22 屋台にて
繁華街の、ある屋台で、俺はズルズルと麺を啜っていた。俺の隣では、ギルベットさん、ハウルトンさん、メロスさんが横一列に座って麺を啜っている。俺以外は一様に、箸のような木の枝を使うことに悪戦苦闘しながら、麺に向かって手を伸ばしている。
書類だけの仕事が終わった後、時間もあったので、俺達は局近くの屋台で晩飯を食べていた。提案したのは俺だが、店を教えてくれたのはメロスさんだった。
「げふっ……。おう、店主。もう一杯……!」
「あいよっ!」
メロスさんの言葉に合わせ、俺達が座る屋台の店主さんが、威勢良く声を発した。大鍋の中には湯が煮え立ち、その中へ麺が投入され、ばらばらと散り散りに浮いては沈んでいく。
「お気に入りなんですね、メロスさん。確かに美味しいですよ、この料理」
「だろう……? 酒を飲み明かした後、どうにもこのスープが、よく身体に染みるんだ。……確か、中央平原の料理だったか。名は、何と言ったか……」
「爪麺ですよ、旦那方!」
店主さんが手際よく湯の中から麺を掬い、ザルで水を切りながら言った。
「そうめん? ……素麺? ラーメンでしょ」
どう見ても、と俺は丼を覗き込んだ。琥珀色のスープの中には、よく分からぬ具が雑多に詰め込まれ、その中に小麦の麺が揺蕩っている。どう見ても地球で言う所のラーメンだ。
「爪、麺ですよ」
店主さんが自らの爪を見せながら言った。その爪は料理人らしく、綺麗に切り揃えられている。
「元は、中央平原を支配する獣人に伝統の料理でしてね。獣の手じゃあ、中々料理をすることも難しいってもんだから、爪で小麦の生地を切り裂いて、それをスープの中に入れて啜るって食べ方が生まれたんでさあ」
成る程、ラーメンでは無く、爪麺か。これは常識に囚われすぎたな。しかし、旨い事には変わりない。ズルズルと啜る麺は、鳥かなんかを使っているのだろうか、肉らしい味わいがする。
「犬食い、猫食いって事か……。フン。獣そのものの奴等らしい……」
「差別発言は止めなさい。メロス」
ギルベットさんに言われて、メロスさんはふて腐れたような顔をして口を噤んだ。この人でも、ギルベットさんの言うことは聞くらしい。意外に思いながら、一方で、俺は初めて聞く言葉に関心を持った。
「獣人って……確か、獣の特徴を持った人達のことでしたか。その人達が、中央平原とやらを支配しているので?」
「お前はそんな事も知らないのか。呆れるよ。その無教養」
ハウルトンさんが、ちまちまと麺を口に運びながら言った。しかし、彼は続けて丁寧に説明してくれた。
「……帝国は、大陸の南に位置している。北が、魔王が支配する魔国で、中央が、各国の重要な交易路ともなっている中央平原だ。獣人は、古代からその地に住み着き、交易路を支配して莫大な利益を上げている。……何せ、奴等は足が速いからな。馬以上、いや、馬の下半身を持った獣人さえ居る。生半可な隊商では、交通費を払わずに通り抜けることは叶わんよ」
「生まれつき、恵まれた奴等ってこったあ……。けっ。気に入らねえ」
メロスさんは、店主さんから渡された新しい一杯を乱暴に掻き込んだ。ズルズルぐちゃぐちゃと麺を噛み締める音が響いて、ハウルトンさんは顔を顰め、拳一つ分ギルベットさんの方に身を寄せた。
「おい、もっとそっちに詰めてくれ。メロスの食い方は不愉快だ」
「こっちもこっちで、もう一杯なんですよ。……しかし、不思議ですね。私は仕事柄、獣人の方々とも対面することが頻繁にありますが、彼らは一様に、私達と同じような指、手をしておりました。爪など生えていなかったように思いますが」
そうギルベットさんが言って、確かに、と俺は思った。帝都にもそれなりに獣耳を生やした人々が居るが、料理が出来なくなるほど鋭利な爪を下げているようには見えなかった。どういうことなのだろう?
「あ……? じゃあ、こいつの話は嘘って事か……? あんだてめえ、俺達を騙そうってのか? ああ?」
「そ、そんな事は有りませんよ! それはですね……」
メロスさんに詰め寄られて、店主さんは慌てふためいた。止めようと立ち上がろうとしたが、それより前にハウルトンさんが言った。
「血の、濃さだ。血の濃さによって、獣人が、獣の特徴を宿す割合が変わってくるのだ」
「そう、それですよ旦那!」
ほっとした表情で、店主さんはハウルトンさんを指差した。メロスさんは、「何だよ」と舌打ちして席に座り直した。この人は、言いがかりを付けたいだけだったのかもしれん。
「獣人って言うのはですね、その細かな種類もバラバラですが、血の濃さやら何やらによって、宿す特徴ってのも変わってくるんです。もう猫が二本足で立っているってのも居れば、ちょっと毛深いだけの人間ってのも居るんです。それでも、皆同じ獣人です」
「……一般に、中央平原に近付くほど、血が濃い獣人が多くなる。そして、血が濃ければ濃いほど、好戦的になるとも聞くな。ギルベット、お前が相対した獣人が、一様に我ら、人間らしかったのは、そう言った奴等で無ければ関わろうとも思わないからだろうな。……そこの、店主のように」
そういってハウルトンさんが顎で示すと、店主さんは笑って帽子を脱いだ。その頭には、髪の毛に隠れて、猫らしき耳が生えていた。
「別に隠してるって訳じゃ無いんですよ。毛が料理に入ったらまずいんでね。……ただ、血が濃くなるほど好戦的になるってのは事実でさあ。皆さんも、爪や牙をわざとらしく生やした獣人と出くわしたら、気を付けて下さいよ。奴等は戦って食らうことが、頭の中で第一を占めていますから」
「分かりました!」
言いながら、しかし俺は自分が知らない世界に胸を躍らせていた。そうだ。帝国に居るのも良いが、この世界を見てみるというのも悪くない。いつか獣人の人と親しくなったら、その爪を触らせて貰おう。
その翌日、俺は色々と気になって、仕事をしながらアリアさんに聞いてみた。彼女が一番、世界の風俗について知っていると思ったのだ。
「……私達が悪人共をぶっ飛ばしている間、四人で楽しく食事していたのね。へーえ。……私も食べたかったわ。その、爪麺とか言う奴。ねえ? メリイ」
「し、仕事でしたから、仕方が無かったんですよね? ね? キサラギさん……。わざと誘わなかったんじゃ、ない、ですよね……?」
「そんなわけないじゃ無いですか!」
「……本当に?」
「本当ですよ!」
二人は皆で連れたって食事が出来なかった事を悲しんでいたが、しかし、快く俺に世界について教えてくれた。
「人間、魔族、獣人、ドワーフ、エルフ。この五種族を纏めて人類と呼ぶの。魔族は主に北の国に、獣人は中央平原、ドワーフ、エルフはあちこちに小さく点在していて、よく分かっていない。人間は、この大陸に広く分布している。空間に広く渡って存在しているからとか、多種属の狭間の存在だからとか、色々諸説あっての人間ね」
「この帝国は南の方に位置しているって聞いたんですが、他の方ではどうなっているんですか?」
そう聞くと、アリアさんはよく聞いてくれたとでも言いたげに、得意な顔をして、詩でも読むかのように世界を語った。
「ここから北、中央平原は、それはもう見事な砂漠が広がっている。太陽は熱く地を焦がし、砂の大地が容赦なく水を、命を枯らしていく。しかし、その中にも、まるで救われたように水がこんこんと溢れ、草木が生い茂る場所が点在しているの。そこを中心に、人々は生活を築くに至った。……もっとも、私が称えたいのは、その凄まじい環境の中に、五体だけで暮らすことを可能にしている獣人の方だけれどね」
「私も、聞いたことがあります。獣人の方々は、砂の上でも素早く駆け、水を飲まずとも三日三晩走り続けることが出来ると……」
「そう! 獣を宿した肉体の、その精強さ。それを土台にした野趣溢れる文化には、都市に暮らすものほど憧れの目で見ることが多い。獣人が生み出した独特な装飾の衣装なんかは、かなりの高値で取引されてるのよ。私も一着持ってるけど、本当に高かった……」
やれやれと首を振りながら、しかしアリアさんは満足げな表情をしていた。これは遠回しな自慢だろうか。俺が「そんなに高いものを買えるとは、凄いですね!」と言うと、アリアさんは「そうでしょうそうでしょう」と笑った。やっぱり自慢だったらしい。
「で、西には聖国……女神ハーラーバーを奉ずる宗教国家が位置している。ここは多くの人にも親しみがあるんじゃ無いかしら。毎年、年の始めと終わりに祝祭があって、多くの人がこれ幸いと詰めかけるものだから、よくよく知られているはずよ」
「多くの英雄が生まれ、そして認められた地でもありますね。女神の代理人と呼ばれているとか……」
「そう。ここの教皇に認められたものこそ勇者と言っても過言では無い、と聞くわ」
「勇者、ですか……」
俺は口に手を当てて考えた。俺が勇者の先遣であるからには、何時か、本物の勇者が現れると言うことだ。その勇者が、その聖国に現れるというのだろうか。
「でも、この国の風俗文化は、何というか、清貧を重んじすぎるのよね。私の趣味じゃ無い。まあ、女神ハーラーバーを象ったものは、見事な出来よ。信仰の熱が、全体の練度を高めているのかしら」
そう言って、アリアさんは自身の耳飾りを指で鳴らした。何時ぞや購入した女神を象ったという耳飾りだが、随分気に入っているようでよく付けてくる。もっとも、当初の目的とは違い、それ自体が異名を作るには至っていないようだが。
「北には、知っているとおり、魔王が鎮座する魔族の国。随分寒いところみたいで、毛皮製品が活発ね。でも、魔王が復活してからは取引も下火になっちゃったみたいで、あんまりこっちには流れては来ないわ。まあ、流れてきても、こっちでは暑すぎて着られないんだけれどね」
「確かにここは、一年通して温暖な気候ですね。まだここに来て半年くらいですが、あんまり季節感ってものを感じません」
それを、俺は少し寂しく思っていたのだ。この地に来てから三日を冒険者として過ごし、一月ほど、犯罪結社に属していた。それから半年ほど局に属し、そろそろ一年が見えてくる。それなりに、長く暮らしたものである。
「東については、よく知らない。何でも小国が乱立しているようで、殆ど年中を通して戦乱か、戦乱の準備かって事らしいもの。近付かないことを進めるわ」
「あれ? アリアさんは以前、東方が母国だって言ってませんでした?」
そう俺が言うと、アリアさんは得意げに浮かべていた笑みを凍り付かせた。あれ、何かまずいことを言ってしまったか。
「そ、それは、ね。あー……乙女の秘密を聞くんじゃ無いの!」
「いてっ」
アリアさんはバシバシと俺の背中を叩いた。かなり力が籠もっていて痛かった。何やら誤魔化された気もするが、まあ、良いとしよう。本人が聞かれたくないようだしな。
「しかし、色々聞いて、興味が湧いてきましたね。何時までも帝都ばっかりに居るってのも、勿体ないと感じます。……そうだ! 暇が出来たら、皆で旅行に行きませんか? 色々世界を見回りに行きましょうよ!」
良い考えだと俺は思った。ここの人達なら戦力的には申し分ないだろうし、何よりきっと、楽しいはずだ。楽しい人達で楽しい場所に行けば、もっと楽しくなる。そうだろう?
そう思って提案したのだが、しかし、二人ともどうしてか、微妙な顔をした。そうして、何も言わなかった。居心地の悪い沈黙が、俺達の間に、断絶するように漂った。
「……私は、いい。この帝都で、いいの」
アリアさんは静かにそう呟いた。
「この帝都は、色々物も揃っているし、綺麗だし、賑やかだし……あ、そ、それに、私が居ないと誰がここの治安を守るって言うのよ! 全く少しは考えてから言いなさい!」
最後の言葉は、まるで思いついたように唐突に放たれた。それを受けて、メリイさんも覚束なく同意した。
「そ、そう、ですね。私の仕事は、帝都の守護です。ここを、離れるわけには行きません。そう、絶対に……」
「……でしたか。それはどうも、すみませんでした」
俺は訝しみながら、しかしその場を取り成した。
しかし、後で分かった。俺は結局、二人のことを何も分かっていなかったのである。




