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20 悪魔と人間 2

 知り得た内容について、簡潔に示そう。


 まずは、魔王について。魔王もまた、神と同様に名を持っている。その名はローロキアと言う。忌まわしい、書き記すのも避けるべき物とされていたため、中々見つけられなかった。


 伝承に依れば、魔王は数百年の単位で人界に現れ、その度に悪魔を使役し、時々の魔族国家を配下に置いて支配領域を広めるのだという。その根本的な目的、意思は不明であり、所か会話できるのかさえ不明である。英雄の伝記にも、魔王討伐の章に会話は無く、ただ戦闘の激しさと仇敵への憎しみのみに頁が割かれている。


 次に、悪魔。これは伝説や寓話として度々登場した。また、過去の魔法使い達は往々にしてそれらの力を研究、或いは助力を求めることも珍しくなく、この段に置いては詳細な説明が調べられた。


 第一に、悪魔とは魔王の使いである。神の使いが天使であるように、悪魔もまた、魔王に直接的に属する配下である。丁度人と天使との関係を魔族に当て嵌めたようなものだ。その存在には純然とした階級があり、下級から中級、上級と来て、最上位に四大悪魔が配置される。光と闇を除いた、火、水、風、土の属性を司る。


 それは天使も同様で、下級、中級、上級、四大天使と位階が配置されている。悪魔同様、下級は実態を持たず、人の身に憑依して力を行使するのに対し、中級以上は実体を伴って地上に降臨するらしい。


 大体こんな感じで以上だが、まあこんな物はどうでも良いんだ。ちょっと気になったから紙に書き留めた程度のものでしか無い。俺が知りたいのは、俺の自身の立場についてのことだ。


「魔王が現れれば、自然と勇者も現れ、必ず魔王を討伐する。その周期によってこの世界は維持されてきた、とのことですが、その勇者が現れる前に、何かあったりとか無いんですかね」


 ざっと本を読み比べ、情報を整理した後、俺は言った。そうだ。俺の立場とは、勇者では無くその先遣なのだ。「勇者のために基盤を整えろ」と神は言った。同じような立場の人がいないものだろうか。


「そういったのは……ありませんでしたね。全て、勇者が魔王討伐を志し、その過程で神に勇者として認められ、その神聖な力で以て魔王を倒すとしか……。また、その力でしか魔王は倒せないとも、多くの本で書かれています」

「今四巻だけど、アトラテアも同じ事を言っているわ。これ、一巻は概略に過ぎなくて、こっちで詳細に書いているのね。知ってる内容だけど、新鮮ね」

「そうですか……」


 まあ、当然と言えば当然か。神の口振りも、後に来る勇者が本命のように見受けられた。所詮先遣は先遣に過ぎず、伝説には加えられないか。


「で、知りたかったものは知れたか?」

「ん、まあ、そうですね」


 メロスさんの問いに、俺は曖昧に答えた。神、魔王、天使、悪魔について、多くのことを知ることが出来た。だが、どうにも余り役には立たなかったような気がする。


「……そもそも、お前は何故、魔王やらなんやらを調べたがるんだ。まさか、魔王を倒すとでも言うんじゃないだろうな? まさか、お前が、勇者だと?」

「それに近しいと言ったら、どうします?」


 そう俺が言うと、メロスさんは笑った。メリイさんも、アリアさんも苦笑を浮かべた。


「ククク……! 質の悪い冗談だ。お前が勇者? そんな、子供のような想像をしていたのか? 馬鹿らしい……」

「あはは……。ごめんなさい。でも、キサラギさんが勇者だなんて……。ちょっと、似合わなすぎます。何というか、余りに想像と違って……」

「そうよ! 勇者って言うのはね、神に選ばれた、もっと超然とした人物のことなのよ。実力もまだまだ全然じゃない。第一、帝都下水に住むネズミ肉が好物の勇者だなんて、伝記には載せられないわ」

「別に好物では無いですよ! 気に入っているだけです」

「同じ事じゃない」


 全く、誰一人として俺の言葉を本気に取らなかった。まあ、そりゃあそうだ。俺だって、俺みたいなのが勇者と言われたら首を傾げて笑うだろう。


 第一、俺自身、勇者を気取ろうとも思わない。神に選ばれたのは事実だが、魔王を倒そうだなんて、そんな大それた事をしようとも思わない。俺にはそんな事、出来るだけの力も無いのだ。


 だからこそ、俺は気になったのだ。何故、神は俺を選んだのか? 魔王を討伐するというのなら、俺みたいな一般高校生では無く、スポーツ選手とか格闘家とかが居るだろう。基盤を築くというのが経済面での話なら、それこそ、その分野に長けた人を連れてくれば良いだけの話だ。


 だから、俺は情報を欲したのだ。魔王について知ることで、俺だけに出来るものがあるのかを知るために、わざわざ本を読み漁ったのだ。


 だが、何も見つからなかった。魔王は強大で恐るべき敵であり、魔族もまた、人と同じく国家として一つとなり、その守備を固めている。一人で何かが出来るとは思えない。知れば知るほど、何故俺が選ばれたのか、分からなくなった。


「ううん。何か無いんですかね。悪魔の弱点とか、魔王の弱点とか」

「魔王の弱点は無いが、悪魔が負ける話なら沢山あるぞ」


 そう言ってメロスさんが取り出したのは、悪魔と人間についての伝説集だった。その内の一頁を開き、彼は読んだ。


「ある所に、良き人カイラが居た。……良き人? 良いって基準は何だよ。……彼は慎ましくも妻と三人の息子を持ち……全然慎ましくねえだろ。女作ってガキこさえてんじゃねえか。何処が良いんだ。そしてそれなりの財を……財!? 財だと!? 全然慎ましくねえ! 恵まれてやがる……!」

「ああ、もう、貸して下さい」


 埒が空かないので俺はメロスさんから本を受け取り、読んだ。そこに書かれていたのは、ありふれた説話だった。


 良き人カイラは、ある日悪魔に目を付けられた。


 悪魔はこう言った。「もっと豊かになりたくないか? 家も、財産も、何でも手に入るだろう」カイラは答えた。「私は既に十分すぎるものを持っている。これ以上は望まない」


 それからは、詩のように一定の調子でカイラと悪魔との問答が繰り広げられた。


 悪魔がカイラの家を指差し、「もっと大きい家にしてやる」と言えば、カイラは「既に家族で暮らすに十分だ。これ以上では、広すぎる」と答えた。


 悪魔がカイラの服を指差し、「古く汚い衣服だ。貴族の着るものに変えてやろう」と言えば、カイラは「それでは窮屈だ。私はこの服で満足している」と答えた。


 その様に、悪魔の誘惑を全て「満足している」と乗り切って、遂に悪魔は悔し紛れに、「お前の妻を、もっといい女に変えてやろう。そしてお前は、お前が信じる女神、ハーラーバーより、もっと良い魔王ローロキアに変えるのだ」と言った。


 対してカイラは、「私が愛する女は、妻だけだ。私が愛する神もまた、女神ハーラーバーだけだ」と毅然として答え、悪魔は渋々と去って行った。


「つまんね……」


 聞き終えて、開口一番にメロスさんが言った。


「だが、これが悪魔の弱点なんだろうよ。正直に、満足を知って、誘惑を撥ね除ける……。けっ。馬鹿馬鹿しい。所詮作り話よ……」

「うーん。どうなんでしょうね。……うん?」


 俺は頁を捲って、別の物語を見つけた。それは確かに人物の名前も場所も異なっていたが、似た形式で書かれた説話だった。


 今度はトンという男が、悪魔の誘惑に負け、人界を満喫するという話だった。悪魔の言葉の通りに、更に良い家、衣服、妻を選び、神では無く魔王を選んだ。だが、その結末は幸福では無く不幸だった。


「トンは、騙されたのだ。魔王は人を救わない。トンの魂は悪魔に奪われ、むしゃむしゃと食べられた。……と、まるで逆の物語ですね」

「くっだらね……」


 メロスさんは本当につまらなそうに、本の表紙を睨んだ。


「何が、騙された、だ……。それまでは、確かに幸福だったろうが。トンとかいうやつは、馬鹿だな。自分の馬鹿さを世界のせいにしてやがる。それを説話として作り上げた奴も、気に入らねえ……」

「まあまあ」


 俺は今にも本を破ろうとするかのようなメロスさんの勢いに、本を守りながら宥めた。


 二つの話は、繋がっていたのだ。一方は神を信じて幸福になる話。そして一方は、神を捨てて不幸になる話。よくある説話の形式だった。


「効果的な手法ですよ。正しいものが幸福になって、悪いものが不幸になる。娯楽ですよ。これは」

「だからその正しいとか悪いとかってどういう基準なんだよ。神を信じなければ悪か? だったらこの国の皇帝は悪人だろう……。女神より自分を上に置いてやがる。それも、伝統として……!」

「……皇帝」


 ふと、メリイさんがそう呟いた。メリイさんは、何かを思案しながら、続けて言った。


「皇帝は、悪人でしょうか」

「ああ? そりゃあ……今の話を基準にすれば、十分悪人だろうよ。だが、この国の中じゃ皇帝の方が神より正しい。つまり、どっちに視点を置くかってだけだろう」

「視点の置き場、ですか……」

「例えば、帝国の国主たる人物としては、良い方でしょう。良い治世だと聞いていますよ、ここ数十年。まあ、ここ最近は、病か何かで倒れ伏せっているようですが。一方で、他国にとっては忌むべき外敵です。属国を多数置いているからこその帝国です。その頂点である皇帝は、悪人としてみられるでしょう」


 俺の言葉に、メリイさんは更に悩むように顔を伏せた。


「では……例えば、国主としての皇帝で無く、父親としての皇帝は……」

「神の批判の次は皇帝の批判? 捕まるわよ貴方達。ギルベットが聞いたら怒るでしょうね」


 ばたんと、本を閉じる音と共に、アリアさんが言った。その音にメリイさんは慌てて口を噤み、おどおどと周囲を見渡した。


「どうしました? 何の皇帝と?」

「い、いえ。何でも無いんです。本当に……」

「ふうん」


 気になった。だが、メリイさんは話さないだろう。既に視線を深く足下へと落として、誰にも聞かれたくないようにしている。そこにメロスさんが興味津々に目を見開いて口を開いたが、俺はそれを制して言った。


「アリアさん。何か見つかりました? 面白いこととか」

「うーん。面白くは無いんだけど、と言うか期待外れだったんだけどね」


 そう言って、アリアさんはペラペラと頁を捲った。


「結末が、無いのよね。ずっと気になっていたのよ。勇者の物語って、全部、魔王を倒しました、終わり。なんですもの。その続きが書いているんじゃ無いかと思ったんだけど、無かったわ。倒しました、終わり。これだけ。何にも無いわ」

「へえ?」


 俺も最終分だけ確認したが、確かに勇者のその後については書かれていなかった。まるでそこで打ち切られたように、全てが終わってしまっている。


「勇者の伝記、って部分に注力したのかしら。何だか残念ね。少しは人となりも分かると思ったのに。もしかしたら、勇者が残した武器なんかもあって、それなら魔王も倒せそうじゃないの」


 アリアさんが残念そうに言った。確かに、そう言った武器を見つけるというのは、いかにも基盤を築くと言った言葉に合致しそうだ。だが、それも無いのか。ますます俺の使命という奴が分からなくなる。


 その時、メロスさんがにやにや笑いながら言った。


「お前は、それを見つけても、魔王を倒しには行かないだろう? なあ……金鈴の、アリア」

「……何ですって?」

「まあまあ、まあまあ」


 二人の諍いを宥めながら、俺は内心溜息を吐いた。徒労とは言わないが、しかし、俺が求めるものは、ここでは見つからなかった。もし見つけたとしても納得するだけで、やるとは限らないが、しかしそれでも、何も分からないというのは不安であった。


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