ないというのですから。休暇明けに気を遣ったのでしょうかね? ……まさか! ロイスさんはそんな人じゃないですよ。あはは」
「……ですが、気を引き締めなければいけませんよ。どんな場所にだって、危険はあるのですから」
「分かってますよ」
昼ということもあって、俺達の服装は重装備ではない。街を歩く一般冒険者風である。
しかしそれでも、剣を持って街を歩くというのはいい目で見られぬようである。まあ、何しろ冒険者ギルドから門に行く道でもない。スラム街でもない、一般的な街並みであったので当然なのだが。
と言うわけで、俺達は呼び止められた。憲兵にではない。騎士にである。道行く半ば、珍しく騎士団が群れを成して行軍をしていたのである。
「えーまあ、規則だからね。気を悪くしないで」
「大丈夫ですよ。所で騎士団の皆様は何をしているのですか?普段は帝都防衛の任に就いていると聞きましたが」
「ああ、これはね」
と、その若い騎士は事も無げに言った。
「遠征だよ。支配下の国々に威信を示すための遠征。急な事だったんであんまり準備は出来なかったんだけどね」
本当に、何でかなあ。と騎士はぶつくさ呟いた。見れば、確かに最後尾には補給部隊が幾つか待機しているが、それでは余りにも足りないように思える。途中で補給でもするのだろうか。
そう思ってぼうっと眺めていた所、内の一人がこちらに近付いてきた。取り巻きを引き連れて、にやにやと笑っているその表情は、とてもじゃないが友好的には見えない。
「っ……! 副団長様。何か……」
「こんにちは。人被り共」
何だこの人。今の言葉に取り巻きの騎士達はにやにや笑いを更に深めている。何をしに来たんだ。まあ、取りあえずは挨拶だ。握手もしよう。
「こんにちは」
「お前達、また首狩りか? 情けないなあ。ロイス閣下の犬共は余程血に塗れるのが好きだと見える。何時我らの剣錆になるか、知れた物では無いな」
あっ、こいつ、握手を無視しやがった。所かこっちを馬鹿にして笑ってやがるぞ。まったく、失礼な人だなあ。
「失礼な人だなあ」
「なっ、何を……」
「失礼な人だなあ!」
「聞こえなかったのではない! 何だ貴様っ!」
そう言って相手は腰の剣に手を掛けた。何だ? やるのか。やるならこちらも応えねば。
と、その時取り巻きの内一人が「あっ」と声を上げ、何かに気が付いたようだった。彼はあからさまに見下す態度で言った。
「ユーベック様。こいつはあのキサラギですよ」
「何? キサラギだって? こいつが? ……そうか。ははは!」
ユーベックと呼ばれた男は何が可笑しいのか笑い出し、「ならば、切る意味も無いということか。貴様など」と構えを解いた。
「何ですかそれは。失礼な人だ。人の名前をそんなに軽々しく呼んで、あなたには常識ってものが無いのか」
「常識がないのは貴様だ。このお方を何方と心得る」
憤りを露にして取り巻きの内一人が言った。
「ロムリア王国は騎士団の副団長、ロッド・ユーベック様に在らされるぞ。宰相に在られるギムデン・ユーベック様を母君に持つ、お前如きが軽々しく話しかける事許されぬ高貴なお方なのだ」
ロッドはその言葉に胸を張ってにやにやとこちらを睨んだ。嫌な目つきだ。こういう目つきは何事かを企んでいる眼だ。それも、嫌な奴を。
「まあ、いいさ。剣を仕舞え。ここで誅さずとも、な……」
ロッドはにやにや笑いでそう言った。部下もまた、同じように笑って剣を仕舞った。
と、ロッドはその時俺の隣に視線を移した。彼はメリイさんを見て目を丸くしていた。
「……驚いたな」
そう言われると、メリイさんはびくと体を震えさせ、被っていたフードを更に深く下ろした。彼女は怯えるように体を縮こませている。
「まさか、貴方とこのような場所で出会うとは。これも運命、いや、皮肉かな。メリイ殿!」
「……っ」
「知り合いで?」
俺は問うたが、メリイさんは何も返事を返さず、口を固く結んで立ち尽くしている。その姿は何かに耐え忍んでいるようでもある。肩を抱いて、小さくなっている。
「ここまで落ちたか。いや、それが当然なのだ。そしてそれでもまだ足りぬ。君のお父上がどれだけ君の存在で迷惑を被っているか、考えたことはおありかね? 震え泣くというのなら、答えはその腰に下がっているだろうに。何なら、私が首元へと差し出してあげようか」
メリイさんは唇を噛んでロッドの言葉を耐えている。
俺は流石に我慢できず剣を抜こうとした。しかしそれを止める声が、他ならぬメリイさんから発せられた。
「止めてください、キサラギさん……」
「しかしですね、メリイさん」
「いいんです。私が、いいと言っているのですから……」
強く、震えた掌が、俺の肩を掴んで離さなかった。俺は不承不承に剣を納めた。それをロッドと取り巻き達はにやにや笑って眺めていた。
「それでいいのだ。君の命運は、その様に出来ている。そうして終わっていけ。なあに、苦しみは短い」
へらへらと笑いながらロッド達は去っていった。後には微妙な雰囲気の俺たちが残された。俺は内心の憤りを始末することが出来ないでいるし、メリイさんは何も語らず、静かに俺の肩へと手を置いている。縋りつく様に、指先を沈めている。
「何なんですか、あのロッドとかいうやつとの関係は。貴方が存在を許されていないのと何か関係が? お父上とは? 言うべきことが沢山ありますよ」
「……言えません。私が話せば、キサラギさんに迷惑が掛かってしまいますから」
「俺はいつも貴方に迷惑をかけているでしょうが。少しくらい、何てことはありません。率直に言わなければわかりませんか? 俺は、メリイさんに迷惑を掛けられたいと思っているんですよ。それが友人としての務めってもんです」
「……だから言えないんです。キサラギさんが、そういう人だから……」
ふん、と俺は短く嘆息した。言うと思った。メリイさんは、こういう人だ。よく分かっている。そして、よく分かっているからこそ、このままにしてはいけないという事も分かるのだ。
俺はメリイさんの手を引っ張って、騎士団から踵を返しずんずんと道を進んだ。
「メリイさん、行きますよ」
「ど、どこへ……」
「決まっているでしょう」
俺は振り返らず言った。
「ツーリガンの本拠地です。あいつらの拠点へ乗り込んで、俺に何をしようとしているのか、直接聞きだしてやります」
「怪しいとは思っていたんですよ。遠征にしては余りに補給の準備が整ってない。所か、長距離を歩くような装備でもない。見ましたか、騎士団の装備は戦闘の準備を想定していました。そして、それはロッド達も同様に、いや、それ以上に顕著でした。彼らは当然に用意しているはずの自弁の嗜好品や食料も用意していなかった」
「しかし、それで何故、ツーリガンと彼らが繋がっていると……?」
「あいつらに俺を気にかける必要がない。いかにも貴族といった彼らがどうして俺なんかを気にかけるというのか。あいつらの口が傲慢に満ちていて助かった。余計なことまでべらべらと喋ってくれた。あれでは何かを企んでいると言っているようなものです。そして、直近で俺に関して企みを張り巡らせているのは、ツーリガンしかいない」
言いながら歩いている内に、俺たちはツーリガンの本拠地へと辿り着いていた。スラム街から幾分かは離れた、小ざっぱりとした、しかしそれでも古ぼけた見すぼらしい建物だ。とてもじゃないが、この中で陰謀が張り巡らされているとは思えない。
しかし、事実として俺は何者かに狙われている。そしてそれはメリイさんにも関係しているらしいのだ。放っておくわけにはいかない。
「おらあっ!」
俺は門番を蹴飛ばし、扉を蹴破って中に入った。途端どやどやと騒がしい声が響き渡る。
「邪魔だ、どけよっ! ほら、ボスはどこだ。言わなきゃ殺すぞ。さっさと殺すぞ」
「待って下さい……。何か、不思議です。私たちを襲ってきません……。何故……?」
「さあここに指がある。何で二十本もあると思う? それは一つずつ切り飛ばしていくためだ。痛いだろうなあ。今付けた傷よりよほど痛いぞ。生活も不便になる。お前は自分の指の値段がどれほどのものか考えたことがあるか?」
「聞いて下さい!」
「うん?」
俺はメリイさんに肩を揺さぶられて気が付いた。確かにこちらを襲ってくる気配はない。所か困惑して立ち尽くしているようである。その体躯もまるで戦闘のためには鍛えられておらず、手に武器さえ持っていない。
「……間違えたかな。ツーリガンの本拠地がここだと、ザッドさんから聞いたんだがなあ」
「いや、合っているよ。まったく失礼な客人だな」
よく通った清澄な声が、道奥から聞こえてきた。
かつかつと成員たちを掻き分けて現れたのは、犯罪組織とはまるで似つかわしくない、貴族の子息風の優男であり、非常に見覚えある姿だった。
「やあ、キサラギ君。僕はレイチェル・マインクラウス。ここツーリガンの首領染みたことをやっている。……久しぶりだね」
よろしく、と差し伸ばされた手を俺はまじまじと見つめつつ、取った。
「うん。よろしく。それでだね、まずは誤解が……」
「おらあっ!」
「ぶばあっ!?」
俺は握った手を引きつけ、思い切りレイチェルさんの顔面を殴りつけた。




